Life

特集 Life vol.6

精神疾患がある人たちの力を伝えたい。演劇で届ける人生のメッセージ。

OUTBACKアクターズスクール

特集タイトル画像

精神疾患がある人たちの力を伝えたい。
演劇で届ける人生のメッセージ。

精神疾患のある人たちが演技を学ぶ演劇学校「OUTBACKアクターズスクール」(中村マミコ校長)の初公演が、横浜市中区にある「あかいくつ劇場」で11月7日に行われました。出演した20人のメンバーは、病気のことや入院、家族関係のこじれなどの「実体験」をモチーフにした劇を全身全霊で演じ、観客に感動を届けていました。

OUTBACKアクターズスクールについて

「『精神障がい者は危険』。家庭や学校、社会生活では様々なストレスがあり、誰でも精神的な病気を患う可能性があるにもかかわらず、精神疾患がある人たちは、世間の偏見や奇異の目に晒されることがまだまだ多く、理解が進んでいないように感じています」と話すのは、OUTBACKアクターズスクールの佐藤光展副校長。

こうした認識を払拭しようと、精神的な不調を抱える人たちが、演劇を通して自身の生き方や社会のあり様を問い直し、表現力や発信力を身に付けていくことを目指すために生まれたのが「OUTBACKアクターズスクール」です。

スクール名のOUTBACKは、オーストラリア英語で「未知なる土地」を意味し、「まだ見ぬ世界を切り開き、未知なるものに挑戦したいと思う人々が集まってほしい」という願いが込められています。

学芸会で終わらせない。プロに負けない演技をめざす。

OUTBACKアクターズスクールは2021年4月に開校。第1期メンバーの募集はインターネットや知人を通じて行われました。集まったのは、20歳代後半から60歳代までの約25人。その多くは、精神障がいがあり障害福祉サービス事業所に通う人や、精神疾患を患った経験がある人たちです。

社会に対して彼らの格好良い姿を見せたい──。メンバーのほぼ全員が演劇経験などのない素人集団でしたが、用意した舞台は本格的な設備をもつ「あかいくつ劇場」で、観客から入場料も取るため、「学芸会レベルでは終わらせない」という強い思いでスクールを運営。役者活動を現役で行うプロ講師を招き、15回にわたって入念な指導が行われました。

中村校長は「参加してくれたメンバーは、病名の有無にかかわらず、自分になんらかの精神的な不調があると感じている方たち。その一方で、持って生まれた感受性は強く個性溢れるメンバーです。全員が他者を尊重しながら練習に取り組んでいて、舞台公演を行う以上の並々ならぬ思いが日頃から見られました」と振り返ります。

打ち合わせ中の写真 練習中の写真

迎えた本番・・・

劇のタイトルは「OUTBACK まだ見ぬ世界へ!」。その内容は、ストレスが積み重なって家で暴れ、強制入院させられる主人公が、絶望に苛まれる中、病院で出会った個性豊かな患者たちの力で次第に癒され、ある宝物の存在に気付かされる、というストーリーです。

「観客を前にして、段取りやセリフ、細かな動きが上手くできるだろうか」。本番前の舞台袖には緊張の時間が流れていました。しかし、いざ上演が始まると、メンバーはいつも以上にワクワクした表情で自分の役に徹し、最高のパフォーマンスを披露。笑いあり涙ありの高レベルの劇に観客も応えるように、拍手喝采の盛り上がりを見せていました。

中村校長は「世間からの冷たい視線やいじめなどといった〝生きづらさ〟を経験してきたメンバーだからこそ、それをネタにでき、観客の心を動かす劇を完成させることができました。演劇の醍醐味ともいえる〝観客と呼応し、自らの力を引き出すパフォーマンス〟ができたと思います。全員がプロと呼んでも恥ずかしくないほどの存在感を放っていました」と語ります。

本番中の写真1 本番中の写真2 本番中の写真3

公演後は「確かな変化」を実感。

公演後、観客から数多く寄せられた感想で目立ったのは「癒された」の言葉。これは精神的な障がいがある人たちも支援を受けるだけでなく、支援者になれることを証明した瞬間でした。「一般的には考えられない壮絶な経験をもつ人たちだからこそ、伝えられるものがあります。支援者が障がい者のことを発信していくだけでなく、障がいがある当事者自身も声をあげていくことが重要だと考えます」と佐藤副校長は話します。

公演後、出演者たち一人ひとりが自分の思いをメンバーの前で披露。単なる「楽しかった」ではなく、「これまで自分の病気を打ち明けようなどと考えたこともなかったけれど、このメンバーに出会えて、自分をオープンにしても良いかもと思った」「不思議と心が落ち着く時間が長くなり、薬を飲む量が減った」などと、様々な良い変化があったことを晴々した表情で語っていました。

集合写真

魅力を確信。そして次のステージへ。

今回の公演で舞台の魅力を実感したメンバーの多くは、演劇を続けたいと考えています。中村校長は「本番前の心配はなんのその。私たちがメンバーの力を見くびっていました。私自身も今回の経験を通じて、演劇が彼らの力を引き出し、格好良い姿を他者に伝えられるという思いが確信に変わりました。これからも表現の機会や場所を提供し、精神疾患がある人たちの魅力や個性を目一杯引き出していきたいです」と話していました。

第2期メンバー募集は、2022年の年明けから開始する予定。

取材先:OUTBACKアクターズスクール 中村マミコ校長・佐藤光展副校長
^