Work

特集 Work vol.13

「海ごみネイル」を通じて、
環境・障がいを考えて

「Plumeria Nail」代表・有本奈緒美さん

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「海ごみネイル」で広がる可能性

進行性の難病を抱えながらも、砂浜専用の車いすでビーチへ赴き、収集した海洋プラスチックごみで、華やかなネイルチップ(つけ爪)を制作している女性が茅ヶ崎市にいます。この「海ごみネイル」による環境への啓発活動や、障がい者の社会参加の仕組みづくりは、「神奈川なでしこブランド2024」にも認定されています。ネイリストの有本奈緒美さんにインタビューしました。

入店を断られ、ネイルサロンを起業

横浜市出身の有本さんは、10年前に脊髄の難病を発症。現在は病と闘いながら車いす生活を送っています。以前は、福祉施設で支援員として働いていましたが、立場は一変。支援する側から支援される側へと変わりました。

「当初は病気や障がいを受け入れることができず、自宅に引きこもっていた時期もありました」と振り返ります。

それでも、3人の子どもと夫の後押しもあり、「かっこいい車いすのお母さんをめざそう」と、障害者雇用で地元企業に就職しました。「でも、職場で障がいへの理解を得られず、1年ほどで退職することになりました」

そんな苦境の中でも、趣味であるネイルが息抜きに。6年前、車いすを理由にネイルサロンの入店を断られたのを機に、一念発起。ネイリストとしての一歩を踏み出しました。2018年には茅ヶ崎駅南口近くにネイルサロン「Plumeria Nail」(プルメリアネイル)を オープンし、多くの人に親しまれています。

自宅1階にあるサロンは、完全バリアフリー。車いすでの入店や、筆談、点字ネイルも用意し、あらゆる背景をもつ方への配慮がなされています。

自宅1階のネイルサロンは完全バリアフリー
自宅1階のネイルサロンは完全バリアフリー

車いすでも社会貢献をあきらめない

「車いすでは海での活動はハードルが高く、ビーチクリーンなどの社会貢献を諦めていた時期もありました」と吐露する有本さん。しかし、2021年に砂浜に座って行うビーチクリーンの方法を知って、光が射します。

「砂浜に敷いたマットや砂浜専用の車いすを活用しながら、私でもビーチでマイクロプラごみを拾うことができたんです。誰かの力を借りたら、社会貢献もできるんだと分かり、自信につながりました」と微笑みます。

砂浜専用の車いすでビーチクリーンする有本さん
砂浜専用の車いすでビーチクリーンする有本さん

一方で、想像を上回る量のプラごみを前に、ショックを受けました。「持ち帰って、ごみに出すことも抵抗があって。捨てたらまた海に戻ってきてしまうような気がして。何とか新しいものに生まれ変わらせないか、という思いに駆られたんです」

海のプラごみをネイルチップに

そこで思いついたのが、ネイルチップとして新たな命を吹き込むというアイデア。プラごみを洗浄、乾燥させてから色分けをした後、ニッパーで細かく砕き、熱で溶かしてネイルチップに装着していきます。気の遠くなるような細かい作業ですが、完成させたネイルは、海やハワイ、和柄などをモチーフにした装飾が施され、よもや海ごみだったとは思えないクオリティです。

湘南の海をモチーフにした「海ごみネイル」
湘南の海をモチーフにした「海ごみネイル」

「つけ爪ですから、半永久的に何度も繰り返し使えるので、コスパも良いのが特長です。ネイルは鏡を見なくても、自分の目で楽しめるおしゃれ。そして何より、指先を見て、いつでも環境問題を意識してもらえたら」

色分けされた海洋マイクロプラスティック
色分けされた海洋マイクロプラスティック

「地方でもプラごみをアクセサリーにして販売を行っている団体があり、茅ヶ崎で拾ったプラごみを送っている方もいますが、自分たちの海岸で拾ったごみは、地元で消費する地産地消がいいと思っています」

障がい者の就労支援・社会進出の一助に

海ごみネイルは、環境保全だけでなく、車いすユーザーや障がいのある人が自立した生活を送るための「ビジネスモデル」としての一面も持ち合わせています。

有本さんは、これまで培った起業ノウハウを活かして、後世育成にも注力。ビーチでの収集から海ごみネイルやアクセサリーの製作、販売などの一連を学べるオンライン授業も展開しています。

こうした取り組みが評価され、2022年には「第8回女性起業チャレンジ大賞」で特別優秀賞を受賞。2024年1月には海ごみネイルが、女性が開発した商品を認定する「神奈川なでしこブランド」として選出されました。

「神奈川なでしこブランド2024」の授賞式
「神奈川なでしこブランド2024」の授賞式

有本さんは「福祉事業所で就労する当事者の中には『賃金が安くて、つらい』という人もいます。また、アート作品などもあまりに安価な価格設定で、適正価格で販売されていないケースも多いように感じます」と指摘。

さらに、「本人ではなく保護者が、『うちの子にはハードルが高そう』『周囲の目が気になる』と、心理的な壁を作ってしまうケースも目の当たりにしてきました。選択できる道がたくさんあれば、そうした壁も飛び越えることができるので、まずは知ってもらいたい」と力を込めます。

「私のビジネススタイルを参考にして頂き、収入や仕事につなげてもらえたら」
「私のビジネススタイルを参考にして頂き、収入や仕事につなげてもらえたら」

「障がいがあっても社会参加や社会貢献、自立した生活をあきらめなくても良いことを伝えていきたい。海ごみネイルの取り組みは、環境問題の解消だけでなく、障がい者雇用や社会参加にもつながるので、日本だけでなく世界にも広げていけたら」

取材先:「Plumeria Nail」代表・有本奈緒美さん 
1982年横浜生まれ。2014年脊髄に進行性の難病を発症し、車いすの生活に。ネイルサロンを営む傍ら、障がい者向けのビジネスオンラインスクールを展開。地元小中学生や地方に赴き、福祉講話にも取り組む。毎月第2土曜日に茅ヶ崎ヘッドランドビーチで「マーメイドのごみ拾い」を主宰。夫と3人の子どもの5人家族。
公式サイトはこちら▶
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