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多世代食堂「おむすび」

2025年 05月 31日

地域の人々が交流できる「家庭の食卓の延長のような食堂」

2025年 05月 31日

お寺からわずか10秒の「みんなの食堂」

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東光院の大澤曉空住職

 大磯駅から海側に歩いて8分ほどの住宅地にあるお寺・東光院。そのすぐ隣の一戸建てに、多世代食堂「おむすび」があります。十数年前に亡くなった同寺の檀家が住んでいた家を、家族の厚意によりほぼ無償で借りて2023年10月に始まったものです。
 きっかけは、「誰でも土足で入って利用できる図書室のような場所」として、東光院が2017年に寺の一部を改修して設置したフリースペース「海近寺巣(うみちかてらす)」での出来事でした。
 ある日の放課後、住職の大澤曉空さんはフリースぺースでコンビニのチキンを食べている子どもを見つけました。気になって話を聞くと、両親が夜10時頃まで帰宅しないため、そのチキンが夕食とのこと。「そんな事情のある子もいるのかと驚きました。考えてみると大磯は高齢化率も高く、一人暮らしの方が結構いて孤食になりがちです。それなら、子どもも高齢者も一緒に食べる場所があって、みんなで食事できれば楽しく過ごせるのではないか」
 こうした発想から生まれた「おむすび」は、貧困等で困っている人を助けたいとか、高齢者の孤独・孤立等にフォーカスを当てた食堂ではないそうです。「お金の有無は関係なく、皆が食べに来ることのできる場所が地域にあるといいよね、というのが一番大きな目的です。イメージは家庭の食卓の延長線上にある食堂です」と寺務(じむ)の古井昇空さん。子ども食堂や炊き出しのような困っている人の支援とは異なり、地域の人々の交流の場を目指したユニークな食堂なのです。


子どもたちが壁を塗って椅子を作って完成!

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食堂を改装する作業には小学生たちも協力



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色とりどりの壁で明るい印象に仕上がった食堂


 食堂の立ち上げ資金として500万円を募ったところ、わずか1カ月ほどで達成。「地域でこのような活動をしてほしい」という人や、一人暮らしの人たちが数多く共感してくれました。
 長期にわたり空き家だった一戸建ての改装には、お寺のフリースペースに来ていた小学生の子どもたちが協力してくれました。砂壁を剥がして、珪藻土の壁をコテを使って塗ったり、椅子の張替えをしたりと、夏休みを使って作業をしてくれて完成にこぎつけました。


みんなで作って、みんなで食べて、みんなで片付け

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食材に新鮮な魚が多いのも、港町・大磯ならでは


 「おむすび」では、基本的に毎週火・木・土曜日に夕食を提供しています。メニューはその日に仕入れた食材次第。食材は、地域の農家や家庭菜園をしている人が提供してくれる野菜や、古井さんが知人の漁師さんからもらったり、破格の値段でわけてもらった鮮魚などが中心です。


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大人や子どもたち皆で一緒に調理するのも楽しいひと時



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地元でとれた魚や野菜を豊富に使った料理



 よくある子ども食堂と異なるのは、調理は利用者たち自身が行うこと。調理担当は、当日の夕方5時30分に集まった人たちです。「魚をさばくのが好きだからやるよ」という子ども、自らは包丁を握らず作り方の指示役を担う90代の女性。話をしながら一緒に調理して食事することで、地域の異世代交流の機会となることも「おむすび」の醍醐味のひとつです。「手伝ってもらうというのではなく、楽しみたいなら来てください、みんなでご飯を食べるために楽しもう、という家族のような感覚ですね」と古井さん。「多世代食堂」と銘打っているのは、こうした地域の人々の交流に力点を置いているからなのです。


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食事の代金を入れる寄付箱



 食事の代金は、玄関を入ったところにある「寄付箱」に入れるシステム。「ただ、小中学生は基本的に入れてくれませんね。でもそれでいい。家庭以外では有償でしか食事をとる場所がない社会の方がおかしい。お金があるとか無いとか関係なく、子どもたちは、そんな些細なことを気にせず美味いものを頬張れば良い!」と古井さんは笑いますが、中学生の頃に来ていた子が高校生になり、「アルバイト代が入ったから」と、お金を入れてくれた嬉しい出来事もあったそうです。


食堂だけではない「おむすび」

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子ども達の靴がたくさん並ぶ様子は学童さながら

 「おむすび」は、食堂として使われていない時も毎日地域に開かれています。1階の食堂だけでなく、土足禁止の2階もフリースペース。放課後や休日になると、階段の踏み板には靴がたくさん並び、「平日はまるで学童みたい」と大澤さん。

 また、週2回は大磯で福祉職をしていた女性3人が、この場所で地域食堂「キッチンたんぽぽ」を開いています。500円でお年寄りに食事を提供するもので、食堂に来られない人のためには宅食として配達もしているそうです。
 さらに月に1回、「おもちゃの病院&あそびば」と名付け、平塚の「おもちゃの病院ドクターくるりん」と地元のお母さんが、おもちゃの治療や木製のおもちゃで遊べる空間を提供しています。

地域で必要なら自在に変えていくことも

 「『おむすび』は、今この地域に必要だと考えるからやっていること。でも、1年後にまったく別の内容に変わっていてもいいと思っています」と古井さん。変わり続ける社会の中で、地域に必要と感じるものが他にあるならば、柔軟に対応していく。そんなスタンスを大切にされているのです。
 次の段階としては、様々な事情でおむすびに来られない人を迎えに行く仕組みづくりを考えているのだそう。おむすびが始まって約1年半。地域のユニークな拠点として、存在感はどんどん大きくなっています。

プロフィール

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団体名

東寺真言宗 船附山 薬王寺
東光院

活動内容

正式名は船附山薬王寺東光院。船附山の名の通り海と縁深く、古より湘南で町と海を見守ってきた歴史のあるお寺。境内にフリースペースや仏教図書館を設置するなど、「お経をあげて供養してもらう場所」というお寺の本来の活動以外のことを、地域の人と一緒にかたちづくろうとしている。目指す姿は、長い付き合いのできる地域のソーシャルワーカー。