八名信夫氏 講演概要

掲載日:2018年4月26日

 悪役俳優50年の私が、こどもの問題・大人の責任について、関心を持つようになったのは、ふるさと岡山での出来事からです。

 駅前の交差点で、セーラー服を着た中学生がたばこを吸っていた。放っておいちゃいかんなと思って注意をしたら、たばこを大通りに飛ばした。「信号が青になったら、拾って来い!」と怒鳴ったら、その中学生は拾ってきた。それ以上に腹が立ったのは、その周りに沢山の大人がいたのに、誰も注意をしなかったということ。

 「なにやっているんだ!中学生がたばこなんか吸うな!」と愛情を持って叱ってやる大人が一人もいない、自分のふるさとなのに。

 私が子どもの頃は、親や先生、近所の知らない、おじさん、おばさん、大人たちが厳しく叱って、守って育ててくれた。いつの間にか、子どもを叱る大人がいなくなった。

 それから、講演で全国の皆さんに、「他人の子も愛情を持って叱ろう。大人が大人を逃げては、子どもは変わらない。」と話してお願いしています。

 ある時、中高校生700人と一緒に、洋上ゼミに参加したことがあります。夜、甲板に集まってディスカッションをした時、当時問題になっていた援助交際について、どう思っているのか質問をしてみた。そうしたら、みんな楽しそうに騒ぎ始めて、1人の子が「八名さん、あれは自分さえしっかりしていれば、いいことじゃないですか。私の周りにも何人かそういうことをやっている子がいます。でも、自分さえしっかりしていればいいんじゃないですか。」と、笑いながらそういう返事が返ってきた。

 それを聞いて、恥じらいも罪悪感も何もない。これははっきり教えなければいけないと思った。本当の言葉の意味を伝えなければならないと考えた。「援助交際あれは刺激が強すぎるから、言葉にオブラート掛けて作った言葉だ。本当は売春と言うんだ。よく覚えておいてほしい。大変な犯罪なんだ。大変な事件なんだ。もちろん男もよくない。でも、それを行う中学生高校生もよくない、大変なことなんだよ。」

 売春や薬、犯罪。人生には引き返せない道がある。一度入ってしまったら、引き返したくても、引き返せない道があるということをそこで話したら、今まで笑っていた子どもたちが背筋を伸ばしてくれた。それを見て言って良かったと思った。本当のことを伝えなければならない。遠まわしに言っても駄目です。もっと本当のことを、大人は伝えていく必要があるということを痛烈に思いました。


県民大会写真

 平成9年に警視庁に呼ばれました。偉い方々がズラッと並んでいて、「八名さんお願いがあります。先日、中学生がバタフライナイフで教師を殺しました。同級生を殺しました。こんなことが、全国の子どもたちに広まってしまったら、日本は大変なことになってしまう。八名さんのポスターを作るので、ポスターから、子どもたちにメッセージを伝えていただけないでしょうか?」「それなら私よりもプロ野球の監督にお願いしたらどうですか。人気もあるし、説得力もある。」と言ったら、警視庁の皆さんが「八名さん、今、子どもたちに本当に必要なのは恐い顔です。」と真剣におっしゃるのです。それならと引き受けました。

 ポスターから、全国の子どもたちにメッセージを届けました。「刃物など持つな!学校に刃物なんか要らない。そんなことより、いいか!相手を思いやる気持ちが大事なんだ」と

 今、子どもたちに、恐いものが無くなっているのです。恐い大人がいなくなったんです。家では、お父さん、お母さんが恐くない。学校でも先生が恐くない。「おい、わしにかかって来い!」というような先生が、各学校に一人位はいて欲しいという気がします。警察も怖くない。近所のおじいさんもおばあさんも恐くない。愛情を持って叱ってくれる大人がいなくなった。私たちの子どもの頃は、学校の教育があった。家庭の教育があった。親父のお袋の教育があった。

 その町の、その村の、知らないおじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃんの叱ってくださる教育があった。皆さんも経験があると思います。「踏み切りの中へ入って遊ぶな、轢かれて死ぬぞ、早く出ろ」知らないおじいちゃんに叱られた。「そんなところで花火で火をつけて遊ぶな。上から覗くな。バケツで水を汲んで来て、原っぱで遊びなさい。火傷に気をつけるんだよ。」知らないおばあちゃんが教えてくれた。叱ってくれて、今、考えると愛情があったなと思う。

 怒るのではなくて、叱る。怒ると叱るは全然違う。怒るというのは自分がカァッとなるだけ、叱るというのはこの子を、何とかしてやろう。何とか立ち直らせてやろう、そうした思いが"叱る"になる。叱って、子どもを守っていかなければならないのです。

 自由の中にも責任がある。幼児には幼児の、小学生には小学生の、子どもには子どもの責任がある。そのことを教えてやってほしい。

 子どもなら、何をやっても自由、許されると母親や祖父母が教育して来てしまった。電車などで、子どもたちを座らせて、お母さんやおばあさんが立っている。小学生なら立って、お年寄りに席を譲らなくてはならないのに、そういうことを教えていないので、席を譲ることができない。

 優先席に、若い人たちや大学生が平気で座って、騒いだり携帯をいじったりしている。お年寄りが、目の前に立っても気がつかない。幼児の頃、小学生の頃から「人としての思いやりの心」を教えられていないから、お年寄りや、年上の人への心配りが分からない。第一優先席を作ること自体が恥ずかしいと思うのです。

 ある時、電車で17、8歳の外国の女の子の前に、お年寄りが立ったら、その子は黙って手を出して座って下さいというような仕草をしました。おばあさんは、頭を下げて座りました。偉いなと思ったのは、その子が、おばあちゃんに気を遣わせないように立っている場所を移動した。それを見ていて、日本の子どもたちは何故そういうことができないのか、学んでいないのか、恥ずかしいと思いました。

 私は、これからも身体の続くかぎり、「他人の子も、愛情を持って叱って、守ってやろう」という運動を起こして行きます。皆さんも、子どもたちに声をかけてやって下さい。間違っていたら、叱って下さい。

 「おはよう!」「おはようございます。」「これから学校に行くの?」「お帰り、気をつけて帰りなさい。」知らない家の子どもでも、その街の大人、おじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃんが一寸声をかけて、見守って行く。子どもたちを犯罪から守ってやる。あいさつが聞こえる街は、大丈夫だと思います。

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