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特集 Work vol.12

「できない」より「できる」を伸ばす
受入先がなかった
高校生がうどん職人に

うどんカフェうせい

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「できない」より「できる」を伸ばす
受入先がなかった高校生がうどん職人に

京急久里浜駅西口から歩くこと約5分。京急線の高架脇に見えてくるのが「うどんカフェうせい」のオレンジ色の看板。店主は知的障がいを伴う自閉症がある村木静さんです。2016年の開店以来、手打ちならではの食感とコシで人気を集めている静さんのうどん。そこで今回は静さんの母親、雅美さんに、静さんがうどん職人になるまでの経緯をお聞きしました。

住宅街に現れるオレンジ色の看板が目印
住宅街に現れるオレンジ色の看板が目印

養護学校卒業前に「できない」をいくつもあぶり出された

「静が養護学校の高等部に通っていたころ、卒業後の進路を決めるために実習へ行ったのですが、ことごとく不調に終わったんです」

そう教えてくれたのは静さんの母親、雅美さんです。障がいがあることを知ったうえで障がいがある人を受け入れるはずの実習先では、できないことをあぶり出されていくようだったと話します。

「静は自分の気持ちを落ち着かせるために、『うーうーうー』と声を出すのですが、それを『迷惑です』と言われたり、話しかけたいときに相手の肩をトントンと叩いて注意を引こうとしたら『セクハラです』と言われたり…」

他にも公共交通機関を使って一人で通えないと受け入れられない、といった壁がいくつもあり、雅美さんは精神的に病んでしまったそうです。

数を数えながら生地をこねる静さん
数を数えながら生地をこねる静さん

「集中力」と「好き」を強みに。家族で作った居場所

うどん作りを始めたのは、ちょうどそのころ。

「小さい頃から好きだったうどんなら、静のよさである集中力が発揮できるんじゃないか」と独学でうどん作りを学び始めたのです。本を読んだり、YouTubeを見たりと、家族総出でうどん作りに挑戦し、繰り返し練習をしていく中で徐々に技術が向上。

「家族みんなでうどんを作っていたのですが、一番早く納得のいく味になったのが静なんですよ」と雅美さん。

技術習得と同時進行で店の候補地探しを開始し、内見には静さんも同行。

「一緒に物件を見に行くうちに、静の作ったうどんでお店をやるんだよ、静のうどんをいろんな人に食べてもらうんだよ、ということが本人も分かってきたようです」

こうして静さんの高校卒業から約1年となる2016年に、「うどんカフェうせい」がオープンしました。

優しい手つきでうどん生地をこねる静さん
優しい手つきでうどん生地をこねる静さん

褒められる体験、達成感が静さんの表情を変えた

開店から7年。「静の表情が変わってきた」と雅美さんは話します。

「お客様から美味しかったよ、と声をかけられる。家族以外の人から褒められるという体験は、彼にとってこれまであまりなかったものでした。それからうどん作りがうまくできたという達成感。これも大きく影響したと思います」

かつて人と視線を合わせることが苦手だった静さんが、いまではお客様に「ありがとうございました」と声をかけられるようになり、手を振って挨拶する姿も珍しくなくなりました。

「周囲の人たちに恵まれている」と話す雅美さん
「周囲の人たちに恵まれている」と話す雅美さん

「障がい者が作っていることをアピールしない」というこだわり

近隣住民を中心にリピーターも多く、テイクアウトも好評だという「うどんカフェうせい」ですが、その人気を支えているのは「完全手打ち麺であること、そして家族でやっているアットホーム感ですね」とのこと。「障がい者が作っているということは前面に出していないんです」

情報誌やテレビなどで「障がいがある店主の店」と紹介されることがあったとしても、それによる集客はあくまで一過性のもの。何度も足を運んでくれるお客様に話を聞くと、うどんの味こそが来店理由とのこと。

「障がいがあっても麺を作れるって、すごいことだと思うけど、それより静の麺が好きだから来ているんだと言ってくださるんです」

コロナ禍で飲食業界が大きな痛手を受ける中、それでも継続して営業できているのは、静さんのうどんそのものの魅力によるものなのではないでしょうか。

「美味しかった、ここの麺が好き、と言ってくださるお客様を見ていると、静は一人前のうどん職人になったんだなあと実感します」

静さんによる刺繍。「みんなのうせい」で創作している
静さんによる刺繍。「みんなのうせい」で創作している

目指すは納税者。「強み」を生かして収入に繋げたい

2022年10月、雅美さんたち一家は就労継続支援B型事業所「みんなのうせい」を立ち上げました。重度の障がいがある人も受け入れていて、刺繡やビーズなどの創作活動、YouTubeの動画編集・投稿、PCでの入力作業や軽作業、無農薬野菜の栽培・販売など、幅広い就労支援を行っています。

静さんもうどんカフェのランチ営業が終わった後、「みんなのうせい」に移動して、様々な作業に取り組んでいるそうです。

高校生のときに「これもできない、あれもできない」と言われていた静さんは、いまや立派なうどん職人となり、お店でもB型事業所でも多くの人と関わりをもつことができています。

「いずれはB型事業所にも製麺所を設けて、静の次の麺職人が育ってくれると嬉しいですね。目指すは納税者! 障がいがあってもきちんと自立できるんだと証明したいですね」と雅美さんは笑顔で話してくれました。

左から調理・接客担当の上野さん、静さん、雅美さん
左から調理・接客担当の上野さん、静さん、雅美さん
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