(仮称)神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例 素案 前文  平成28年7月26日、県立障害者支援施設である津久井やまゆり園において、19名の生命が奪われるという大変痛ましい事件が発生した。この事件は、障害者やその家族のみならず、多くの県民に言いようもない衝撃と不安を与えた。  県では、このような事件が二度と繰り返されないよう、平成28年10月、県議会の議決を経て「ともに生きる社会かながわ憲章」を策定し、これを、ともに生きる社会の実現を目指す県政の基本的な理念とした。  県は、津久井やまゆり園の再生を進める過程において、利用者に対するより良い支援のあり方を模索してきた。そうしたところ、これまでは利用者の安全を優先するという理由で管理的な支援が行われてきており、本人の意思を尊重し、本人が望む支援を行うためには、当事者本人の目線に立たなくてはならないことに改めて気付いた。  そして、障害者との対話を重ね、その思いに寄り添うために全力を注いだ。その結果、障害者一人一人の心の声に耳を傾け、支援者や周りの人が工夫しながら支援することが、障害者のみならず障害者に関わる人々の喜びにつながり、その実践こそが、お互いの心が輝く当事者目線の障害福祉であるとの考えに至った。  そこで、令和3年11月、「当事者目線の障がい福祉実現宣言」を発信し、これまでの障害福祉のあり方を見直し、当事者目線の障害福祉に転換することを誓った。  顧みると我が国の障害福祉は、昭和56年の国際障害者年を転機として、ノーマライゼーションの理念の下、全ての障害者が、等しく自立と社会参加が可能となる環境の整備を進めてきた。しかし、全ての障害者が自分らしく暮らしていくことができる社会環境の整備はいまだ道半ばである。  私たちは、この現状に真摯に向き合い、誰もが安心していきいきと暮らすことのできる地域共生社会の実現を目指して、障害者も含めた県民、事業者、行政等が互いに連携し、一体となった取組を進めるべく、普遍的な仕組みを構築していかなければならない。  このような認識の下、当事者目線の障害福祉の推進が、「ともに生きる社会かながわ憲章」の実現につながるものと確信し、その基本となる理念や原則を明らかにした、当事者目線の障害福祉を進めていくための基本的な規範として、ここに、この条例を制定する。 1 目的  この条例は、当事者目線の障害福祉の推進について、基本理念を定め、並びに県の責務及び県民、事業者等の役割を明らかにするとともに、当事者目線の障害福祉を推進するための基本となる事項を定めることにより、当事者目線の障害福祉の推進を図り、もって、障害者が障害を理由とするいかなる差別及び虐待を受けることなく、自分の望む暮らしを実現することができ、障害者のみならず、誰もが喜びを実感できる地域共生社会の実現に資することを目的とする。 2 定義 (1) この条例において「障害」とは、障害者基本法(昭和45年法律第84号)第2条第1号に規定する障害をいい、「障害者」とは同号に規定する障害者をいう。  (2) この条例において「当事者目線の障害福祉」とは、障害者に関わる誰もが障害者一人一人の立場に立ち、その望みと願いを尊重し、障害者が自らの意思に基づいて必要な支援を受けながら暮らすことができる社会環境の整備により実現される障害福祉をいう。 (3) この条例において「意思決定支援」とは、障害者が自ら意思を決定すること(以下「自己決定」という。)が困難な場合において、可能な限り自らの意思が反映された日常生活及び社会生活を送ることができるよう、自己決定を支援することをいう。 (4) この条例において「障害福祉サービス提供事業者」とは、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号。以下「障害者総合支援法」という。)第5条第1項に規定する障害福祉サービス事業を行う者、同条第11項に規定する障害者支援施設を経営する事業を行う者、同条第18項に規定する一般相談支援事業を行う者及び特定相談支援事業を行う者、同条第26項に規定する移動支援事業を行う者、同条第27項に規定する地域活動支援センターを経営する事業を行う者並びに同条第28項に規定する福祉ホームを経営する事業を行う者並びに児童福祉法(昭和22年法律第164号)第6条の2の2第1項に規定する障害児通所支援事業を行う者、同条第7項に規定する障害児相談支援事業を行う者及び同法第7条第1項に規定する障害児入所施設及び児童発達支援センターを経営する事業を行う者をいう。 3 基本理念  当事者目線の障害福祉の推進は、次に掲げる事項を旨として図られなければならない。 (1) 全ての県民が、等しく人格的に自律した存在として主体的に自らの生き方を追求することができ、かつ、その個人としての尊厳が重んぜられること。 (2) 障害者のみならず、障害者に関わる人々も喜びを実感することができること。 (3) 障害者一人一人の自己決定が尊重されること。 (4) 障害者本人が、希望する場所で、希望するように暮らすことができること。 (5) 障害者の性別、年齢、障害の状態及び生活の実態に応じて関係者が連携し、障害者個人の持つ可能性が尊重されること。 (6) 多様な人々により地域社会が構成されているという認識の下に、全ての県民が、障害及び障害者に関する理解を深め、相互に支え合いながら、社会全体で取り組むこと。 4 障害を理由とする差別、虐待等の禁止  何人も、障害者に対し、障害を理由とする差別、虐待その他の個人としての尊厳を害する行為をすることにより、当事者目線の障害福祉の増進を妨げてはならない。 5 県の責務  県は、3に定める基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、当事者目線の障害福祉に関する施策を策定し、これを総合的かつ計画的に実施する責務を有する。 6 市町村との連携 (1) 県は、5の施策の策定及び実施に当たっては、市町村と連携し、及び協力するよう努めるものとする。 (2) 県は、市町村が当事者目線の障害福祉の推進に関する施策を策定し、又は実施しようとするときは、情報の提供、助言その他の必要な支援を行うものとする。 7 県民及び事業者の役割 (1) 県民及び事業者は、基本理念にのっとり、当事者目線の障害福祉についての理解を深めるとともに、県が実施する当事者目線の障害福祉の推進のための施策の実施に協力するよう努めなければならない。 (2) 県民及び事業者は、基本理念にのっとり、障害者が社会、経済、文化その他多様な分野の活動に参加することができるよう機会の確保に努めなければならない。 8 障害福祉サービス提供事業者の役割  障害福祉サービス提供事業者は、基本理念にのっとり、地域住民等と連携し、地域の社会資源の活用等を図りながら、当事者目線の障害福祉の推進に努めなければならない。 9 情報の提供及び意見の聴取 (1) 県は、県民等(県民、事業者又はこれらの者の組織する民間の団体をいう。以下同じ。)に対し、障害についての理解の促進に資する情報を提供するとともに、市町村、事業者等と連携し、当事者目線の障害福祉の理解を深めるための普及啓発を行うものとする。 (2) 県は、当事者目線の障害福祉に関する施策に、県民等の意見を反映することができるように必要な措置を講ずるものとする。 10 基本的な計画の策定  知事は、当事者目線の障害福祉に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、当事者目線の障害福祉の推進に関する基本的な計画(以下「基本計画」という。)を定めなければならない。 11 基本計画に定める施策  基本計画には、次に掲げる施策について定めるものとする。 (1) 障害者が、障害の状態及び生活の実態に応じ、自立のための適切な支援を受けられ、かつ、多様な地域生活の場を選択できるようにするための医療、介護、福祉等に関する施策 (2) 障害者及びその家族その他関係者からの各種の相談に総合的に応じることができるようにするための相談に関する施策 (3) 障害者である子どもの教育を保障し、及び障害者が生涯にわたり学習を継続することができるようにするための教育に関する施策 (4) 障害者である子どもが、可能な限りその身近な場所において療育その他これに関連する支援を受けられるようにするための施策 (5) 個々の障害者の特性に応じた多様な就業の機会の確保及び障害者の雇用の促進に関する施策 (6) 障害者のための住宅の確保及び障害者の日常生活に適するような住宅の整備の促進に関する施策 (7) 障害者が円滑に利用できるような公共的施設の構造及び設備の整備並びに障害者が移動しやすい環境の整備に関する施策 (8) 障害者が十分に情報を取得し、及び利用し、並びに円滑な意思疎通を図ることができるようにするための情報提供、支援等に関する施策 (9) 障害者及び障害者を扶養する者の経済的負担の軽減を図り、又は障害者の自立を促進するための施策 (10) 障害者が円滑に文化芸術活動、スポーツ又はレクリエーションを行うことができるようにするための環境の整備に関する施策 (11) 障害者が地域社会において安全にかつ安心して生活を営むことができるようにするための防災及び防犯並びに障害者の消費者被害の防止及び救済に関する施策 (12) 障害者が行政機関等における手続を円滑に行うことができるようにするための環境の整備に関する施策 12 意思決定支援の推進 (1) 県は、意思決定支援の推進に関する必要な情報の提供、相談及び助言等の体制の整備を行うものとする。 (2) 県は、障害福祉サービス提供事業者等に対し、意思決定支援に関する研修を行うものとする。 (3) 県は、毎年度、意思決定支援の推進に関する施策の実施の状況を公表しなければならない。 (4) 障害福祉サービス提供事業者は、意思決定支援の実施に努めなければならない。 13 障害者の権利擁護 (1) 障害福祉サービス提供事業者、障害者の家族その他の関係者は、障害者の障害福祉サービスを行う施設への入所その他の障害福祉サービスの利用に際しては、障害者の意思が反映されるよう配慮しなければならない。 (2) 障害者に関わる者は、障害者が意思決定支援を受けることを希望する場合には、その希望を十分に尊重し、円滑に意思決定支援を受けることができるよう努めなければならない。 14 障害を理由とする差別に関する相談、助言等 (1) 県は、障害を理由とする差別に関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう、相談体制その他必要な体制の整備に努めるものとする。 (2) 県は、障害を理由とする差別に関する相談を受けたときは、必要に応じ、次に掲げる措置を講ずるものとする。 ア 相談者に対し、助言、情報の提供等を行うこと。 イ 関係者と必要な情報の共有を行うこと。 ウ 他の地方公共団体への通知その他連絡調整を行うこと。 15 社会的障壁の除去 (1) 県は、その事務又は事業を行うに当たり、現に障害者から社会的障壁(障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。以下同じ。)の除去を必要としている旨の意思の表明がない場合においても、その者が障害者であること及びその意思を推知することができる場合には、社会的障壁の除去について、その実施に伴う負担が過重でないときは、合理的な配慮を行うよう努めるものとする。 (2) 事業者は、その事業を行うに当たり、現に障害者から社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明がない場合においても、その者が障害者であること及びその意思を推知することができる場合には、社会的障壁の除去について、その実施に伴う負担が過重でないときは、合理的な配慮を行うよう努めるものとする。 16 虐待等の防止 (1) 県は、市町村その他の関係機関と連携し、障害者に対する虐待等の防止に関し、障害福祉サービス提供事業者への啓発及び研修を行うものとする。 (2) 障害福祉サービス提供事業者は、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号)第15条の規定による研修の実施のほか、障害者に対する虐待等の防止に関し、従業員への啓発に努めるものとする。 17 障害者に対する虐待の早期発見及び通報等 (1) 県は、市町村その他の関係機関と連携し、障害者に対する虐待の早期発見につなげるため、障害者に対する虐待に係る通報について県民等への普及啓発を行うものとする。 (2) 県は、市町村その他の関係機関と連携し、障害者に対する虐待の早期発見及び早期対応のための体制の整備を行うものとする。 18 障害福祉の政策立案過程への障害者の参加  県は、障害福祉の推進に係る政策の立案に関する会議の開催に当たっては、障害者の参加を推進するものとする。 19 障害者主体の活動の促進 (1) 県は、障害者の自立と社会参加等の促進を図るために障害者が主体とな って企画し、及び実施する活動(以下「障害者主体の活動」という。)の活性化を図るため、その活動内容について県民等に普及啓発するよう努めるものとする。 (2) 県は、障害者主体の活動の推進を図るため、必要な支援を行うものとする。 (3) 県は、県内において障害者主体の活動に取り組む団体又は個人が、相互に連携し、必要な情報を共有し、及び協働することができるよう支援に努めるものとする。 (4) 県は、障害者主体の活動の推進に資するよう、国内外の障害者主体の活動の状況及び推進の取組に関する情報の収集、整理並びに提供に努めるものとする。 20 生涯にわたる障害者への支援  県は、障害者が生涯にわたり、必要な支援を切れ目なく受けることができる体制の整備に努めるものとする。 21 高齢者施策等との連携  県は、当事者目線の障害福祉の推進に関する施策の実施に当たっては、高齢者及び子どもの福祉に関する施策との連携を図るものとする。 22 障害者に対する支援についての調査研究及び支援手法の確立  県は、障害者に対する支援についての調査研究及び支援手法の確立に向けた体制の整備に努めるものとする。 23 支援研究及び研修の中核的拠点の整備  県は、当事者目線の障害福祉を推進するための支援及び研修を適切に実施するための中核的な役割を担う拠点の整備に努めるものとする。 24 地域間の均衡  県は、当事者目線の障害福祉の推進に関する施策の実施に当たっては、障害福祉サービスの地域間の均衡が図られるよう努めるものとする。 25 自立支援協議会の活動の推進等 (1) 県は、障害者への支援の体制の整備を図るため、障害保健福祉圏域(保健及び医療と福祉との連携を図る観点から県内を区分した区域のことをいう。)ごとに協議会(障害者総合支援法第89条の3第1項に規定する協議会をいう。次項において同じ。)を置くとともに、その活動を推進するものとする。 (2) 県は、地域の実情に応じた障害者への支援体制の整備を促進するため、市町村が置く協議会との連携を図るものとする。 26 障害福祉に係る人材の確保と育成  県は、障害福祉サービスに係る事業等に従事することを希望する者及び現に従事する者に対し、採用に関する適切な情報の提供、技術向上の支援等を行うことにより、障害福祉に係る人材の確保及び育成に努めるものとする。 27 財政上の措置  県は、当事者目線の障害福祉の推進に関する施策を実施するために必要な財政上の措置を講ずるよう努めるものとする。 その他 (1) この条例は、令和5年4月1日から施行する。 (2) 知事は、この条例の施行の日から起算して5年を経過するごとに、この条例の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。 1