資料2-5 当事者目線の徹底と権利擁護に取り組むべきではないか(論点案〜大事項) 虐待ゼロの実現に向けて、どのように取り組むべきか(論点案〜中事項) (1)現状・課題 ○障がい者に対する虐待は、障がい者の尊厳を害するものであり、重大な人権侵害である。平成24年10月に「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(障害者虐待防止法)が施行され、障がい者に対する虐待の禁止や虐待防止の体制整備、障がい者に対する虐待を発見した者は、市町村等に通報することが義務づけられた。 〇 また、我が国の「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)批准後、初めて策定された国の障害者基本計画(第4次)では、条約の理念を尊重し、「差別の解消、権利擁護の推進及び虐待の防止」を障がい者施策の基本的な方向の一つに位置付けられた。 ○厚生労働省が実施する障害者虐待防止法に基づく対応状況調査では、養護者虐待は警察からの通報の増加、施設従事者虐待は管理者等からの通報の増加を背景に、相談・通報件数が増加傾向にあるが、虐待判断件数は横ばいの傾向にある。虐待行為の類型は身体的虐待が最も多く、被虐待者の障がい種別は知的障がいが最も多い。また、被虐待者の内訳では、障害支援区分5及び6である人、行動動障がいのある人が多い傾向にあり、県においても、同様の傾向が見られる。 ○また、国の研究等において、障害者支援施設等での虐待を防止するためは、組織マネジメントを考える必要があり、社会人教育を基礎とした上での職員のスキル養成、理事長を筆頭にした管理職の公正な姿勢、風通しの良い組織風土の醸成等が重要である、と指摘している。 ○今日、事業所等に対しては、組織的な虐待防止策として虐待防止委員会を設置することが求められる。この場合、支援現場以外の職員や組織外の第三者性のある委員の参加による客観性の確保、虐待防止委員会の心得の作成などにより、事案を隠さない基本原則の確立がポイントとなる。また、虐待が発生した場合は、虐待者の責任追及ではなく、虐待が起きた環境要因に焦点を当てた原因分析を行い、改善につなげることが重要とされている。 ○県立施設については、津久井やまゆり園利用者支援検証委員会(令和元年度)、障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会(令和2年度)において、利用者支援の内容について検証が行われたが、利用者の安全の確保を優先することや障がい特性等を理由に身体拘束が常態化している事案が複数確認され、虐待が疑われる事例も確認された。同検討部会においては、大規模施設は構造的に閉鎖的、管理的な運営に陥りやすく、様々な課題が発生し易いことが指摘され、職員の意識改革や組織マネジメントの改革の必要性とともに、運営指導する県についても、正確な知識に乏しいうえ、本来の役割を果たしておらず、課題があると指摘されている。 ○県は、検証委員会及び検討部会等の指摘を踏まえ、現在、県立障害者支援施設での身体拘束ゼロの実現を目指して、一人ひとりの身体拘束の状況を見直すとともに、身体拘束の実施状況をホームページで公表し、「見える化」を図っている。また、定期モニタリングの充実強化、施設職員に対する研修、多職種での検討・研究する場の設置などを進めている。 〇とりわけ、現状、長時間の居室施錠の件数が多い、県直営の中井やまゆり園については、本年(令和3年)2月、関係市町村に対し、居室施錠等の身体拘束の実態について情報提供を行うとともに、意見交換を実施し、不適切支援をなくす取組みを進めてきたが、中井やまゆり園での不適切支援についての新聞報道がなされたことも踏まえ、9月県立中井やまゆり園当事者目線の支援改革プロジェクトチームを設置し、支援の改善を加速する取組みを進めている。 ○また、県は、本年(令和3年)5月、市町村障害者権利擁護・虐待防止担当者会議を開催し、市町村の虐待防止対策についての情報交換の機会を設けている。この会議において、虐待を疑われる案件の取扱いについて、「相談・通報をきっかけに、より良い支援につなげ、身体拘束を行わずに支援する方法を一緒に検討していけるとよい」、「身体拘束の3要件の見解について、市町村ごとに見解が異なるのはよくない」、「これを虐待と認定すると、重度の方を中井やまゆり園で受けてもらえなくなるといった懸念がある」、「市町村の統一的な対応を県が示すべき」といった意見が挙げられた。こうした意見を踏まえ、今後、県は、市町村と県が共通の認識を持つための「虐待調査認定ガイドライン」(仮称)を作成していくこととしている。  ○さらに、県は、年に1回、事業者をはじめ広く県民に対し、虐待の早期発見や虐待防止、権利擁護に関する意識啓発のための講演会を実施している。加えて、平成23年度から、障がい者虐待防止・権利擁護の研修会を、市町村担当職員、施設設置者・管理者、虐待防止マネージャーに分けて実施しており、合計で毎年度100名程度の受講がある。平成28年度からは、研修修了者が地域や施設にどのように還元しているかを確認するために、受講要件に伝達研修を実施することを加え、伝達研修実施後の報告を求めることとした。なお、令和2年度は、新型コロナ感染症の感染防止の観点からオンラインによる研修とし、約200名の申込者全員の受講を可能とした。 (2)検討の方向性 (当事者目線の支援の徹底) ○事業所等は、障がい当事者に対して、基本的な「権利」や「虐待」とは何かを知ってもらうための研修や、障がい当事者と支援者等がお互いに話し合える環境を整えることとし、県は、その実現に向けた支援を行うこととしてはどうか。 ○県は、県民等に対して、障害者虐待防止法の周知、障がい者の権利擁護についての啓発、障がいや障がい者虐待に関する正しい理解の普及の強化を図ることとしてはどうか。 (意思決定支援との関係) ○権利擁護の観点から、意思決定支援が適切に行われることが重要である。意思決定支援の考え方や取組みを着実に県下に広げていくために、県は、事業者等に普及・啓発を行うとともに、しっかりとした推進体制を構築することとしてはどうか。また、県は、意思決定支援の質の向上を図るため、必要な実践的な研修を実施することとしてはどうか。 ○県は、意思決定支援の普及について、まずは、支援者目線の支援になりがちな障害者支援施設から取り組むこととしているが、意思決定支援は、権利擁護の基礎となる取組みであることから、入所施設以外の事業所も主体的に意思決定支援に取り組んでいくこととし、県は、その実現に向けてサポートすることとしてはどうか。 (支援の質の向上に向けた取組み) ○権利の主体者である福祉サービス利者用の人権を守り、絶えず質の高いサービスの提供に努めることが、虐待の防止につながる。事業者は、支援の質の向上のために、管理者、中堅職員、新規採用職員など、それぞれの役職や階層、経験年数やスキルに応じた研修の充実強化を図ることとしてはどうか。また、単独で研修を実施することが難しい小規模法人などの場合、法人等の枠を超えて連携・協力して実施することとし、県は、その実現に向けた支援を行うこととしてはどうか。 ○虐待を防止するためには、身体拘束に頼らない支援を確立していくことが重要であり、行動障がいのある人など、一人ひとりの状態像が異なることから、身体拘束を行わない支援の方法を組み立てるには、適切にアセスメントを行うことが必要である。そのため、事業所等は、管理者、支援員、各種専門職が参加し、本人の好きなこと、得意なこと、苦手なことなどに注目しながら、きめ細かな分析が行われるよう、アセスメントの手法の確立を目指すこととし、県は、その実現に向けた支援を行うこととしてはどうか。 (虐待防止のための具体的な手法) ○不適切な支援が虐待につながることを防ぐためには、障がい者の権利を侵害する小さな出来事やヒヤリハット事例を素早く把握し、職員間で共有することが重要である。事業所等は、支援内容について職員間で迅速かつ緊密に情報交換できる環境を整えるとともに、ヒヤリハット事例の分析と再発防止を行い、日ごろから、適切な支援につなげる仕組みづくりに取り組むこととし、県は、その実現に向けた支援を行うこととしてはどうか。 ○県立施設を含む事業所等は、支援内容や取組事例等について積極的に情報発信し、第三者から支援を評価される、支援の「見える化」を図る取組みを進めることとし、県は、その取組みが円滑に進むよう支援を行うこととしてはどうか。また、職員の意識改革を行うために、事業所等は、障がい当事者に支援内容を直接見てもらい、職員との意見交換を行うなどにより、支援の改善に取り組むこととしてはどうか。 ○虐待防止は、事業所等における組織的な取組みが重要である。研修計画の策定、職員のストレスマネジメント、苦情解決、チェックリストの集計・分析と防止の取組み、事故対応の総括、他施設との連携等の役割を担う虐待防止委員会の設置等、必要な体制整備が求められる。虐待防止委員会は、これを設置しただけでは十分ではなく、いかに機能させるかが重要である。こうしたことから、事業所等は、外部の視点として、障がい当事者、家族会等の代表者、相談支援専門員、外部コンサルタント、他法人の虐待防止委員等を積極的に活用するよう取組むこととし、県は、その取組みが着実に進むよう支援を行うこととしてはどうか。 ○また、事業所等が、単独での虐待防止委員会を設置することが難しい場合、近隣の事業者等と連携して設置し、報告や事例検討等を行うこととし、県は、その実現に向けて支援を行うこととしてはどうか。 ○虐待が発生してからの対応よりも、虐待を未然に防止することが最も重要である。虐待行為が軽微な段階で適切に通報することができれば、被害は最小限で留められる。事業所等は、虐待や疑わしい事例が生じた場合、虐待として通報するかしないかを判断するのではなく、自分たちの組織を変えていく機会と捉え、まず相談・通報し、行政の事実確認を踏まえ、事業所等の設置・運営の責任者として、虐待発生の経緯と原因を分析・検証し、再発防止策を検討することが当然のこととして行われなければならない。県は、事業所等に対する集団指導など様々な場を活用して、このような虐待防止や権利擁護の取組みを周知・徹底することとしてはどうか。 (行政の対応の底上げ) ○行政は、障害者支援施設や障害福祉サービス事業所から事故報告書が提出された場合は、その内容が虐待に当たらないかという視点を忘れずに対応するとともに、特別監査による虐待認定に基づく指導、処分にとどまらず、事業者をコンサルテーションに結び付けるなど、改善に向けたサポートを行うこととしてはどうか。 ○市町村が虐待に関する情報提供を受けた際、当該市町村が適切に対応できるよう、県は、今年度(令和3年度)中に「虐待調査認定ガイドライン」(仮称)を作成する予定であるが、県は、定期的に市町村障害者権利擁護・虐待防止担当者会議を開催し、虐待等不適切な支援の事案についての事例検討、身体拘束によらない支援など好事例の共有などを行い、市町村の虐待防止に関する知見の蓄積を支援するとともに、同ガイドラインについて、最新の情報が登載されるよう、随時、改定を行うこととしてはどうか。 これまでの主なご意見 ○ 僕のやりたいことを押してくれる、気持ちを分かってくれる人がいれば、僕はいのちが輝く。施設で暮らす仲間たちのいのちも輝いてほ しい。津久井やまゆり園事件が起きて、かながわ憲章ができた。でも、今も虐待はなくならない。新しい憲章やルールが必要だ。そのときは、僕たちの気持ちを聞いてほしい。よろしくお願いします。 ○ 検討部会では、やむを得ず身体拘束する前に、職員同士でしっかり話し合うことが一番大事だという意見があった。私たちはその言葉をしっかりと受けとめて、今まで以上に慎重に進めるようになったし、そのことが、やむを得ず行う身体拘束の件数の減少という形で表れてきている。また、身体拘束をしなかったらそれでいいのではなくて、これからは支援の質も上げていかなければいけないという意見があり。日中活動や余暇活動、そういうところの充実にも取り組んでいる。 ○ 不適切な支援を繰り返していると、支援職員も管理職も、もう一歩先に進んでしまい、自分たちが担当している利用者が、人間ではないと思ってしまう。私はこれを「視野狭窄型」と呼んでいる。障がい者あるいは認知症の人に対する人間理解については大きな変化がここ30年ぐらいのところで生じている一方で、「視野狭窄型」の支援が行われている。それは、認知症の人や重い知的障がいの人というのは、自分のことが判断できないんだ、もちろん社会のことも判断できないんだ、だから他の人が代わって判断しなきゃいけない、こういう考えで支援を行っているからだ。私はこれを「能力不存在推定」と言っている。 ○ 支援の中で、叩かれたから思わず叩き返したというような、思わずやってしまったというような支援、これを100%なくすのは非常に難しいだろう。こういうことが起きたときに、その支援というものが一体どういう状態だったのか、なぜそういう事態になったのか、施設ぐるみで再検証し改善していく取組みが必要だ。 ○ 私の事業所では、壁をなくすために職員と面接をしている。障がい当事者と職員が、気持ちと気持ちが通じ合うように努力している。また、職員と約束をするために、毎年4月、職員に誓約書(虐待に関する誓約書)に名前を書いてもらっている。それが約束であり、障がい当事者と職員が約束することが大切だ。? ○ 入所施設は、福祉サービスを入所者に提供して支援するという、一方的な構図が存在する。その中で、虐待が起きたり、無理な意思決定支援が行われたり、そういった構図が生まれている。そういったものを打開するには、やはり居場所を増やしたり、ピアカウンセラーの提案があったとおり、障がい当事者の役割を増やしていくことだ。友達の話、場所の話、居場所の話が出ているが、いずれも福祉サービスの話ではなく、もっともっと幅広い話だ。 ○ 神奈川県は、サービス管理責任者や相談支援従事者の研修、ファシリテーター養成であるとか、47都道府県で見ても、研修に関わる人材が豊富にいる。その人材を生かしていく中で、改めて、虐待ゼロ、権利擁護という視点を、しっかり検証をしていくというところが、神奈川のストレングス(強み)だと思っている。  関係団体ヒアリングでの主なご意見(虐待等について) (順不同) ○無理に食べさせるのは、身体的虐待である。「だめ」「しない」など、否定的な言葉を使わないでほしい。(にじいろでGO!) ○今回、指定管理施設や直営施設において、体罰や虐待事件など、オンブズマン導入施設においても事件が多発し、報告も遅い。これでは、直営でも民営施設でも今回の「津久井やまゆり園」のような事件が起こる可能性がある。職員の処遇改善も難しく、メンタルが不調となり、イライラが立場の弱い当事者に行ってしまう。(神奈川県自立生活支援センター) ○虐待がないからいい施設というわけではない。地域の中で開かれているかという部分や、誰でも入っていいという風通しのよさなどが大事。県立施設の職員が民間施設を見学するなど、官民の人事交流で、情報をフィードバックする必要がある。(〃) ○10代のころに施設に入所した。親とけんかしたことについて先生が聞いて、ものすごく叱られて、お尻をバットや竹の棒で、おもいっきり叩かれたことがあった。家に帰省したけどすぐ施設にもどることになってすごく怒られた。(ピープルファースト横浜) ○苦手な食べ物があることをようやく分かってもらった。そういうところが嫌だった。嫌な言葉は声掛けしてほしくない。(〃) ○権利擁護、虐待防止、障害に特化した支援技術の向上等の研修を充実してほしい。(神奈川県手をつなぐ育成会) ○県立施設は、過去にあった虐待事件等がどのように検証されたのか、また、その防止策について外部に出る事が少ないのではないか。(〃) ○多くの民間の施設に、身体拘束ゼロ、見える化、意思決定支援というメッセージがまだまだ届いていない。20 年後の神奈川の福祉を考えるのであれば、民間の施設の実態と、それが可能なものなのか、民間を含めて議論することが望まれる。(神奈川県知的障害施設団体連合会) ○地域で支援困難となっている強度行動障がいの事例を入所施設で受け入れる場合、国の進める様々な構造化を手法とした支援環境の整備や専門知識は不可欠だが、障害者虐待防止法や厚労省が示す手引きに掲げた具体例との関連性、日常支援で行う抑制や制限との関連性についてもあいまいさが目立ち、職員間の理解にも大きくズレや摩擦が生じることもある。(〃) ○やむを得ない身体拘束の三要件に関することについての個別支援計画への記載方法や日常の記録の取り方についても標準化されておらず、恣意的になりやすい現状がある。当事者目線を重視しながらも施設支援にも苦労や対応上の限界もある。特に、地域で支援困難な事例を施設入所に依頼するのであれば、特に施設を指導する立場の行政機関の職員は施設における支援の難しさを現場で確認、共有するくらいの日常のかかわりを持ち、施設支援の現状を理解しておく必要がある。(〃) ○身体拘束ゼロに向かうことは重要なことだが、そこがゴールとなると「生活のかたち」として疑問符がつくような場面が見える。人権とは人らしい生活ということも含まれているのなら、そのバランスのとり方に指針がほしい。(〃) ○身体拘束や虐待などについて、民間施設との状況確認や意見交換など、より積極的に交流を深める施策を確立していただきたい。(〃) ○まだまだ虐待案件が隠れていると思う。声を出せない利用者がいて、そこに隠れている数々の課題が多くの入所施設にはある。職員の意識改革ができない事業所への具体的な指導を徹底してほしい。(〃) (参考資料) 権利擁護の仕組みの全体像 ○権利擁護は、権利や利益を実現することが困難な人の自己決定を保障する仕組みであり、その中核は、自己決定を支援することと、自己決定したことを代弁することとされている(意思決定支援についても、自己決定を支援する考え方であり、権利擁護の仕組みの一つと言える) ○また、権利を実現できない人に対して、自己決定に基づく権利の獲得や権利の回復など権利実現のための支援も広い意味で権利擁護の仕組みと言える 自己決定のための条件整備:自己決定の必要条件→情報提供制度 自己決定過程の支援(自己決定することを支援すること) 権利擁護としての意思決定支援 狭い意味での権利擁護の仕組み、@成年後見制度、A日常生活自立支援制度、B各種の相談支援制度 自己決定主張段階の支援(自己決定したことを代弁すること) 自己決定実現段階の支援 広い意味での権利擁護の仕組み、@苦情解決制度、Aオンブズパーソン制度、B虐待防止制度等 この他、市区町村が実施する苦情解決制度や、行政訴訟制度、民事訴訟制度などもあるが、権利擁護のための仕組そのものではない ※引用文献:秋元美世・平田 厚「社会福祉と権利擁護」117頁(有斐閣、2015)