「当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会」中間報告 令和3年10月20日 当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会 目次 はじめに、1ページ 1、会議の進め方について、2ページ 2、20年後の神奈川の障がい福祉、5ページ 3、県立障害者支援施設が果たしてきた役割と現状、7ページ 4、将来展望委員会での主な意見、11ページ (1)2040年頃の神奈川の障がい福祉の将来展望について @地域共生社会の実現 A当事者目線の障がい福祉 B困難性の高い支援課題への県の取組み C地域でその人らしく当たり前に暮らすことのできる社会 D障がい者故の価値の創造とSDGsの理念 (2)県立障害者支援施設のあり方について、31ページ @地域生活支援と緊急時対応の役割 A相談支援と人材育成の機能の充実 B地域生活移行の推進と通過型の施設としての位置付け C終の棲家としない施設運営 D民間との役割分担 (3)その他、重要な意見、44ページ 5、神奈川の障がい福祉の将来展望、46ページ 6、県立障害者支援施設のあり方と当面の対応、50ページ (1)県立障害者支援施設のあり方、50ページ (2)県立障害者支援施設の役割と機能、53ページ @市町村との連携のあり方 A相談支援体制の構築 B人材確保と人材育成 (3)県立障害者支援施設の当面の対応、56ページ @意思決定支援の継続 A当事者目線を基礎とした日中活動の充実 B昼間実施サービスの見直しと新規入所の取扱い C地域生活の支援、地域生活移行の推進 D環境整備 Eその他、個別論点 むすびに代えて〜当事者目線の障がい福祉の今後の議論に向けて、61ページ (1)県立障害者支援施設の改革、61ページ (2)意思決定支援の全県展開への期待、62ページ (3)地域資源の充実に向けて、63ページ (4)福祉教育など関係領域との連携、協働、63ページ (5)さらなる議論へ、64ページ 【1ページ】 はじめに    津久井やまゆり園事件の発生から5年が経過した。県は、「いのち輝く神奈川」を標榜していたが、19人の尊い命が奪われたことには県政を揺るがす重大事件であった。 犯人は、「意思疎通ができない障がい者は不幸を生む不要な存在である」という、全く承服できない、身勝手な考えで犯行に及んだ。犯人の死刑判決が確定したが、私たちは、決して犯人を許すことはできない。事件を風化させることなく、どうしてあの事件が起きてしまったのか、これからも私たちはずっと向き合っていかなければならないだろう。 事件が発生してほどなく、県は、議会と一緒になって、「ともに生きる社会かながわ憲章」を策定し、その理念を広く、深く浸透させる努力を続けている。 そのような中で、これからの障がい福祉がどうあるべきなのか、「当事者目線」という視点、すなわち、障がい当事者の「思い」や「考え」、あるいは「自分らしく生活したい」といった視点を一番大事なポイントにおいて、およそ20年後、2040年頃のあるべき障がい福祉の姿を展望し、それを実現するために、県は、市町村、事業者、県民と連携しながら取り組んでいくことが重要である。 当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会(以下「将来展望委員会」という。)は、その将来展望を描いた上で、その将来のあるべき姿に向けて、今後、どのように障がい福祉施策等を進めていくべきか検討を行うために設置された。これまで計5回にわたり、精力的に議論を重ね、今般、県立障害者支援施設(以下「県立施設」という。)のあり方も含めた、神奈川の障がい福祉の将来展望と、県立施設に係る当面の対応を主な内容とした中間報告をまとめるに至った。 将来展望委員会の議論の開始に先立ち、知事からは次の要請を受けたと捉えている。 〇 20年後、この障がい福祉のあり方はどのような形となっているのか、我々は一体どこを目指しているのか、どんな神奈川にするのか、という将来展望のビジョンを示してほしい 〇 県立施設とは要するに何なのか。20年後、県立施設が存続するとしたら、そこが民間のモデルとなってビジョンを示し、発信するというのが県立施設の一つの役割かもしれない。20年先をイメージし、そこからバックキャスティングして、そこにたどり着くためには今何をやればいいのかを議論してほしい 〇 医療だけを充実させても、いのちは輝かない。SDGsにつながる考えであるが、環境の問題、エネルギーの問題、教育の問題、街づくりの問題をどうクリアしていくのか。併せて、引き付ける力、マグネット神奈川をつくるんだ、というビジョンを示し、それを具体策に落とし込んでいく過程で、同じ思いをもった民間が力を発揮する、といったことを念頭に置いてほしい 〇 当事者目線という言葉だけ言っても、空回りするだけで、これを具体に形にしていくというのは相当大変なこと。当事者目線の障がい福祉とはどういうことなのかを分かるような学習プログラムなどを用意し、人材育成につなげていかないと浸透していかない 〇 とかく「改革は痛みが伴う」と言われるが、今回、この改革は、心が温かくなるような「温かい改革」となるようにしたい これらの要請に完璧な答えを出すことは難題であるが、年度内に取りまとめる予定の報告書が、後々、「あの時、将来展望委員会から、こういう提言が出てきて、そしてこうなった」と評価される歴史的なものとなるよう、引き続き、議論を深めていきたい。 【2〜4ページ】 1、会議の進め方について  この将来展望委員会は、20年後(2040年頃)の神奈川の障がい福祉のあるべき姿、つまり、将来像(ビジョン)を描き、その実現に向けて、バックキャスティングの考え方で、今後、どのような取組みを進めていったらよいのかを、県に対して提言することを主目的としている。 もとより、令和3(2021)年3月に取りまとめられた「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会報告書」において、「利用者目線の支援を進めていくためには、利用者本人の希望に応じることができるよう、地域のサービス基盤をしっかりと整備していく必要がある」とされ、「今後の県立障害者支援施設のあり方については、こうした社会資源の整備状況を見ながら、民間施設や事業者を含めて県全体で検討し」「県立障害者支援施設の指定管理者の選定に当たって、求められる役割の変化に対応して、選定基準や業務の基準などの内容について見直」し、「今後、県立障害者支援施設のあり方を含め、意思決定支援の全県展開など、利用者目線の支援をより実践していくための方策を検討する本人を中心とした具体的な会議体を設置し、未来への工程表を示していく必要がある」と提言されていることを受けて、将来展望委員会が設置された経緯がある。 このようなことから、会議の進め方は、このバックキャスティングの考え方により、まず、県立施設のあり方も含めて、神奈川の障がい福祉の将来像を議論し、次に、先行研究や自治体の取組みの先行事例なども参考にしながら、神奈川の障がい福祉に係る今後の施策の方向性や県立施設の当面の対応について検討を行うこととした。 議論に先立ち、目指すべき、神奈川の障がい福祉の未来像として、事務局から、「「ともに生きる社会かながわ憲章」が当たり前になるほどその理念が浸透し、本人の意思決定を踏まえた、その人らしい生活を支える当事者目線のサービス基盤の整備が進んだ、いのち輝く地域共生社会」である旨の提案がなされた。 その上で、議論を進めるに当たっての視点について、次のとおり事務局から示された。 (神奈川の障がい福祉の将来展望に関する議論の視点) @ 津久井やまゆり園事件を契機に、地域共生社会の実現を図っていくべきではないか A 障がい福祉において、家族目線・支援者目線ではなく、当事者目線の考えを徹底するべきではないか(意思決定支援など) B 強度行動障がい、高齢障がい者、医療的ケア児など困難性の高い支援課題に対し、県として果敢に取り組むべきではないか(地域の担い手の確保、人材育成など) C 障がい者は地域社会を構成する一員であり、本人が希望する場所で、尊厳をもって、その人らしく暮らすことが当たり前であるべきではないか(社会資源の充実、サービス基盤の整備など) D 障がい者ゆえの価値の創造や、SDGsの「誰一人取り残さない」持続可能な多様性と包摂性のある社会の実現を目指すという理念を生かすべきではないか また、最終的な報告書の取りまとめに先行して、県立施設のあり方について議論を行い、中間的な論点整理を行うよう要請があった。これは、現行7つの県立施設のうちの4つについて、次期指定期間(令和5年4月から令和10年3月まで5年間)に向けての指定管理者の公募が令和4(2022)年1月に予定されており、県立施設が神奈川の障がい福祉の重要な社会資源である実態に鑑み、募集要項は、将来展望委員会での、神奈川の障がい福祉将来展望に関する議論を踏まえて策定されるべきと考えられたからである。 その上で、この県立施設のあり方の検討について、事務局が示した視点は、以下のとおりである。 (県立施設のあり方の検討の視点) @ 地域生活支援拠点の役割を持たせ、緊急時に対応できる短期入所の整備を必須としてはどうか A 相談支援の機能と人材育成の機能を充実させることとしてはどうか B 長期の入所者の地域生活移行を加速させるとともに、通過型施設(有期限の入所期間)として位置づけることとしてはどうか C 長期入所の定員は漸減させることとし、終の棲家を念頭に置いた新規の入所については、原則として、行わないこととしてはどうか D 民間では担えない理由を明確にし、目的を達成するために必要な実施態勢についても検討してはどうか このように、この中間報告の取りまとめに向けた議論は、単に県立施設の短期的な改善内容だけを検討するのではなく、長期的な神奈川の障がい福祉の展望に立って、県立施設のあるべき姿も念頭に置き、県立施設の当面の対応を中心に議論を進めたものである。 なお、前述の「議論の視点」に対しては、各委員間で特段の意見の相違はみられなかったが、将来展望委員会において、会議の進め方に関連して、次のような意見が出された。 ・ 20年先の神奈川の障がい福祉全体について、障がい福祉にとどまらず、神奈川の地域づくりなども踏まえて、これからどう展開するのかという、長期展望に立った中で、短期的な論点も入っている。長期の展望に立って短期の内容を議論するということは理解できるが、中間報告を10月にまとめるという日程観から、軸足をどちらに置いて議論をするべきか、少し分かりにくい。 ・ 民間の事業者のあり方の検討も並行的に行うが、施設のあり方だけを議論するだけではなくて、同時に、地域のあり方、神奈川の地域づくり、これを念頭に置いて検討するということが前提になる委員会だと思っている。 ・ 財政的な面の制約はもちろんあるが、まずは、あるべき姿について自由かっ達に意見を出していくという取扱いでどうか。また、今までの県立施設の役割を前提に考えるのではなく、抜本的に役割が違うという方向感もあり得るのではないか。そういったことも含めて議論してはどうか。 ・ 県立施設のあり方を含めた障がい福祉として、当然のことながら、民間の障害者支援施設ということに限らずに、地域で暮らすためのあり方、サービスについても議論が必要だろうし、さらには障がい福祉サービス以外のところも、必要に応じて今後議論していくべき。公的ではない領域も非常に大事であり、地域づくりを広く考えていく必要がある。 こうした意見についても十分に配慮しながら、将来展望委員会が、県の機関としての設置ではなく、設置要綱に基づく検討会議体として、所期の目的のとおり、自由かっ達な意見交換が行われるよう、議事の整理に努めた。 【5〜6ページ】 2、20年後の神奈川の障がい福祉  この節は、本論である「将来展望委員会での主な意見」以降に進む前に、20年後の神奈川の障がい福祉を考える上での周辺事情として、2040年を展望した社会保障等に関する先行研究等を概観し、障がい福祉分野との関係について記述するものである。 したがって、20年後の神奈川の障がい福祉に関する具体の意見については、11頁からの「2040年頃の神奈川の障がい福祉の将来展望について」を、同じく具体の提案については、46頁からの「神奈川の障がい福祉の将来展望」をご参照いただきたい。 さて、西暦で表すと2040年頃ということになるが、20年後の神奈川における障がい福祉はどうあるべきか、神奈川の障がい福祉の将来展望を示すことが、将来展望委員会の役割の一つである。 近年、人口推計を基礎として、2040年に、85歳以上人口が高齢人口の3割近くとなり、我が国の人口が約1億1千万人まで減少し、1.5人の現役世代(生産年齢人口)が1人の高齢世代を支えることになるという、いわゆる「2040年問題」が提起され、この事態をどう乗り切って、社会保障制度等の持続性をどう確保していくのか、政府レベルだけでなく、民間レベルでも種々の検討・研究が行われてきた。 それらの将来展望の検討・研究の課題認識に共通することは、@高齢者人口の急速な増大、A労働生産年齢人口の減少、B家庭機能の脆弱化、C地域社会の弱体化、D企業福祉の縮小といった指摘であり、それらの課題を乗り越える方策として、健康寿命の延伸、多様な働き方・社会参加の推進、新たなつながり・支え合いの構築(地域の互助機能の強化)、公的サービスの機能強化と効率化、ICT技術やデジタルトランスフォーメーションの導入、SDGsやESGといった社会課題に向けられる企業活動による「社会の価値」の創出などが提唱されている。 これらの要素については、障がい福祉の分野についても関係する部分が多い。すなわち、高齢化が進めば、高齢の障がい者数も増加するであろうし、その支援をどのように進めていくのかという課題が現れる。また、労働生産年齢人口が減少していくと、障がい福祉サービス事業所の担い手、支え手の確保をどう行っていくのかという課題が大きくなり、このことは全産業共通するものである。家族機能の低下に関しては、ダブルケア、ヤングケアラー、ひきこもりなど、複雑化する家族支援のニーズへどう対応してくのかなど、今後増大こそすれ減少することは考えにくい領域への対処も考えていかなければならないだろう。 加えて、定量的に将来予想を示すことは難しいが、足元では、医療技術の進歩に伴い医療的ケア児が増加傾向にあり、その支援ニーズは増大していくであろうし、同じく増加傾向にある発達障がい・精神障がいの人に対する早期のアプローチの必要性、さらには、近年、全国ベースで毎年10%ポイント近い伸びを示している障がい福祉関係予算を引き続きどう確保していくのか、といった課題にも対処していく必要がある。 一方、障がい分野の長期的な展望については、障害者基本法に基づく障害者基本計画が最も関係深いことは言を俟たないだろう。平成4年度に策定された「障害者対策に関する新長期計画」(平成5〜14年度)は第1次障害者基本計画として10年間の計画であったが、第2次は平成15〜24年、第3次は平成25〜29年度と5年間とされている。直近の第4次についても平成30〜34年度(令和4年度)の5年間の計画期間であるが、障害者権利条約の理念を反映させた最初の基本計画として、条約と計画の整合性を確保したものとされている。 県においても、これまで、長期的な視点からの県行政の運営を展望した「かながわグランドデザイン」が策定されているところであり、令和7(2025)年を目標年次とした「基本構想」の実現に向けて、現行第3次実施計画(2019年から2022年)においては、柱の一つである「健康長寿」のプロジェクトとして、「障がい児・者?誰もがその人らしくくらせる地域社会の実現に向けて」を掲げられており、障がい児・者の生活を支えるサービスの充実、障がい児・者をとりまく社会的障壁の排除、障がい及び障がい児・者に対する理解促進、といった取組みを進めることとされている。 なお、自治体の行政運営のあり方については、総務省において、平成29(2017)年10月に自治体戦略2040構想研究会が設置され、2040年頃の自治体が抱える課題を整理し、バックキャストして、今後、自治体が取り組むべきことについて検討が行われたことは記憶に新しいところである。報告書では、新たな自治体行政のあり方として、人口減少時代のパラダイムへの転換を図り、破壊的技術(AI・ロボティクス技術)を使いこなす「スマート自治体」への移行を目指すことや、圏域単位での行政のスタンダード化、都道府県・市町村の二層制の柔軟化などの提言が行われている。 近年取り組まれてきた地方分権改革により、「地方政府」としての自治体の「総合性」と「自律性」が高まったとの指摘があるが、こうした自治体の行財政のあり方の議論についても併せて、注視していくべき点であろう。 将来展望委員会は、20年後を見据えた神奈川の障がい福祉の将来展望と、その実現に向けた取組みについて検討を行うことが本務である。これまでの議論は、県立施設のあり方を含む神奈川の障がい福祉の将来展望について、熱心に行ったが、前述のとおり、次期指定管理者の選定のための募集要項に、将来展望委員会の議論を反映させる必要があるとの考えから、県立施設に係る当面の対応についての議論も相当時間行ってきたことから、「中間報告」は、そうした議論の経過を反映した内容となっている。 今後、2040年頃の人口構造をはじめとする社会経済状況の予測を基礎に、障がい福祉を取り巻く政策の動向、障がい当事者やその家族、支援者など関係する人々が抱える福祉課題の状況の変化、そして障害者基本計画や「かながわ障がい者計画」、あるいは、「神奈川県障がい福祉計画」の検討の方向性、さらには自治体行政のあり方に関する議論の推移も注視しながら、本委員会ではさらに議論を深め、県立施設も含めた、目指すべき将来の姿と、その実現のための取り組むべきことを明らかにしていきたい。 【7〜10ページ】 3、県立障害者支援施設が果たしてきた役割と現状  この節は、次節からのいわば「本論」に入る前に、これまでの県立施設が果たしてきた役割と現状について記述するものである。第2回将来展望委員会において、事務局から提出のあった資料に加筆し再構成したものである。 (やまゆり計画の背景) 県では、昭和20年代から40年代にかけて、身体障害者福祉施設、知的障害児者福祉施設などの整備を行っていた。しかし、昭和50年代に入り、高齢化社会の到来や特別支援学校の義務教育化(昭和54(1979)年4月)等を反映して、知的障害児施設における児者転換の問題、さらに、重度障がい児者の増加に対応するための障がい児者施設の機能拡充などが新しい課題となってきた。また、県立社会福祉施設の多くが昭和30年代に整備されたものであったため、建物の老朽化や施設機能の低下も目立ってきていた。 そこで、こうした状況に対応するとともに、入所者に快適な生活の場を提供するため、県立社会福祉施設の整備拡充計画である「やまゆり計画」が、昭和55年度にスタートした。 (やまゆり計画の理念と取組み) 「やまゆり計画」は、単に施設の再整備を図るだけではなく、地域を基盤とした新しい福祉システムづくりを推進するという基本構想の下に策定された。 これは、@地域から孤立した閉鎖型の施設ではなく、地域の中で生活し地域からも利用される地域開放型施設へ(クローズからオープンへ)、A施設単位で自己完結した点としての施設ではなく、地域という広がりを持つ面としての施設整備を目指す(点から面へ)ものであり、地域福祉の向上のため、総合的な施策の展開に資することを基本的な考え方としている。 やまゆり計画の対象施設は、療育、処遇の組織体制も新しい形に整えられ、障がいの重度化などに対応できる専門施設として整備された。また、@ショートステイやデイサービスの在宅福祉サービスにより地域とつながり、Aボランティア活動等への会場提供や市民へのプール開放等により施設を地域へ開放し、B障がい児を地域でケアする地域療育システムを補完するものであった。 (第二やまゆり計画の策定) 平成に入り、建替えの時期を迎えた県立社会福祉施設について、障がい者を広域的に受け入れる社会福祉施設として再整備することを目的に、平成3年度から「第二やまゆり計画」が5か年計画でスタートした。 この計画は、本格的な高齢化社会に備え、県立社会福祉施設を@障がいの重度化対応の役割、A広域福祉拠点の役割、B人材養成の役割、から見直し、「やまゆり計画」を継承発展させて総合的な施設整備を行い、人生80年型福祉社会の基盤づくりに資するものであった。 (県立社会福祉施設の運営の弾力化) こうして、民間社会福祉施設の整備が進むとともに、施設運営や利用者支援技術のノウハウが 民間にも蓄積されてきた状況を踏まえ、当時の担当部局であった福祉部は、平成11(1999)年5月に、今後の県立社会福祉施設の運営のあり方に関する指針である「県立社会福祉施設の運営の弾力化」を策定した。 この指針では、@県立社会福祉施設として先導的役割を達成したものについては、民間への移譲(民立民営化)や廃止に向けた検討を進め、また、A引き続き県立社会福祉施設としての機能を果たしていくべきものについても、施設運営の委託(県立民営化)や個別業務の委託、施設統合の検討を進めることが必要であるとした。 (県立社会福祉施設の将来展望検討会議の設置) 福祉サービスの利用制度化の進行に伴う民間によるサービス提供の量的拡大を背景として、今後の福祉行政の重点を、利用者への支援や事業者の指導、専門的な人材の育成などに移していく必要があるとの観点から、県自らが福祉サービスを直接提供している県立社会福祉施設のあり方を改めて検討することとした。 このための検討組織として、平成15(2003)年7月、「県立社会福祉施設の将来展望検討会議」を設置し、同年11月、検討結果の報告書が提出された。 この報告書では、今後の県の福祉行政が担っていく機能・役割は、@広域的な立場から市町村の取組みを補完・バックアップしていく機能、A個々の市町村が完結的に充足させることが困難な行政ニーズに対して専門的な立場から補完していく機能、B制度の谷間にあったり、実践的にもノウハウが確立されていないなどの新たな課題に対する試行的・先駆的な取組みなどに特化されていくべきとしている。 その上で、施設サービスの提供については、柔軟な運営が可能な民間に基本的に委ねるという考え方に基づき、当面、県立社会福祉施設の目指す役割は、複合的なニーズを抱える人々や制度の狭間にある人々へのサービスなど、そのノウハウが十分確立していない分野に役割を特化していく必要があると指摘した。 (指定管理者制度の導入) 当時の担当部局であった福祉部では、この報告書を尊重して、所管する22(直営7、委託15)の県立社会福祉施設について、時代の変化に対応した県の役割を踏まえた見直しを進めるとともに、「指定管理者制度」の導入を図っていくこととし、必要な条例の制定・改正など、制度導入のための準備を進め、可能な県立社会福祉施設から順次、指定管理者制度の導入や民間移譲を行っていった。 (県立障害福祉施設等あり方検討委員会による検討) 県全体の動向として、平成24(2012)年10月、行財政基盤の確保を図るために「神奈川緊急財政対策」が取りまとめられ、7つの県立障害福祉施設のうち、当時、県直営の「さがみ緑風園」及び「中井やまゆり園」については指定管理者制度の導入を、当時、指定管理者制度を導入済みの「津久井やまゆり園」、「秦野精華園」、「愛名やまゆり園」、「厚木精華園」、「三浦しらとり園」については民間移譲を、それぞれ検討することが盛り込まれた。 このため、当時の担当部局である保健福祉局福祉部としては、前述の「県立社会福祉施設の将来展望検討会議」の報告書が取りまとめられて10年が経過し、国の障がい福祉制度の変革(支援費制度から障害者自立支援法、障害者総合支援法へ)を踏まえ、平成25(2013)年5月、「県立障害福祉施設等あり方検討委員会」を設置し、県立障害福祉施設に求められる機能・役割などを整理し、今後の施設のあり方の方向性について議論を行った。 同報告書においては、県立障害福祉施設は、民間施設では対応困難な障がい者の受入れや、地域の拠点施設としての民間施設等への支援、民間施設等との連携・協力の推進といった役割が求められている、と基本的な認識を述べており、これに該当する県立障害福祉施設は存続すべきとしている。とりわけ、県直営での運営を残すべき県立障害福祉施設の役割としては、民間施設では「特に」対応が困難な障がい者の受入れと、市町村の支援、県の障がい福祉施策への反映といった機能を持つべきとしている。 この結果、強度行動障がい対策の中核施設とされていた「中井やまゆり園」については、引き続き、県直営で運営すべきとし、当時、指定管理施設であった「秦野精華園」(中軽度の知的障がい者の就労支援を中心)、「厚木精華園」(高齢の知的障がい者及び医療的ケアが必要な中高齢の知的障がい者の支援を中心)については、民間施設においても同様の支援ができるようになれば、民間移譲の検討を行うべきとした。 また、同じく指定管理施設であった「津久井やまゆり園」(重度重複の知的障がい者の支援を中心)と「愛名やまゆり園」(重度重複の知的障がい者の支援を中心)については、民間施設のバックアップ機能などの役割を果たしていることに鑑み、引き続き、手厚い職員体制を担保できる指定管理を継続すべきとしている。 なお、旧身体障害者療護施設である、県直営の「さがみ緑風園」については、医療的ケアが必要な最重度の身体障がい者(遷延性意識障がい、ALS患者を含む)を受け入れていることから、同等の支援のレベルが確保できることを前提に、指定管理者制度の導入の可能性に言及している。 (津久井やまゆり園事件の発生と再生基本構想の策定) 平成28(2016)年7月、県立施設である津久井やまゆり園において、突然の凶行により、19人のかけがえのない尊い命が奪われ、27人が負傷するという、大変痛ましい事件が発生した。 県は、当初、津久井やまゆり園の再生に向けて、現地での全面的建替えの方向性を示したが、様々な意見が出されたことを踏まえ、平成29(2017)年2月、神奈川県障害者施策審議会に「津久井やまゆり園再生基本構想策定に関する部会」を設置し、同年8月、「意思決定支援」、「安心して安全に生活できる場の確保」、「地域生活移行の促進」を柱とする検討報告書が取りまとめられた。県は、この内容を尊重し、同年10月、「津久井やまゆり園再生基本構想」(以下「再生基本構想」という。)を策定し、これに基づき、利用者の意思決定支援や施設整備に取り組んできている。 (津久井やまゆり園利用者支援検証委員会、利用者目線の支援推進検討部会による検証) 令和元(2019)年11月、県立施設である愛名やまゆり園の元園長が逮捕された事件を機に、かつての津久井やまゆり園の利用者支援に関し、不適切な支援が行われてきたと指摘する情報が県に寄せられるなどの事態を重視し、令和2(2020)年1月、県は、外部有識者からなる「津久井やまゆり園利用者支援検証委員会」(以下「検証委員会」という。)を設置し、検証を進めることとした。検証は、津久井やまゆり園の利用者支援だけでなく、指定管理者のガバナンス体制や県の関与も対象とし、職員のヒアリングも予定されていたが、新型コロナウイルス感染症の拡がりにより実施を見送り、令和2(2020)年5月、これまでの間で確認できた課題と今後の改善の方向性について、中間報告として取りまとめられた。 この検証によって明らかになった課題は、他の障害者支援施設にも共通する課題であると考えられたことから、県は、検証対象を他の県立施設に拡大し、身体拘束などの不適切な利用者支援についてさらなる検証を行うため、検証委員会を発展改組し、令和2(2020)年7月、神奈川県障害者施策審議会の下に、「障害者支援施設における利用者目線の支援推進検討部会」(以下「検討部会」という。)を設置した。 検討部会では、当時の6つの県立施設における利用者支援の内容が検証され、とりわけ、行動障がいのある利用者に対し、適切な支援が行われず、身体拘束が常態化している事例が複数確認され、虐待が疑われる事例も確認された。検討部会は、県立施設のような大規模施設は、構造的に、閉鎖性や管理性の高い運営に陥りやすく、行動障がいのある者や、障がい程度が重度な障がい者を集めて支援することは、様々な課題が発生すると指摘し、県が、県立施設に対して、十分な指導監督を行ってこなかったことと併せて、事態の改善を強く要請している。 (現在の県立施設の実態) これまで県立施設は、民間では対応が困難な障がい者の支援を役割とされてきた。実態として、現利用者の障害支援区分の平均は全国平均よりも高く、また、行動障がいのある者の入所割合も同様に高くなっている。 将来展望委員会では、各県立施設の支援の現状を把握するため、利用者の年齢・支援区分・在所年数等の基礎的な数値のほか、日中活動の内容や施設外の事業所の利用状況等を調査し、議論を行った。各県立施設で行われている日中活動は、多くが施設内だけを活動場所とし、また、医療機関への通院も施設内に設置された診療所で完結しており、大半の利用者が施設内だけの生活になっていることが明らかになった。 県立施設を退所する理由の約7割は、入院または死亡となっており、いったん県立施設に入所すると、在所の期間は長期にわたっている。県立施設の利用者が地域に戻ることは非常に困難な実態となっており、開設当初の理念とは違い、県立施設は、現状としては「終の棲家」となっている。 (まとめ) 県立施設は、神奈川の障がい福祉施策の長い歴史の中で、かなり早い年代(昭和20年代40年代)において設置されている。当時は、障がい児者の保護収容が施策の中心的な考えであり、社会資源がほどんどない状況を変えるべく、県自らが大規模な施設を作っていったという経緯が伺える。 今日、民間の事業者が機能を分担できるようになってきたが、現状においては、県立施設は、民間施設では対応困難な重度の障がい者等に特化して、利用者の受入れを行っている。しかし、検証委員会及び検討部会における、有識者による支援内容の検証を通じて、身体拘束などの不適切な支援が長きにわたり常態化していた事例が複数確認されたところであり、併せて、県の指導監督が不十分であったことも明らかになっている。 現在、各県立施設においては、県本庁と一体化となって、支援の質の向上のための取組みを続けているところである。一方で、不適切な支援の原因が、大規模な施設であるがゆえに閉鎖的、管理的な運営に陥りやすいという構造的な課題を抱えているからだ、という問題提起もなされており、県立施設の今後の運営について見直すことが強く求められていると言える。 【11〜30ページ】 4、将来展望委員会での主な意見 この節では、将来展望委員会で出された意見について、事務局から提示された議論の視点(各項目の枠囲み内に記述)に分けて記述している。「2040年頃の神奈川の障がい福祉の将来展望」及び「県立障害者支援施設のあり方」について、それぞれ5つの視点が示され、各視点別に各意見を整理した。なお、これらの視点にはうまく収まらない重要な意見もあり、それらは、「その他、重要な意見」(44頁)として整理した。 (1)2040年頃の神奈川の障がい福祉の将来展望について @地域共生社会の実現 事務局から提示された議論の視点:津久井やまゆり園事件を契機に、地域共生社会の実現を図っていくべきではないか (差別のない社会) ・津久井やまゆり園事件を思う時、共生社会という視点が弱いため、普通の生活ではなく、施設に隔離し、隔離から差別という社会につながっていたのではないかと実感を持っている。 ・いろんな障がいの人と街の中で会って、お手伝いしたいと思っても、なかなか声を掛けにくい。知識があるつもりでもそうだ。もっと自然にそういうことができるようになるには、やはり、隔離をするべきではない。やまゆり園事件もそういった関係があるのではないか。障がいのあるなしにかかわらず、差別やいじめ、虐待、さらには生活困窮といった様々な社会的な課題があるが、それらも、そういうことと無関係ではないと思う。 ・千葉県袖ケ浦福祉センター(以下「袖ケ浦福祉センター」という。)の事例だが、当該入所施設の検証を行ったところ、非常に閉鎖的で、他の法人や地域と全く連絡がなく、地域生活移行もない、家族等も含めて外部の人が来ない、保護者が来ても中に入れない、という状態であった。死亡した利用者の寮は、周りから全部見えないようにしてあり、窓をみんな目隠しして、入口を全部鉄の扉で隠してあった。利用者と支援職員が全くの閉鎖空間にいて、精神が正常でなくなり、異様なことになったと推察している。 ・上野千鶴子さんが『現代思想』で相模原の事件について書いた「障害と高齢の狭間から」(「現代思想」、2016年10月号)を紹介したい。 「相模原の事件は集団生活を強いる施設の中で起こった。介助の効率化のために導入された集団処遇は、言うもおぞましいが殺傷の効率化のためにも有効だった。もし障害者が施設に入所していなかったら……。障害者介助を業とする渡邉琢さんが『シノドス』(2016)に書いた、『なぜ彼らが殺されたのか』以前に『なぜ、彼らは施設にいなければならなかったのか』という疑問に、わたしは完全に同意する。渡邉さんはこういう。『なぜ、施設入所者は、施設で暮らさざるをえなかったのか。言葉は悪いが地域社会から見捨てられたからではないだろうか。地域社会が受け止めてくれるのなら、なにも住み慣れた地域を離れて、不自由な集団生活がまっている施設に入ることはない』」 私たちはもう一度、地域共生社会市民として障がいのある人が地域で生活できるということを考えたいと思う。そのために、県立施設、あるいは国の施設は何ができるかということを考えたいと思う。 (地域でともに暮らす) ・地域で暮らすには、やれる人はやはり朝あいさつをした方がいいと思う。「おはようございます」とか、お店の人に毎朝あいさつして出かけている。例えば「昨日魚おいしかったですよ」と言うと、「ありがとうございます」とか「また来てくださいね」とお礼を言われる。そういったことが地域とのつながりではないか。 ・生まれた時から、小さい時から地域社会で一緒に暮らすことが大事。障がいを持ったからといって悩んで、どうしようかということがないような、安心して育てることができる地域であるべき。地域の中で、みんな同じなのだから一緒に育っていこう、一緒に生活していこうということが、一番根本なところで必要なことだと思っている。そのための施策を進めていってほしい。 ・地域でもよく話をしている。2週間前に地域のお店で刺身を買った。そのときに、ちょっと優しい店員さんがいて、同僚の方に「この方、親切ですね」と言ったら、その同僚の方も「最高です」と言ってくれたのが、僕はすごく嬉しかった。なので、地域で暮らすには、会話をすごく大事にしている。常に会話を大事にして、そうすると、だんだんといのち輝くようになるのではないか。 ・朝、必ずどこかしらのお店の人にあいさつしてお話しして出かけていく。「昨日これ、おいしかった」と言うと、喜んでくれて、また訪れたくなる。ある店員さんが、僕が行くと商品を選んでくれるのだが、「どれがいいですか」って聞くと、「選びましょうね」なんて言ってくれて、それはすごく親切な方だといつも思っている。なので、なるべく、その店員さんがいる時に買い物するようにしている。 ・よくご近所のおばちゃんたちとおしゃべりするが、福祉の話は全然しない。軽度の知的障がいだからできるのかもしれないが、普通の会話が普通に生まれている。 (地域でともに育つ) ・障がいがあってもなくても同じ子どもなのだから、幼稚園や学校の普通学級で、一緒に学んで一緒に遊ぶということが、すごく遅れていると思う。それが一番の原点ではないか。 ・自主活動の中で小さい時からいろんな子ども同士、ふれ合うとか、親子で他のいろいろな方にふれ合うといった意味では、この問題は福祉の問題に留まらずに、教育や、少し幅広いところに、大きく関係していて、そこで小さい時からいろいろと一緒にやっていれば、それぞれの認識も変わってくる、また、20年後にますますいろいろな形につながっていくと思う。 ・子どもが幼稚園から小学校、中学校と、今で言うインクルーシブ教育を受けることができた。支援教室もあるが、通級ということで、他の生徒と一緒に9年間過ごすことができた。地域の中で生活できたと感じている。上に娘が2人いて、1歳から6歳まで通った保育園では、6歳まで重度の障がいの人3〜4人と一緒だった。その経験というのは、本当に姉たちに身についていて、本当にそれがうちの子どもたちの原点だなと思っている。地域でいろんな人と生活したということが今につながっている。その経験が今も身について、その経験があっての彼、彼女らの今の生活だなと思っている。やはり子どもの時の生活が一番大事なのではないか。それは、家族支援にもなる。そういう視点も是非持っていただきたいと思う。 ・小学校に上がったときに、特別支援学級とか通級を使っていくことは必要だなと思うが、上がった段階から放課後等デイサービスというような、サービスを使わなければ生活が送れないという子にしたくないと考えている。私は、障がい福祉に関わって二つの山を両方からトンネル掘ってるような気持ちでいる。一つはいろんな事情の中で暮らしてきた人たちが一日も早く、昼間頑張れる場所を見つける。夜はほっとできる場所を見つける。それをいつも支援者がどうする、どうする、どう?っていう感じで、伴走者のようについていくこと。できれば、入所施設でなくとも、やっていけるような暮らしというのを作っていくというトンネル掘り。もう一つが、今生まれた子どもたちが、いわゆる適応障がいとかになることなく、自分の持っている力を伸ばしながら、成長していくという二つのトンネル掘りが大事だと思っている。 ・子どもは、生まれてから、家庭からいろんな所に出ていくのだが、保育園ではなかなか難しいから、児童発達支援事業所に通った方がよいのではないかとか、あるいは学校よりも、特別支援学校の方がよいのではないかということがある。一番大事なのは保育園で一緒に、他の園児とクラスを過ごす中で、本人を適応障がいにさせない、ならないようにする取組みを、小さい頃から、思春期、大人に向けて続けていくことが何より大事だ。 (理念の普及・啓発と新しいルール作り) ・かながわ憲章はそのまま読むと、言葉の意味が難しい。8月2日に、知事と当事者のシンポジウムを行った。シンポジウムでかながわ憲章は難しいと意見が出た。そのとき、知事は、「いのち輝く」という言葉を使って、分かりやすく答えてくれた。知事が言う「いのち輝く」はイメージができた。知事の言葉で、もっと発信してほしい。 ・僕のやりたいことを押してくれる、気持ちを分かってくれる人がいれば、僕はいのちが輝く。施設で暮らす仲間たちのいのちも輝いてほしい。津久井やまゆり園事件が起きて、かながわ憲章ができた。でも、今も虐待はなくならない。新しい憲章やルールが必要だ。そのときは、僕たちの気持ちを聞いてほしい。よろしくお願いします。 A当事者目線の障がい福祉 事務局から提示された議論の視点:障がい福祉において、家族目線・支援者目線ではなく、当事者目線の考えを徹底すべきではないか (当事者目線の支援に向けて) ・県立施設については、平成15年度からそのあり方について検討が行われてきたが、障がい当事者の視点からの検討は行われていなかった。 ・ここに至るまで、検証委員会及び検討部会において、入所施設にとっては厳しい指摘をいただいているが、改めて、障がい当事者への伴走の仕方を変容させるチャンスというふうに捉えて、当事者目線に立って、もう一度、我々の独りよがりではなくて、当事者と一緒に、施設を進める。その先に、施設が不要になるような実践を展開していきたい。 ・昨年度まとめられた検討部会報告書の内容については、真摯に受けとめている。特に、身体拘束ゼロに向けた取組みについては、鋭意実施している。 ・検討部会では、やむを得ず身体拘束する前に、職員同士でしっかり話し合うことが一番大事だという意見があった。私たちはその言葉をしっかりと受けとめて、今まで以上に慎重に進めるようになったし、そのことが、やむを得ず行う身体拘束の件数の減少という形で表れてきている。 ・検討部会では、身体拘束をしなかったらそれでいいのではなくて、これからは支援の質も上げていかなければいけないという意見があった。日中活動や余暇活動、そういうところの充実にも取り組んでいる。 ・障がい福祉に関わる職員の意識と意欲を高めることが大事ではないか。検討部会報告書は私たちにとって非常に厳しいものになったが、当事者目線に立てば、当然のことと受けとめなければならない。 ・今の施設ではいろいろとルールを決めていて、以前、洗濯物の集配の仕事を行った際に、職員に、「実は、今日買い物をしたいのだが」と伝えると、今年の4月に入ったばかりの職員だったが、分かってくれて、コンビニに行くことができた。やはり自分の意思は言った方がよい。 ・ジョブコーチっていうのはあんまり役目を果たしていない。以前、授産施設にいたとき、1回就職したのだが、その時、僕にはすごく厳しく言って、会社の味方ばかりしていた。それでちょっと僕が困って、会社を辞めることになったら、その職員は反省していた。 (不適切な支援の背景) ・不適切な支援をのんべんだらりと繰り返していると、支援職員も管理職も、もう一歩先に進んでしまい、自分たちが担当している利用者が、人間ではないと思ってしまう。私はこれを「視野狭窄型」と呼んでいる。 ・障がい者あるいは認知症の人に対する人間理解については大きな変化がここ30年ぐらいのところで生じている一方で、「視野狭窄型」の支援が行われている。それは、認知症の人や重い知的障がいの人というのは、自分のことが判断できないんだ、もちろん社会のことも判断できないんだ、だから他の人が代わって判断しなきゃいけない、こういう考えで支援を行っているからだ。私はこれを「能力不存在推定」と言っている。 ・支援の中で、叩かれたから思わず叩き返したというような、思わずやってしまったというような支援、これを100%なくすのは非常に難しいだろう。こういうことが起きたときに、その支援というものが一体どういう状態だったのか、なぜそういう事態になったのか、施設ぐるみで再検証し改善していく取組みが必要だ。 (当事者目線の意味) ・職員が勝手に自分たちのことを決めないでもらいたい。親や職員が勝手に決めないでもらいたい。親の意見を聞くのでなく、職員の意見を聞く前に、自分たちの意見を聞いてもらいたい。職員と話したい。施設のルールも自分たちで決めたい。 ・障がいの人に対して当事者目線で話すと、結構分かってくれる。いくら障がいが重くたって、「この人、無理だ」と言わない方がいいと思う。 ・当事者目線というのは、常に相手に合わせて話をするということだと思う。私が通う施設に自閉症スペクトラムの方がいるが、その人たちの目線で話すと楽しそうで、ちょっとしたことなのだが、すごく喜んでくれる。私が休むと、一緒に働いている仲間から、こういうことがあったよ、と報告してくれる。私にとって、すごく励みになって嬉しいことだ。 ・当事者目線の障がい者福祉の将来の展望が何なのか。いつまでも、僕たちは若くはありません。みんないつか死にます。それで、施設のあり方も変化してほしい。施設のことばかりの話で、僕たちの意見はどこにいくのだろうって思う。 ・支援、あるいは支援されるという立ち位置ではなく、一緒に人生を作り上げていく。支援者も自分が変わっていくと楽しくなる。そういうことが、本来の当事者目線なのではないかと思っている。支援をしてあげて、利用者の人が幸せになっていくというのは当事者目線でも何でもなくて、それは上から目線。そうではなく、一緒に人生を作っていくことだと思う。 (意思決定支援の推進) ・県が意思決定支援に取り組んで、今後も全県に展開していく。これは全国に先駆けた、大変良い取組みだ。 ・オール神奈川での意思決定支援の取組みを推し進めることが必要だ。県立施設全体で行うことをまず提案したい。実際に津久井やまゆり園のモデルで、この意思決定支援に関わったチームから、障がい当事者がこういった場に加わることによって、話し合いの形式も大きく変わり、サービスを使う主人公であるというようなことがより意識されるようになった。 ・意思決定支援の取組みを是非、県立施設全体、中期的には神奈川全部の民間施設でも、この神奈川モデルというものを構築できるようにできたらよい。併せて、意思決定支援コーディネーター等の配置も検討してほしい。 ・これまでは、地域生活の体験の機会が少なく、選択肢は限られていたが、今後、意思決定支援の中で、障がい当事者が生活の場や暮らしの場など、もっと選択できるようになればよいと思う。 ・神奈川全体の地域の事業者の理解の下で、本人の経験をいろいろと広げながら、意思決定支援の取組みを進めるには時間がかかる。半年や1年で済むという話ではない。この将来展望委員会は、20年先を見ているので、時間をかけて、今まで意思決定というものを試みたことがない人たちに対して、意思決定をしてもらおうということだと思う。入所施設だけを見るのではなく、県下全体で、時間をかけて展開しないといけない。 ・地域生活移行だ、小規模化だと言って、意思決定支援を進めるときに、施設だけを見て意思決定支援ができるものではない。やはり神奈川全体の地域の事業者がどこまで試みを受け入れてくれるか。いろんなところで暮らす経験をしないと、意思決定支援なんてできないので、入所施設だけではないところでの意思決定支援の取組みを是非とも進めてほしい。 ・意思決定支援は、入所施設だけの話ではなく、そもそも地域で暮らしているときにおける意思決定支援も含めて、幅広く取り組んでいく必要があるのではないか。 (意思決定支援の本質) ・意思決定支援の「意思」は、「思う」という漢字はなくて「志す」。なにがなんでもやり遂げるのだというような思いが生じるようなやり取り、環境というのが、当事者の尊厳回復につながっていくと思っている。 ・30年ほど前から、パラダイム転換が生じている。どんなに重い認知症の人や障がいのある人であっても、その人なりの考え、思いというのがあり、それを引き出す支援をすることが重要だ、となった。適切な支援さえすればその人の思いというのが理解できて、その人が思っている状態で支援ができるようになる。その人がパニックを起こしたり怒ったりするということが少なくなってくる、という理解に変わってきている。私はこれを「能力存在推定」と呼んでいる。 ・県の意思決定支援のチームの活動は、「能力存在推定」の立場に立たないと意思決定支援というのはあり得ない。意思がない人に意思決定支援をすることはあり得ないことから、意思決定支援という会議においては重い障がいの人も重い認知症の人も、思いがあるのだということを前提にしないといけない。 ・約束と合意を経ないで入所する中で起きるのが行動障がいである。行動障がいは、障がい当事者の方の問題ではなくて、環境の中で起きてしまう。非常に激しい行動障がいも当然あるが、その中で、支援職員、利用者ともに、双方向にトラウマが生じて、より閉鎖的な、路頭に迷うような状況・環境が生まれて、その人の可能性が見えなくなっていく。この悪循環を食い止めるためにも、やはり何のために入所しているのかを、本人とそこで暮らす職員、そこで支援する職員が認識していくということが非常に重要であり、これが「意思決定支援」なんだというふうに捉えている。 ・意思決定は大切ではあるが、やはり、すべての人に「思い」があるということと、周りの人がその「思い」というものをどれだけ尊重できるかというところにかかっている。 ・意思決定支援の「支援」という言葉を使うと、どうしても支援者と支援される側という、立ち位置を想定する。良き支援をしている人というのは、支援をしているというよりも、障がいのある人と一緒に暮らしているという、そういう印象だ。支援をしているというよりも、支援者も人生が変わっていくという形で、ともに人生を築き合っていくという、そういう立ち位置であるべきだ。 ・一般に、自分で決定したことについては、結果が悪かったとしてもしょうがないと思いながら生活している。重度の知的障がいのある人も、その人なりの考えがある。その考え方を尊重して、いろいろな行動を促しているかというと実際はどうなのか。私の子どもの場合、夏休みはずっと家にいるので、散歩に出た方が身体のために良いと思って誘う。彼は外の散歩は嫌で、コンビニでコーヒーを飲もうと誘ったりするのだが、頑として受け付けない。親としては、健康を考えるのだが、本人の意思というのが強い。これはやはり、彼がそう思っていることを尊重すべきだと思っている。 ・社会福祉法人同愛会 てらん広場(障害者支援施設)(以下「てらん広場」という。)は終生保護ではなく、有期限での利用としている。まず、本人と一緒に、なぜてらん広場に来ることになったのか、よく話をして、これからどうしていくのか、目的を整理することにしている。新しい人生を作ろうという、支援職員と利用者の間での約束。これが、てらん広場での意思決定支援のスタートである。 ・てらん広場のスタートは、新しい人生を作ろうという、支援職員と利用者の間での約束である。多様な人たちに囲まれて、多様な体験の中で、自分が好きになっていく。その延長線上に、一人ひとりの望む暮らしが広がっている。そういう意味で、てらん広場が取り組む意思決定支援に終わりはない。 (経験・体験を基礎とした意思決定支援) ・今の入所施設に「入りたい」と本人が自ら希望して入っている人は、ほとんどいないと思っている。しかし、地域生活移行だと言って、「どこかに移り住みますか」と聞いたところで、経験がないので、意思決定のしようがない。 ・意思決定支援という言葉は福祉の専門用語で、一般的にはあまり普及していない。一般には、年齢の小さい頃から体験とか経験を積み上げて、ある意味、空気のようなものかもしれない。そういう点では、支援者の意識としても、障がい当事者の意思を汲み取る支援が必要だということを、もう一度検証していくことを併せて行わないと、意思決定支援が形骸化してしまうのではないかと恐れている。 ・「どんな障がいがあっても、この人は無理だと言うべきではない」という視点を大事にしながら、体験や経験の機会をしっかりと提供していかないと、意思決定支援は広がっていかないのではないか。 ・利用者と水族館に出かけた際に、喫茶コーナーに立ち寄って、何を飲みたいか尋ねると、その利用者は「缶コーヒーがいい」と答えた。その人にとってはコーヒーというのは缶コーヒーしか経験していないことが分かり、やはりいろんな機会を作ってくことが非常に大事だと感じた。 (意思決定支援と相談の関係) ・私達の仲間は、「意思決定と相談の関係って何」と疑問に思うと話している。意思決定は結構、聞いてくれるのだが、相談はできないことが多い。意思決定と相談を一緒にするのか、この先別々で考えるのか確認したいし、皆で考えていく必要があると思う。 ・意思決定と言うときに、意思はあるんだと言っているが、そのときの意思ってどんな意思なのか、実はよく分からない。何かあるのだけれども、それが強固な意思なのか、何か弱々しい思いなのか、人によって違う。今まではものすごく強固な意思を持っている人を前提にしていたが、今は、何か困ったなあという、弱々しい意思、あるのかないのかも分からないような意思、それを重要にしようというのが、今の時代の流れになっている。 ・意思決定の「決定」というのも、非常に危ない言葉で、私たちが何かの契約書にサインしたときに、何か決定したというふうに思いがちなのだが、実は私たちは「決定」はしてない。迷っている。常に迷ってサインした後も、「あのサイン大丈夫だったかな」というふうに迷っている。何か決定は一応してみたけれども、「あの決定は間違っていなかったかな」といったことを常に思いつつ、心が動いている。だから相談する。 ・人は、何か決定する前にも相談するし、決定した後も相談する。だから意思決定支援は、常に相談相手がいないといけない。弱い人が、迷いながら何か決めているという前提で、「あなたの決定に他の人も関わりますよ」と、そういうことをやるのが意思決定支援だと考えている。 (子どもの頃からの意思決定支援) ・本当は家庭で育てるのが一番良いと思うが、それが困難なことも結構あって、分離されて、児童福祉施設に入所せざるを得ない場合もある。子どもが小さい頃に分離されてしまうと、交流がなくて、大人になって苦しんで、その時に、意思決定支援って言われても本当に本人にとっても苦しいことだと思う。制度上、児童養護施設から大人になって社会に出て行かなければならず、その過酷さをいろんな人と接して感じている。 ・入所型の児童施設の利用者が成人になって地域生活移行するときに、高校2年生から日中の職場実習というのが始まって3年生でも継続して、日中活動の場が決まっていく。しかし、生活の場の実習という機会は実はない。家庭に帰れない児童も多く、高校3年生ぐらいになって急に、居住の場をどうするのかという議論になってしまわないような仕組みづくりが大切だ。 ・もっと小さい時、中学生ぐらいの時にグループホームとか、いろいろな地域の資源を見て、体験をしていくっていうところがすごく必要だなと感じている。その中で、自分で意思決定をして、自分の住まいや、自分の暮らしを決定していくことがとても大事だ。 ・意思決定のスタートは選ぶことだと思う。今、日本はインクルーシブ教育だと言われているのに、私が学生の時には、「学校選んでいいよ」とは言われなかった。子どものときから選ばせてもらえれば、今になって意思決定なんて言わないのかなと、地域で暮らしている自分として感じている。 ・自身の経験だが、小学校3年生の頃、母から、「4月から特別支援学校に変わるよ」って言われて、びっくりしたことがある。今思うと、半年前に母が児童相談所に一緒に行ってくれた。学校が変わるので、最初は戸惑ったが、普通学校だと、なかなか皆の中に入っていけなかったので、結果的に、その特別支援学校に行って良かったと思う。 ・今までの障がい福祉は、かなり重い知的障がいの人も、それぞれ自分自身の考えがある、あるいはあったかもしれないのに、周りが、親も含めて決めてしまってきた。そういう長い歴史がある。本人の「思い」や「意思」というより「感覚」という言葉が相応しいかもしれないが、「心地よい」とか、「イヤだ」とか、「良い」とか、小さい時からそういったことをきちんと発言する経験をした人は将来、大人になってもいろんなことが「イヤだ」とか、あるいは「良い」とか言える。小さい時からそういうことを保障してこなかった、私たち周囲の至らなさがある。 (意思決定と自己責任) ・意思決定支援の中心は自己決定の支援だ。自身で決めてもらうことを支援することだが、支援したら、必ず自己決定をしなきゃいけないということではない。弱い人間であれば、迷うということがある。だから支援をするのだが、自己決定と自己責任がセットにされて、「自己決定をしたら、あなたそれ責任取れよ」とよく言われる。「あなたがそこに住みたいって言うからそこに住ましてあげたのに、そこで怪我してどうすんだ」という話になって、「あとは放っておけ、自分で責任取れよ」ということを言う人が出てきかねない。自己決定と自己責任を一体のものとすべきではない。 ・介護や障がい福祉、あるいは児童福祉も教育もそうだが、自己決定を尊重するけれども、自己責任は追及しないし、自己責任はない。「失敗したら支援をまたやるぞ」という意味での意思決定支援だということが重要だ。おそらく、障がい福祉や高齢福祉、児童福祉の世界で、「あなたが決めたんだから自分で責任とれよ」なんてこと言って支援をやめる人は一人もいないだろうし、現場でそんなこと言っていたら何もできない。自己決定は自己責任を伴わない、そういう意思決定支援を我々はやるんだという感覚が必要だと思う。 ・意思決定支援に関しては、不合理と思われても他者の権利を侵害しないのであれば、その人の意思決定を尊重するっていう基本原則があると思う。これは、まさに当事者目線のことを言っていて、意思決定をして、結果は違うと思ったとしても、それは失敗ではなく「学び」だと思う。その「学び」を蓄積していくことで、本来の意思決定ができるようになっていくのではないか。意思決定は、ひとつここが決まったからそれで終わりではなく、その場面場面でずっと続いていくものなんだと感じている。 (意思決定支援の留意点) ・意思決定、意思決定と言うが、仲間とは、「意思決定自体が分からないのに何で意思決定って言うの」と不思議がっている。支援者の皆さんはどう思っているのだろうか。 ・今の意思決定支援は、支援者、親、学校の先生からという、高みからの意思決定支援となっている。本人たちにからすると、「そんなこと言うな」、「そんなものはいらない」、「ウザいことだ」と思っている。その時に大切になるのはまさに友達だ。「彼が地域に行ったのだから僕も行ってみたいなあ」ということをどれだけ作れるか。専門家にリードされた意思決定というのは、非常に良くない。友だち関係を大切にした意思決定支援をこれからは本格的にやっていく必要がある。 ・意思決定支援は非常に危うい側面がある。例えば入所施設に意思決定支援なしに入所して、お昼ごはんをラーメンにするかうどんにするかって聞いても、全くそれは利用者に対する侮辱だと思っている。そもそものことをもう一度聞かないで、何のためにやるのか。言い訳のために意思決定支援を利用されているのは、甚だ悪いことだと思っている。 ・日常、人は、自身でいろいろと決定をしていると思うが、それは、誰かに相談したり、あるいは妻の話を聞いてOKが出て決定したりと、自身で強く決定することはそれほど多くはない。障がいのある人に、「自分の住む場所やグループホームはどこが良いか」ということを体験もなしに決めてもらうというのは、なかなか難しい。「意思決定支援」は大切な言葉であるが危ない言葉でもあり、どのようにも使われてしまう恐れがあるということを認識しておかなければならない。 ・意思決定というのはやはり自分で決めるということだ。支援というのは、その人に合った支援をしてもらうということ。私の場合、前に施設にいた時に一度就職したが、その就職先は、人間関係が難しく、規律も全然違った。施設の職員に相談すると、厳しく言われたので、しばらく頑張って続けたが、辞めた後にどうしようかって困って、また相談したら、「もうここはあなたの来るところじゃないわよ」と言われて、ちょっとがっかりした。結局、他の施設に行くことにした。あとから、「あなたのことをもう少し理解してあげれば良かった」と言われた。僕は少しくらい言われても平気だと思ったのだろうが、それは大きな間違いだと思った。 (意思決定支援の実践の検証) ・津久井やまゆり園の仲間は、追悼集会に参列できないと聞いている。やまゆり園の意思決定支援はされているのでしょうか。一緒に暮らしていたのであれば、仲間と感じるのではないでしょうか。自分も入所施設の仲間と働いて仲間意識が生まれている。大切な仲間。参列できていないのは、仲間の気持ちや、「思い」がないということになる。いのち輝く人生にするために、意思決定支援について、もう一度検証してほしい。 ・津久井やまゆり園は、新しい施設ができて既に移行が済んでいるが、意思決定支援がきちんと行われていれば、ほとんどの人は地域に行ったのではないか。「新しい施設に行った人はほんの少しだったね」というのが、本来なら、意思決定支援の結果として現れたのではないか。 ・津久井やまゆり園の意思決定支援については、関係した人はすごく努力して、一生懸命やったことは否定しないし、そう簡単に結果が出せるわけではないことも重々分かるが、結果が出せたのか問われている。 ・結果に疑問が残る意思決定支援を行っても、それは意味のないことだと思っている。何のために意思決定支援をやって、それがどうなったのか、もう一度検証してほしい。意思決定支援の評価をきちんとやっていかなければならないと思う。 (事業所の運営を優先しがちな支援) ・多くの支援職員たちは一生懸命頑張っているが、1分でも早く食堂に連れて行きたいなあとか、早く靴を履いてもらって散歩に連れて行きたいなあとか、早くこの時間帯にここに行ってほしいなあと思った瞬間に、もう駄目。忙しい現場では、本人の心が動いてるのか、何か情報を取ろうとして顔を向けたのか、あるいは、今、どんな気持ちでいるのかといったことを察することはせずに、「○○さん、散歩行きましょう」とボディータッチしてしまう。 ・現場の1分1秒の関わりの中で、何とか風景にはまってもらいたい、馴染んでもらいたい、ここに参画してもらいたいと思って誘う瞬間に、もう実は心の二次障がいが始まっている。そういう小さな積み重ねの延長線上に、いろいろなことが起きてくる。どうしても「支援のための利用者」になってもらわなければ困る、「事業主のための利用者」になってもらわなければ困ると思ったところで、もう職員の方が負けてしまう。 ・放課後等デイサービスはいわば「場所貸し」サービスで、20人登録していたら、20人来てくれると本音は嬉しい。20人登録のときに5人しか来てないと寂しく思うもの。その時に、この5人の方たちは、何も税金給付の対象にならずに、ここに来なくても、ひょっとしたら児童館や放課後児童クラブでやれている子かもしれない。今日はこちらで5人の支援で止められて、子どもたちが、本人本意の暮らしをしているのだったらいいじゃないかと思えるかどうかだ。 ・ハコを用意した以上は、いっぱい来てもらいたい。来てもらった以上はこっちの意図に沿ってもらいたい。だんだん、だんだん、やっぱり「事業者のための利用者」という思いが強くなっていく。あるいは支援者の意図に沿ってくれる利用者になってほしいと思うのは人情だ。 (家族支援の重要性) ・障害者支援施設長野県西駒郷(以下「西駒郷」という。)から地域生活移行を進める際に、一番この取組みに不安を持たれていたのは、家族の皆さんだという気はする。もともと老朽化した入所施設を建て替えてくれればもうそれで十分だということだったが、いつの間にか地域生活移行の取組みに変わっていたという意味では、家族等の皆さんたちは、すごく不安だったのではないか。何回も意見交換を行った記憶がある。 ・現在、西駒郷はまだ100人前後の人たちが暮らしている。今後、地域生活支援拠点の役割、全県の専門的機能、今入所している人たちのさらなる地域生活移行に頑張る方向だが、いろんないきさつのある家族等と利用者の了解の中で進めていく中で、さらなる地域生活移行を進めるというのは、苦しいところにある。 ・子どもが6歳の時に診断を受けた小児精神科医から、「本人がやりたいことを本当に尊重して、育ててください」と言われたこと鮮明に覚えている。その言葉に従って育ててきて、本当に良かったと思う。今日、療育相談や放課後等デイサービスなど、支援の制度は本当に私たちの時代に比べて良くなった。幼児期の療育相談によって、親が本当に子供に関わって、その子供とつながって、子供を育てる苦しさよりも、一緒にやっていこうという気持ちになれるのかどうかが非常に重要だ。 ・親がいろいろなサポートを受けることができるというのは本当に必要だが、根本のところで、親自体が、子どもを育てる喜びが得られ、その子どもの意思を尊重できる気持ちになれる、親の教育というか、意思決定支援を共感を持って周知されていくということが必要ではないかと思う。大人になってからでは、非常に遅いのではないかと感じる。 (利用者と職員の関係性) ・私の事業所では、壁をなくすために職員と面接をしている。障がい当事者と職員が、気持ちと気持ちが通じ合うように努力している。また、職員と約束をするために、毎年4月、職員に誓約書に名前を書いてもらっている。それが約束であり、障がい当事者と職員が約束することが大切だ。 参考:「虐待に関する誓約書」1、尊厳を持つ一人の人間として接します。2、暴力を振るいません。3、上から目線の言葉などの差別的な言動は行いません。4、利用者の方たちの知らないお金の管理はしません。5、利用者の方たちの物を勝手に触りません。6、無視、ご飯、飲み物を摂らせないなど、孤立させるようなことはしません。7、予定や情報など、利用者の方たちに関わることを丁寧に説明します。8、利用者の方たちの話をきちんと聞きます。 ・入所施設に入る際に、まず本人がなぜこの施設に来ているのか、説明がなされないケースが大半だ。家族等や支援者は、当事者を「迷惑な人なんだ」、「自分たちを困らせてしまう人たちなんだ」というような思いをどうしても抱いて入所施設に来る。本人と、なぜここに来たのかという約束をする、これからの目的も共有をしていく、ということが大事だ。 (ピアサポートの充実) ・自閉症(スペクトラム)の人が毎日同じことを言っても、毎日話を聞いている。どんな時でもまず、今日どうするの、やらなくていいの、とたずねる。自分が早く帰ったりすると、彼(同僚)が不安がってしまうが、「あと、お願いね」と言って頼んでいく。言葉で言える人には、言えることは自分から言っていきましょう、と伝えている。障がいが重くても、言葉で言えない人にも伝えている。そういうことが大切だと思う。 ・職員が忙しいときなんか、彼(同僚)はすぐ僕の名前を呼ぶ。僕が行って話を聞くと安心する。それは、すごく大事だと思う。だから僕は、常に仲間の話を聞くことにしている。 ・いのち輝くためには、どうしたらいいかということを実行した方がよいと思う。僕は結構実行している。職場で、よく僕のことをくすぐる同僚の人がいるので、今度は僕がくすぐってやると言ったら、「やだ」と言った。僕は、結構そういうことを実行している。いろいろな話を聞くと、皆さんとコミュニケーションが取れる。自分はそういうふうにしている。 ・もしこの先、サービスの利用をいっぱいやるのであれば、入所施設に知的障がいのガイドヘルパーをつけてほしい。同じ仲間同士でガイドヘルパーができると、みんなが外に出てガイドヘルパーを使って、もっとみんなが、「地域ってこんなだよね」ってお互い分かってもらえるのかなあと思う。 ・自分の意思をなかなか言えない人が結構いる。自分が代わりに言うことがあるし、職員からお願いされて、自分が言うこともある。「この人、こういうふうにしたいんです」ってことを言うと、職員も分かってくれる。やはり言えない人には仲間同士のサポートが必要だ。 ・ご近所の、障がいのある男の子と毎朝散歩に行っているが、彼が、最近は近所の人の名前を呼ばずに、私が「眼鏡のおばちゃん」って言うと、彼は眼鏡をかけたおばちゃんを指さす。すると、「私のことを指しているのよね?」って反応がある。昔はよく、障がいのない人から「あの子、障がい者」って指を指されていたから、反対に私は障がいのない人を指すことを勧めている。それで彼が最近いろんな人を指しまくっている。そこには私も一緒になって指して、今までにない交流の仕方を面白いなと思っている。 ・私たちの仲間は入所施設のあり方は分からない。施設で暮らしていないので、施設について「どうですか?」って言われても、実際自分が経験していないので分からない。今後、ヒアリングを行う場合は、障がい当事者もヒアリングメンバーとなって、当事者目線で、「こんなことを聞きたいよね」とか、「こういう質問なら本人も答えやすいよね」というものを考えてほしい。 ・入所施設は、福祉サービスを入所者に提供して支援するという、一方的な構図が存在する。その中で、虐待が起きたり、無理な意思決定支援が行われたり、そういった構図が生まれている。そういったものを打開するには、やはり居場所を増やしたり、ピアカウンセラーの提案があったとおり、障がい当事者の役割を増やしていくことだ。友達の話、場所の話、居場所の話が出ているが、いずれも福祉サービスの話ではなく、もっともっと幅広い話だ。 B困難性の高い支援課題への県の取組み 事務局から提示された議論の視点:強度行動障がい、高齢障がい者、医療的ケア児など困難性の高い支援課題に対し、県として果敢に取り組むべきではないか (行動障がいのある人に対する支援) ・強度行動障がいのある人ばかりを集めた大規模施設を作ると地域生活移行は困難である。袖ケ浦福祉センターの事例であるが、施設としては、地域生活移行を進めると言っていても、現実には地域生活移行できていない実態がある。県も監査を行っていたが、非常に形式的で、支援の内容について、中まで見ないという監査が当時行われていた。 ・障がいが重いので外に出せないという理由で、一日中施設の中にいる。そういう生活をして、人生を終える。基本構造としては集団生活が難しい、とりわけ強度行動障がいのある人は、集団生活をさせる入所施設は構造的に無理だ。無理なのを承知で支援しているから、支援が困難だということで場合によっては支援しない、放置する、ということにつながっていく。裸で歩いていても、ほったらかしにしておくというようなことにしてしまう。 ・行動障がいというのは、その環境で起きている、自分たちが引き起こしているという理解がなければ、すべて障がい当事者の責任に押し付けて、ずっと入所施設に暮らさせることになる。 ・日中活動をしっかりと、多様な活動を用意するということと、そこに挑戦していくということが、一人ひとりの可能性を導いていくことになると思う。システム論というよりはやはり、行動障がいがなぜできているのかという視点が必要だ。 ・入所施設の中に診療所等の医療提供施設があるが、その結果、何が改善されたのか。結局拘束の数、居室施錠の数、そういった意味で、本当に適切な医療が実施されているのか、冷静にもう一度検証した方がよいのではないか。 ・強度行動障がいに関して、本当にシステム論だけで解決するのかといったところは、一度考えた方がよいと思っている。強度行動障がいがなぜ生まれたのか。生まれつき強度行動障がいのある人というのはいない。やはり育てにくさがあったり、本人の生き難さや、いろいろなものがうまくできない、いろいろな活動が上手にできないという中で、行動障がいというのが生まれてくる。 ・今、入所施設で行われている、構造化により刺激を排除していくという形での暮らしが、その結果、今の問題に行き着いていると思う。この発達という部分に関して、どうやって保障していくのか。それは、様々な活動をするしかない。そういった意味で、日中活動ができていないことが、皆の生き難さを作っていっている。そこを改善していかないと、行動障がいは、より根深くまた強く出てきてしまう。 ・強度行動障がいは、大きく健康を損なうほどに激しく自分や周りを傷つける行為が出る状態のことをいうが、私たちは、上手くいかず、自分で自分が嫌になったり、周りから駄目だと否定されて、孤立する中で、自己肯定感を持てなくなっているのだと考えている。他の入所施設や精神科病院などから来所するのだが、そこでの限られた人間関係が影響していると考えている。 ・強度行動障がい等に対する専門性として、学術的なことを学ぶというのは必要なのだが、何よりも、常に新しい発見、新しい出会い、そういったものに気づけるかどうかだ。本当に利用者と、ともに喜んだり怒ったりして一緒に過ごせるかどうか。そういった部分が根底にないと、専門性というのは、暴力に変わるときがある。マインドをしっかりと受け継ぐこと、継承することが大切だ。 ・県立施設のありようも含めて、地域のありようとして、現状、行動障がいと呼ばれている人たちを1か所に集めてしまった。その結果、その中で、幸せが生まれていれば良かったのだが、実際は、構造化された空間の中で、刺激を遮断されて、何もない生活・暮らしを強いられている。パニックが起きなければ良いんだということで、パニックが起きないで静かにしていると、落ち着いているというような評価なのだが、本当に心を穏やかに暮らせているのかといったら、やはり、そこは違うのではないか。 (高齢の障がい者への支援) ・終の棲家論については、利用者の経験、体験も含めて、意思決定支援に基づいて、どこで住みたいかという検証の後に、入所施設を含めた終の棲家論というようなところは検討していくべきではないか。具体的には、高齢化への対応として、特別養護老人ホームがあるとおり、障がいのある人の高齢化に対応する障がい分野の特別養護老人ホームの様な24時間365日型の居住支援の場が必要ではないか。 ・入所施設からの地域生活移行の受け皿として、当時20年前には0か所だったグループホームが、35、6か所に増えたが、むしろ今は、当時からグループホームに移った人たちについて、今後どう支えていくかということも大きなテーマになっている。 (医学モデルの支援) ・神奈川県立ひばりが丘学園の初代園長の菅修先生が主唱した治療教育学は、独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園(以下「のぞみの園」という。)でも実践されてきた。しかし、やはりこれは医学モデルであり、有効ではなかった。障がいのある人が、市民として地域で生活していくときに、この治療教育学が本当に活きるのかどうか。専門性という観点からも非常に問題があると思っている。 ・国立コロニーのぞみの園(当時)は、障がい者の保護及び指導が設置目的だったし、治療訓練という医学モデルで、ほとんどの施設、特に県立施設等についても、この医学モデルに従い、社会モデルあるいは、障がい者が市民として地域で生きていくという観点はなかった。 (地域生活移行を進めていく県の決意) ・重度といわれる、医療的ケア、行動障がいのある人については、今でもグループホームというのは、なかなか基盤が整備されていない。重度の人が地域で生活するには、報酬も含めてまだ十分ではない。国立、県立では財源を上乗せしてやるべきだと強く思っている。 ・国立コロニーのぞみの園が独立行政法人になるとき、検討委員会が開かれた。視点の一つは、今後、新たな利用者を受けないことを基本とすること。もう一つは地域への移行を進めて規模を小さくする。3割から4割を少なくとも5年間ぐらいでやっていこうと。これは当時の障害福祉課長の英断だと思っている。国立コロニーを設置する国自身が、やはりどうにかしようと行った英断だった。 ・先般の、西駒郷の今後のあり方の検討会結果では、強度行動障がいのある人が残っていて、なかなか今後、そういう方たちの地域生活が進まないということだったが、不満がある。是非そういう人についても地域生活移行に取り組むべきである。 ・西駒郷の場合は、基本構想を策定し、10年後の将来像として、その入所定員を60ないし100人にすることを明確に打ち出した。現実的には、今、西駒郷に入所している人たちは100人前後なので、この数字には及ばなかったのかもしれないが、平成28年には、あり方検討会を設置し、忘れずに取組みを続けている。 ・西駒郷の基本構想を実現するには、どうしてもエンジンが必要で、雲散霧消しないような、担当者が変わろうが、いろいろ変わろうが、変わらず悩み続けて取り組み続けられるように、県庁にその専門の部署を作った。また、西駒郷の現地にも、そのための専門の部署を作った。これは、推進体制としては大きかった。 ・可能であれば、障がい当事者に入所施設で生活体験をしてもらうとか、特別職も含めて県職員が1週間、1か月ぐらい泊まって、入所施設がどういうところであるか体験してほしい。委員もそうだ。体験しなければ分からないということが、今回のキーワードだとすれば、肌で感じてリアリティをもって初めて、いろいろな意見が言えるのではないか。 ・県立施設の今後としては、地域共生社会の実現に向けて、どんなに障がいの重い人も地域生活が可能であるということを証明してほしい。これを県立施設の支援職員に頑張ってもらって自分たちの仕事はここにあるのだと、ここにチャレンジしていくのだということで、もう一度力を発揮してほしい。是非、地域生活移行及び地域生活支援に全力を尽くしていただきたい。 ・県民の総意をもって、県民が総ぐるみで、議会も行政も、この委員会で決めること、決まったことを一過性のブームにせずに、やはり、持続して実践をしていくことが重要だ。それには神奈川県が条例を作って、障がいがある人たちの、入所施設だけではない居場所を、県民一人ひとりが作っていく決意を示してほしい。 C 地域でその人らしく当たり前に暮らすことのできる社会 事務局から提示された議論の視点:障がい者は地域社会を構成する一員であり、本人が希望する場所で、尊厳を持って、その人らしく暮らすことが当たり前であるべきではないか (地域の理解の促進) ・地域の人に、障がい者のことをもう少し理解してもらわないといけない。地域の皆さんは、障がいの重い人に結構冷たいし、すごく感じ悪い。障がいの重い人への理解が進まないと、やっぱり当事者目線と言ってもなかなか変わらない。 ・外出した際、店舗で障がいがありますと言ったら、すごく皆さん手厚くしてくれて、優しくしてくれた。やっぱり、事業者の人がそういうふうに意識しないといけないと思う。私は障がいがあると自分から言ってる。言った方が安心する。なるべく障がいがある人は言ったほうがいい。 ・「いのち輝く」というのは、例えば、当事者目線で言うと、本人のやれないことに対して、仲間同士でも協力してあげるといいと思う。実際、今、僕はそれをやっている。火曜日と金曜日の作業の仕事で、洗濯の仕事があって、帽子の数を数える。それが数えられる人と数えられない人がいらっしゃる。数えられない人には、まず電卓を使ってみなさいと教えてあげている。帽子を5束ずつたたんで、数を数えることが難しい人には、電卓の足し算を使うよう教えている。そうすると、ちゃんと電卓を使えるようになってくる。そういう中で、仲間も、やっぱりいのち輝くと思う。 ・地域で暮らすのはすごく大事で、あいさつが大事。あいさつから輪が広がっていく。随分前になるが、母が存命の時に来てくれていたヘルパーが、調理の仕方とかを教えてくれたのが、今すごく活きている。もともと、そのヘルパーをよく知っていて、ある時こちらから挨拶したのがきっかけで、ヘルパーとして来てもらうことになった。今はもう変わったが、あいさつは大事だと思う。どんなときでも、必ず挨拶している。 ・皆が、「安心して地域で暮らそう」、「みんな交流しよう」、「ふれ合おう」と障がいのない人がよく言うが、それは勝手な考えだと思う。実際、社会に出る仲間もいるし、私自身も社会、地域にいる。「障がい者と健常者とふれ合いましょう」っていうのは言葉だけだと感じる。 ・実際に、いろんな人とふれ合っているのに、もっとふれ合うことって何だろう、と思う。私は普通に街中を歩いているので、急に声をかけられるとびっくりするし、知らない人から、「ねぇ、あなた、あなたっ」て言われても「はぁっ?」と返事をするしかない。地域で交流って言われても怖いだけ。言葉に出さない交流というのがあると思う。 ・障がい者が電車やバスに乗って、知らないうちに、あいさつができる社会ができると良いなあと思っている。ただ、「障がい者に声をかけてください」っていう放送が時々流れているが、押しつけはやめてほしい。ポスターなどもそうだが、「もうそれはやめてください」と、ずっと横浜市の差別解消委員会でも言ってきた。障がい当事者は、そんなお節介な声をかけられても、面倒くさいと感じてしまう人がいるということも知ってほしい。 (誰もが尊重される社会) ・神奈川の20年後の障がい福祉を考えるときに、障がい当事者はもちろん、障がい福祉の支援者も、しっかり尊重され、誰もが意欲を高めて生き生きと活動でき、活躍できるような20年後のあり方があればと思っている。 ・ハンディキャップがあっても、当たり前の同じ人間なんだということを、言葉の上ではなく、私たちが実感を持てるような社会を作っていくための、これからの取組み、方向というものを希望する。 ・15歳くらいになれば大人だと思うので、君付けで呼ぶのはどうなんだろうと、疑問に感じる。意思決定というのは、本人の確認ということなんだと思う。「君」って呼んじゃうのはどうなのか。 ・神奈川県の知的障害施設団体連合会で作った「あおぞらプラン」の中で、呼称の問題に触れていて、利用者を大人として対応するに当たっては、あだ名とか「君」「ちゃん」付けはやめましょうということとされている。各法人の中でも徹底して、「さん」付けとしている。 ・自分の体験だが、兄が亡くなった時、最期の顔を見ることが許されなかった。2年前、仲間が交通事故で亡くなった時も、悔しい思いをした。その葬儀には、支援が難しいと思われている人も参列した。仲間たちは、それぞれの表情で気持ちを表していた。仲間たちには、悲しみや別れを惜しむ気持ちがある。 ・以前、仲間のお母さんの葬儀に参列したことがある。その時は、仲間が喪主をやっていた。支援があれば、自分にとって難しいと思う喪主もできるんだと知った。仲間たちのことを、葬儀に参加ができない、しない方がよいと考える人がいるが、仲間は参列できるし、喪主もできる。仲間が葬儀に参列するのは当たり前だ。 ・障がい当事者に対して、何を話しても通用しないというのは、決めつけじゃないか。決めつけはよくないと思う。ちゃんとしっかり話してあげたほうがいいと思う。ちゃんと話をして、楽になって、意欲的になっていくということは、とても良いことだ。 (地域生活の経験の重要性) ・今一人暮らしをしていて、ヘルパーが週1回家に来てくれているが、それ以外の日は自分で調理をしたりしている。何でも経験することが大事だ。 ・最初はグループホームに入居することを勧められたが、一人で暮らせるだろう、一人暮らしをやってみませんか、と勧めてくれる職員がいた。その職員だけがグループホームじゃなくて家で住めますよと教えてくれた。その人がいろいろ勧めてくれたので今に至っていて、母も分かってくれた。 ・地域で暮らすには自分から言うのが一番大切。職員とも仲間ともよくコミュニケーションを取っている。自分からは決して意見を言わない。彼らが言うことに対して答えている。その方が上手くいく。それが当事者目線だと思っている。 ・地域生活移行を目指すという考えはすごく良いと思うが、現実、地域で暮らすというのは不安だと思う。入所施設の仲間が本当に地域で不安なことがいっぱいあるのに、地域生活移行って言ってよいのかなっていうのが一つ不思議だ。 ・地域で安心安全な生活というのは、障がいのあるなしにかかわらず難しいもの。みんなトラブルに合うし、何か困った事態になるということは、皆がある。その困った事態になるということを前提にして、それを何とか支えていくという地域社会ができるということが本来の姿なのかなというふうに思っている。 ・地域に移行して、安心安全だというふうに言うのはいいが、そんなことは、障がいのあるなしにかかわらずないので、皆不安を抱えて生きていくというのが、それが自然な姿だと思う。 ・障がい当事者委員の皆さんが地域生活で体験していることを、入所施設の仲間たちにも体験してもらいたいと思う。なぜその権利が奪われているのか。それは、入所施設だけの努力では、もう打開できないのではないかなと思っている。是非、県民の皆が、そういったものを乗り越えられるような社会になってもらいたい。 (地域生活の実現) ・こういった検討会では、公的な障がい者の支援サービスのことがまず論じられるが、これに加えて、生活の中では、野球を観に行くとかいろんな側面があって、暮らし全体をどう皆で支えていくのか、そういうように広く見ていくことが大事。 ・今日ののぞみの園、あるいは神奈川県の県立施設の公、あるいは公立の役割というものについて考えてみると、まず地域性の課題がある。のぞみの園は全国から利用者が集まっており、これは地域を持たないということだ。神奈川県は、各圏域での設置ということで、状況は異なるかもしれないが、神奈川県内の各地から県立施設に集まったということから、地域から切り離されたことには変わりないだろう。 ・地域から切り離されて、県立施設に入所した人たちを、地域にまた戻すというのは非常に大変なことで、そもそも切り離すことが本当に良かったかどうかということを考えなければならない。 ・困難性が高くなるが、やはり高齢になっても“くに”に、もう親というよりは兄弟姉妹、そういう方の元に帰りたいというご希望にも沿う必要がある。亡くなる前に“くに”に帰って、そこで生活するというのは一つの選択肢だと思っている。 ・糸賀一雄さんがコロニーを推進するけれども、閉鎖性だとか隔離的なものになるということを非常に心配していた。コロニーを通して地域社会をつくるんだということだったが、糸賀さんが生きていたら、どう言うかと。「やっぱり駄目だった」と言うのか、「いや、自分がやれば、コロニーだって地域社会になったんだ」と言うのか、それはよく分からない。 ・てらん広場は、確かに一つの入所施設であるが、利用者と支援職員の暮らしは、地域全体に広がっている。多様な仕事や日中活動に取り組み、地元の商店街で買い物や食事をし、美容院でおしゃれを楽しむ。休日にはお出かけをする。てらん広場は、単独で存在しているわけではない。 ・入所施設であるてらん広場で地域生活移行ができているのは、「地域」があるからで、自ら地域を作っているからだ。入所施設は、地域を作らなければ利用者の幸せは作れないということを強く訴えたい。 ・自分が欲しいのは、居場所。一人で、美術館やお城に行くことが好きだ。一人で写真を撮ることも好きだ。自分の欲しい居場所には、友達が必要。職場の同僚との外出が楽しい。初めて同僚と行ったのは野球観戦だったが、今でも忘れない。仲間たちにも居場所が必要だ。そこには友達の存在が大切。時には、友達に疲れることもあるけれど、いないと寂しくなる。福祉サービスだけじゃないことを社会に理解してもらいたい。こういうことが暮らしに必要なんじゃないかと思っている。 ・地域生活のこれからのキーワードの一つは、ウェルビーイング、つまり、「良き状態」、「幸福」であり、「本人なりの生活」、「悩まない生活」ということだろう。こういったことを実現していくことが必要だし、その際の地域の資源の拡充としては、グループホームだけではなく、神奈川が先行してきた重度訪問介護の展開拡大、強いて言えば、パーソナルアシスタントのような個人に特化した支援というのも考えていく必要がある。 (職住の分離) ・てらん広場が行っているのが、日中活動の場と生活の場を必ず分ける「職住分離」だ。障がいの程度に関係なく、てらん広場に入所したその日から外の職場に出る。したがって、昼間はてらん広場の中は空っぽになる。 ・「てらん広場」の利用者は、地域の様々な場所で、いろいろな日中活動を行っている。大切なのは、多様な種類の仕事があること。利用者は、必ず体験をして、自分に合うかどうかを確かめて日中活動を選ぶ。職場では、仲間と協力して日々の納期を守らなければならないので、職場の目標を達成することや、取引先から信頼されることなどを通して、利用者は自己肯定感を高めていく。 ・入所施設の日中活動を、別のところに移行して行うという試みをやっている法人は他にも幾つか見聞をしている。とてもすばらしい活動だと思うが、入所施設は基本的に、その施設の中で日中活動するという制度的な枠組みになっているようなので、てらん広場をはじめとしたそういった施設は、制度を乗り越えることをやっていると思う。 ・入所施設の日中活動について、同一法人内だけでなく、制度を越えて、違う法人にも行っているということになると、むしろ運用も含め制度が実態に合わないということだと思う。利用者たちが生き生きとした顔をされているのなら、他の施設やあるいは国の施策に反映させるべきで、国の制度も含めて、これはおかしいということを言っていかなきゃいけない。 ・監査等で、なぜ日中活動を施設外で行っているのかという質問を受けるが、法人としては、障害者権利条約を用いて、彼らが、施設の中にいなければならないという方がおかしいと申し上げている。制度が軟禁をしているのではないか、といつも激論を交わして、最終的には認めていただいている。 ・日中活動の職住分離の考え方には賛成したい。日中の働くところと住む場所というのは、やはり分かれているべき。現在の障がい福祉サービス等報酬の体系上、障害者支援施設の報酬は、生活介護と施設入所支援とに分かれていることから、昼間は、同じ法人内の事業所にとどまらず、他の法人の事業所も使って、日中活動を行うということも試みている。 (サービス基盤の充実) ・神奈川の障がい福祉の将来展望については、障がい当事者の人たちが地域でその人らしい生活を送るための、サービス基盤の整備がなにより必要である。つまり、障がい当事者の皆さんが利用できる、必要なサービスを増やす、ということだ。 ・地域の中で、入所施設をグループホームと同様に選択肢として位置付け、多様なニーズを持つ障がい当事者たちが、地域資源を活用し、当事者主体の地域生活が実現するよう、質、仕組みづくりが必要である。 ・なぜ入所施設が必要かというと、夜困るからだ。でもそれはずっとということではなく、困ったときには必ず夜受けとめます、だけど、ずっとではなく、受けとめたらすぐに支援会議を開いて、できるだけ早く、元の暮らしに戻ってもらう。入所施設を地域生活の支援拠点として位置付けてきた。 ・入所施設イコール終の棲家にしないという課題は、入所施設だけで解決できることではなく、例えば、どんな困り感を持っている人も受け入れるグループホームがあるなど、地域の基盤整備との相対的関係にある。また利用者の高齢化は、入所施設やグループホーム共通の課題であり、その人たちの受け皿としての入所施設の役割は今後高まっていくのではないか。 ・グループホーム入居者が、日中活動と移動の保障を必ず受けられるような相談支援体制の取組みが必要。 ・県全体でピアカウンセリング、ピアサポートが実施できる研修体制と、企業等への啓発等を実施すること、一人暮らしの人の支援を行う場として現行の自立生活援助事業に加えて、居住支援協議会を設置する必要がある。 ・障がいのある人が長期間働けるように、企業等と障がいのある人をつなぐ役割として、「ジョブヘルパー」の創設を提案したい。「ジョブヘルパー」は、社会福祉法人、NPOによる人的支援ということで、現行の移動支援、身体介護、コミュニケーション等を含めて、企業にヘルパーとして入って支援を行って、企業側と障がい当事者との間をつなぐ仕組み。これにより、働く場の継続ができると考える。 ・法人や事業所が、自分たちだけで何とかしようとすると、どうしても、そこで自分たちの中だけでやった瞬間からもうご本人たちの目線から外れてしまうことになる。そうでなく、自分たちだけでできないところを、他の法人に応援してもらう視点は大事だ。 (早期の支援の重要性) ・発達障がいという診断を受けたということは適応障がいになったということ。保育園にはグレーゾーンとか発達特性を持たれた子どもが多いなあと感じる。一番大切なのは、家庭から始めるというか保育園とか幼稚園で、発達特性のある子どもたちを不適応にしない、適応障がいにしないということが、すごく大事な取組みだ。 ・保育園のクラス活動とか、お友達の集団づくりとか、その中で特性のある子どもたちの支援をいろいろやっていく中で、随分本人たちは保育園の段階からクラスの中で、お友達と一緒の中で、不適応にならないということの学習を積み重ねつつ、得意なところを伸ばしていくというところの実践が重要だ。 ・発達障がいやダウン症の子どもとか、なかなか自分で選んで決めることの苦手な子どもに接する保育士に伝えているのは、例えば、園庭に行くときに、ブランコとすべり台両方の、分かるようなものを見てもらって、「どっちにする?」って言って、本人が手に取ったものが事実になるということ。自分が手にしたものが事実になったときに、実際それを体験するわけだが、やっぱりすべり台の方がよかったなあとか、「次はどうする?」ってときに、また次の選び方をしていく、そういう取組みを小さいうちから行うことが大事だ。 ・支援が必要な子どもは、保育園などで、朝からずっと皆と同じ活動するのは得意じゃない場合がある。したがって、担当の保育士と、朝、登園してからこの活動をどうする、苦手だったらこっちの部屋でこういう活動で過ごす、あるいはこの時間帯は、分かる動きもあるからそこだけ参加して、あとはその場所で一緒にいながら、昆虫図鑑とか、安心するようなものを手に持って、見学という参加の形も加えるような、そういう相談をしながら、一日を過ごしていく。本来いてほしい場所というのは様々考えがあるだろうが、そこにいることができるという体制を作るよう努力してもらいたい。 ・「学校、どうする?」というときに、お母さんと一緒に、地元の小学校に年長の段階から見に行って体験して、その時に通級はどうなんだろうかとか、特別支援学校はどうなんだろうかとか、あるいは9月になると特別支援学校も学校開放という日があるから、そこも参考に行ってみる。そういう中で、子どもさんが上手くいきそうだなあとか、いい顔したなあとか、一つひとつ乗り越えていくというような、保育園の段階から適応障がいにしない取組みと体制づくりが非常に重要だ。 D障がい者故の価値の創造とSDGsの理念 事務局から提示された議論の視点:障がい者故の価値の創造や、SDGsの「誰一人取り残さない」持続可能な多様性と包摂性のある社会の実現を目指すという理念を生かすべきではないか (対象像の転換) ・自分が弱いところ、苦手なところ、あるいは強みというのもあって、それをお互いに支援したり、子どもを育てる中でもいろいろな共感をし、自分たちの生活の豊かさとか、幸せにもつながっている。そういう当たり前の視点というのをまずスタートにしていかないと、今の障がい者の支援ということが、障がい者の入所施設に限った話になってしまう。 ・「重度の人」という表現、「区分6」という表現が非常に多いが、そんな表現ではなく、「困っている人たち」という表現がなければ、永遠にこの問題(重度の人は地域生活が困難という考え)は解決されない。そういった意味で、県立施設だけではなく他の入所施設も今問われている。この議論というのは、「本当に障がい当事者が困っているんだ」ということが、どこまで共感できるような仕組みを作れるかだと思っている。 ・障害者権利条約では、強度行動障がいなど障がいが重いから地域生活が難しいということではなく、関係者の怠慢から、地域生活の支援のための仕組みを作っていないからだ、と謳われている。障がいのせいにしないで、もう一度、関係者のこれからの努力とか熱意が求められる。 (新しい障がい福祉) ・袖ケ浦福祉センターに関する取組みでは、新しい福祉とかそんな大胆なことは言っていない。県はその先を行って、新しい地域生活、新しい障がい福祉を考えるんだと、もっと言うと、新しい社会を考えるんだということを謳っているのだから、千葉県の取組みを超えるような、新しい施策というものを打ち出してもらいたい。 ・この日本に生まれ育って、生活をしていく一人の人間としては、全部当事者だと思う。自分の活動の中で、障がいやいろいろとハンディキャップを持った人と巡り合って、お話したりすることを経験して、実感としては、人間としては、本当に皆同じということだ。 ・これからの神奈川の「地域社会」を描くときに、障がい者と家族等だけでは展望がない。子どもや高齢者なども含めて、もっとまぜこぜというか、もっといろんな人が一緒に生きているという、そういう社会像を描くのが展望としていいのではないか。 ・近年、障がい当事者の活躍の場は、より一般企業に近い場所に広がっている。座間市にある生活協同組合と法人がコラボして、宅配のチラシなどを再生する工場を一から立ち上げた。皆の仕事ぶりが評価され、直接雇用したいという相談も受けている。生活協同組合と法人との間で職員の人事交流も行って、活躍できる事業を増やそうと新たなアイデアを練っている。 ・施設の利用者と職員たちで、地域に根差した活動にも取り組んでいる。横浜市資源循環局に提案して実現した活動であるが、高齢化率が50%を超える団地で「ふれ合い収集」という活動を始めた。階段を上り下りしてごみ集積所までごみを出しに行くのが難しいお年寄りが多く住んでいるので、依頼を受け、利用者が、ごみを戸口で受け取り、市の処理施設まで持って行く。一人暮らしの人たちの、安否確認の役割も果たしている。地域を歩けば、地域の人との出会いも生まれる。実は、このことは、施設生活から地域生活への移行のキーポイントになる。 ・SDGsが誰も取り残さないということであれば、これはまさに今回の、どんなに障がいの重い方も地域で生活するんだ、共生社会を実現するんだ、という県の覚悟、目標設定と軌を一にするものだと思っている。 (福祉教育) ・長期的な目標としては、地域づくりという視点というのは非常に大事で、そこに向けてこの議論を進めていくというロジックも大事。障がいの理解というところを、福祉教育的なものを県下で進めていくということは、地域をつくっていく一つの方法だと思っている。 【31〜43ページ】 (2)県立障害者支援施設のあり方について @地域生活支援と緊急時対応の役割 事務局から提示された議論の視点:地域生活支援拠点の役割を持たせ、緊急時に対応できる短期入所の整備を必須としてはどうか (地域生活の支援拠点) ・県立施設は、民間で実施できない専門的な機能を有する貴重な社会資源であるというふうに、我々民間施設の事業所は感じている。今後の県立施設は、地域生活支援拠点事業の神奈川版として、多機能地域生活支援拠点の機能を持つことが重要ではないか。 ・長野県では、自立支援協議会が、西駒郷の取組み以降ずっとあって、毎月開かれる運営委員会、各圏域のそれぞれの分野のメゾになる人たちが集まる部会、各圏域と県の協議会を上下で結ぶ機能強化会議、これは各圏域から集まってくる人たちだが、これを継続して行ってきた。その過程で、地域生活支援拠点の整備という取組みが生まれた。 ・検討部会の報告書の中に、「障害者支援施設は地域で生活している障がい者の暮らしを支える機能が求められる」とされており、その地域での生活の支援拠点として、セーフティネットの役割もあると考える。障がい当事者の皆さんが困ったときに、必ず助けてくれる施設が必要だ。 ・県立施設は、障がい保健福祉圏域全般の基幹的な相談支援機能を持たせるべきであり、中井やまゆり園の「かながわA(エース)」のような機能を他の県立施設にも導入していくべき。 (緊急時の対応) ・緊急時の受入れサービスを強化するため、県立施設を地域生活支援拠点として位置づけ、短期入所の定員枠を広げて、さらなる緊急の受入れの場を作ってもらいたい。 ・緊急短期の入所や、行き詰まった支援の再構築のニーズは高く、虐待ニーズも存在する。また、家族が新型コロナに感染し、家に残された障がい当事者など緊急の受入れのニーズも増している。県立施設は、地域で困っている人を支える役割を担うべき。 (地域資源としての入所施設) ・入所施設は単独で存在してはならない。地域とともに入所施設が存在しないと、なかなか地域生活移行はできない。 ・入所施設に入って来られる人は、地域とのつながりが少ない。そこをどう広げていくかが、課題ではないか。エコマップを作成すると、もちろん本人が中心にいるのだが、関係する機関は、入所施設と医療だけというような例も少なからず存在する。地域に出てつながりを持つことも大事だし、見方を変えて地域の人たちにどう施設に来てもらうかという視点も大事。石川県の佛子園のように、施設に地域の人が集まり、地域コミュニティーを作っている例もある。魅力的な施設づくりも大切だ。 ・入所施設をつくるというのは、地域をつくること。これを同時に実践していかないと通過型という機能を持たせることは難しい。県立施設の立地、あり方で、それが可能なのかどうか。本当にこれは議論していきたいこと。 A相談支援と人材育成の機能の充実 事務局から提示された議論の視点:相談支援の機能と人材育成の機能を充実させることとしてはどうか (相談支援が担う地域生活移行) ・いろんな事情の中で、今日入所施設に来られて入所となった人がいたときに、相談支援専門員や家族等、前の事業所の支援員が一緒に来ると思うが、どうやったらまた本人が良いなと思う暮らしに戻れるか。入所施設のできること、地元の方でやれることを、またちょっと突き合わせていきましょう、ということを繰り返し、繰り返し、繰り返し行っていくという取組みが大切。 ・長野県の地方事務所は10福祉圏域ごとにあり、そこでは、様々な人が参画して、圏域調整会議という自立支援協議会の前身のような話し合いが行われていた。この圏域調整会議で行う西駒郷の地域生活移行の話し合いは、長野県が取り組んだ長野県自立支援協議会の第1号だろう。この実践家たちが長野県の様々な施策につなげていってくれた。その後、10福祉圏域ごとに総合支援センターを置いた。在宅で暮らす人たちについて考えるケア会議を開いたり、支援会議を開いたりし、地域生活移行のエンジンとして、グループホームを作るときに重い障がいの利用者を受け入れられるよう看護師を配置する県単補助をつけるなどの政策につながっていった。 ・長野県の総合支援センターには、コーディネーターが配置され地域生活移行の業務を取り仕切った。さらに、就労の支援にも力を入れようと、いろんな企業とのつながりが強く、ハローワークに一緒に行ったり、必要であればジョブコーチを出してもらう段取りをすることに長けている授産施設の職員などを就業支援ワーカーとして配置した。県の予算で対応したが、足りないところは県の職員が出向くという形で、各圏域に人材を置いた。 ・西駒郷の利用者のできるだけ出身地に近いグループホームを、ビデオで見てもらったり写真で見てもらったり現地を見てもらったりして、本人がここで動いたなあとか、気に入ったなあとか、なんか表情が変わったなあとか、ここ良いなあみたいな様子をよく掴んで帰る。ここがいいという人もいるし、あとここの中であまり気に入らないとかということを言ってくれる人もいる。多くの人は、そんなにはっきりは言わないが、何かすごく居心地いい顔してるなあとか、喜んでるなあとか、帰るときに後ろ髪を引きずられるように車に乗ったなあとかっていうのを掴みながら、そこにもう1回行ってみましょうかとか、体験してみましょうとか、宿泊体験しましょうっていうことをやりながら、ここで暮らすのが、どうも本人が今ある中では一番気に入ってるなあとなると、次は、この地域で通える場所をいろいろ見て歩こう、作業所や通所施設を見て歩きながら、昼と夜を決めていくようなやり方をしていた。西駒郷から付き添ってくる支援者と、受ける側の方の総合支援センターの職員がペアになりながら、一緒に見て歩くことをしていたが、やはり総合支援センターの役割は大きかった。 (「強み」を生かす人材育成) ・神奈川県は、サービス管理責任者や相談支援従事者の研修、ファシリテーター養成であるとか、47都道府県で見ても、研修に関わる人材が豊富にいる。その人材を生かしていく中で、改めて、虐待ゼロ、権利擁護という視点を、しっかり検証をしていくというところが、神奈川のストレングス(強み)だと思っている。 ・検討部会報告書の内容に、現場の支援職員は、今まで取り組んでいたことが全部否定されたような印象を受けたのも事実。そのような中で、今回、現場の支援職員のやってきたことを全部否定するのではなくて、ストレングスの視点に立って、希望の持てるような評価をする面も大事だという意見があり、その言葉に大変勇気を得た。 ・神奈川の県立施設のそれぞれの支援職員は頑張っていると思うので、その人たちが何かもう少しやる気を出してきて、チャレンジし、ちゃんと自分たちの仕事が、批判されないで評価されるような、そういうことが大切。 (大学や研究機関等との連携、協働) ・民間施設事業者等との連携によって、人材の養成に努めるということが必要だ。 ・国立のぞみの園は調査研究部があり、研究も少しずつ進んできた。これからの県の役割は人材の養成だと思っている。そういう意味では神奈川県においても、県立施設といろいろな大学、研究所と協働しながら人材を育成するということが非常に重要だと思っている。 B地域生活移行の推進と通過型の施設としての位置付け 事務局から提示された議論の視点:長期の入所者の地域生活移行を加速させるとともに、通過施設(有期限の入所期間)として位置付けることとしてはどうか (適切なアセスメントとモニタリング) ・千葉県の事例であるが、廃止することが決まった入所施設において、利用者の地域生活への移行を進めるため、一人ひとりの暮らしの場の支援会議を作り、どこに住むか、専門家も含めてアセスメントをして検討する取組みを進めてきた。 ・アセスメントをきちっとやってその人がうまく生活できるようにすればいいのだが、そういうアセスメントをしない。何もできないなら、やっても無駄というような感じで支援をしてしまう。 ・「本当は本人が一番困っているんだ」、「もっともっと自由に生きたいんだ」ということを、共感できるようなアセスメントをしっかりと行うことが入所施設の入口であり役割だ。これができない入所施設は存在意義が正直ない。これをやらないので、50年を超える入所であったり、平均で20年という在所年数になってしまう。 ・アセスメントを行う上で留意しているのは、できることが増えているのか、居場所が増えているのか、関わる人が増えているのか、何よりも、本人が楽になっているのか、また、意欲的になっているのか、という視点。このような状況が生まれていないと、アセスメントがきちんとできてないのではないか、そのことが本人の可能性を狭めてしまう、ということに危機感を持ちながら、アセスメントを実施している。 ・別の入所施設から移ってきたHさんは病院では4点拘束をされて、居室に施錠をされていた。つまり、Hさんは何もできないって言われていたのだが、そんなHさんが、例えば、仕事ができるようになっていったり、以前は、ご飯も自分で食べられないからと、拘束をされて支援職員が食べ物を口に運んでいたが、自分で食べられるようになっていくとか、本当にいろいろなことがある。その人によってできることは違うが、できることが増えていくことが大切だ。 ・これまでは、入所施設の居室にずっと閉じ込められていて、どこにも行く場所がなかったが、てらん広場に移ってきて、スーパー銭湯に行ったり、旅行に行ったり、ご飯を食べに行ったり、そういう中で、お店の人と顔見知りになっていく。「また来てくれたんだね」と声を掛けられるようになって、新たな出会いが増え、新たな居場所も増えていく。そういうことが大切だ。 ・Hさんがてらん広場に来る前は、本当にただ暴れている人なんだと見られていた。入所する時にも、前の施設の人は、Hさんに何を話しても通用しないよ、って言うのだが、なぜ入所するのか、きちんと話をすると、Hさんの不安が消えていく。ちゃんと話をすることで、本人が楽になっていく。 ・不安な時って辛いと感じているのだと思う。話をしたりとか、できることが増えていくと、自信がついて、ちょっと楽になる。楽になっていくことが意欲につながっていく。いつも失敗すると、一歩踏み出すのが怖くなる。そういった意味で、いろいろなことができるようになったり、いろいろな人と関わるようになると、もうちょっと頑張ってみようかなとか、明日は挑戦してみようかなとかいう気持ちになっていくと思う。そのことが意欲的だと言っていて、人生の豊かさの一つだと思っている。 ・てらん広場の考えるアセスメントの説明で、「大切にしていること」として、「できることが増えていく」、「居場所が増えていく」っていうのは、これはなかなか良いことだと思う。 ・以前利用していた施設での経験だが、できないとすぐに仕事を変えられたりした。失敗しちゃいけないと思うと、かえって力が入っていく。今の施設に移ってからは、「少しぐらいは間違っても大丈夫よ」なんて言ってくれるからすごく気が楽になった。楽になると、何でも上手くいきますよね。人間関係も上手くいく。 ・すべての人にサービス等利用計画が作られることになったが、作るだけの計画ではなく、必ずしっかりと振り返るための意味のあるモニタリングができていて、いつも計画を作っている人は、どうですか、どうですか、どうですか、とやり取りをしながら、どこで心動いた?あの時どうだった?現場の支援職員から聞いてきた?どの辺が本人心動いた?みたいなことを、いつも集めながら、じゃあ3か月後また集まろうね、といったことを、繰り返すしかない。その延長線上に、本人はこういう暮らしの方が喜んでるようだ、こういう支援の日中の過ごし方の方が役に立ってる表情で頑張ってるよ、といったことで積み上げていくしかない。 (その人らしい暮らし) ・他県の廃止が決まった入所施設の事例であるが、地域生活を知らない人を地域に移行させるというのは、もともと無理があることから、社会経験を積んでもらうということを、この2年の間にやっていくということを計画している。 ・入所施設は「能力存在推定」を示さなければならない。一人ひとりの可能性を示す。そのことが、地域に戻っていく一つのきっかけになり、理解者を増やすことになる。そのためには、本当に施設の中で完結する支援では無理だ。 ・単にグループホームであれば良いということではなく、やはりその支援の内容、それが非常に重要だと思っている。グループホームやその地元で働く場所なども併せた地域生活の支援は、大規模入所施設ではできない、インクルーシブな生活を行う上ですごく良い。 ・県立施設をくまなく見ているわけではないが、刺激を遮断して、パニックを起こさせないような、その一点に集中した生活を作っていると推測している。施設長、管理職の立場にある人は、本人には可能性があって、何もできない人、ただ暴れている人ではないんだということを、現場に示すべきだ。それが管理職の役割ではないか。地域にも同じことを示していくことで、本人の人生が本当に広がっていく。そういったところに力を入れていくべきだ。 (「入所」が最終目的とならない運営) ・通過型の入所施設を実践していく上で大切なのは、約束をするところ。本人と合意をすることだ。入所するその時に、本人を連れてくる家族等、支援者がいるが、「入所すること」を目的とさせないことが重要。施設に入所することを目的にするという人生があったら寂しい。それは有り得ないことだ。どうやってまた戻っていくのか、また新しい人生をつくっていくのか、最初にここを一緒に描かないといけない。ここをなくして、入所を受け入れると、支援者がサッと引いていく。したがって、入所するその時には、地域のキーパーソンを必ず連れてくる必要がある。それは家族等なのか、相談支援専門員なのか、日中事業所なのか、何でもいいが、そういった人と一緒に戻る場所を作っていく。 ・当事者は本当に望んで入所しているかというと、そうではなく、むしろ「収容」されていく形で来所する。地域で行き場を失った人が来所されると、「何のために来たのか」、「どこへ向かっていくのか」という、約束と合意を経て入所することが必要だ。そうでないと、入所での生活に、全く目的意識を失って、何のためにそこにいるのか、どこに向かっているのか、支援職員、利用者ともに見失っていくことになる。 ・てらん広場では、便宜上、地域生活移行という言葉を使っているが、やはり入所するときに、依存先がもうなくなってしまって、本人と関われる人がいなくなったときに入所してくるというのがてらん広場の利用者の実情だ。地域に戻っていくというのは、本当に関わる人が増えていく、居場所が増えていくということを意味し、そういったことを地域生活移行と言っている。 (施設の外に出る日中活動) ・入所施設の中でずっと過ごすというこの形態を短期的には改めてもらいたい。そこで寝て起きて、食べ物を食べて、日中活動もその施設の中でやるという、外へ全然出ないという、これを短期的に改める必要がある。 ・日中はどこか外に出るということが必要だ。外に出るときの制度的な問題はあるかもしれないが、外へ出たときの受入れ先、地域でそれを受け止めるという、地域社会のあり方も改めていかないといけない。 ・利用者が、入所施設の外に出られずに、嫌な思いをする機会すらないという、そういう実態がいま続いている。外へ出ていって、嫌な思いもするし嬉しい思いもするというようなチャンスを、短期的な視点であっても、今、日本全国でそういう状態だと思うので、是非この神奈川からスタートしていただきたい。 ・日中、外に通うことで、入所している障がい当事者が、依存先をどんどん増やしていく。関わる人が多ければ多いほど、本当に尊厳ある生活、また行動障がいが回復していく。このことに関して、多くの入所施設は、利用者を囲い込んでしまっているのではないか。 ・入所施設は、勇気を持って、しっかりとした見立てを持って、利用者に日中は外に出てもらい、他者に委ねていく。このことが、通過型施設をつくる最も重要なポイントになってくる。それが本当に県立施設、今の立地、また利用・運営形態でできるかを議論できればと思っている。 ・入所した後、入所施設の中にずっといないようにすることが大事。これはもうコロナ禍の自粛生活で、日本全国みんな苦しんだと思うが、入所施設も同様の苦しみを何十年もしている。私が所属する施設の人は30年間、日中、施設内で過ごしている人はいない。全員地域に出ている。 ・障害者総合支援法に変わってから、障害者支援施設も報酬体系が分かれて、昼間の生活介護について他の事業所を使うという実例もある。法人内外の日中活動を使って事業を展開することに取り組んでいる法人もあり、そういったことが、例えば県立施設の場合に、エリア的な問題や日常的な受入場所の課題も含めて、現状を変えていける状況にあるのかないのかということもチェックすべきではないか。 ・入所していても、外に出かけて活動するということは、利用者にとって大事なこと。制度的な枠組みの問題もあるかもしれないが、いろいろな支援で外に出かけて行って、買い物とか、野球に行くとか、様々なことがあるだろう。そうした中で地域の側が対応をうまく変えることによって地域がそういうことに温かくなれるように変わっていくといった側面もあるのではないか。それは、地域の人たちの取組みというもう一つ大きなテーマなのではないかと思える。 ・日中活動の場所への移動は、入所施設の職員が一緒に移動することとしている。コロナ禍が広がる前は、可能な限り公共交通機関を使っていた。座間市に携帯電話の解体の仕事を行う事業所があるのだが、東京にも仕事の場所があり、本当に満員電車の中、一緒に通っている。 (地域の事業所との連携) ・入所する人にどういう取組みをずっとやり続けるか。地元も含めて、現在、入所施設にいる人にどうやって地域のいろんな事業所と協力して、もっと本人が頑張れそうなところを研究してもらうかという、そういう神奈川県の事業所の合意というのか、相談支援専門員の振舞いというか、そういうことの中で、入所施設がどうなっていくかということだと思っている。 ・既存の社会福祉事業者の中で、県立施設よりも、はるかに能力のある入所施設はある。そういったところといろいろ相談をしながら、基盤を整備していくことができるのではないか。 ・入所時に、どうやって戻っていくのかを考えて、てらん広場においては、同施設と本人とだけではなくて、他法人とも一緒に、何のために入所するのか、といった「約束」をしていくことから、他法人との連携を重視している。現在設置している19か所の日中活動の場以外に、他法人の事業所に通うことも多くある。 (通過型、循環型の施設へ) ・地域生活移行を加速させるために、県立施設は通過型施設として位置付けることとしてはどうかという議論の視点があるが、私は通過型施設というより、地域生活が難しくなったら施設に戻ってこられる循環型の施設というような位置付けが良いように感じた。 ・実際、運用上、有期限の入所をお願いしている入所施設がある。理由としては、やはり、地域生活移行を見据えた入所でなければいけないということ。また、地域での生活が困難になって、入所施設に移るときに、入所したとたんに、関係者がすっといなくなってしまう。相談支援専門員や行政が、「入所したから大丈夫だね」、で終わってしまう。受ける側の問題もあるが、やはり周りの意識というのもやはり課題としてある。有期限の入所にして、相談支援専門員も行政も定期的に関わり続けるようにし、入所したら、これは地域生活移行へのスタートなのだというような意識で進めることが必要である。 ・人手やハードの問題を含めて、民間事業所においては支援が難しい利用者に県立施設へ入所してもらい、3年ぐらい経過して民間施設に戻るという取組みが過去行われてきた。したがって、県立施設の機能として、一定期間の専門的なトレーニングを実施して地域に戻る通過型の機能、体験の場というものもが必要ではないか。 ・地域資源の中心となるべき入所施設は、なるべく多くの障がい当事者の皆さんが使えるようにする必要がある。地域の中で通過型の施設として位置付け、地域生活移行のステップ施設としての役割を担うべきだ。さらに、施設の構造はできる限り小規模化して、ユニット化を図り、居室は個室として、地域の暮らしに近づける必要がある。障がい当事者の皆さんが住む場所は、プライバシーが守られるように個室にすべき。 C終の棲家としない施設運営 事務局から提示された議論の視点:長期入所の定員は漸減させるとし、終の棲家を念頭に置いた新規の入所については、原則として行わないこととしてはどうか (地域生活移行を進めるための地域の受け皿) ・地域にはグループホームがわんさかある。近所の人とも本当に仲良くやっている。理解してくれる町内会もいっぱいある。私が入居するグループホームも、大家さんが福祉とは関係ない世界にいる人なので大変だが、見ている人は見ている。 ・国立コロニーのぞみの園が昭和46(1971)年に開設されたが、平成13(2001)年、特殊法人合理化の中において、今でいう地域生活移行が進んで入所定員が減ってきた。これはご本人たちのニーズであるとか障がい者のためにやったということではなくて、まさに外圧によって、特殊法人をどうしようかということの中から地域生活移行が生まれたものだった。 ・平成元(1989)年に制度化されたグループホームは、公立の施設についても変化する機会だったが、国も、ほとんどの県も、国立施設、県立施設を変えなかったことに、非常に課題があった。いいチャンスだったが、それを逃した。 ・平成元年度にグループホームの制度ができたときに、国の政策転換も含めて、なるだけ早く本人の意思決定とともに“くに”に戻るということも含めて行うべきだった。 ・地域の中で、グループホームという場が、まだまだ受け皿として脆弱な部分がある。グループホームも含めた、地域の体制づくりを強化していかないと、地域生活移行は実際に進まないと思っている。 ・グループホームは、運営が非常に厳しく、地域生活移行を進めて、地域での生活をみんなに知ってもらうためには、制度的な支援が絶対必要だと感じている。 ・地域生活移行するに当たって、入所施設だけを語っていると、地域生活移行は難しいというのが実感。地域を作っていくという視点で入所施設を運営し、ようやく、地域生活移行が成立しているというのが実情だと思っている。 ・地域生活移行のアウトプットの部分で、一人暮らしも含めて、グループホームなど、どこに住むかという、そこの態勢がどうなっているのかということを視野に入れていかないと、入所施設だけそこの部分だけ切り取っても議論が深まらない。 ・定員減を進めるということは、定員を減らす人たちが地域で暮らす受け皿の問題と並行しなければいけない。どちらかの議論を一方で行うのでなく、並行してやるべき。 ・入所施設からの地域生活移行に取り組んできたが、これまで、うまくいったケースと、うまくいかなかったケースがある。うまくいかなかった例としては、グループホームの、5、6人の小集団の暮らしになると、そこで人間関係がうまくいかずに、やむを得ずまた入所施設に戻ったり、他のグループホームに行くという事例がある。 ・通過型施設として、てらん広場から出て行った300人のうち、再びてらん広場に戻ってきた人は1人だけ。それは、本人が何かができるようになったら、あるいは、本人が落ち着いたら地域生活移行するものではないからだ。その人を支援する仕組みができたときに移行していく考えであるので、大きなミスマッチというのは生まれていない。今後、ライフステージの変化の中で、バリアフリーが必要になってくるといったときに、また、そういったグループホームを作っていくことになるだろう。 ・利用者に新たな支援の必要性が生じたときには、速やかに必要な支援体制を作っていく。グループホームを作ってそこに利用者が移行しているのではなくて、利用者が必要とする支援の仕組みができるようどんどん作っていっている。非常にガバナンスは難しい部分はあるが、利用者に合わせて広げていくという考え方だ。 ・加齢とともに、少しハードな日中活動の仕事は厳しいな、となったときに、緩やかなリハビリ的な日中活動を用意したり、また、福祉制度に乗らないようなものも、自ら作って運営している。箱が先ではなく、それを必要としている人がいるから作っている。 ・法人全体で70か所のグループホームがあるが、例えば、入所している人が、医療的なケアが必要になってしまったときは、入所施設で支援するよりも、地域で、訪問医療とかを使った方が手厚く支援できる。 (障がい当事者の願いや希望に寄り添った支援) ・県による県立施設の調査結果では、日中活動が1時間未満の人が多く、入所施設の外での活動をしている人がいない。平均で20年施設で暮らしている人、長い人は、50年以上暮らしている。また、退所後の移行先が施設というのは辛い。死亡と入院による退所が多いが、施設を出るときは健康で元気で出てもらって、もっと自由な暮らしをしてほしい。 ・みんな当事者は閉じ込められていることに慣れているのだろうか。障がい当事者は縛られることに慣れているのだろうか。職員が諦めたら、自分たちの人生が終わってしまう。住む場所が勝手に変えられて、断れなかった仲間の話がある。住む場所を変えたいと伝えて良いのに、嫌なら嫌と言えばいいのに、場所がない、聞いてくれる人もいない。もっと、生活の要望を伝えたらいいのに、もっと夢や希望を話したい。 ・まだ分からないことがある。入所施設で暮らしている仲間は幸せなのか、教えてほしい。県立施設で暮らしている仲間の暮らしを見たい。 ・西駒郷の事例は、まずは入所定員を少なくするとか、地域に移行させる、ということではなかった。行政が最初から入所施設の定員を減らすと決めて、入所する人たちを移行させるんだということでは、本人に対して極めて失礼だと思う。本人の意思や、あるいはいろいろな体験の中で、本人が地域生活移行ということに目覚めたときに初めて可能になる。意思決定支援も含めていろいろな経験をしてもらって、県立施設からの地域生活移行を進めていくべきだ。 (定員規模縮小のプロセス) ・昭和47(1972)年7月時点の国立コロニーのぞみの園の入所者は541人だった。令和2(2020)年は205人まで減ってきた。神奈川県からも何十人という方が入所されていた。平成15(2003)年から10年間で、全国の入所施設に75人が移転した。もともとコロニーには全国から入所しているので、地域生活移行として“くに”に帰っても、グループホーム等ではなくて障害者支援施設に入ったということだ。 ・のぞみの園では一生懸命それぞれの県に返した。しかし、移行先を見てみると、地域生活移行という言葉をどうとらえるかだが、実態は地域生活移行ということではなく、施設再入所調整だと思っている。 ・今ある県立施設をなくすというのは、行政には無理なのではないか。結局、それを再びどういうふうに使うか、例えば芸術の村にしようとかいう議論に陥ってしまう。あるものをなくすというのは、行政は下手で、困難を抱えている。 ・神奈川県とか他県の話を超えて全国一般に大規模入所施設が持っている問題点として、そこで支配する考え方が、事故が起きないということを大前提にしていることだ。だから事故が起きるような状態、みんなが動いて触り合って、そんな場合の事故を避けるために閉じ込めるとか、拘束するとかいうことを平気でやる。私はこれを「功利的安全第一主義」と呼んでいる。他県の事例だが、県立の入所施設を廃止すると決定したのは、そういう考え方を一掃したということだ。 ・袖ケ浦福祉センターの場合は、定員規模を縮小し、支援の内容も改善しようと、行政も関与して管理職も職員も一生懸命取り組んだが、構造的な要因があり、一人ひとりの生活に基づいた、丁寧な支援というものが実現できなかった。要するにいくら頑張っても地域生活移行できず定員の削減ができなかった。目標は未達成であり、従って、達成できないような施設は、少なくとも県立施設として存続させるのかどうなのかということを、次期障がい福祉計画の始期である令和2年度末までに県として判断してほしいという提言につながった。 ・県立施設を縮小・廃止するといっても、どういうふうに入所施設から地域等に移行していくのかが問題になる。そのため、袖ケ浦福祉センターの場合は、意思決定支援アドバイザーというのを配置したり、民間施設の整備や補助の拡充なども行われた。 ・千葉県では、大規模の集団を相手にしたケアという構造を変えるため、小人数のケアに転換するということを求め、それから定員規模を縮小することを考えようと、当時の定員規模を半分にしようと提言がなされ、県としてもしっかりと受け止めて実現に向けて努力した。 ・確かにできるだけ定員を減らしていきたいとか、なくしていきたいという方向性は背後に持っているとしても、それはプロセスの結果。一人ひとりみんな違う。その結果として、もう50人という定員じゃなくても全然いいな、気がついたら5人になっちゃった、なったぞという、そういうことの中で気がついたら、縮小されたということだなと理解している。 ・今、施設の利用者に、とにかく見たり聞いたり経験したり体験しなければならないなあとか、これに合っているぞとか、なかなか実感として、ここがいいなとならないので、とにかくそういう機会をいっぱい作って、ここの就労継続Bの事業所を、ちょっと体験してもらえませんかとか、ここを実習させてもらえませんかとか。それで、本人がいけるなというふうになったら、ちょっとそれをプランの中で、みんなで協力して応援していきませんか、といったことをやっていく過程の中で、結果として、入所でなくてもやっていけるという中で、気がついたら、定員が減っていったというだけだと理解している。 ・県立施設の定員を減らすプロセスとして、グループホームという選択肢の他に、入所施設がバックアップをして段階的に地域生活移行できるような、入所施設のサテライト型居住事業を提案したい。県立施設を障がい保健福祉圏域ごとに1か所配置し、各圏域内の障がい福祉サービス提供事業所等と連携を図り、居住支援の場、体験トレーニングの場、緊急受入れの場、専門的支援、人材育成といった役割を果たす多機能型拠点の機能を持たせることとしてはどうか。なお、サテライト部分はグループホームに移行することも可能とすべきである。 (新たな入所の取扱い) ・県立施設の役割が未だはっきりしないという状態においては、新規の利用者は採るべきではない。 ・入所施設をゼロにしていくのがどうなのかという議論については、20年ビジョンをまとめるということであれば、慎重に議論していくべき。県立施設のあり方の議論の上では終の棲家論というのが出ているが、それこそ意思決定支援の考え方で、利用者がどこに住みたいのかということを改めて検証していくということが大事なのではないか。 (民間事業者との協働) ・県立施設について、終の棲家としての位置付けるのを止めるのならば、民間の質の高い支援をしている事業者も含めて、神奈川県の全体の障がい者福祉を考えていかなければならない。 ・県立施設の定員減を行い、地域生活移行を進めるに当たっては、民間施設の協働は不可欠であり、グループホーム、在宅支援等、地域で支える場の整備に向けて、一定の検討期間を設けて、県が政令指定都市、中核市と連携し、県単独の予算化、地域資源の整備を進めるという方法が、神奈川県の一つの特徴になるのではないか。 ・同一法人の中だけで努力するのではなく、民間の他の事業者も含めて、地域に帰っていくということが一番重要だ。これは、神奈川県全体の福祉を考えていくのに非常に重要な論点。なかなか他の事業者の協力が得られないと、一つの法人が頑張り通すしかない。一つの法人だけじゃなくて、他の法人も含めて、地域で受け入れるという活動が必要だ。 D民間との役割分担 事務局から提示された議論の視点:民間では担えない理由を明確にし、目的を達成するために必要な実施態勢も検討してはどうか (県立障害者支援施設の必要性) ・民間では対応できない人を受け入れているのだというこの発想、これを言っている限りは、県立施設は終の棲家になる。もう民間では受け入れられないという前提であるので、もう行くところがない。でも本当にそうなのか。民間では受け入れられないと言っているが民間で受け入れられる事業者はいっぱいある。民間では受け入れないという考えを本当に見直した方がいい。そうしないと、終の棲家は消えない、そう心配している。 ・他では受け入れられない人を受け入れている、ということが前提になると、入所施設の管理者も支援職員も、「この人たちは重いんだ」という、そういう前提で支援をする。すると「能力不存在推定」がすぐに働く。つまり、「この人は何もできない人なんだ」と思ってしまう。他では受け入れられない人を受け入れているので、他には移行できない、ということに当然なる。だから、終の棲家になってしまう。そこに入って、そこで死んでいくという、そういう人生を送っていくということが当然の前提になってくる。 ・県立施設が他では受入れられない人を受入れるという役割を担うのではなくて、他の民間施設でも十分担えるのだという前提で考えるべき。これは他県にも事例があり、「民間でも担えるので、結局、県立施設がやることはない」、ということになって、袖ケ浦福祉センターは廃止することになった。 ・県立施設のあり方の検討を行うときに、行政は非常に微妙な立場である。今まで20年30年40年できなかったのだから、今後もできないだろうという諦めとともに、それでも何かしたいという両方の意識が働く。何十年も続いてきた県立施設に対し、民間にできないことを担うという意味付けを行うことは、もう無理なのではないか。民間ではできないが県立施設だとできる、という嘘はもうやめたほうがよい。 ・再生基本構想の検討は5年前に行われたものだが、検討部会から今回の将来展望委員会に変わり、呼び方も「当事者目線」ということになった。今回、各委員から意見を聞いて、5年前の考え方もだんだん変わってきているなというふうに感じている。 ・再生基本構想には、「入所施設としての専門性の高い支援」として、民間施設では対応困難な云々と書かれている。これは当時の、あの時の方向としては、そういう結論にならざるを得なかったと感じている。これからの議論では、「民間施設では対応困難」というのは、私自身も、これはちょっと、もう今では違うのではないかと思っている。県立施設と民間施設を比べてみて、県立施設にしかできないというのは、本当にないのではないか。 (運営形態の検討) ・県をはじめ各県のコロニーが、直営から指定管理というふうに運営形態を変更してきたことについては、国の制度の変化に伴って、各県も対応してきたということだろう。 ・事業の実施主体として、県直営だけでなく、指定管理も含めて、今の時代において公が現場を持つというのは無理があると思っている。そういう意味で、分割、再統合、廃止ということも含めて事業団、指定管理、いろいろな実施形態を検討していただきたい。 ・入所施設の運営についても民間活用は大切だ。ただ、民間でも、福祉の場面においては、競争原理が働いて切磋琢磨しながらより良い運営につながるということにはならないので、民間の運営に移行するときには、非常に特別な仕組みが必要だと思う。 ・組織性という観点から考えると、県立の社会福祉事業団という運営形態も含めて、やはり官僚性が強い。官僚制は合理的な判断をする良い仕組みである面もある。上意下達の指揮命令系統の中でうまく回ればよいが、神奈川の県立施設もそうだが、組織が大きくなると、厳然としたヒエラルキーが存在して、ボトムアップでの意見が認められない。官僚性の逆機能と言っている。 ・直営であるより、事業団あるいは指定管理の施設の方が、むしろ、もっと官僚的になる場合もあり、周りの状況がいろいろと変化していることに対応できなくなる。 ・周りのものが見えなくなるとともに、自分たちの組織を守るという力、内へ内へという力が働くことになり、こういう意味からも公立というものには疑問点がある。 ・指定管理者が、地域のアセスメントを行い、地域性等に応じて、日中支援の場やグループホームを新たに実施できるよう、一定の権限、裁量権を持たせることも検討すべきである。また、障がい保健福祉圏域を各県立施設がどうカバーしていくべきか併せて検討すべきである。 (県全体の障がい福祉の中での位置付け) ・県立施設を中心に神奈川全体の福祉をどのようにするか。県立施設と関係を持たせながら、地域全体の神奈川全体の今後の福祉、支援体制をどう構築するか。非常に大切な視点である。 ・西駒郷の事例は、長野県が県全体の障がい福祉の水準をアップさせたという非常に全国にまれな例だと思う。一入所施設、あるいは県立施設や事業団をどうするでなく、そのことを考えるには全県のことを考えないとやっぱり無理ということだ。これは今後の神奈川県の方向性でも一致している。それぞれの県立施設をどうするかだけでは済まない。全県のことを考えなければ、県立施設のあり方も決まらないというふうに思っている。 ・大規模な県立施設に関する全国的な動向としては、宮城県船形コロニーの事例のように、県立施設を存続させるという動きもあるが、他の先行事例からは、大きな動きとして、県立施設としては縮小し、将来的には廃止をしていく動きになっていることが、だいたい見えてくる。 ・行政、公は、本当のところ何をするのか。それは改革だと思う。小手先だけの機能付加で誤魔化すということやめたほうがいい。本当に根本的なところから見直すという改革に期待している。 ・民間でできないこともあるとすると、公的施設としては、どういう支援の方法をうまく作り上げていって、それをまた民間にフィードバックするとか、そういうノウハウを広げるという視点もあるかもしれない。 (提供サービスの転換と職員処遇) ・のぞみの園では、平成29(2017)年にあり方検討会が立ち上げられた。当時、のぞみの園では年に15人から20人の方が亡くなっているので、あと10年ぐらいすると、ほとんどゼロになる。だから新たな入所を入れないと限りなくゼロになっていくという説明がされたと記憶している。そのときに、支援職員はどういうモチベーションで仕事をするか、というのは非常に大きな課題だと感じた。 ・のぞみの園の規模を縮小していく過程において、支援職員に新たなモチベーションを持ってもらうよう、入所ではなく、行動障がいのある人、あるいは触法の人の地域生活のためにフィールドを持ち、研究事業と一体的に取り組んでいくという方向を打ち出した。公立の入所施設というものは、そういう非常に限定的なものに向かうべきで、全国に発信する調査研究という分野は残るのではないか。 (費用対効果の観点) ・費用対効果は非常に重要な視点。のぞみの園は、平成15(2003)年の措置費が16億円だった。国の上乗せがあり29億円の予算規模としていた。措置費収入の倍以上の規模だ。29億円もの予算を付けて、グループホーム、ケアホームを作っても、それはモデルにはならない。 ・のぞみの園は、現在も、事業費収入として自立支援給付費が16億円あり、これに加え、未だに国から運営交付金として15億円が上乗せで交付されている。こういう意味からいうと非常に費用対効果が悪い。こういう中でモデル性と言っても、まったくリアリティがない。 ・神奈川の県立施設は、費用対効果についてはどうなのか。厚い職員配置も含めてきちんと検証しないと、公というものの機能の再定義ができない。 (市町村との関係) ・県の役割は市町村をバックアップすることであり、再度、県立施設が大きな機能を持って、さらにそこに新たな入所を認めていくということになると、地域から切り離されて、市民になりえない入所者をまた作り出すということになるのではないか。 ・地域から切り離されて県立施設に入所するということは、市民ではなくなるということだ。これからは障がいのあるそれぞれの人が、地域で市民として生きることが必要だ。 ・地方分権の観点から言えば、今は市町村がサービスの提供主体となって、地域包括ケアシステムが、高齢者だけでなく、子どもや障がい者、生活困窮者なども含めていくという方向の中で、県立、国も含めてであるが、何か立派な箱モノ(施設)を作って、そこで何か支援するというのはそもそも矛盾するものだ。 ・共生社会を目指していくには、県立施設も積極的に貢献する必要があるが、予算、人材、組織等で優位に立つ公立施設が「一人勝ち」することは、県内の地域生活のシステムの構築、特に市町村の自立を阻み、依存体質を強化することになるのではないかと危惧している。 ・ある県立施設のあり方を考える検討会で、「県立施設の役割って、事業団の役割って何ですか」と尋ねたところ、「事業団に何か新しい役割を付与することはやめてください」と言われた。今、市町村レベルで、医療的ケアの人たち、あるいは、強度行動障がいのある人も、どうにか支えられるシステムができて来た。市町村も現場の人も非常に頑張っている。そこに、県立施設に強度行動障がいのある人の専門的な施設という役割を持たせると、市町村はまた全部丸投げしてしまうからやめてくれ、という趣旨だった。 ・市町村レベルで、いろいろな支援が整ってきた。社会福祉事業団等に運営委託するにしても、まさに公立施設は、反対に、地域の支援システムの構築を阻む可能性があることに注意しなければならない。地域生活支援を考えるとき、県は黒子に徹するか、あるいは自らが引いていくことによって、真の公立の役割、私もまだはっきり見出していないが、そういうものを見出していく必要があると思っている。 ・当事者目線の障がい福祉に向けた取組みについて、オール神奈川の機運を作っていくためには、やはり横浜市、川崎市、相模原市の3政令指定都市と、横須賀市という中核市があって、それぞれで障がい福祉に関する補助金体系があるということと、4市を除く神奈川県域では、地域生活サポート事業があるものの、3政令指定都市との補助金体系に大きな格差があり、そういう壁をどう乗り越えていくかが大きな課題である。 ・入所施設が地域生活移行を進める上で、市町村との連携は欠かせない。障がい当事者の皆さんが住んでいる市区町村の職員に協力してもらうことが重要である。また、地域のニーズを第一線で感じている相談支援事業所との連携も欠かせない。障がい当事者の皆さんの相談に乗ってくれる人に協力してもらう、ということだ。 【44〜45ページ】 (3)その他、重要な意見 (不適切な支援の検証の継続) ・県立施設における不適切な支援についての、これまでの振り返りは十分ではなかった。「これまでの県の施設のあり方は全く問題がなかった」と言い放つ管理者がいたとすれば、全く運営者としては駄目だ。常に反省・振り返りが必要で、それは責任を追及するとかそういう話ではなく、なぜこんな状態になったのか、ということを、きちんと検証しないといけない。 ・神奈川県ではこの1、2年間、ずっと過去の県立施設での不適切な支援の検証をやってきたが、まだまだ十分に検証できてはいないと思っている。将来を展望するには、過去の振り返りが必要だ。 (取組みの継続を諦めない) ・この将来展望委員会は、一定の期間の中でやらなければいけないというミッションがあるが、議論を展開するのには、やはり、もっと十分な時間が必要なのではないか。 ・千葉県の県立施設廃止の事例では、5年から10年のスパンを設けての議論が必要とされた。神奈川県の県立施設の議論についても、今回の将来展望委員会での議論の後も、継続的に議論を行っていく必要性があるのではないか。一定の期間を経ていろいろなビジョンを検討する必要がある。 ・これから県立施設というものをどう考えていくのか、1年や2年で、何か結論が出るとか、あるいは地域社会が変わっていくというようなことは、なかなか望めないと思うが、こうして検討のスタートを切ったので、何年もかけて、皆で議論すればよいと思っている。時間はかかる。しかし、時間がかかるので諦めるということがあってはいけない。 (サブグループへの拡がりの必要性) ・こういう検討会議が、実効性を持つためには、この下に実務担当者のサブグループが絶対必要だ。支援者にしても障がい当事者にしても、この検討会議の下に馳せ参じるサブグループが、どうだ、どうだ、どうだ、と、さらに具体的に詰めていくようなものがないと、お風呂をかき回していて上は熱くなったけど下はなかなかそうじゃないという風景になって、報告書は作ってみたけど、実際にはモノにならない。 ・この将来展望委員会で大きな方向を出していくのだろうが、実は同時並行的に、思いを一にした人たちの連続的な集まり、まさに各地域で本気でなんとかしなきゃと思っている人たちが、それぞれのテーマで集まるようなものがあると、ここでの会議も熱を帯びてくるような気がしている。 (県民に分かりやすくする工夫) ・他県の差別禁止条例が設置されたとき、「あんなもの作ったって知的障がい当事者にはわからない」と条例づくりに関わった「障害者差別をなくすための研究会」の座長と議論をしたことがある。正直言って、神奈川にそんなものを作って知的障がいの人の誰が読むのかと言いたい。知事には、本人の目線って言いながら、全然わからないような条例を作ってほしくない。 ・こういった検討会議体の構成員に障がい当事者が入っているのは、本当に大切だ。他県の差別禁止条例であるとか、ともに生きる社会かながわ憲章も、障がい当事者委員からは、「ちょっと難しい」とか、「分からない」といった声を聞く。新たな条例などを検討するのであれば、障がい当事者の言葉をしっかりと入れていただきたい。議論に参加してもらうのではなくて、障がい当事者の言葉、思いを本当に組み込んだものにしてほしい。 ・知事にお願いしたいが、「ともに生きる社会かながわ憲章」は難しい。施設の仲間にも聞いたが、「ちょっと難しいね」、「もっと簡単にしてほしい」と言っていた。もう少し、やさしい言葉で、是非、ルビを振ってほしい。 ・「ともに生きる社会かながわ憲章」が難しいという話が出ている。海老名市では「住みたい、住み続けたいまち、海老名」という分かりやすいキャッチフレーズを掲げて、福祉計画や福祉政策の検討の場では、住みたい、住み続けたい街をつくるために、どう計画を進めていくのかという議論を行っている。 ・この将来展望委員会の報告書が、県民目線として分かりやすく、例えば、「いのち輝くともに生きるかながわ」というようなところを一つの柱にして、「神奈川で生まれて、神奈川で暮らしてよかったと思えるような福祉づくりを目指す」といったフレーズを入れていくと、県民にとっても分かりやすいものになるのではないか。 (ヒアリング結果の活用) ・この将来展望委員会の報告書のとりまとめに向けて、是非お願いしたいこととして、今回の団体ヒアリング等で、障がい当事者団体の意見はもちろん非常に大事だが、これに加え、神奈川には官民協働でいろいろ取り組んでいる団体があるので、こういった団体の声も聞いていただきたい。 ・団体ヒアリングの結果をまとめた事務局資料を見ると、いろんな意見が入っているので、是非今後の議論に生かしてもらいたい。 (実効性のある仕組みづくり) ・この委員会の報告書が、実効性のある仕組みとしてアウトプットされるよう検討してほしい。行動指針になるのか、行動計画になるのか、あるいは条例になるか、それは県当局の課題かもしれないが、県の本気度を形にしていただきたい。全国に先駆けて、神奈川の将来の1ページ目を築くという位置付けで、県がまた福祉の一歩をリードするところも示せるのではないか。 【46〜49ページ】 5、神奈川県の障がい福祉の将来展望 将来展望委員会においては、前述のとおり、2040年頃の神奈川の障がい福祉の将来展望について、@共生社会の実現、A当事者目線の障がい福祉、B困難性の高い支援課題への県の取組み、C地域でその人らしく当たり前に暮らすことのできる社会、障がい者故の価値の創造とSDGsの理念、という5つの視点から、各般の意見が述べられた。 もとより、この5つの視点を設定するにあたり、神奈川が目指す障がい福祉の将来像として、「『ともに生きる社会かながわ憲章』が当たり前になるほどその理念が浸透し、本人の意思決定を踏まえた、その人らしい生活を支える当事者目線のサービス基盤の整備が進んだ、いのち輝く地域共生社会」である旨が提案され、併せて具体的なイメージも提示されたところ、これについては特段の反対意見はなく、委員間において、一定の共通理解が得られていると考える。 将来展望委員会が、県立施設のあり方について先行して検討を行ってきた関係から、この「中間報告」の取りまとめの時点においては、神奈川の障がい福祉の将来展望についての議論を行う時間は十分ではなかったかもしれないが、次節の「県立障害者支援施設のあり方と当面の方向」への結節点として、この節においては、この将来像を実現するために、県をはじめとする関係者は、どのような方向感で取組みを進めていくべきなのか、これまでの各意見を基に整理を行うものである。 前述のとおり、事務局から提示のあった、将来像の具体的イメージは了解されていることから、それらの各事項を補強するものや補完するものと言ってよいだろう。 なお、今後予定している最終報告書の取りまとめに向けては、2040年頃の人口構造をはじめとする社会経済状況の予測を基礎に、障がい福祉を取り巻く政策の動向、障がい当事者やその家族、支援者など関係する人々が抱える福祉課題の状況の変化、そして障害者基本計画や「かながわ障がい者計画」、あるいは、「神奈川県障がい福祉計画」の検討の方向性、さらには自治体行政のあり方に関する議論の推移も注視しながら、目指すべき将来の姿と、その実現に向けた具体の取組みについて、さらに議論を深めていきたい。 以下、現段階において、将来展望委員会として考える、神奈川の障がい福祉の将来展望(ビジョン)について記述する。 (当事者目線の理解が進んだ差別のない社会) 〇地域の人が、障がい者のことをよく理解し、障がい当事者の気持ちを分かってくれる人が増え、ハンディキャップがあっても、当たり前の同じ人間なんだということを、言葉の上ではなく、実感が持てる社会を実現すべきである。 〇地域の人がおせっかいではなく、見守りや声かけをしてほしい。 〇障がい当事者の気持ちをよく聞いて、分かりやすい憲章や新しいルールが作られた社会を目指すべきである。 〇すべての人に「思い」があり、周りの人がその「思い」をどれだけ尊重できるかというところに意思決定支援の成否がかかっており、意思決定支援について、広く県民の理解が進んだ社会を実現すべきである。 (つながりのある包摂社会) 〇障がい者と家族等だけではなく、子どもや高齢者なども含めて、まぜこぜで、いろいろな人が一緒に生きている地域像を描くことのできる社会を目指していくべきである。 〇地域で暮らし、地域の人と「おはようございます」と毎朝あいさつして出かける。お店に行って「昨日魚おいしかったですよ」と言うと、「ありがとうございます」とか「また来てくださいね」とお礼を言われる。そういった日常のつながりのある社会を築くべきである。 〇地域生活移行した障がい者が、地域での暮らしの中で、トラブルに遭ったり、何か困った事態になった場合には、地域の皆で支えていこうという気持ちに満ちた社会を目指すべきである。 〇私は公共交通機関を利用するときに、駅員さんや運転手さんに普通にあいさつしている。みんながそんなふうにできる社会を作りたい。 〇法人や事業所が、自分たちだけで何とかしようとするのではなく、自分たちだけでできないところを、他の法人に応援してもらうような、協働の関係が築かれた社会を実現すべきである。 (必要なサービス基盤が整った社会) 〇障がい当事者の人たちが地域でその人らしい生活を送るための、サービス基盤の整備がしっかりと進んだ社会を実現すべきである。 〇公的な障がい者の支援サービスに加えて、野球を観に行くなどのいろいろな生活、暮らし全体を、地域の皆で支えていく社会を実現すべきである。 〇意思決定支援を入所施設内だけにとどめることなく、地域で暮らしているときも含めて、幅広い場面で適切な意思決定支援を受けることができる社会を実現すべきである。 〇入所施設もグループホームと同様に居住支援の選択肢として位置付けられ、そういった資源を活用して、障がい当事者が、その人らしい地域生活を実現できる社会を目指すべきである。 〇重度といわれる、医療的ケア、行動障がいのある人が安心して利用できるグループホームの整備が地域において進むよう、障がい福祉サービス等の報酬を補完する県単補助制度などが整備された社会を実現すべきである。 〇地域生活での、ウェルビーイング(「良き状態」、「幸福」、「本人なりの生活」、「悩まない生活」)を実現するため、パーソナルアシスタントのような個人に特化した支援が制度上検討されることが可能な社会を目指すべきである。 (出番と居場所のある社会) 〇ピアカウンセリングやピアサポートが実施できるよう、研修体制を整備するとともに、?障がい者の地域での一人暮らしをしっかりと支援する体制が整備された社会を実現すべきである。 〇一人で美術館やお城に行ったり、一人で写真を撮ったり、自分の好きな居場所で、職場の同僚といった友達の存在がある、福祉サービスだけではない地域での暮らしが実現できる社会を築くべきである。 〇障がい当事者の活躍の場を、公的福祉サービスの範囲にとどまらず、一般企業にも視野を広げていくことが可能な社会を実現すべきである。 (ともに生き、ともに暮らす、いのち輝く社会) 〇障がいを持ったからといって悩んで、どうしようかという心配がなく、安心して子育てができ、障害があっても、地域で一緒に暮らすことができる社会を築いていくべきである。 〇保育所や幼稚園で、発達特性のある子どもたちを不適応にしないよう、適応障がいにしない取組みが進んでいる社会を実現すべきである。 〇支援する側、支援される側という立ち位置ではなく、一緒に人生を作り上げていくという当事者目線の考えに立ち、支援者も自身が変わっていくという支援の場が当たり前の景色となる社会を実現すべきである。 〇小さい時から、いろいろな地域の資源を見て、体験をして、意思決定を重ねていくことができる環境が整備された社会を築いていくべきである。 〇障がい当事者委員が地域生活で体験していることを、入所施設の利用者に体験してもらいたい。なぜその権利が奪われているのか。これは、入所施設だけの努力では打開できないことであり、県民皆で乗り越えていく社会にすべきである。 なお、次節において、神奈川県の県立施設の将来展望についても触れるが、県立施設を含めた、障害者支援施設のあるべき姿に関しても種々意見が述べられており、これら関係意見を踏まえて、以下のとおり、現時点での障害者支援施設の将来展望(ビジョン)についても記述する。 (当事者目線の支援がなされていること) 〇当事者目線に立って、職員の独りよがりではなくて、障がい当事者と一緒に施設運営を行い、その先に、施設が不要になるような実践を展開していく入所施設を目指すべきである。 〇入所施設は、どんなに障がいが重くても、その人の願いや希望といった意思があるという「能力存在推定」を示すべきである。 〇障がいが重いからといって外に出さないで一日中施設の中にいるようなことのない入所施設を目指すべきである。 〇行動障がいが起きる理由を、その環境が要因で、自分たちが引き起こしているという理解がしっかりとなされている入所施設を目指すべきである。 〇「できることが増えているのか」、「居場所が増えているのか」、「関わる人が増えているのか」、何よりも、「本人が楽になっているのか」、また、「意欲的になっているのか」という視点で、問題行動のみに注意を傾けるのではなく、本人の可能性を広げていく視点からの適切なアセスメントとモニタリングを受けることができる入所施設であるべきである。 〇地域共生社会の実現に向けて、どんなに障がいの重い人も地域生活が可能であるということを証明する取組みを進める入所施設を目指すべきである。 (障がい当事者と支援者が対等な関係であること) 〇障がい当事者と支援職員が対等な関係であって、何故入所施設に入るのかを約束し合うことができる入所施設であるべきである。 〇利用者に福祉サービスを提供して支援するという一方的な構図により、虐待や無理な意思決定支援が行われやすい状況を解消するため、福祉サービスの視点だけではなく、居場所を増やすことや、ピアカウンセラーなどの障がい当事者の役割を増やす入所施設を目指すべきである。 (尊厳が守られた支援であること) 〇障がい当事者はもちろん、障がい福祉の支援者も、しっかり尊重され、誰もが意欲を高めて生き生きと活動できる入所施設であるべきである。 〇福祉サービスの提供にとどまらず、友達、活躍の場所、心地いい居場所など、福祉サービスの枠を越えて、支援を組み立てていく入所施設を目指すべきである。 〇同じ法人内の事業所にとどまらず、他の法人の事業所も活用し、日中の働く場所(日中活動)と住む場所を分ける、いわゆる「職住分離」を進める入所施設を目指すべきある。 〇地域の様々な場所で、いろいろな日中活動、仕事が行えるよう取り組み、それらの日中活動を選ぶ際には、利用者が必ず体験をして、自分に合うかどうかを確かめることのできる入所施設を目指すべきである。 〇利用者同士が協力して日々の納期を守り、職場の目標を達成することや、取引先から信頼されることなどを通して、利用者の自己肯定感を高めることのできる入所施設であるべきである。 (自律的な支援の改善がなされること) 〇万一、不適切な支援が行われたときにも、その支援が一体どういう状態だったのか、なぜそういう事態になったのか、施設ぐるみで再検証し改善していく取組みができるよう、運営体制の構築を図っていくことが可能な入所施設を目指すべきである。 (地域と関わり、地域を変えていくこと) 〇入所施設が「内向き」の考えに陥らず、地域を作っていくという視点で地域生活移行を進めていく運営を行う入所施設を目指すべきである。 〇入所施設を終の棲家にしないよう、入所施設だけで障がい福祉の課題を解決するのではなく、地域の社会資源の中で、他の事業所等と連携して、地域全体で障がい当事者の生活をどう支援していくかを考えていく入所施設を目指すべきである。 〇入所施設の中で完結する支援でなく、施設から外に出て行く場所を作り、地域との関わりの中で、利用者の可能性が広がって、本人の自己肯定感が得られるような日中活動を保障することのできる入所施設を目指すべきである。 【50〜52ページ】 6、県立障害者支援施設のあり方と当面の対応 将来展望委員会においては、これまでの議論から、県立施設が、本人の願いや希望を尊重した当事者目線の支援によって、入所者の地域生活移行にしっかりと取り組んでいくべきである、という当面の方向感が委員共通のものとして得られたと考える。 その上で、以下のとおり、将来展望委員会として考える、県立施設のあり方と当面の対応について記述する。 (1)県立障害者支援施設のあり方 (当事者目線の支援) 〇今日、障がい当事者が自らの意思で、住みたい場所、一緒に住みたい仲間や働く場所などを選ぶ権利がある。障がい当事者の意向を聞かずに、サービスの内容などを親や職員が一方的に決めることがあってはならない。このような生活(サービス)は、障がい当事者の願いや希望から乖離したものであり、県立施設においても、利用者の希望や願いに寄り添った支援が行われるべきである。 〇県立施設の利用者は幸せに暮らしているのか、という質問が、障がい当事者委員から事務局に対しなされたが、事務局としては、答えられないという実態がある。では、県立施設を廃止するのかというと、現状としては直ちにそこまでできないだろう。できないのであれば、どうするのかというところを、今後、さらに掘り下げて議論をしていくべきである。 〇県立施設のありようも含めて、地域のありようとして、現状、行動障がいと呼ばれている人たちを1か所に集めてしまった。その結果、構造化された空間の中で、刺激を遮断されて、何もない生活・暮らしを強いられている。パニックが起きないで静かにしている状態が、本当に心を穏やかに暮らせているのか、支援の評価軸を再考するべきである。 (地域生活の実現) 〇国立コロニーのぞみの園が独立行政法人に移行する際には、様々な議論が行われ、ノーマライゼーションの考え方の下、地域生活移行を進めるとともに、新たな利用者を受け入れないことで、定員規模を小さくしていくという大きな方向転換を行った。神奈川の県立施設においても、直営から指定管理に移行する際や、新たな指定管理者の公募を行う際には、単に財政効率の観点だけではなく、利用者の願いや希望に寄り添い、可能な限り、地域生活を実現できるよう取り組んでいくべきである。 〇入所施設から地域生活移行した利用者の支援を行うことは、通過型施設としての入所施設の重要な役割である。地域生活を送る利用者に、新たな支援の必要性が生じたときには、速やかに必要な支援体制を作っていく必要がある。 (地域生活移行の推進) 〇入所施設への入所時に、どうやって地域に戻っていくのかを考えることが重要である。そのためには、障がい当事者と入所施設だけでなく、地域の他法人とも一緒に、「何のために入所するのか」といった「約束」を交わしていくことが重要である。 〇入所施設を設置する同一法人の中だけで支援の努力をするのではなく、民間の他の事業者も含めて、地域に帰っていくための支援を行うという姿勢が重要である。神奈川県全体で、一つの法人が頑張り通すのではなく、他の法人も含めて、地域で受け入れるという活動が必要である。 〇入所施設から利用者が、グループホームを作ってそこに移行しているのではなくて、利用者が必要とする支援の仕組みを作っていくことが重要である。当事者目線で、利用者の必要性に合わせて、地域の社会資源を入所施設が軸となって広げていく取組みが必要である。 〇SDGsは、誰も取り残さないという理念を掲げており、これは、どんなに重い障がいの人も地域で生活するんだ、共生社会を実現するんだ、という県の目標設定と軌を一にするものであり、県は覚悟をもって、県立施設からの地域生活移行に取り組んでいくべきである。 〇今後の県立施設は、地域共生社会の実現に向けて、どんなに障がいの重い人も地域生活が可能であるということを証明していくべきである。県立施設は、ロールモデルとして、地域生活移行及び地域生活支援に全力を尽くすべきである。 (障がい保健福祉圏域との関わり) 〇長期的な目標としては、県立施設が、地域づくり、共生社会づくりという視点から、広域的に、所在する障がい保健福祉圏域に関わっていくことが重要である。そこに向けてさらなる議論を進めていく必要がある。 〇各県立施設が障がい保健福祉圏域をどうカバーしていくべきかという、これまでの設置の経緯も踏まえ、指定管理者が、それぞれの所在地域のアセスメントを行い、地域性等に応じて、日中支援の場やグループホームを新たに実施できるよう、一定の権限、裁量権を持たせることも検討すべきである。 (市町村とどう役割を分担するか) 〇これからは誰もが地域で市民として生きることを実現していくという考え方が重要である。今日、市町村が様々な公的サービスの提供主体と位置付けられており、地域包括ケアシステムの考えをさらに進めて、高齢者だけではなく、障がい者も子ども、生活に様々な課題を抱える人も、同じ地域社会で、同じ市民としてその人らしく生活していくというという方向になっていくときに、国や県が、立派な箱モノ(施設)を作って、そこで支援するというあり方は矛盾するということを念頭に置くべきである。 〇県立施設に、民間では果たせない役割を担う等の機能を付加し、新たに入所を進めていくということは、入所する障がい当事者が地域から切り離され、市民ではなくなることにつながりかねない。今日的な県の役割は、一義的な障がい福祉サービスの提供を担う市町村や民間施設を、しっかりとバックアップすることであるべきである。 (支援の検証と自律的な改善) 〇「決定」は、か弱いものであることから、常に振り返りが必要である。将来を展望する議論を深化させるためには、将来の話ばかりではなく、どうして県立施設がこういう状態になったのかという、「振り返り」を続けていくことが重要である。 (大規模入所施設の解消に向けて) 〇県直営だけでなく、指定管理も含めて、今日、公が現場を持ち続けるというのは、いわば「制度疲労」を引き起こすことになる。全体の方向感としては大規模施設からの脱却としての規模縮小が必要である。 〇大規模入所施設が構造的に閉鎖性と管理性の強い運営に陥りやすく、とりわけ行動障がいのある人にとって極めて過酷な生活環境であることは検討部会報告書の指摘どおりであり、県立施設の規模を縮小していく手法としては、分割、統合、廃止などがある。運営方法についても、指定管理、民間移譲など様々な形態を検討すべきである。 〇今日、民間施設においても、他では受け入れられない人を受け入れるという、これまでの県立施設が担ってきた役割を十分果たせるという前提で考えるべきである。民間でも確実に担えるという状況になれば、県立施設の役割はなくなり、入所施設に対する真のニーズを確認しながら、廃止も視野に民間移譲に向けた検討を進めるべきである。 〇県立施設の定員規模の縮減を目的化するのではなく、利用者の、その人らしい生活を実現するために、入所施設でなく地域で生活するというチャレンジの過程の中で、結果として、定員が減っていくという取組みであるべきである。 〇県立施設の定員を減らすプロセスとして、グループホームという選択肢の他に、入所施設がバックアップをして段階的に地域生活移行する、入所施設の「サテライト型居住事業」(仮)を検討してはどうか。具体的には、県立施設が所在する障がい保健福祉圏域内の他事業所等と連携を図り、居住支援の場、体験トレーニングの場、緊急受入れの場、専門的支援、人材育成といった役割を果たす多機能な拠点の機能を持たせ、サテライト部分はグループホームに移行するという構想である。 (県立施設改革の視点) 〇今後、三つの視点から、県立施設の改革を進めていくことが必要である。1番目は地域生活移行をきちんと推進していくこと。どんなに障がいの重い人もこれから地域で生活するということを、全県、全施設共通なこととして行っていくこと。2番目に、地域生活移行を行いながら、新たな利用者を受け入れるということは、なかなか困難であるし、論理的にも矛盾することなので、地域生活移行がある一定のところまでいくまでは、新規の入所は止めること。3番目は、これからの施設は、まさに、地域の支援拠点として、地域に貢献する施設を目標とするということである。 〇事例報告で提案された、「県立施設の今後としては、地域共生社会の実現に向けて、どんなに障がいの重い人も地域生活が可能であることを証明してほしいし、是非、地域生活移行及び地域生活支援に全力を尽くしていただきたい」、「県立施設が他では受け入れられない人を受け入れるという役割を担うのではなくて、他の民間施設でも十分担えるのだということを前提に置くべき」という二つの視点は極めて重要であり、県立施設の将来展望を議論する際の基本的な考え方に据えるべきである。 〇神奈川の県立施設は、費用対効果についてはどうなのか。厚い職員配置も含めてきちんと検証しないと、公というものの機能の再定義ができない。 〇なお、現に7つの県立施設には多くの利用者が生活している。個々に県立施設への入所に至った理由、背景を抱えているのであり、家族等も障がい当事者に寄り添いながら、それぞれの生活基盤を築いている。したがって、県立施設の将来のあるべき姿に向けて、今後、県が施策を講じていく際には、入所している利用者とその家族等に不安を与えることのないよう配慮を行うことが重要である。 〇今後、さらに、県立施設の将来展望の検討を進める際には、県立施設に限って思考するのではなく、オール神奈川で当事者目線の福祉を実現していくという大きな目標の下、神奈川全体の障がい福祉のサービス提供体制の整備計画と進捗状況や家庭や地域のありようなどを注視しながら、議論を行うべきである。その場合、県は、政令市、中核市も含めた市町村と緊密に連携し、議論の内容について情報共有を図るとともに、様々な機会を捉えて、各市町村から意見を聴くよう留意すべきである。 【53〜55ページ】 (2)県立障害者支援施設の役割と機能 前節の、県立施設のあり方についての提案を念頭に置き、地域の障がい福祉のサービス提供体制を構築していくに当たって、重要な社会資源である県立施設が担うべき役割と機能に関し、将来展望委員会として考える、今後、さらに検討すべき内容を総論的に示すと以下のとおりである。 〇民間の質の高い支援をしている事業者も数多く存在することから、県立施設のみを終の棲家として位置付ける必要はなくなってきている。むしろ、県立施設という公的な資源を、できる限り多くの支援が必要な県民に利用してもらえるかという視点から、あり方を考えるべきであり、神奈川全体の障がい福祉の中で検討すべきである。 〇「県立施設の役割というのは、民間では担えない機能というものを担う」という考え方は、よく言われる話だが、袖ケ浦福祉センターでも同じような議論がずっとなされてきた。結局は、民間施設でも担える、ということが議論の終着点だった。だからこそ、県立施設を廃止するという結論となった。もし県で、民間では担えない機能を県立で担うというふうに位置付けるのであるならば、その機能とは何だということを、今後さらに議論すべきである。 〇県立施設を民間の力を活用して改革しようとする場合、福祉施設であると、必ずしも競争原理が働くわけではないため、支援の質の向上が図られ、組織ガバナンスが磨かれていく仕組みが必要である。今後、具体的な手法について検討すべきである。 〇緊急短期の入所や、行き詰まった支援の再構築のニーズは高く、虐待ニーズも存在する。また、家族が新型コロナに感染し、家に残された障がい当事者など緊急の受入れのニーズも増している。県立施設は、地域で困っている人を支える役割があると考えられるが、実際に、この役割をしっかりと果たしていけるのか、今後検討すべきである。 〇県立施設は、民間で実施できない専門的な機能を有する貴重な社会資源であると、民間施設の事業所の多くが感じている。今後の県立施設は、地域生活支援拠点事業の神奈川版として、多機能地域生活支援拠点の機能を持ち、民間施設と緊密に連携を図っていくことについて、今後検討すべきである。 〇入所施設をつくるということは、地域をつくることと同じ意味がある。これを同時に実践していかないと通過型として機能させることは難しい。現在の県立施設の立地やあり方で、それが可能なのかどうかは、さらに議論していかなければならない。 〇県立施設としては、より良い支援の方法を作り上げ、それを民間事業者にフィードバックすることや、その他、施設入所支援のノウハウを広げるという視点も考えるべきであり、その役割を果たしていけるのか、今後検討すべきである。 次に、県立施設が担うべき役割と機能に関しての各論としては、「市町村支援」、「相談支援体制の構築」、「人材確保と人材育成」が考えられ、今後ますます重要な課題となっていくものと予想される。これらについて、次のとおり、具体的に検討すべき内容等を項目ごとに示す。 ただし、これらの役割や機能は、県立施設という「場」で実施されることが、必ずしも必要条件ではないであろう。県の施策として、県立施設ではない別の実施主体がこれらの機能をもって、県の役割を果たしていくことも検討していく必要がある。 @市町村との連携のあり方 〇入所施設が地域生活移行を進める上で、市町村との連携は欠かせない。障がい当事者の皆さんが住んでいる市区町村の職員に協力してもらうことが重要である。 〇県の役割は市町村をバックアップすることであり、再度、県立施設が大きな機能を持って、さらにそこに入所させることは避けるべきである。そうした利用者は、ますます市町村から切り離されていくこととなり、県立施設の利用者は市民になり得ないという恐れがあるということを十分認識した上で、県立施設の機能について、今後さらに検討していく必要がある。 〇今日、市町村がサービスの提供主体となって、地域包括ケアシステムが、高齢者だけでなく、子どもや障がい者、生活困窮者なども含めていくという方向の中で、県立、国も含めてであるが、何か立派な箱モノ(施設)を作って、そこで何か支援するというのは、施策の方向感としては逆行する。県立施設が担うべき役割と機能については、障がい福祉のサービス提供の一義的な責任主体である市町村と十分に調整を図る必要がある。 〇市町村レベルで、地域生活支援の仕組みが整ってきつつある。社会福祉事業団等に運営委託するにしても、まさに公立施設は、反対に、地域の支援システムの構築を阻む可能性があることに注意しなければならない。県は、市町村の支援や広域調整に注力すべきであり、そういった政策の方向性の下で、県立施設の役割を再定義すべきである。 〇当事者目線の障がい福祉は、政令市、中核市も含めたオール神奈川で取り組んでいく必要がある。一方で、地域ごとで、予算面も含めて、サービス基盤の整備状況が異なることから、地域の実情に応じて、地域ごとに議論していくことも必要である。 A相談支援体制の構築 〇入所施設が地域生活移行を進める上で、地域のニーズを第一線で感じている相談支援事業所との連携も欠かせない。障がい当事者の皆さんの相談に乗ってくれる人に協力してもらうことが必要である。 〇県立施設は、障がい保健福祉圏域全般の基幹的な相談支援機能として、中井やまゆり園の「かながわA(エース)」のような機能を他の県立施設に導入していくことを検討すべきである。 〇検討部会での議論において、県立施設が利用者の安全確保を最優先した支援を、内向きに続けていくことが、大規模入所施設故の管理的、閉鎖的な運営に陥りやすい構造的な環境と相まって、不適切な支援が長期にわたって行われてきた大きな要因の一つと指摘されていた。県立施設が、地域の社会資源として、障がい者の地域生活支援や家族支援をしっかりと担っていくためには、自らが相談支援の機能を発揮し、各市町村の相談支援事業者との連携体制を構築することが重要である。このことが、県下で意思決定支援の取組みを広げていくためのエンジンになり得る。さらには、各市町村の基幹相談支援センターの支援を行うセンター・オブ・センターの機能も目指すことも今後検討すべきである。 〇長野県では、10の福祉圏域ごとに配置されている県地方事務所において、関係者による圏域調整会議(後の自立支援協議会に相当する会議体)が設置され、大規模県立施設である西駒郷の地域生活移行の話し合いがなされた。その後、福祉圏域ごとに総合支援センターが置かれ、在宅で暮らす人たちについて考えるケア会議や支援会議を開いたりし、地域生活移行のエンジンとして活動するとともに、グループホームを作るときに重い障がいの利用者を受け入れられるよう看護師を配置する県単補助制度などの施策につながっていった。神奈川県においても、相談支援体制の構築に向け、各県立施設がハブとなって、自立支援協議会の活動強化と相談支援事業所の広域連携などの取組みを進めることの可能性について検討すべきである。 〇人は、何か決定する前にも相談するし、決定した後も相談する。したがって意思決定支援は、常に相談相手がいないといけない。弱い人が、迷いながら何か決めているという前提で、「あなたの決定に他の人も関わりますよ」というのが意思決定支援である。意思決定支援を推進していくためには、相談支援体制を構築することが必須であり、県立施設がそういった相談支援体制の構築にどう関わってくのか、今後検討すべきである。 B人材確保と人材育成 〇県立施設は、民間施設事業者等と連携し、人事交流を行うなどにより、県立施設に従事する人材の養成に努めることが重要である。 〇県立施設は、自らの従事者の育成のみならず、広く県下の障がい福祉事業従事者の人材養成に取り組み、県の役割を果たすべきである。既に、国立のぞみの園には調査研究部を設け、全国レベルの人材育成に取り組んでいる。神奈川県においても、県立施設が、いろいろな大学、研究機関等と協働しながら人材を育成することが重要である。 〇なお、検討部会報告書においては、運営主体のガバナンスの課題や、無用な身体拘束が行われていることなどの不適切な支援について、厳しい指摘がなされたが、評価されるべき点はきちんと評価される仕組みを作っていくことが重要である。 〇また、現場の支援職員がこれまで取り組んできたことを全否定するのではなく、ストレングスの視点に立って、希望の持てるような評価をすべきである。 〇県立施設に配置された専門職、心理職、理学療法士等が、民間施設に対して、一定期間、伴走型でコンサルテーションを行うことができるよう、施設の機能を付加する検討を行うべきである。そのためには、県立施設の支援職員の育成を図るため、先進的な取組みを行う民間施設での研修や人事交流にも取り組むべきである。 〇神奈川には行政の枠を超えた神奈川らしいストレングスというものがある。オール神奈川、官民協働で取り組む障がい福祉の関係組織、団体が多数存在する。神奈川は、団体間の協力体制というものが、他の県よりもスムーズではないかというのが実感である。これからの将来展望をしっかりと構想していくことを可能とするためにも、官民協働で、オール神奈川で、行政を超えた多くの人材を生かしていく必要がある。 〇人材育成の観点から、身体拘束や虐待防止の事例検討、あるいは研修の場が頻回に確保されるべきであり、県立施設と民間施設の職員交流の機会も積極的に設けられるべきである。 〇なお、県立施設の定員規模の縮減を進めていくとした場合に、支援職員のモチベーションの維持に配慮することも必要である。国においては、行動障がいのある者や触法の障がい者、あるいは高齢障がい者の地域生活のために、調査研究事業と一体的な支援の実践の場を残している。仮に、県立施設を存続させるのであれば、非常に限定的なものに向かうべきである。 【56〜60ページ】 (3)県立障害者支援施設の当面の対応 県立施設は、現時点において、神奈川県の社会資源を構成する重要な要素であり、将来展望委員会における20年後の神奈川県の障がい福祉のあるべき将来の姿の議論から導かれる将来展望(ビジョン)には、当然に県立施設も言及されるべきものである。 したがって、次期(令和5年度から9年度までの5年間)指定管理者の公募に際し、県が策定する募集要項は、将来展望委員会におけるこれまでの議論を踏まえたものとなることを期待するものである。 しかしながら、時間軸からすると、将来展望委員会の提言を、指定管理施設の次期指定期間における運営内容に全て投影できるかどうかは、県における今後の検討の推移を注視していく必要がある。こうしたときに、次期指定期間において、将来展望の議論から導かれる県立施設のあるべき姿に、その実態がどの程度近づいたかを評価し、同期間中に、県立施設を今後さらにどう位置付けていくかを再検討する、ということを予め約束しておくことは極めて重要である。 その上で、以下のとおり、将来展望委員会として考える、県立施設の当面の対応すべき内容について記述する。 @意思決定支援の継続 〇障がい当事者の願いや希望に応えるためには、一人ひとりの暮らしの場の支援会議を作り、どこに住むか、専門家も含めてアセスメントをして検討する取組みが有益である。また、意思決定支援は、重い障がいの方も重い認知症の方も、思いがあるのだということを前提にしないといけない。県の意思決定支援のチームの活動は、「能力存在推定」の立場に立たないと、本当の意思決定支援にはなり得ず、常に、原点に立ち返った実践を積み上げていく必要がある。 〇県立施設の入所者の平均在所年数は20年超であり、入所期間が50年を超える利用者もいる。入所施設に利用者を受け入れる際には、「本当は本人が一番困っているんだ」、「もっともっと自由に生きたいんだ」ということを共感できるようなアセスメントをしっかりと行わないと、入所期間の長期化につながる。これができない入所施設は存在意義がなく、障がい当事者の願いや希望に寄り添った適切なアセスメントが重要である。 〇何のために入所しているのかということを、障がい当事者と、そこで支援する職員が認識していくということが非常に重要であり、これが本当の「意思決定支援」というべきものであり、意思決定支援の手法やあり方については、今後、様々に検討されるべきである。 〇県立施設においては、意思決定支援を行った上で、できるだけ定員減をして、QOLを保障した居住の場として再編成を検討すべきである。意思決定支援の結果、地域生活を目指すこととした人には、必ず相談支援専門員を付け、第三者の目が入る体制を構築することを義務化すべきである。 〇地域生活移行を進めていく上で、長く入所している利用者の人たちには、丁寧に意思決定支援を進めていく必要がある。障がい当事者や家族等の理解を促し、地域生活の良さを伝える分かりやすい資料、実践例というようなものが全県レベルで必要である。 〇意思決定支援の取組みを、県立施設全体、中期的には神奈川全部の民間施設でも、この神奈川モデルというものを構築できるようにできたらよいのではないか。民間施設で、意思決定支援の取組みが着実に進むよう、スーパーバイザーの機能を果たす「意思決定支援コーディネーター」等の配置について検討すべきである。 〇今後、オール神奈川で意思決定支援を推進することが重要である。まずは、県立施設全体で行うこととしてはどうか。実際にこの意思決定支援に関わった、津久井やまゆり園等のチームにより、その手法を各県立施設に横展開し、当事者が意思決定支援会議の場に中心となって加わることを実践することにより、サービスを使う当事者が主人公とされるべき、本来のサービス等利用計画や個別支援計画につながっていくものと考える。 〇一緒に暮らしていた大切な仲間の追悼式に参列できないのは、仲間への気持ちや、「思い」がないということだ。いのち輝く人生にするために、正しく意思決定支援が行われているのか、検証すべきである。 A当事者目線を基礎とした日中活動の充実 〇入所施設に入るときには、家族、相談支援専門員、日中事業所の職員など、地域生活のキーパーソンを必ず同行させることとし、キーパーソンと一緒に、地域に戻る場所を作っていくように努めることが重要である。 〇入所施設の中でずっと過ごすという支援の形態を改めるべきである。そこで寝て起きて、食べ物を食べて、日中活動もその入所施設の中でやるという、外へ全然出ないという生活を速やかに改めるべきである。 〇入所施設であっても、日中はどこか外に出るということが重要である。外に出るときの制度的な問題はあるかもしれないが、外へ出たとき、地域でそれを受け止めるという、地域社会のあり方も改めていくべきである。 〇入所施設の外に出られずに、嫌な思いをする機会すらないという実態が続いているのは問題である。外へ出ていって、嫌な思いもするし嬉しい思いもするというようなチャンスを、この県立施設からスタートすべきである。 〇日中活動、あるいは夜間も含めて、質の高い生活とは何か、あるいは外部のいろいろな事業所を使うということも含めて、質の高い生活をきちんと担保していく必要がある。 〇入所施設の利用者も、地域の人と同じサービス(通院介助、訪問看護、ガイドヘルパーなど)を使えるようにしてほしい。 〇親や支援職員が勝手に障がい当事者たちのことを決めないということが大原則である。親の意見や支援職員の意見を聞く前に、障がい当事者の意見を聞くこと、障がい当事者が職員と直接話し、施設のルールも当事者たちで決めることができるような入所施設の運営を目指すべきである。 〇毎年4月に、利用者が支援職員と約束をするために、支援職員に誓約書を書いてもらっている事例があった。このように、入所施設の運営において、障がい当事者と支援職員の壁をなくす取組みなどの工夫を行うことが重要である。 〇再生基本構想の中に「日中活動の場の提供」ということが入っているが、入所施設に日中活動の拠点としての機能を持たせるというのは、施設から外へ出るというのと逆の発想である。日中活動の拠点となる施設はどういう施設なのだろうかということは、今後、さらに議論する必要がある。 B昼間実施サービスの見直しと新規入所の取扱い 〇人手やハードの問題を含めて、民間事業所においては支援が難しい利用者に県立施設へ入所してもらい、3年ぐらい経過して民間施設に戻るという取組みが過去行われてきた。県立施設として、一定期間の専門的なトレーニングを実施して地域に戻る通過型の機能、生活訓練の体験の場という機能を持たせていくことが重要である。 〇地域生活が難しくなり、入所施設に入所したとたんに、もう大丈夫だと相談支援専門員や行政など関係者がすっといなくなってしまうことがある。こういった周りの意識は大きな課題であり、入所期間を有期限にし、相談支援専門員も行政も定期的に関わる仕組みをつくり、入所が地域生活移行へのスタートとなるような意識で進めることが重要である。県立施設も、地域生活移行を見据えた入所施設であるべきであり、有期限の入所とすべきである。 〇現行制度上、入所施設の日中活動について他の生活介護事業所を利用することができるため、県立施設においても、日中活動の現状を変える観点から、昼間実施サービスを外部の事業者と連携して提供することができないか検討すべきである。 〇現行の報酬では、昼夜分離が利用できる仕組みであることから、できるだけ地域の日中活動の場を生かせるような方法について、さらなる検討が必要である。 〇現在の県立施設の昼間実施サービスは生活介護のみであり、「終の棲家」となることを前提とした支給決定となっている。民間事業者との役割分担や公有財産を広く県民に提供する観点から、今後は、昼間実施サービスを訓練系のサービスに転換することを検討し、一定期間の在所を前提とした施設機能にすべきである。この役割がはっきりしない状態においては、新規の利用者は受け入れるべきではない。 〇日中活動で入所施設の外に通うことで、入所者が依存先をどんどん増やしていく。関わる人が多ければ多いほど、尊厳ある生活につながり、行動障がいが回復していく。入所施設というのは、囲い込んでしまう傾向にあるため、勇気をもって、しっかりとした見立てをもって、他者に委ねていく必要がある。このことが、通過型の入所施設をつくる重要なポイントである。県立施設の今の立地や利用・運営形態で実現可能なのか、今後さらに議論すべきである。 〇地域生活移行を実現しても、その継続が困難になった場合に、セーフティネットとしてまた入所施設に戻れるような、通過型の施設というより循環型の施設というような位置付けを行うことも、今後、検討すべきである。 C地域生活の支援、地域生活移行の推進 〇利用者の願いや希望に寄り添い、地域生活への移行を進めるためには、意思決定支援アドバイザーの導入や、グループホームの整備費補助など民間障害福祉サービス提供事業所に対する受入れ促進のための費用助成の拡充が必要である。 〇グループホームであればよいということではなく、その支援内容が適切でなければならない。働く場所の創出・提供なども併せた地域生活の支援は、大規模施設ではできない、インクルーシブな生活を行う上で大変重要であるが、グループホームは運営が非常に厳しく、なお一層の制度的な支援が必要である。 〇県立施設が、他の民間施設では受入れ困難な人を受け入れるという前提は、家族等の意見・希望により入所施設を作ってきたという数十年前の時代の発想であり、それは、家族の意向であり、障がい当事者の意向で施設に入っているわけではないことに留意すべきである。 〇地域生活移行の鍵は、確実に日中活動である。日中活動がしっかりとあれば、あとはグループホームなど寝る場所が変わるだけなので、障がい当事者も、地域での不安というのが先に解消される。そういった意味で、もう一度、強度行動障がいとは何かというところに立ち返って考える必要がある。 〇地域生活を視野に入れた、地域住民との交流を促進する観点から、入所施設外の事業所を利用できるように、職員体制の見直しを進めるべきである。 D環境整備 〇非常に年月が経った入所施設というのは生活の質の観点から課題がある。県立施設の中には、見ただけで、非常に落胆した建物もある。地域生活移行するから、このままでよいということではなく、現在の利用者の生活の質を確保するために、老朽化した入所施設は改善する必要がある。矛盾があるが、そこを終の棲家にするという趣旨ではなく、ともかく現在の利用者の質の高い生活を確保する必要がある。 〇定員を減らして県立施設も含め入所施設の機能を残すこととする場合は、居住規模を津久井モデル、もしくは横浜市が老朽改築に伴う建替えを予算化した個室化ユニット化、この部分を推奨する必要がある。 〇県立、民間も併せた入所施設は、居住支援の場ということで、定員40人前後というのは一つの目安であるが、できるだけ小規模化し、ハード面では個室化、ユニット化を図り、地域で利用者が選択をできる居住の場としての位置付けを検討すべきである。 Eその他、個別論点 〇大規模施設は管理性や閉鎖性という構造的な運営上の課題が大きいことから、定員100人を超える大規模施設である三浦しらとり園とさがみ緑風園は、定員規模を縮小するよう見直すべきである。 〇三浦しらとり園もさがみ緑風園も、当面、地域の支援拠点としての事業を実施しながら、実際に入所している人に対しては、もう地域生活移行するのだから、このままでよいということはなく、地域生活移行も含めて、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を高めていく必要がある。 〇三浦しらとり園もさがみ緑風園も、医療的ケアが必要な人を受け入れることを前提に作られている入所施設であるため、医療施設を併設しており、あまり外に出ないという前提で運営をされている。医療的ケアが必要な人も外出のチャンスを作っていくことが重要であり、外部の医療機関を活用して、時々外へ出て行くということは可能ではないか。重度のALSの人も、外で日中活動することは、最近は目に見えてあることから、将来的な方向としては、日中活動は外に出て行き、医療機関も外へ出ていく、そういう方向で今後のあり方をさらに検討すべきである。 〇三浦しらとり園及びさがみ緑風園に併設される診療所については、医療的ケアも含めて障がいのある人に専門特化をした医療提供機関であり、診療所の機能を仮に残すのであれば、一般病院で対応が難しい地域の障がいのある人たちにも使えるようにし、地域の安心につながる仕組みが設けられないか検討すべきである。 〇三浦しらとり園及びさがみ緑風園については、県立施設全体の検討とは別に、それぞれの施設の個別事情があり、検討部会における、両園の身体拘束ゼロなどの取組実績をどう評価するのか、また、併設診療所の役割をどう評価するのか、といったことも含め、地域における貢献や、利用者に対する貢献など費用対効果も含めて、時間をかけて、さらなる検証が必要である。 〇さがみ緑風園について、利用者は減少しているが、旧身体障害者療護施設からスタートしている施設であり、神奈川県の中では同施設種別の数は多くない。在宅ではなかなか支援をするのが難しい意識障がいの人などの対応を行ってきたという経緯があることから、現在のサービス水準が低下しないように配慮すべきである。 〇三浦しらとり園の老朽化に伴う施設改修及び小規模ユニット化を進めるという部分については、全ての県立施設共通の課題として、QOLの視点から、見直すことが必要である。 〇三浦しらとり園は障がいのある子どもを受け入れており、障がいのある子どもの今後の支援のあり方を含めて整理しておく必要がある。 【61ページ】 むすびに代えて〜当事者目線の障がい福祉の今後の議論に向けて この「中間報告」は、事務局の要請により、全体の報告書の取りまとめに先行して、県立施設の当面の対応等を中心に議論した結果を取りまとめたものである。これは、繰り返しになるが、4つの県立施設の次期指定期間の始期が令和5(2023)年4月からとされており、その関係から、次期指定管理者の公募が、来年早々に実施される予定であることに鑑み、将来展望委員会での県立施設に係る議論を、当該募集要項に反映させることが必要であると考えられたためである。 しかしながら、実際の議論の範囲は、県立施設のみにとどまらず、障がい福祉のあり方全般へ拡がり、かつ、深い議論が行われたところであり、当初は「中間的な論点整理」にとどめる予定であったところ、様々な提案がなされたことから「中間報告」に変更したという経緯がある。 なお、「5、神奈川の障がい福祉の将来展望」及び「6、県立障害者支援施設のあり方と当面の対応」の記述内容は、各委員からの様々な意見を踏まえての、将来展望委員会から県に対する提言としての位置付けであるが、「4 将来展望委員会での主な意見」に記述している各意見それ自体も、当然に、重要な提言が含まれているところであり、県においては、これらの意見も十分に考慮していただきたい。 その上で、以下、将来展望委員会として、当事者目線の障がい福祉の今後の議論に向けて、むすびに代えて記述する。 (1)県立障害者支援施設の改革 ・検討部会においては、県立施設における過去の支援内容の検証が行われ、身体拘束などの不適切な支援が長きにわたり行われていた例が複数あることが指摘された。その要因分析の詳細については、検討部会報告書に譲るが、大規模入所施設であることが、運営の閉鎖性や管理性を高め、とりわけ、集団生活になじめない行動に課題のある人にとって、極めて過酷な生活環境となっていたことが明らかにされ、県としても、その改革に取り組む契機となっている。 ・県立施設の支援の質の向上については、県において、実践的な研修プログラムを策定するなど、できることは速やかに着手されているが、大規模入所施設としての施設運営の基本構造(インフラを含む)については、事件直後の、今から5年前に再生基本構想が策定されてから、新たな検討は行われていなかった。 ・過去、県は、平成15年度に「県立社会福祉施設の将来展望検討会議」を、平成25年度に「県立障害福祉施設等のあり方検討委員会」を設置し、県立施設と民間施設の役割分担、県立施設が担うべき役割と機能について検討しているが、国の制度が、支援費制度から障害者自立支援法に基づく新たなサービス体系に移行し(平成18(2006)年)、「施設から地域生活へ」という障がい福祉施策の方向性がより明確になる一方で、県立施設のあり方の検討は、財政規律の視点からのそれに近く、支援内容に大きな変更は見られなかった。 ・将来展望委員会は、障がい当事者が自らの意思で、日中活動や住まいの場を選択し、その人らしい暮らしを実現できる地域共生社会、いのち輝く「ともに生きる社会かながわ」を目指して、重要な社会資源である県立施設のあり方について検討を進めた。県立施設のあるべき姿と現実のギャップは大きく、県は、今後、本気で改革に取り組んでいくべきである。 ・今回、5回にわたる議論を通じて、将来展望委員会として、20年後の県立施設のあるべき姿を念頭に置きながら、定員規模の縮小、通過型の入所施設への転換、環境整備(ユニット化、個室化)などの大きな方向性を打ち出した。県には、この「中間報告」における各般の意見を踏まえ、次期指定管理者選定の募集要項の検討、さらには、中長期的な視点からの県立施設のあり方のさらなる検討を進めていただきたい。 ・なお、袖ケ浦福祉センターの事例では、5年から10年をかけて議論が行われたという経緯もあり、県立施設の改革については、今回の将来展望委員会での議論の後も、継続的に議論を行っていく必要があるのではないかとの意見が出されており、県には、時間がかかるので諦めるということなく、検討を続けていただきたい。 ・将来展望委員会において、将来の県立施設のあり方についての議論が進む中、県立中井やまゆり園において、利用者の支援を行う上で、長時間の身体拘束が行われている実態があること、及び、過去に発生した利用者の骨折事故について、支援職員による虐待が疑われる旨の報道がなされた。県は、速やかに「中井やまゆり園当事者目線の支援改革プロジェクトチーム」を設置し、支援内容の改善に向けた取組みと、骨折事案の再調査を行うことを表明した。本委員会としても、県には、適切な対応を要請するとともに、今後、神奈川の障がい福祉のあるべき姿に向けた議論が、真に、障がい当事者を含む神奈川県民にとって意義のあるものとなるよう、各委員への適時の情報提供を求めたい。 【62ページ】 (2)意思決定支援の全県展開への期待 ・津久井やまゆり園事件の犯人は、「意思のない重度障がい者は生きる意味がない」と考えていた。これを絶対認めない支援者らは、どんなに重い障がいがあっても必ず意思があるという考えに立ち、意思決定支援というアート(技術)を用いて、この事件と対峙してきた。 ・意思決定支援は、意思の表出が難しい人に対し、その人の願いや希望を周囲に届けることができるようにする支援手法であるが、県は、平成29年度から、津久井やまゆり園の利用者全員に対し、障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(平成29年3月31日付厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長通知)を参考にしながら、外部有識者を加え、相談支援専門員、サービス管理責任者、市町村及び県担当職員等から構成されるチームによるきめ細かな意思決定支援を実施してきた。 ・これにより、利用者の生活全般について、利用者の願いや希望に寄り添った支援が進められており、これまで、支援職員の目線に立った支援しか行われていなかったのではないかという指摘があったが、今、まさに、当事者目線の支援への転換が図られようとしている。 ・現在、この津久井やまゆり園における意思決定支援の実践を、県内全域に広げようとする取組みが進められており、本年度(令和3年度)、次年度(令和4年度)の2か年のモデル事業を経て、令和5(2023)年4月から、県下の各障害者支援施設においても、意思決定支援の取組みが始められるよう、準備が進められているところである。 ・将来展望委員会としても、この取組みが確実に進展していくことを期待しており、県民に対する進捗状況の情報公開と第三者による効果の検証が適切に行われることを併せて要請したい。 ・なお、意思決定支援の解釈については、各委員から様々意見が出された。「曖昧さ」や「両義性」があるという意見や、言い訳のために意思決定支援を利用していないか、といった厳しい発言もあった。結果に疑問が残る意思決定支援は意味のないものであり、何のために意思決定支援を行って、どのような効果があったのかを検証していく仕組み、意思決定支援の評価がきちんと行われる仕組みを作っていくことが重要である。 【63ページ】 (3)地域資源の充実に向けて ・住みなれた地域で、誰もが安心していきいきと暮らすことのできる、いのち輝く地域共生社会を築いていくためには、ともに生きる社会かながわ憲章が当たり前となるほどに、地域共生社会の理念が普及・定着し、障がい当事者の地域生活を支えるソフト・ハードの地域資源が必要十分に整備されることが重要である。 ・入所施設からの地域生活移行ということを考える時には、その施設だけを見ていたのでは駄目で、県域全体、県全体を見なければいけないということが、各委員からの意見を通じて、如実に感じられたところである。 ・そのため、県、市町村、事業者、県民(当事者を含む)がそれぞれの役割を認識し、相互に連携、協力しながら、2040年頃のあるべき将来像の実現に向け、計画的、段階的に取組みを進めていくことが必要である。 ・したがって、長期的な展望に立った具体的な実施計画について、かながわ障がい者計画及び神奈川県障がい福祉計画等と調和を図りつつ、関係者による十分な議論を経て策定し、進捗状況を広く公表しながら、着実に実施していくことが重要である。 【63ページ】 (4)福祉教育など関係領域との連携、協働 ・これまでの議論で、公的な障がい者の支援サービスだけでなく、生活の中では、野球を観に行くなど様々な側面があって、暮らし全体をどう皆で支えていくか、そういうように広く見ていくことが重要であることが再確認できた。  福祉の分野だけではなく、医療の分野や教育の分野とも連携し、地域共生社会に向けて努力していくことは大変重要であることから、そういった施策についても関連して考えていくべきである。 ・地域において、障がいや障がい者の理解を進めていくためには、ノーマライゼーションの理念が世に浸透していかなければならない。現在、県が取り組んでいる「ともに生きる社会かながわ憲章」の普及・啓発に引き続き注力し、20年後には、この憲章が当たり前である社会になっていることを目標に掲げるべきであろう。そのような地域をつくっていくためには、福祉教育的なものを県下で進めていくということが、一つの方法であると考えられる。 ・教育分野だけでなく、医療や住宅、運輸、商工、芸術・文化などの関係領域についても当事者目線の障がい福祉の実現には重要な要素であり、これら関連領域とどのように連携、協働していくべきか、将来展望委員会において、今後、議論を進めていきたい。 ・障がいのある人が長期間働けるように、企業等と障がいのある人をつなぐ役割として、「ジョブヘルパー」の創設についての提案もあった。「ジョブヘルパー」は、すなわち、社会福祉法人、NPOによる人的支援として、現行の移動支援、身体介護、コミュニケーション等を含めて、企業にヘルパーとして入って支援を行い、企業側と本人との間をつなぐ仕組み、としている。企業者の合理的配慮等との調整といった課題もあるが、これにより、働く場の継続ができる意義は大きく、今後、議論の機会を設けたい。 【64ページ】 (5)さらなる議論へ ・この間、事務局において、県内の障がい福祉関係団体から、県の障がい福祉に関するヒアリングを実施してきた。各団体には、趣旨をご理解いただき、ご多忙の中、時間を割いて、貴重なご意見を寄せていただいたことに心から感謝を申し上げたい。 お寄せいただいた各意見は、障がい者の地域生活を実現するために必要な支援の内容、障害者支援施設が果たすべき役割、県立施設の抱える課題、神奈川県の障がい福祉施策に対する要望など多岐にわたる。将来展望委員会の今後の議論においてしっかりと参照し、最終報告に盛り込む提案に反映させていくこととしたい。 県においても、ヒアリングにおいて表明された各種要望や提案に耳を傾け、施策の改善につなげていただきたいし、引き続き、様々な機会を捉えて、障がい当事者や支援者との意見交換を行っていただきたい。 ・また、今般の「中間報告」を取りまとめる議論の過程において、将来展望委員会が策定する神奈川の障がい福祉の将来展望(ビジョン)の実現に向けた取組みを着実に実施するには、県が本気で取り組まないとダメだ、といった意見や、行動指針、行動計画、あるいは条例の設置といった仕組みを求める意見もあった。また、「『ともに生きる社会かながわ憲章』が分かりにくい。障がい当事者の意見も聞いて新しいルールを作ってほしい」という意見が出されるとともに、今般の議論を一過性のブームにせずに、県が条例をつくって、障がいのある人たちの、入所施設だけではない居場所を、県民一人ひとりがつくっていく決意を示すべき」という意見も出された。 将来展望委員会としては、今後、さらに議論を深め、当事者目線の障がい福祉を基礎とした、いのち輝く共生社会の実現に向けた施策の方向性を明らかにしていく予定であり、県は、本委員会の今後の議論の推移を注視し、ビジョンに基づいた施策を確実に実施するための、条例も含めた普遍的な仕組みづくりについて検討を進めていただきたい。 ・なお、当事者委員から、他県の差別禁止条例や「ともに生きる社会かながわ憲章」は「ちょっと難しい」とか、「分からない」といった意見が出された。新たな条例等を検討する場合には、県は、障がい当事者の意見をよく聞き、障がい当事者の「言葉」や「思い」を組み込んだものにすべきである。 ・加えて、将来展望委員会のような会議体が実効性を持つためには、この下に実務担当者のサブグループを設けることが肝要で、会議体の下に支援者、障がい当事者などによるサブグループを作り、報告書の提言を具体化していくことが重要であるとの意見があった。これについても、本委員会の議論を、実体化するための有効な手法であると考える。県において、何らかの対応を図っていくようお願いしたい。 【参考資料1】 当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会委員名簿 (50音順、敬称略) 右から順に、委員名、所属等を示す。 大川貴志、社会福祉法人同愛会てらん広場統括所長 大塚晃、日本発達障害ネットワーク副理事長 委員長、蒲原基道、日本社会事業大学専門職大学院客員教授 河原雄一、社会福祉法人星谷会理事長 小西勉、ピープルファースト横浜会長 佐藤彰一、國學院大學教授 冨田祐、ブルースカイクラブ会長 奈良ア真弓、にじいろでGO!会長 野口富美子、神奈川県心身障害児者父母の会連盟幹事 林雅之、社会福祉法人清和会三浦しらとり園児童施設長兼生活支援部長 福岡寿、日本相談支援専門員協会顧問                             【参考資料2】 当事者目線の障がい福祉に係る将来展望検討委員会開催状況 右から順に、回数、日時、内容を示す。 第1回、令和3年7月9日(金)9:45〜11:30、○検討の進め方について、〇意見交換 第2回、令和3年8月6日(金)14:30〜16:55、〇障がい福祉の将来展望について、〇事例紹介(委員報告)国立のぞみの園・袖ケ浦福祉センター、〇令和5年度からの指定管理開始に向けて 第3回、令和3年9月3日(金)15:30〜17:50、〇令和5年度からの指定管理開始に向けて、〇事例紹介(委員報告:長野県西駒郷)、〇障がい福祉の将来展望について 第4回、令和3年9月22日(水)10:00〜12:30、〇事例紹介(委員報告:社会福祉法人同愛会てらん広場)、〇障がい福祉の将来展望について〜中間報告(たたき台)について〜 第5回、令和3年10月20日(水)16:00〜18:00、〇中間報告(案)について、〇今後の進め方について