第2回委員会における主な意見 当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会 第3回 (令和3年9月3日) 資料4 1 障がい福祉の将来像について (1) 津久井やまゆり園事件を契機に、地域共生社会の実現を図っていくべきではないか。 ○障がいのある方が市民として地域で生きていくということの観点が大切である。   ○県立施設の今後としては、地域共生社会の実現に向けて、どんなに障がいの重い方も地域生活が可能であるということを証明してほしい。 ○重度の方の地域生活を考えるのであれば、グループホーム等の基盤ということも含めて整備し、強化していかなければならない。 ○地域や仲間の中で様々な経験をしながら成長してもらいたい。 ○大規模施設ではできない「インクルーシブな生活」ができるとよいが、グループホームや地元で働く場所等、運営していくには非常に厳しく、採算性を考えるとできないということを実感している。これから地域での生活をみんなにしていただくためには、やはり制度的な支援が絶対必要だと思う。 ○「本当に当事者が困っている」ということが、どこまで共感できるような仕組みを作れるかが重要である。 ○当事者自身も自分の意見を伝えることが大切である。例えば、魚屋で、お店の人に障がいのあることを伝え、お店の人とやり取りしながら買い物をしている。 (2) 障がい福祉において、家族目線・支援者目線ではなく、当事者目線の考えを徹底するべきではないか。 ○不適切な事案が起きたときに、何でそういう事態になったのかということを再検証していき、改善していくことが必要である。これを改善せずに、ずっと同じような不適切な支援を繰り返していると、職員も管理職も、もう一歩先に進んでしまい、自分たちが担当している利用者の方が、人間ではないというふうに思ってしまう(視野狭窄型)。 ○どんなに重い認知症の人や障がいのある人であっても、その人なりの考え、思いというのがあり、それを引き出す支援をすることが重要である。適切な支援さえすればその人の思いというのが理解できて、その人が思っている状態で支援ができるようになると、その人がパニックを起こしたり怒ったりするということが少なくなってくる(能力存在推定)。この立場に立たないと、意思決定支援というのはあり得ない。 ○障がいの重い人を受け入れると施設の管理者も職員も、「この人は重い」という前提で支援をする。「能力不存在推定」がすぐに働き、この人は何もできない人だと思ってしまう。他では受け入れられない人を受け入れているから、「他には移行できない」と考え、終の棲家になってしまう。障がいが重いので外に出せないということで、1日中施設の中にいる生活をされて、人生を終わることになる。 ○施設を退所する理由は、死亡と入院が多いが、健康で元気なときに施設を出たい。施設から施設の移行は辛い。もっと自由な暮らしをしたい。 ○みんな当事者が閉じ込められていることに慣れているのか。当事者は縛られることに慣れているのか。職員が諦めたら、自分たちの人生が終わってしまう。 ○住む場所が勝手に変えられて、断れなかった仲間の話がある。住む場所を変えたいと伝えて良いのに、嫌なら嫌と言えばよい。でも場所がない。聞いてくれる人もいない。もっと、生活の要望を伝えられたらよい。もっと夢や希望を話したい。 ○いろいろな可能性も含めて、どのような選択肢があるのか当事者にしっかり伝えてほしい。実現に向けて、いろいろと話し合いたい。 ○当事者が職員の面接をするという映像の中に、当事者目線とは何かということが凝縮されていたと思う。この映像を職員研修等で利用したい。 ○職員が勝手に自分たちのことを決めないでもらいたい。親や職員が勝手に決めないでもらいたい。親の意見を聞くのでなく、職員の意見を聞く前に、自分たちの意見を聞いてもらいたい。職員と話したい。 ○施設のルールも自分たちで決めたい。施設職員に「虐待に関する誓約書」を書いてもらっている。当事者と職員が約束することが大切である。 ○当事者目線で、その人らしい暮らしを支えるということの結果として、入所定員が少なくなってきている。 (3)強度行動障がい、高齢障がい者、医療的ケア児など困難性の高い支援課題に対し、県として果敢に取り組むべきではないか。 ○国や県等が倍以上の金額を上乗せして、グループホーム、ケアホームを作っても、それはモデルにならない。そもそも公が福祉サービスを適切に行えるか、現場を持てるかということも非常に大きな疑問である。 ○国立のぞみの園は、非常に費用対効果が悪い。こういう中でモデル性と言っても、まったくリアリティがない。神奈川県においても費用対効果を検証しないと、公というものの機能の再定義ができないと思う。 ○行動障がいや触法など非常に限定的な範囲になるが、国の役割として、全国に発信できるような調査研究という仕事は残る。 ○市町村がサービスの提供主体なので、市民として生きるということが非常に重要である。地域包括ケアシステムも含めて、高齢者も子どももそういう方向になっていくときに、県立や国が何か立派なものを作って、そこで何か支援するというのはそもそも矛盾すると思う。むしろ、県の役割は市町村をバックアップしながらやっていくことである。 ○公(県立施設)が今の時代において何かするという、現場を持つというのは無理があると思う。そういう意味では分割、再統合、廃止ということも含めて事業団、指定管理、いろいろなものの実施主体になっていただきたい。むしろ民間活用ということが大切である。 ○福祉の現場においては競争原理が本当に働いて切磋琢磨してということにはならないので、民間に移譲していくときに、非常に特別な仕組みが必要だと思う。 ○共生社会の役割においては、県立施設も積極的に貢献する必要があるが、予算、人材、組織等で優位に立つ公立施設が、1人勝ちすることは、県内の地域生活のシステムの構築、特に市町村の自立を阻み、依存体質を強化することを危惧する。 ○強度行動障がいのある人は特に集団生活が難しいため、そういう方を集めて支援すること自体(大規模施設)が構造的に無理である。事故を避けるために閉じ込めるとか、拘束するとかいうことをやる(功利的安全第一主義)ようになる。 (4) 障がい者は地域社会を構成する一員であり、本人が希望する場所で、尊厳をもって、その人らしく暮らすことが当たり前であるべきではないか。 ○地域から切り離して施設入所することが本当によかったかどうかということを   考えなければならない。地域から切り離されるということは市民としてなくなるということである。これからは、障がいのあるそれぞれの方が地域で市民として生きることが必要である。 ○入所施設は能力存在推定を示さなければならない。一人ひとりの可能性を示す。そのことが、地域に戻っていく一つのきっかけになり、理解者を増やすことになる。そのためには、施設の中で完結する支援では無理である。 ○親御さんや支援者は、当事者の方を「迷惑な人」「自分たちを困らせてしまう人」というような思いをどうしても抱いてしまう。入所施設は、「本当は本人が一番困っている」「もっともっと自由に生きたいと思っている」ということを、共感できるようなアセスメントをしっかりとすることが、入所施設の入口であり役割である。 ○行動障がいというのは、その環境で起きている、自分たちが引き起こしているという理解がなければ、すべて当事者に責任を押し付けて、ずっと施設で暮らさせる。「重度の方」「区分6」という表現が非常に多いが、そんな表現ではなくて、「困っている人たち」という表現がなければ、永遠にこの問題は解決しない。 (5) 障がい者故の価値の創造や、SDGsの「誰一人取り残さない」持続可能な多様性と包摂性のある社会の実現を目指すという理念を生かすべきではないか。 2 県立障害者支援施設のあり方について (1)地域生活支援拠点の役割を持たせ、緊急時に対応できる短期入所の整備を必須とし てはどうか。 (2)相談支援の機能と人材育成の機能を充実させることとしてはどうか ○県の役割は人材の養成だと思う。そういう意味では県立施設等と、あるいはいろいろな私立の大学や研究所と、協働しながら人材を育成するということが非常に重要な役割がある。 ○民間施設事業者等の連携によって人材の養成に努める。 ○神奈川の県立施設のそれぞれの職員は頑張っていると思うので、その人たちが何 かもう少しやる気、チャレンジ、批判されないでちゃんと自分たちの仕事が、評価されるようなそういうことが大切である。 ○新規入所を受け入れないとした場合、職員はどういうモチベーションを持って自分たちは仕事をするかということが大きな課題である。 (3)長期の入所者の地域移行を加速させるとともに、通過施設(有期限の入所期間)と して位置づけることとしてはどうか。 ○県立施設には50代の方が多いので、その方たちが環境を変わるに当たり、意思決定も含めながら配慮しなければならないと思う。 ○グループホームも含めた地域の体制づくりというものを強化していかないと、地域移行というものは実際に進まないのではないか。 ○地域移行について、当事者に分かりやすく説明をする必要がある。 ○地域生活を知らない方を地域に移行させるというのは、もともと無理がある。いろいろとあの手この手を使いながら、社会経験を積んでもらうということを行う必要がある。 ○本人が経験する、体験する機会を積極的に作り、行っていく過程の中で、結果として、入所でなくても生活できるということで、気がついたら、定員が減っていったというだけである。 ○入所されている方にどういう取組みをずっとやり続けるか。どうやって地域のいろんな事業所と協力して、もっと本人が頑張れそうなところを研究してもらうかという、そういう神奈川県の事業所の合意というか、相談支援専門員の振舞いというか、そういうことの中で、施設がどうなっていくかということだと思う。 (4)長期入所の定員は漸減させることとし、終の棲家を念頭に置いた新規の入所につい  て、原則として、行わないこととしてはどうか。 ○国立のぞみの園では、今後、新たな入所者を受けないことを基本とし、地域への  移行を行うということで施設規模も少なくするという視点で検討した。 ○県立施設の役割が未だはっきりしないという状態においては、新規の入所者は取るべきではない。 ○重要なのは、大規模の集団を相手にしたケアではなくて小人数のケアに転換するということ。それから定員規模を縮小するということ。 (5)民間では担えない理由を明確にし、目的を達成するために必要な実施態勢についても検討してはどうか。 ○障がいの重い人を受け入れると施設の管理者も職員も、この人たちは重いという前提で支援をする。「能力不存在推定」がすぐに働き、この人は何もできない人だと思ってしまう。他では受け入れられない人を受け入れているから、「他には移行できない」ということになり、終の棲家になってしまう。 ○県立施設が他では受入れられない人を受入れるという役割を担うのではなくて、他の民間施設でも十分担えるという前提に立つべきである。 3その他 ○1年や2年で何か結論が出るとか、あるいは地域社会が変わっていくというよう なことは、なかなか望めない話だと思う。しかし、スタートを切ったので、何年もかけて議論すればいいと思う。時間がかかるので諦めるということがあってはいけない。