水に歴史あり

掲載日:2018年2月7日

水の美しさや潤いは、人々に癒しを与えてきました。一方で、古来より人々は生活に利用する水の確保や水の災害の防止に力を尽くしてきました。先人たちが知恵を絞り、地域で力を結集して築き上げた施設に足を運び、水の歴史に思いを馳せてみませんか。

新堀用水路(相模原市)

相模原市中央区の水郷田名にある新堀用水路は、江戸時代末期(1858年)に、水田開発のため相模川の水を引き入れて作られた農業用水路です。現在では、「新堀用水路を愛する会」が中心となって、錦鯉の世話や花菖蒲などの植栽管理、水路の清掃などを行い、周辺環境や水質の保全に努め、市民の憩いの場として愛されており、魅力ある水辺の環境として「農村景観百選」にも選ばれています。

新堀用水路

新堀用水路2

ヤツボ(相模原市)

湧き出る水を池状に溜めた場所を地域では「ヤツボ」と呼び、古くから井戸に代わる貴重な生活用水として利用してきました。かつて10か所以上存在したヤツボは今では多くが枯渇していますが、地元有志で組織された「ぐるっと大島&ヤツボ探訪実行委員会」では、残されたヤツボを後世に伝え、地域の歴史文化を継承するとともに、相模川周辺の散策、ヤツボ探訪などを通じた地域活性化の一助とするため、清掃などの環境整備、ボランティアガイドの育成などに取り組んでいます。

ヤツボ

ヤツボ2

荻窪用水(小田原市)

荻窪用水は、水不足で水田の少なかった荻窪村において、新田開発のため小田原藩が江戸時代後期に開発した用水路です。現在も箱根町塔之沢から小田原市荻窪までの間を流れ、平成18年度に疎水百選に、平成23年度に日本土木学会推奨土木遺産に認定されています。この荻窪用水のほか、かつて城下を潤していた小田原用水も貴重な歴史遺産として、NPOなどの民間団体によりガイドブックの発行や用水を訪ねるイベントが行われ親しまれています。

荻窪用水

荻窪用水2

かながわの水がめ(4つのダム)

かながわの水がめは、大きくは相模川水系(相模ダム・城山ダム・宮ヶ瀬ダム)と酒匂川水系(三保ダム)に分けられます。この2つの水系により県内の水需要の9割以上をまかなっており、水没地域の方々の深いご理解とご協力により生み出された4つのダムは「かながわの水がめ」として大きな役割を果たしています。
また、ダムはこのような水の確保のほかに、洪水被害の軽減や川の水の安定供給などの役割も担っています。

相模ダム(相模湖)

昭和13年に横浜市、川崎市などの京浜地帯の人口の増加や工業の進展に伴う水道用水、工業用水及び電力需要の増大に対応するため計画され、戦中・戦後の混乱の中、物資や労働力の不足など幾多の困難を乗り越えて、昭和22年に完成しました。

相模湖は、湖の周辺散策やボート遊びはもちろん、家族で楽しめるレジャー施設が点在しているのも魅力です。ハイキングコースも充実し、目的や好みに応じて充実の時が楽しめます。

相模ダム

相模湖

城山ダム(津久井湖)

昭和30年代後半から始まった高度経済成長により、県内の水需要は飛躍的に増大しました。この状況に対応するため、県、横浜市、川崎市、横須賀市が共同して城山ダムの建設を中心とする相模川総合開発共同事業を計画し、昭和40年に完成しました。

津久井湖では、城山(津久井城趾)へのハイキングや史跡探訪など歴史的スポットも人気です。周辺のあちこちに花の名所が点在し、特に桜の季節は華やかです。早春から紅葉の季節まで、自然とマッチした四季折々の景観が訪れる人を魅了します。

城山ダム

津久井湖

三保ダム(丹沢湖)

昭和40年代の更なる水需要の増大に対応するため、初めて酒匂川に水源を求め、酒匂川総合開発事業を計画し、県、神奈川県内広域水道企業団、東京発電株式会社が基幹施設として建設したもので、昭和53年に完成しました。

丹沢湖は自然環境に恵まれ、湖畔からは富士山の眺望、春の桜、秋の紅葉など四季折々に豊かな自然の絵筆が描く絶景が楽しめ、サイクリングや釣りなども堪能できます。

三保ダム

丹沢湖

宮ヶ瀬ダム(宮ヶ瀬湖)

21世紀に向けて県民に水道水を安定的に供給するため、相模川水系中津川において国が直轄事業として建設し、平成13年に完成しました。水資源の有効利用を図るため、相模ダム、城山ダムと連携し、2本の導水路を活用して各ダムの容量に応じて水を補給するなど、水の総合運用を行っています。

宮ヶ瀬湖は、湖畔の3つのエリアに、カヌー場、バーベキュー場、工芸工房村などが点在し、多彩なアミューズメントが楽しめます。クリスマスの季節になると、美しいイルミネーションが輝き、たくさんの人々でにぎわいます。

宮ヶ瀬ダム

宮ヶ瀬クリスマス

曽屋配水場(秦野市)

秦野市水道は、明治23年3月に給水を開始した「曽屋区水道」が始まりであり、横浜、函館に次いで全国で3番目、簡易陶管水道としては日本初という歴史があります。現在、この施設は、市役所周辺の親水施設に水を供給する配水施設としての機能を維持するとともに、秦野市水道の発祥地「曽屋公園」として公開され、市民が憩い、子どもたちが学ぶ場となっています。公園には、水道創設時の歴史を記した案内板が掲示され、大正期と昭和初期に建設した配水地やポンプ室等、各時期の遺構が保存されています。また、敷地に近接した「ロ号水源」「ハ号水源」といった横井戸の開口部も当時の位置に現存しています。
平成24年3月には「神奈川県の近代化遺産」(神奈川県教育委員会発行)に掲載されました。

曽屋配水場

走水水源地(横須賀市)

明治9年、横須賀造船所のためにフランス人技術者ヴェルニーが築造した水源地です。明治41年に横須賀市が一部払い下げを受け、市内に給水を開始し、横須賀市営水道が始まりました。この水源は、今でも1日1,000立方メートルの供給能力を持っており、市内唯一の水源地として、万一の災害時には応急給水拠点としての機能も備えています。明治35年竣工の煉瓦造貯水池と、明治41年完成の鉄筋コンクリート造浄水池は、ともに国登録有形文化財になっています。

走水水源地