「人生100歳時代の設計図」を考えるフォーラム

掲載日:2018年12月10日

 

開催趣旨

県では健康寿命が延びる中、自分自身の人生設計を描き、県民一人ひとりが生涯生きがいをもって社会に参加できるよう、人生100歳時代に向けた取組みを進めています。
このフォーラムを通して、県民一人ひとりが現役世代からの社会参加の大切さをはじめ、すべての世代で自らのライフデザインを考えることの大切さ等をお伝えしていきます。

開催日時・場所等

平成30年10月22日(月曜日)18時30分から20時15分まで
横浜情報文化センター 6階 情文ホール(横浜市中区日本大通11番地)
定員180名(事前申込み、定員を超えた場合は抽選となります)

プログラム

17時30分
開場(受付開始)
18時30分
開会

黒岩知事による挨拶

基調講演(敬称略)

  • 前田 有紀(フラワーアーティスト) 

パネルディスカッション(敬称略)

パネリスト

  • 黒岩 祐治(神奈川県知事)
  • 手塚 明美(一般社団法人ソーシャルコーディネートかながわ 代表理事)
  • 辰巳 哲子(リクルートワークス研究所 主任研究員)
  • 江島 俊也(三菱日立パワーシステムズ株式会社 営業本部 副本部長)

コーディネーター

  • 澤岡 詩野(公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団 研究部 主任研究員)
20時15分
閉会

主催

神奈川県

開催結果

知事挨拶

神奈川県知事の黒岩祐治です。大変お忙しい中、わざわざお集まりいただきまして誠にありがとうございます。人生100歳時代の設計図を考えるフォーラムにようこそおいでくださいました。
今政府では「人生100年時代」と、盛んに言っていますが、これは実は去年から言い始めたんです。神奈川県が言い始めたのは実はもうちょっと前で、一昨年のお正月に「人生100歳時代の設計図」というのを言い始めました。

どうして「人生100歳時代の設計図」という言い方をしたかというと、1963年に100歳以上の人は全国で153人でしたが、今は6万9千人ぐらいいらっしゃいます。これから、100歳以上の人口はぐーんと伸びていくんですね。2,050年にはなんと53万人が100歳以上になるという、「100歳まで生きるのが当たり前の時代」になってまいります。しかし、我々はどうでしょうか?100歳まで生きるって事を想定して自分の「人生の設計図」考えたでしょうか?社会というのも、そういう形で設計図を描かれていたでしょうか?若い時に勉強して、そして現役時代に頑張って、60歳定年で、その後も5歳くらいちょっと定年を延長してもらって、あとは老後と。でも60歳定年で100歳まで生きたら40年間もあるわけですから、「40年間、老後の生活してなさい」というのは、なかなかこれ大変なもんじゃないかと思います。「自分の生きる人生の設計図そのものを、100歳まで生きるのが当たり前になる時代がくるなかで、やっぱり考え直さなければならないんじゃないか」ということを今日は皆さん共に考えたいということであります。

100歳になってもみなさんのいのちが輝いているような、そんな神奈川を作っていきたいと私は考えています。こういうテーマというのは、今話題になっています「SDGs(エスディージーズ)」とも同じです。「SDGs(エスディージーズ)」とは、国連サミットで採択された持続可能な開発目標です。様々な要素が全部連動してないと、人生輝きませんよね?命も輝きませんよね?こういった考え方は、非常に「SDGs(エスディージーズ)」と近い所があると思います。今日はこういう缶バッチ(※かながわプラごみゼロ宣言缶バッジ)をつけていますが、「プラゴミゼロ宣言」(詳細はリンク先ページ)というのも、神奈川県がどこよりも先駆けてやった所でありました。

今日は皆さんにそういったテーマについて考えていただくために、素晴らしいゲストをお迎え致しました。前田有紀さんは、テレビ朝日のアナウンサーとして大活躍をされた後に、フラワーアーティストとして、もう一つの職業人としての道を歩み始められた、という事なんですね。その体験談をお伺いしていただければ、「自分はじゃあ、どういう風にしていけば、この100歳時代の設計図を描いていけるのかな」と、大きなヒントを頂けると思います。

前田有紀さんは元テレビ朝日、私は元フジテレビ、なんですが、実は私がフジテレビをやめた後に、一回だけBSの放送でご一緒させて頂いた事がありました。もうそれから10年近くなりますけれども、久々にお目にかかって、私自身もお話を聞くのをとても楽しみにしている所であります。そして基調講演の後は、基調講演のテーマを受けながら、パネリストの皆さんとともにパネルディスカッションで話を膨らませていきたいと思っています。

最後までお付き合い、よろしくお願い致します。どうもありがとうございました。

フラワーアーティスト前田有紀氏による基調講演「人生はいつからでも舵をきれる」(抜粋)

 

100歳フォーラム概要前田氏

今、ご紹介に預かりました、フラワーアーティストの前田有紀と申します。皆様、本日はお忙しい中お越し下さいまして、どうもありがとうございました。よろしくお願い致します。
今回、この場に呼んで頂けた事を大変光栄に思っております。
現在フラワーアーティストとして、お仕事をしていまして、まだまだ駆け出しの身でございます。ですから、とても立派な事をこの場でお話したりする事はできないのですけれども、少し変わった経歴がありまして、先ほど知事のご紹介でもありましたが、前の職業が、テレビ朝日のアナウンサーでした。アナウンサーからフリーアナウンサーになる方というのはとても多いんですけれども、アナウンサーから主婦になるわけでもなく、花屋になった人間はあまりいません。なので、そのライフシフトの中で感じた事や、発見した事がたくさんありますので、それを、僭越ながら今日はお話させて頂ければと思っております。

先ほどもお話しました、私のキャリアの出発点からまずご紹介していきます。
私は元々テレビ朝日でアナウンサーをしていました。特にサッカー番組を10年間担当していまして、サッカー中継などスポーツ中継を中心に、様々なテレビ番組に出て10年間を過ごしておりました。
大学を卒業して、20代をテレビ朝日で過ごしていたのですけれども、とても充実していました。スタッフの方は優しい人が多く、仲間意識もとても強く、毎週番組に出るのが楽しみだったのを覚えています。時間は不規則で、朝の番組ですと、夜中の2時ぐらいに目を覚まして、朝の番組の為に会社に出社したりですとか、特にサッカー番組では、深夜12時からの放送でしたので、夜、会社に行きまして、番組や反省会が終わって家に帰ると、夜中の3時、4時、長引いた場合は明け方になる事もよくありました。そんな不規則な毎日は、今ではとても懐かしいのですけれども、とても忙しく、充実していたアナウンサー時代でした。
「充実していた日々で、どうして転職をしようと思ったのか」という事なんですけれども、入社5年目ぐらいの時に、ふと、思ったことがきっかけでした。
「忙しくて、楽しくて、充実しているけれども、これは自分が一生やりたい事なのかどうか」
その時には、勿論その答えはわかりませんでした。なぜなら、入社した同期たちは、勿論、同じようにキャリアを重ねていて、やめる人というのは、ほとんどいなかったですし、私たちの父親世代も、一つの会社に定年まで勤めあげるというのがとても当たり前で、それとは違う道を考えるというのは「ちょっと冒険しすぎなのかなぁ」という風に、当時、28歳ぐらいの時の私は考えていました。
でも、本当にやりたい事かどうかはよくわからないけれども、ひとまず、「自分の好き」をもう少し追求してみようと、そのようにも感じました。
私が好きだった事といえば、子供の頃から自然が大好きで、花と緑がとにかく好きだったんですね。ですから、その頃から、忙しくても会社帰りに一輪の花を飾り始めたんです。すると、花を飾った所から、本当に、部屋が見違えたんです。家に帰ってドアを開けた時に、玄関に花があるだけで、すごく気持ちが明るくなって、部屋の雰囲気自体がすごく華やいで彩りがあって、季節を感じられて、「花ってなんて素晴らしいんだろう」と、ちょっと仕事に疲れていたのもあったのかもしれないんですけど、すごく、その花に癒され、元気を貰い、背中を押して貰ったり、励まされたり、色んな気持ちを貰ったんですね。
そして、その花を飾った所から、飾る花が、一輪から、二輪、三輪へと増えていき、その後は、フラワーアレンジメントを習いに行ったんですね。本当に好きで、もっと知りたいと思い、お花を習って、ベランダでも、その頃には色んな野菜とか、ハーブとか育て始めて。そして、いつしか、「アナウンサーを辞めて、この花と緑を自分の仕事にしてみたい」と思うようになったんです。
ただ、最初に思った時には、「いやいや、会社をやめるなんて、そんなのちょっとあり得ないよ」と自分でも思い、両親にも相談してみたんです。父には「お前は、せっかくその大きな会社に入ったんだから、噛り付いてでも、もう、お願いしてでも、会社に居させてもらうべきだ」と言われました。父親にそこまで言われたら「そうだよなぁ」と思い、胸に浮かんだ「転職してみたい」という気持ちは、一度かき消したんです。
私が最終的に会社をやめたのが入社10年目なんですけれども、少しずつ日々を過ごしてゆくうちに、「やっぱり諦められない」と思ったんです。
当時、フラワーアレンジメントを習いながら、「もし自分が転職するなら、どんな事がしたいか」を考えて、仕事の合間の打ち合わせの合間などに、ちょこちょこ調べ始めたんです。「もし、会社辞めたらどこに行ってみたいかな、やっぱりお庭の本場イギリスかな」、だとか。調べていくうちに、本当に色んな世界がインターネットで広がっていたり、あと、本も沢山読んだりしたんですけども、好きだなぁと思った事を追求していくうちに、「会社を辞めて転職する」ということに対する、「そんな不安な事できない」と思っていた気持ちが、「いや!その先の人生が、見てみたい!」という好奇心へと、どんどん変わっていったんです。
会社を退社すると決心したのは、今でもよく覚えているのですが、自分が押し潰されそうな不安を持ちながらも「その先の人生が見てみたい」という好奇心が上回った瞬間でした。
そして、晴れて、という言い方もおかしいのですけれども、10年間務めたテレビ朝日を退職し、イギリスに渡りました。
お花の知識は、趣味で育てる程度という中、イギリスへ飛び込みました。私が最初に向かったのは、ロンドンでして、その後、コッツウォルズという、ロンドンから西の方にある、田園風景が広がる町があるので、そこで、ガーデナーのインターンを始めました。
 

100歳フォーラム基調講演パワポ画像1
今、写真にあるのが、「スードリー城」というお城のガーデナーの仲間たちです。この方々との出会いが、私にとっては大きなきっかけになりました。毎朝、出勤すると、この仲間たちが、「有紀、今日はダリアのメンテナンスをしてね」だとか、「有紀、今日はバラのガーデンに行って、バラを全部キレイに整えてくれ」だとか言ってくれるんですね。それで、ダリアの剪定も、バラの剪定も全くした事なかったんですけれども、一つ一つ教えて貰いながら剪定を行いました。言葉もちょっと、そんなに英語が流暢な訳ではなかったので、本当に、言葉も一つ一つ、専門用語を覚えながらの作業でした。
最初の頃は、失敗が本当に多くて。ダリアの「デットヘッティング」という言葉があって、お花は、枯れた物はどんどん摘んでいってあげた方が、次のお花に栄養が行って、花が綺麗に咲き続けるんですね。その「デットヘッティング」と言うのが、下っ端の私が任された主なお仕事だったりするんですけれども、「ダリアのデットヘッティングをしてくれ」と言われて、その頃、どれが枯れた花でどれが蕾なのかが、知識のない私は分からず、「こんな感じかな」と感覚で切って、この「ジョン」という、一番左の上司に見せたら、「君は蕾を全部摘んでしまっているよ」と怒られた事がありました。
それくらい本当に失敗続きで、すごく迷惑を掛けてしまったのですけれども、仲間達は一つ一つ、優しく教えてくれました。留学と違って、一緒に仕事をして生活もしていくので、その人たちの考えというのをよく知る事が出来たんですね。例えば皆さん、それぞれお家で庭があるんですけれども、平日に散々庭仕事しているのに「今週末何するの?」と聞くと、「家の庭仕事をするよ」とすごく笑って答えてくれたりとか。「この人達は、本当に自然が好きなんだなぁ」ということを感じました。コッツウォルズというのは、比較的自然があるエリアなんですけれども、ロンドン市内に居た時にも、同じ様に、色んな事を感じました。

 

100歳フォーラム基調講演パワポ画像2
左側の写真は、私が滞在していた、ウィンチコムという、コッツウォルズにある町の一つです。どの家もこのように中世のそのままの姿を残した中でも、家の中はリフォームをして結構ハイテクだったり、自然と一体となった暮らしを皆さんがしていました。
右側の写真に写っているのは、ライラックというお花なのですけれども、私のとても大好きなお花で、ロンドンに居た時に、ちょうどライラックは満開だったんですね。庭を持っている方は、こういった庭でライラックを育てて、それを、ササっとハサミで切って、ササっと活けてお花を楽しんでいました。庭を持っていない人というのも、東京と同じで、ロンドンにも沢山いたのですけれども、それでも、皆さんベランダで、ありとあらゆるものを育てていたり、「スモールスペースガーデニング」と言って、庭がない人がベランダの中のスモールスペースでガーデンをするというのもとても流行っていました。野菜ですとか、ハーブですとか、ありとあらゆる植物をベランダで育てている方が本当に多かったですね。
自分自身が、アナウンサー時代はとても忙しく、一輪の花を飾り始める前までは自然のある暮らしという物を全くしておらず、恐らく、同級生や私と同世代の人を見渡しても、私と同じように本当に忙しく生きている人がすごく多くて。そんな中でも、「都会の人が、もっと自然を身近に感じられる様な暮らしができたら、もっと、都会の暮らしが緩やかになって、彩りのある、豊かな暮らしが出来るんじゃないか」というのをその時に感じたんですね。
 

100歳フォーラム基調講演パワポ画像3
そして、日本に帰って来てからは、東京の自由が丘にある「ブリキのジョーロ」とういうお店で、修行を積みました。最初の時は、すごく久しぶりの就職活動だったので、コンビニエンスストアで履歴書を買って、それで記入して、駅の所で証明写真を撮って、それを貼って持って行ったのを今でも懐かしく覚えています。ここで、お花の知識を含めて色んな修行をさせて貰ったんですけれども、ここでの経験というのは自分にとって、とても大きな出来事でした。
それは、転職したのが33歳で、社会に出て10年が経っているので、「自分自身っていうのは、こういう人間なんだ」と、解っているつもりになっている所が結構あったんですね。例えば、アナウンサーの仕事では、台本を渡されて、「これを間違いなく読んでください」と言われる事がとっても多かったので、自分の意見を言う事があまりなかったり、特に女性アナウンサーにそれは求められてなかったり、という場面も多かったので、知らず知らずに仕事に対して受身になっている自分が居ました。なので、自分自身はそういう人間だという風に思っていたのですけれども、このお店に行った時に、自分は全然違う人間だという風に感じました。
また、お店なので、毎日店長に、「アイデア」を出していかなきゃいけませんでした。「こういうワークショップをしてはどうでしょうか」とか、「こういう企画をしてはどうでしょう」と先輩達も当たり前のように提案していましたし、自分もそれに負けないようにと、どんどん提案していったんですけれども、気がついたら、スタッフの中でも一番意見を言うのが私になっていたり、譲れないところを主張するのが私になっていたりして、「あれ?自分ってこんな性格だったっけなぁ?」と思ったのをよく覚えています。
後は、人目を結構気にする所があったり、ちょっと打たれ弱い所があるなぁ、と思っていたんですけれども、この花屋時代は、もう、信じられないくらい、沢山怒られたんですね。段ボール一つ上手く梱包できませんでした。「段ボールの梱包なんて簡単だ」と勝手に思っていたんですけれど、いざ自分がやってみると、すごく時間がかかったんですね。
他にも、それまではペーパードライバーだったので運転もとても難しかったですし、色んな失敗をしました。レジ打ちも初めての経験だったので、レジを打つと必ずエラーしてしまって、「ビー」と音が出て、お客さんに苦笑いされたりですとか、本当にこの「ブリキのジョーロ」時代は、思いもよらない失敗を沢山経験しました。

34歳になり、アナウンサーを続けていたら、中堅に差し掛かっていたと思うのですが、怒られる事がほとんどなくなっていたそのキャリアの中で、こんなにも毎日朝から晩まで怒られるというのは、すごく「発見」でした。怒られる度に、「自分って意外としぶといな、怒られても全然気にならない」と思って、そんな自分の新しい一面を発見した貴重な二年半の修行時代でした。

私は独立して自分自身のお店を持つ事を目標にしていたので、お店作りに必要な事、例えば経営の事、市場でのお花の仕入れ方、生産者さんとのやり取りなど、いろんな事を勉強させて頂きました。
 

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そして、フラワーアーティストとして独立して、「SUDELEY(スードリー)」という名前を付けました。これは先ほどお話した、イギリスで最初にインターンをしたお城の名前です。初めてインターンをした際に「私は一生花の仕事をしていきたい」と強く感じたので、その気持ちを忘れないようにと、この「SUDELEY」という名前を付けました。ちなみにこの時は個人事業主でスタートしましたが、今年の5月に株式会社を設立しました。今、私はへなちょこながら、一応社長になりまして、従業員もいて、仲間たちと一緒に、夢を持ってお花の仕事をしています。

個人事業主でフラワーアーティストとして独立した時には、今は2歳になる息子を妊娠していました。転職という事に加えて、息子を出産して、子育てをしていく、というのも私の中ですごく大きな使命でした。自分の「都会の中で花と緑がもっと沢山の人にとって身近な物になるようにしたい」という夢もありながら、それと平行して、「今、お腹の中にいる息子を無事に産んで、育てていかなければならない」という、二つの使命に燃えている時期でした。

周りを見渡すと、子供が生まれて、仕事を辞めてしまった同級生もとても多くて。友人からは「子育ては大変だから、自分で仕事するなんて大変だよ。お店にいた方がいいよ」と心配もされたのですけれども、「私は夢があるので、きっとなんとかなるはずだ」という思いで、独立したのをよく覚えています。

そして、息子が生まれてからも、少しずつお仕事のお話を頂く様になり、様々な事にチャレンジができました。そういった経験を経て、今、ひしひしと感じている事が、こちらです。


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花好きの人に届けても、裾野が広がらない。私のテーマが、「都会の中の沢山の人に、もっと花と緑が身近になっていく」という事だったのですけれども、やはり「花を買いましょう!」と発信し続けたとして、花を好きな人は振り向いて下さるんですけども、花に特に興味ない方は通り過ぎて行ってしまうんですね。
そこで、今は「面で押す」という事をいつも心に留めて仕事をしています。この「面で押す」というのは、どういう事かというと、「仲間を増やしていって、皆で発信していく」という事です。例えば、異業種コラボレーションというのは、今私が、花のビジネスをしていく中で、一番大事にしていることです。
そして、もう一つ大切にしたい取り組みの一つが、「生産者さんのストーリーを伝える」ということです。
今、お肉でも野菜でもお魚でも何でも、どういったストーリーを持って、自分の所に届いているかというのは、関心がある方がとても多いと思うのですけれども、お花の産地の事は全然知られていないんですよね。
私たちお花屋さんも、もっと勉強していかなきゃいけないことだと思います。私の場合は直接産地を訪れるのが勉強になると思っているので、家族旅行と合わせて日本全国様々な場所へ行ったりしています。そうして農場を見ると、一つ一つのお花が、本当に大切に育てられていることが分かります。
皆さんも、街中でお花屋さんを見た時に、お花って沢山並んでいて、当たり前だと思ってらっしゃると思うんですけれども、その沢山ある中の一輪一輪は、本当に大切に育てられているものなんです。
「どんな想いで農家さんが、どんな取り組みをして、お花を育てているか等は伝えていきたいな」と思っていて、定期的に生産者さんを呼んだワークショップも開催しています。つい先週も、長野県の片桐さんという生産者の方を呼んでワークショップを開催しました。長野は「アルストロメリア」でとても有名な地域なんですけれども、長野の事を知ってもらいながら、お花を束ねていただく機会を持ったりしています。
ちょっとお花の世界のお話が長くなってしまったのですが、私には夢がありまして、「自分が100歳のおばあちゃんになるときに、都会がもっと花と緑で溢れていて、沢山の人が、当たり前に花と緑を、生活の中に取り入れている」、そんな世界が見たいと思っています。
ですから私は、お会いする方には頻繁に「私は花で世界を変えたいんです」という話をするのですけれども、やはり、花で世界を変えていく為には、花好きの人にだけ「花を買っていきましょう」というのではなくて、「今まで花が気になっていたり、花屋を通り過ぎていた様な方にも振り向いてもらえるようなアプローチをしてきたいな」という風に思っています。
そして、そんな想いの中で、この秋に立ち上げたのが、「gui(グイ)」という、移動花屋です。


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この「gui」という言葉は、フランス語で「宿り木」という木を意味しているのですけれども、「宿り木」というのは、普通の木の枝を、一部を間借りして、そこに根を張って、芽を伸ばして豊かな実を付けていく、不思議な植物なんですね。
その様に、私たちが立ち上げた移動花屋も、色んな場所、例えばカフェやアパレルのお店、街角などの色んな場所でお花を売っていきたいと思っています。既にいくつかの場所で、花を販売しているのですけれども、「宿り木の様にどんどんと広がっていけたら良いなぁ」という風に思っています。

今回、私が皆様にお伝えしたかった事は、タイトルにもあったように、「人生はいつからでも舵をきれる」ということです。
「舵をきる」ということはたった一回の事じゃないんです。「アナウンサーから、花屋に転職して、それでおしまい」という事ではなくて、今も、どんどん色んなチャレンジをしていっている最中です。花屋としてもまだまだ駆け出しで、どんどん勉強していかなきゃいけない事が沢山あるのですけれども、やはり、チャレンジを続けていくと、その度に、新しい世界の人と出会えて、そして、沢山の発見があります。
私の場合は、「自分ってこうだな」と勝手に思い込んでいた所が、実は全然そんな事はなかったということもありました。例えば、会社を立ち上げる前は「経営面とか本当に苦手だなぁ」とずっと思っていたんですけれども、「沢山の人に花を届けたい」という思いがあると、会社の事も考えるのが楽しかったりもして、今は「意外と楽しいなぁ」という風に思っています。
年を重ねていくと「自分ってこういうもんだ」という風に勝手に思ってしまうところもあると思うんですけれども、きっと、皆さん自身にも、意外と知らなかった自分の面というのはあると思います。そして、そういったものは、何か一歩踏み出したり、新しい世界に顔を出したりする事がきっかけで知っていけるもので、そういった事が人生の楽しみなのかなあと今は思っています。
最後になりますが、人生100年。100歳になるまで生きると考えると、今は「100歳までじゃ、全然時間が足りないぐらいで、やりたい事が沢山ある」というのが私の本音です。本当に「人生は冒険だ」という風に思っています。いつもわくわくして、冒険をしていたいという風に思っているんですけれども、この「冒険」というのは、アマゾンの奥地に行って、ジャングルを探検したりする事ではなくて、今この社会、私たちが見ているこの世界の中で体験できる事だという風に思っています。
長くなりましたが、いつも冒険心を持って、年を重ねて生きたいと思っています。
人生100歳まで、というのを語るにはまだまだ経験が足りない私がこの場に立たせて頂くのはとても光栄な事で、本当に僭越ながらお話させて頂きましたが、最後に「冒険心を持って人生をともに歩んでいけたら良いですね」という事をお伝えしたいと思います。

パネルディスカッション

100歳フォーラム概要パネル

【パネルディスカッション】
司会者:それでは、お待たせいたしました。ただ今より、パネルディスカッションに入らせて頂きます。本日は、「人生100歳時代の設計図」をテーマに自らのライフデザインを考える事の大切さに等について、皆様とご一緒に考えて参りたいと存じます。それでは、ご登壇いただきました、パネリストの皆様、まずご紹介をさせて頂きます。まず、神奈川県知事 黒岩祐治でございます。

黒岩知事:よろしくお願いします。

司会者:元キャスターで、国際医療福祉大学大学院教授を経て、2011年、神奈川県知事に就任いたしました。2016年より、健康長寿社会を見据え、人生100歳時代の設計図の取り組みを進めております。
続きましてご紹介させて頂きます。三菱日立パワーシステムズ株式会社営業本部、副本部長でいらっしゃいます、江島俊也様。ようこそおいでくださいました。江島様は、大学を卒業後、1984年に当時の三菱重工業に入社されました。2018年より、現職に就かれ、社員による自主的なインフォーマル・コミュニティー活動、「き・ず・なの活動」の事務局も担当していらっしゃいます。
続いてのご紹介です。一般社団法人ソーシャルコーディネートかながわ代表理事で、認定NPO法人藤沢市民活動推進機構の、副理事長、また事務局長でもいらっしゃいます、手塚明美様。宜しくお願いいたします。手塚様は、日本NPO学会会員で多様なセクターの協働によるまちづくりを目指され、非営利組織のマネジメント支援、また社会貢献事業の起業支援、組織間の連帯支援に取り組まれていらっしゃいます。
そして、もう一方ご紹介いたします。リクルートワークス研究所、主任研究員の辰巳哲子様。ようこそおいで下さいました、宜しくお願いいたします。辰巳様は、学ぶ事と働く事の接続が専門で、リクルートワークス研究所、「人生100年時代の学び方」のプロジェクトリーダーを務めていらっしゃいます。現在、青山学院大学非常勤講師でいらっしゃいまして、また、ご自身も博士後期過程に在籍中でいらっしゃるんです。今日は宜しくお願いいたします。
まず、パネリストの皆様をご紹介させて頂きました。

そして、本日、コーディネーターをお願い致しました、公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団研究部、主任研究員でいらっしゃいます、澤岡詩野様。よろしくお願いいたします。澤岡様は、東京理科大学助手を経て、後2007年より、現職に就かれていらっしゃいます。ご専門なんですが、老年社会学、ご友人、また仲間といった、穏やかな繋がり等、高齢期の社会関係をテーマとした研究に取り組んでいらっしゃいます。また、かながわ人生100歳時代ネットワーク会議、ご存知の方も多いと思いますが、こちらの第三部会の座長も務めて頂いております。
では、ご紹介申し上げました皆様による、パネルディスカッション。進行は澤岡様、よろしくお願いいたします。

澤岡氏:改めまして、皆さんこんばんは。今日は短いお時間ですが、よろしくお願いいたします。まず、皆さんに問いかけさせて頂きたいと思います。
私、老年学という、研究分野におりまして、やはり高齢の方々にお会いする事が多いです。その中で、「人生100年」「人生100歳」と言われたときに、皆さんでしたらどんな反応を示しますか?

これには、お二方いらっしゃいます。お一方は、「もう長いよね、そんな100年なんていきなり言わないで、80歳だと思っていたんだから」と、長い人生を暗く考える方。それから、もう一方が、さっき前田さんのお話にありましたように、「もう足りないよ、110年、120年欲しいよね」と、生き生きとされる方。そんなお二方がいらっしゃいます。

そのお二方の違いって、何なんでしょうか。健康なんでしょうか。お金なんでしょうか。色々な要因はあると思います。確かにお金があれば、良いに越した事はありません。そして、健康であるに越した事はありません。ですが、一番大きな違いは、さっき前田さんのお話を伺っていて「あ、そういう事なんだなぁ」と気が付かされましたが、自分を「好き、これがやってみたい」と突き動かす、「好き」というもの、それがあるかないか、それが大きな違いなのかなぁ、という事を先ほどお話を伺っていて感じました。

「人生100歳時代」という中、大衆長寿社会という言葉もあります。限られた方が、長寿を全うするのではなくて、多くの方が長く生きる、長く生きざるを得ない時代の中で、求められるのは、「自分ならどう生きたいか」という主体的な生き方、言い換えれば、自分の「好き」ということを突き詰められるスタンス、姿勢なのかな、という風に感じています。
その中で今日は、パネルディスカッション、3点に絞ってパネリストの方々と議論させていただこうと思います。
論点1というのが、「人生100歳」、この長い時間を生きる中で、個人、そして自身のライフプランについて、どのように考えていけばよいのか。
そして、論点2としては、その中で、やはり人は霞を食べて生きていく訳には行きません。「いかに働くか」その働くというキーワードで論点2はディスカッションしてきたいと思います。
そして論点3としては、これ、個人の自助努力じゃどうにもならないことです。その中で社会が、それぞれの立場でどうあればいいのか。この三点に絞って今日はディスカッションをしていきたいと思います。


前置きがちょっと長くなってしまいましたが、その3つ、まず最初に、この論点1という所に入らせて頂きたいと思います。今日は順番として、江島さん、そして手塚さん、辰巳さん、そして黒岩知事にお話を伺うという事で、この順番で皆さんにご意見を、ご頂戴してまいりたいと思います。
ではまず論点1としまして、100歳まで生きる時代がやって来ようとしています。その中で、個人自身のライフプランについてどのように考えていけば良いのでしょうか。これ、それぞれのお立場からお話を頂けたらと思います。
ではまず江島さん、よろしくお願いいたします。

江島氏:はい。100歳まで生きるっていう事を考えますと、会社だと65歳ぐらいで定年退職になるとしてもまだ3分の2ぐらいしか到達していないということになる訳ですね。という事は、後3分の1以上ある、そういう人生の過ごし方が、ますます大事になってくるんだろうな、という風に思います。
これに先立つものが、健康という事がありますけども、健康増進については今日のこの場ではちょっと横に置かして頂きまして、この場では「生きがいを持って人生を過ごす」という事について考えたいと思います。
退職後に、その人生において実は何が大事なのかという事に気付いたとして、その時から何か新しく始めたのでは、おそらく遅いんではないかなという風に思います。例えば80歳になって、あと20年、100歳まで「これをやろう」という風に、なにかを思いついたとしても、そこから始めるのは無理とは言いませんが、おそらく大変じゃないか、という風に思います。先ほどの前田さんはその先の人生が見えていたんだと思うんですけど、一方、人間って、新しく何かをやる事は難しいとしても、ずっと続けていることだからこそ出来るという事はあるんだと思うんですよね。
例えば、90歳を過ぎても、毎日農作業をなさってらっしゃるとか、毎日海に潜ってサザエを採ったりとか、そういう方が、その証拠じゃないかなという風に思います。

そう思いますと、ちょっと皆さんに想像してみて欲しいのが、自分がもし80歳に今なったとして、それで「あと100歳まで、生きがいを持って生きていくのに、何をやろうと思うだろうか。逆にこれを知っておけば良かったって後悔する事はなんだろうか」といった事を想像して、例えば私の場合は、そこに会社の存在はないんだろうと思いますので、そうなると、地域との共生とか他者貢献とかフィードバックとか、そういったことがキーワードになってくると思います。
そう思いますと、「100歳で、幸福を実感しながら、生きていく日々」というのは、実は今すでに始まっているんじゃないかということを考えるべきだな、と思っております。以上です。

澤岡氏:ありがとうございます。今から「100歳で幸福を実感しながら生きていく為には」という事を逆算しながらライフプランを考えるという視点を提議頂きました。
では、次に、手塚さん、お願いいたします。

手塚氏:はい。私はもう、かなりいい年で、100歳まで生きても、30年ちょっとしかもうないんです。でも、後30年あるな、という風に私は考えています。
大学で授業をやらせて頂いているんですが、彼らは20代、20歳になったか、ならないかぐらいの人たちです。彼らは100歳まで生きるとすると、あと80年あるというのを常に考えながら教壇に立っています。それはどうしてかと言うと、私の父は55で定年を迎える人でした。ですけれども、彼は、第二の人生という言葉を使った事は一度もありませんでした。というのは、55歳で定年でも、その先は多分、10年とか、15年という短いサイクルを彼は考えていたからじゃないかなと。結局、90過ぎまで長生きをしたので、彼自身は、どういう人生だったんだろうなっていうのを時々考えますが、ただ、色々考えると、人生の転機というか、ライフプランを「舵をきる」と先ほど前田さんは仰っていましたけど、そういうタイミングって、割と昔から決まっていたような気がします。就職だったり、結婚だったり、お引越しだったりっていうのは、やっぱり今も昔も一緒ですね。

でも、それが、回数が増えるかどうかじゃなくて、自分が意思を持ってそれに立ち向かって行って、きちんとその結果や効果といったものを自分の中で咀嚼ができた瞬間に「次のタイミングを自分で考える」という事が出来る世の中になったなぁ、とつくづく感じます。そして、そういう生き方をしていると、多分まだ、何年あるかな、とその先を待つ気持ちというか、自分の中で「これをあともう少し出来るかな」というのを考えられるんじゃないかな、っていう風に思っています。
大きなサイクルとっても重要なのですが、小さな学びからもらえる、小さなサイクルをいくつもいくつも重ね、そして大きな自分の生き様を作り上げる。それには、長い時間が必要なのかな、と思っています。そのために今、私たちが何をしなきゃいけないかというと、今出来る事とか、それから、自分は何をしたかったのかとか、何をしたいのか、何が好きなのか、みたいな事を、今の自分、そして十年後、三十年後、五十年後の自分、みたいなものも含めて、いつもだと疲れてしまうので、時々考えるような時間を持つ、という事が重要なんじゃないかなと私は考えます。

澤岡氏:ありがとうございました。人生が長くなればなるほど短いスパンで自分のライフプランを、「今の自分に出来る事」という視点で考えることが重要という事を提議頂きました。ありがとうございます。
では、辰巳さん、よろしくお願いいたします。

辰巳氏:はい。今のお話をお聞きしていても、また先にお話をされた、前田さんのお話をお聞きしていても思ったんですけれども、私は普段、学ぶ事と働く事というのが、どんどん近くなってきているなぁ、というようなお話をさせて頂く事が多いんですけれども、最近ますますその距離が縮まってきているんじゃないかなぁ、という風に思っています。(資料(PDF:995KB)

例えば、最近よく、国の人生100年時代の議論などでもコメントを求められる機会があるんですけれども、その時に「調査データを見ていると、40代とか50代の人が、学んでないように見えるんですけど、どうなんですか?」という事を聞かれる機会も結構増えているんですね。データで見たらそうかもしれないのですけれども、今のこの時代に「学ばずに生きていける」って結構難しいと思うんですね。日々テクノロジーは進化しているし、今日も3人の方がお話になったのを聞いているだけでもカタカナの言葉も沢山出て来ているし、知らない言葉も沢山あるし、日常生活の中でどんどん知識を自然と入れていっているという状態だと思うんですね。
例えば、自分の中に知識を入れていくという事についても、昔は「学ぶ」というと自分の中に何かを入れていく事だったんですけれども、今はすごく極端な話かもしれないですが、知識はもう、スマートフォンを持っていたら、自分が覚えなくてもスマホで調べればよいという、自分のスマホを自分自身の外付けハードのように使える様な時代っていうのが来ているかなと思います。
人生100年時代という事で、100歳まで生きていくってなった時に、知らない事を入れていくっていうのは、まあ結構便利になってきている。じゃあ、私たちの、この先の学びってどうなって行くのかなぁ、という風に考えた時には、「新しくとり入れたものをどうやって使っていくんだろう」という事に変わっていくんだろうな、という風に思うんです。
最初に、働くっていう事と、学ぶっていう事が、どんどん近づいて来ている、という風に申し上げたのは、まさにそのポイントです。

「自分が持っているもの」をどう使っていくのか、という発想に、今後、どんどんなっていくんだろうなという風に思うんですね。その時に、先ほどからお話にも出ていますけれども、前田さんも「都会の中で花と緑がもっと身近になっていく、そんな世界を実現したいんだ」という風に仰っていました。そんな感じで、自分のテーマというか、自分の持っているものをどのように使っていくのか、という事を改めて考えていくタイミングが来てるんじゃないかな、という風に、私自身は思っています。

澤岡氏:ありがとうございました。やはり、入れたものをいかに使っていくかという事をイメージしながらの方が、さっきの前田さんの様に、わくわくどきどき輝いてもきますよね。どうもありがとうございます。
では、黒岩知事、よろしくお願いいたします。

黒岩知事:はい。僕はこの問題を考える時に、自分を振り返ると、ある一瞬を思い出すんですね。それは、フジテレビに内定をもらった時、大学の自分のゼミの先生の所に報告に行った時のことです。その時、ゼミの先生は一応は喜んでくれたんですが、何を言われたのかというと、「定年後の事を考えなさい」といきなり言われたんです。今内定もらったばかりなのに、「定年後の事を考えなさい」って、「何言ってんのかな」と、まず思いました。
続けて、「これから君はフジテレビに入ったら、フジテレビっていう名刺一枚持っていたら、色んな人にも会ってもらえるだろう。色んな仕事出来るだろう」とも言われました。でも、当時は55歳定年でしたから、「55歳になったらその名刺は必ず奪われるんだ」「その時に、その時なにで生きて行けるか、それが大事なんだ」とも言われました。

まさに今「テーマ」という話がありましたけども、「自分のフジテレビという名刺を使える時に、そういった、自分の次なる、一生追っかけられる様な、自分のテーマっていうのを探しなさい」という風に、言われたんですね。これは非常に貴重なお話だったと思いますね。それで、ずっと探し続けました。でも、そんなものは簡単に見つかるものじゃないですね。そして、私が見つけたのが、今神奈川県知事として言っている、平仮名で書いた、「いのち」って言葉です。

これはたまたま、報道キャスターとしてやっている時に「救急車の中には医療がない」という問題を知ったことがきっかけでした。例えばアメリカでは、救急車の中にパラメディックという資格がある人が乗って来るですとか、フランスやドイツでは、ドクターカーといって、最初からお医者さんが救急車乗ってくる一方で、日本では消防士が運んでいるだけなんですよ、という話を聞いて、「これは大変だ」と思って、この一点に絞ったキャンペーン報道を私はやったんですね。結果、2年間で、のべ報道回数が100回を超えたと。こういうことで、最終的に国も動いて、「救急救命士」という国家資格が出来たんです。
この経験で、なにか、「自分のこの一つのテーマ」というものを、がしっと掴んだっていう感じになりましたね。その時に何を掴んだのか。救急医療の話を掴んだのではなくて、「いのち」というテーマ、「命はどうすれば助かるんだ」というテーマを掴んだんです。
今、目の前で、人がバタッと倒れたとします。どんなに優秀なお医者さんが向こうの病院にいてもです、この人をそこへ早く届けなければ、しかも、何かをしながら届けていかなければ、絶対助ける事出来ないわけです。命ってそういうものなんですね。では、命が助かる為に、何が大事なのか。「お医者さんがいくら頑張っても、それだけでは無理だ。色々なことが繋がってなきゃ駄目だ」ということを、その救急のキャンペーンの時に教わったんです。
その後、今度は、ナースの問題にたまたま目を向けました。当時、ナースというのはそれに見合うような待遇がなされていなかったという事があって、「なんとかしなければいけない」と動いたというのが、僕のキャスター時代の生活でした。

そういう事をやりながら、僕が辞めるときには、フジテレビの定年は60歳になっていましたけれど、「55歳を一つの目標としてやって来た」ということで、僕は一旦55歳でフジテレビを円満退社しました。そこから、フリーのキャスターとしてやっていたという時代が一年半ありました。
でも、その時も自分の中のテーマは「いのち」だったんです。
国際医療福祉大学で教鞭をとらせてもらって、フリーのキャスターとしてやっていこうとしている時に、たまたま「神奈川県知事へ」という話をいただきました。そして、最初は「断ろう」と思ったんですけども、その時起きたのが、3.11の東日本大震災。こういう事があって、背中をガーン!と押されました。「命にこだわってきたお前が、今この東日本大震災っていう大変な危機の中で、910万人の命を守るべき県知事へ、という声が来ている。これは天命だ」と思って、知事へという道を選んだんですね。

「いのち」というテーマをずっと持っていると、やはり色んな形で、そこから繋がってくる色んな物が見えてくるし、振り返ってみると、テーマだけではなく、そこで出会った人たちが、最初に出会った時は全然違う形で、次々と自分の生きる進路に対して、新たな展開を見せてくれるということを感じています。
だから、原点としてみれば、やっぱり自分の「これだ!」という、その「一番大事な物」、さっき前田さんの、自分の「好き」という、「好き」はなんだという。そういう、なんでもいいです。「一つの物をガシッと掴む」ということが、やっぱり大事な事なんじゃないかな、という風に思っています。

澤岡氏:ありがとうございます。あの3.11が引き寄せた訳ではないですけれど、テーマを決めて生きて行くという事で、色々な事が引き付けられて、必然になって行くという事をお話頂いたのだと思います。どうもありがとうございました。

では、ここからは、論点2ということで。
今はご自身の、ライフプラン、設計図について、どのように考えて行けばいいのかという事を、四者の異なるお立場からお話を頂きました。恐らく先ほどの前田さんのお話を伺っていて感じた方も多いのかなと思いますが、やはり転職をする、仕事をしながら途中で転職をするという事は、ある意味自主的に、なにか意図を持って動く事なのかな、とも思います。ですが、多くの方は、日本では、やはり定年まで働く、そしてその定年というのは、企業が決めた歳という事で、自分でコントロールできない部分に向かって、いかに設計図を描いていくか、こういった事も重要なテーマなのかなと感じます。
その中で、個人はどう働くべきなのか。その働き方という事をどう考えて行けばいいのか。これ、大きなテーマなんだと思います。ここからは、この働き方、どう働くべきかという事に絞りまして、また江島さんから順番にお話を頂こうと思います。
では、まず江島さん、よろしくお願いいたします。

江島氏:はい。まず、私からは「き・ず・な活動」という活動について少し触れさせて頂きたいと思います。これは社会貢献と、それから社員満足度の向上っていうのを目的にしている、いわば、他者貢献活動の総称な訳です。これは先ほどの3.11の津波で散逸してしまった写真を回収して、綺麗に洗って、元の持ち主を探して返す、みたいなチームをはじめ、大小20の様々なチームをやっています。これはお手元にお配りしている資料(PDF:1,312KB)の中に一部載っておりますので、そこで詳細をご覧頂きたいなと思うんですが、この20個以上あるテーマというのは、実は社員が自主的に提案したもので、それに「この指とまれ」という感じで、組織の枠を超えて、全国から集まってきたメンバーで構成されています。
そして、ここには役職者による指揮・命令や、見返りとしての報酬、昇進とか、そういったものは全くないんですが、それでもメンバーは自分がやるべき事を、仲間と勝手に助け合いながら、まっしぐらに進んでおります。休日返上でやって、身体はちょっと疲れるんですけれども、それを遥かに上回る喜びって言った事を身体で感じる訳ですね。
従って、他者貢献という事について、体得することができるほか、その喜びというものが、特に同じ志を持つ仲間と一緒にやっている時にMAXになるんだ、といった事も、自然と学ぶ事になっています。なので、この活動のキーワードは、「自律と協働」の言葉を大事にしています。

会社に入りますと、必ずしも自分のやりたい事やれる訳ではございません。そうなると、じゃあ、転職するのか、って言うとそうもなかなか行かない訳です。そんな中、この「き・ず・な活動」は、自分が心底やりたい、ということに取り組めますので、これをやっていると、「あ、何か生き生きしているな」という自分に気付きまして、「あ、本来の自分に戻ったな」という瞬間があります。
それが「自分を好きになる」ってことになり、「仲間を好き」になり、そんな「会社が好き」になり、ひいては「社会全体も好き」になるんだと思います。これが、実は先ほど論点1で少し触れました、「生きがいとは何か」こういった事を学んでいくきっかけになっています。
そう思いますと、定年退職後の準備を今やっているようなもんだと、そういう事でございます。以上です。

澤岡氏:ありがとうございます。恐らく、誰かの為というような発想で始めた事が、結局は、自分のために、学びとなって帰ってきているという、非常に重要な部分を今日はお話頂いたのだと思います。ありがとうございます。
では、手塚さん、よろしくお願いいたします。

手塚氏:ありがとうございます。私の方からは、取り組んでいる事例を紹介しながら、少し話を広げていけたらなと思っています。
一つはですね、「かながわコミュニティカレッジ」という、神奈川県の事業なのですが、これはソーシャルコーディネートかながわの方で受託している事業ですが、皆さんのお手元の資料(PDF:4,244KB)にも多分、このリーフレット(資料2ページ目)はあるかと思うんですね。
この人生100年の事業とちょっと似ているものが、資料の一番上、「人生100年時代のNPO体験」ですね。これは受講料として7,500円がかかるんですけど、7月の終わりから実施をさせて頂いて、終了しました。参加者はなんと20代から70代まで、本当に幅広い世代の方なうえに、女性も半分ぐらいいらっしゃって、すごくバランスの良い、研修・セミナーをさせて頂きました。
何をしたかというと、自己の棚卸。まず「自分が何が出来るのか」っていう事と、「何をしたいのか」っていう事を少しワークショップを交えて、やりました。そして、体験をするという事ですから、NPOやボランティア活動、市民活動、地域活動、様々な所をご紹介して、「行ってみよう」という話をして、戻ってきて、成果発表する。それだけなんですが、皆さん、行く前はものすごく迷われるんですが、帰ってくると、本当に生き生きとしていて。「我先に報告をしたい」というようなイメージの、とても賑やかなセミナーになって、多分これは同窓会出来るな、って思うイメージでやっています。
例えばお隣の江島さんの様な大きな会社ですと、「き・ず・な活動」というものがあって、やってらっしゃるんですが、なかなかそういう事って、会社で取り組むのはとても難しいだろうな、って事もありますね。なので、今回はもう一つ、これとは別な取組みを、工場で働いている方たちやメーカーさんで働いている人たちを対象に、似たようなプロジェクトを二つご用意させて頂いて、トライアルでやってみようと思っています。もしうまくいくと、これを神奈川県中の色んな会社さんに向けてプログラムを皆さんにプレゼント出来ると思っていますので、ちょっと、もうちょっとお待ち頂きたいと思います。

先ほど、20代の学生さんの残りの80年っていう話をしましたが、やっぱり、30代40代50代の方の残りの何十年っていうのを考えた時に、自分の生活がシングルタスクでいく、つまり「これを一つやっていれば私は満足」っていう時代ではなく、やっぱり「定年の事を考えよう」となった時に、知事も仰ってましたけども、「自分がこうなった時には、この選択肢もあるよね」という、何か選択肢を自分の中に一つか二つ作っておくことも大切だと思います。家庭も大事、それから、地域の活動も大切。勿論、働く事もとっても大切なんです。でも、それが何か上手くいかなかった時に出来る事をご用意しておくと、ご自分のライフプランを、長い目で、長い時間をかけて作り上げられるかな、と思いますので、是非そういうイメージを持って、講座などにも参加して頂くのも宜しいかなと、いう風に考えております。以上です。

澤岡氏:ありがとうございます。色んな視点で見れば、地域にこういった学びの場、自分が変われる機会もあるという事を、一つの選択肢としてまたご紹介を頂きました。ありがとうございます。
では、辰巳さん、よろしくお願いいたします。

辰巳氏:はい。「何が出来るのか」とか、「何がしたいのか」、よく大学生が、所謂「就活」と言われるものをやる前にも、「何が出来るのか」とか、「何がしたいのか」ってすごく問われる機会あると思うんですけれども。今その、「人生100年時代」と言われる様になってきて、例えば、人生の折り返し地点っていうのが、100年って考えると50歳ぐらいですよね。じゃあ、「何がしたいのか」、「何が出来るのか」というのを、もう一回改めて考えていくという事になるかも知れないんですけれども。でも、一方で、私自身も実はもう50歳まで生きてこられた中でですね、まだの方もいらっしゃると思うんですが、それまでの選択の中で、すでにもう「自分自身が大事にしているもの」だったりとか、「それを反映した選択の仕方、生き方」というのをある程度はされて来られているじゃないかっていう風に思うんですね。

ただ、日々忙しい中で、「テーマ」を自分の中で意識する事なく、暮らしていらっしゃる方も、結構多いのではないかなという風に思っています。
でも、今日、この場に来られたっていうのも何かの機会だと思いますので、是非その「テーマ」っていう事についてですね、お考え頂ければと思います。
その時に、これまでにも話が出ている様にですね、それを自分一人だけで考えるのって、結構大変ですし、しんどい事だと思うんですよね。そういう時に、そのNPOでやっていらっしゃる活動だったりとか、企業の中でやっていらっしゃる活動だったりとか、そういう「人との関わり合い」を通じてですね、「あの人と自分はこういうところが違うよね」とか、「自分だったらそういう選び方をしないよな」とか。何かそういう気付きっていうのが、きっとお有りになると思いますので、是非その「人との関係が持てる場」というのを、選んで、その中で、「自分がこれまでに選んできたものって何だっけ」、「これからそれをどう使って生きていくんだっけ」という方に目を向けて頂ければな、と思うんです。
ただ、その50歳以降という所で言うと、意外と大事になってくるのは、「自分は何が出来るのか」という事も大事かなと思っていて、それは、「どんなスキル持っていますか」とかそういう話まで行かないんですけれども、例えば自分の体力の限界を知るっていう事だったりとか、気力の限界を知るっていう事だったりとか、何かそういう事もセットで考えながら、自分の事をわかった上で、最後50年、どうやって自分のテーマと向き合いながら暮らして行くかっていう事を改めて考えるチャンスをですね、人生100年、人生100歳と言われる中で貰っているのかなっていう風に、私自身は考えています。

澤岡氏:ありがとうございます。やはりこの、人との関わりというのが、非常に重要なポイントであるのかな、というのを今伺っていて感じました。ありがとうございます。
では、知事、宜しくお願いいたします。

黒岩知事:はい。私が居たフジテレビが全盛期だった時のキャッチフレーズが、「楽しくなければテレビじゃない」という言い方だったんですね。この言葉って結構魅力的だなぁ、と思っています。この「100歳時代」もやっぱり、せっかく100歳まで生きるんだったら、やっぱり「楽しくなければ100歳じゃない」っていう、そんな風にしたいじゃないですか。
ただ、どんな風にしてやればいいか。今日「どう働くべきか」と言われても、別に働きたくない人は働かなくても良いですよね。好きな事をやっていればいいわけですよね。自分が楽しければいい。そんな発想で良いんじゃないでしょうかね。
だからやっぱり、なにか「ただ単に自分が好きな事だけじゃちょっと物足りないなぁ」とか「何かないのかな」といった時に、さっきの前田さんの話のテーマがまさにそうでしたよね。「何か、何かないかな」と思った時に、色んなプログラムが既に用意をされている訳ですから、そこにちょっと顔を出してみると、そこに新たな発見があるかも知れないな、という風に思います。
今日、私、ここからずっと見ていて、「皆さんどうしてここに来られたのかな」と、お一人お一人に聞いてみたい感じですね。何かを求めて、わざわざ来られているんですよね。そうじゃなかったら、わざわざ来ないですよ。
だから、何か一歩踏み出している、この「一歩踏み出している」というのが、実はすごく大きな、次なるきっかけを作っているんじゃないのかな、という風に思います。


今、神奈川県では「圧倒的な勢いで進む超高齢社会をどう乗り越えるのか」というなかで、「未病」というコンセプトを強力に発信しています。真っ白な健康があって、真っ赤な病気があるのではなくて、白から赤は、グラデーションで連続的に変化しています。この連続的に変化しているグラデーション部分が未病です。だから、病気になってから治すんじゃなくて、グラデーション、どこにいても少しでも少しの白い方に持って行こうとする日常的努力が大事ですね。未病を改善して、健康寿命を延ばしていこう、と言っているわけです。
そのために何が大事かというと、「食」「運動」「社会参加」の三つの要素です。食と運動は、なんとなく分かりますよね。けれど、社会参加が入っている、ということが実は非常に大きなポイントだと思っています。なんで入ったか、というとこれ、千葉県の柏市で、高齢者の研究をやった話がありあます。高齢者の皆さんが、元気でいても、突然悪くなる事があるんですね。どういう状態の時に悪くなるか、といった時に「フレイル」という問題が注目されました。
「フレイル」というのは、足腰が弱くなるんですね。足腰が弱くなると、外に行かなくなってしまう。閉じ篭ってしまう。閉じ篭って、社会と隔離されると、ドーンと悪くなっていくという意味です。社会に関わっている事が大事だという事ですね。
だから、社会と関わっている事が大事だし、しかもよく研究してみると、ただ単に、散歩してればいいというものではなくて、「社会の役に立っている」という、この感覚があると高齢者は悪くなっていかないそうです。自分のほんのちょっとしたことでも、誰かの役に立っているという感覚があれば、楽しいんですよね。社会参加が楽しい感覚に繋がっていて、その楽しさが自分を元気にしていく、という事なんじゃないでしょうか。
だから、皆が誰かの役に立ち合っている。お互い役に立ち続けている。そして、みんなが楽しくなっていると、そしてみんなが笑い溢れる100歳時代、こんなのを目指していきたいなという風に思っています。

澤岡氏:ありがとうございます。やはり、社会参加、社会にいかに関わるか、という事が非常に重要なポイントである、ということを今、お話頂きました。
この社会、ご自身がいかにどんな社会と接点を持つか、という事も非常に重要な視点ですが、逆を言えば、一人が、個人が、動いてもなかなか無理がある。さっき、手塚さんのお話にもありましたが、やはり一人で講座に参加するよりは、企業全体を巻き込んでいけば、企業全体の働き方改革にも繋がっていきますね。

そこで、では、それぞれその一人ひとりが、という所に焦点を絞りながらも、「生涯生きがいを持って参加できる社会」、それをどう支えていけば良いのか。県や、そしてNPOや、それから研究者や企業さんそれぞれの立場で、どんな風に変わっていけばいいのか。人生100歳、個人の生き甲斐というものを支える、その働き方、そういった事を支える為に、どんなスタンス、どんな働きかけをすれば良いのかという事を、論点3では伺っていきたいと思います。
この後、フリーディスカッションで、もっと幅広にお話をさせて頂く予定だったんですが、ちょっとお時間の関係で、フリーディスカッションまでお時間が回らないかな、という事で、それぞれのパネリストの方には、もう一つ、会場の皆さんに、今回、皆さんのそれぞれのお立場からメッセージ、エールそういった事がございましたら、そこも付け加えて、それぞれ最後の一巡ということでお話を頂けたらと思います。
では、江島さんからよろしくお願いいたします。

江島氏:では、私は、企業に関してお話します。とにかく企業では売り上げとか利益、こういった業績をすごく重視するんですけど、実はこの業績をアップさせる為に大事なものっていうのは、「社員の一人ひとりがモチベーションを高める」という事と「人間的に成長する」という事や、「組織として成長する」といったことが大事だったりする訳です。そして、そんな事に役立とう、というのが「き・ず・な活動」だという風に思っています。
例えば、リーダーシップ。知事のようなリーダーシップは、本を読んで体得出来るみたいな物じゃなくて、実践で、トライアンドエラーで失敗もしながら、培っていくしかない訳ですね。ところが、企業では中間管理職になろうにも長い年月が掛かりますし、それから、失敗も許されません。
ところが、この「き・ず・な活動」では、新入社員でもリーダーになれますし、人様に迷惑さえ掛けなければ、失敗はむしろ歓迎されるという事になっております。従って、この「き・ず・な活動」というのは、企業が社員に提供する、人間修養の場だという風に思っています。
これは学校に例えると、部活じゃないのかな、という風に思っています。学校って、国語、算数、理科、社会だけ教えていれば良さそうなものなのに、必ず部活がありますよね。これ、なんでなんだろうな、という風に思うんですが、恐らく、学業成績だけじゃなくて、社会に役立つ人間に育って欲しいなっていう風に、そういう願いがあって、これにどうも部活が役立つぞと、いう風に知っているからじゃないかな、という風に私は思っています。そして、この部活こそ何の見返りも期待せずに「次の文化祭は成功させるぞ!」とか言って、みんなで努力し合うという事ですし、たった三年間で平社員と中間管理職と、それから役員を経験する場でもありますので、企業や社会でもこういう、部活の様なもの、そういう「場」が必要なんじゃないかなという風に思います。
ところが学校の部活も、私たちの「き・ず・な活動」も、そこに所属している間だけしか参加する事ができません。そうなるとやはり神奈川県が提供する、或いはNPOさんが提供する、そういった場っていうのが、ますます大事になってくるんじゃないかなという風に思っています。そうなると、学校と企業とNPOと行政と、こういったものがクロスオーバーして、重なり合いながら展開できると良いんじゃないかなっていう風に私は思っている次第です。以上です。

澤岡氏:ありがとうございます。部活動って、なんかすごく素敵な、わくわくする言葉ですね。どうもありがとうございます。

江島:あ、そうか、最後にメッセージですね。この「き・ず・な」は「今日からずっと仲間」の頭文字を取った、そういう名前、ネーミングなんです。今日こうやってお越しになった皆さんと、新しく絆が出来たら良いなっていう風に思いますし、神奈川県に来るとですね、なんか優しい目にあったな、っていう風になれるような、そういう神奈川県に、私も県民の一人として努力していきたいなと思います。以上です。

澤岡:ありがとうございます。メッセージどうもありがとうございます。
では、改めまして、手塚さん、よろしくお願いいたします。

手塚:はい。部活、素敵ですよね。でも今、帰宅部とかあるみたいで、なかなか参加も難しいなんて事がありますけど。
私がこの頃つくづく思っているのは、行動に対する価値観というのが、少しずつ変化しているなということです。どういう事かというと「ボランティアとか、地域活動だとか、どういうつもりでやっているのか分かんない」と言う人が、だいぶ減ってきたということです。自分の為って思ってやる人がいて、それはそれで良いですし、誰かの為ってやる人がいて、それも良いなってすごく思うんです。みな、動機の部分に自分なりの価値観を見出している。
例えば私、自治会町内会の活動をしているんですが、40代の本当に若いマンション住まいのパパが、本当によく手伝ってくれるんです。「毎年、もう3年もやってくれてるけど」と言ったら、「いやぁ、この活動止めらんないんですよ」と。「どうして?」と聞くと「子供がね『パパかっこいい!』って言ってくれるんです」と答えてくれて、これは新しい価値だと思うんですよ。お子さんやお嬢さんなんかと会話したいって思っているパパが、自治会町内会の活動をしていて、例えば運動会ですごく格好良く仕切っている姿を子どもが見て「パパカッコイイね」って言ってくれる。これって、今まであんまりなかった価値観かなって思うんです。
あと、90歳代のご婦人なんですが、自分でも介護認定を受けていますので、デイサービスに行くんですけど、実は一箇所だけ違う施設にボランティア行っているんです。何をしているかというと、囲碁が好きで行くんですけど、すっごく下手なので、負けてばっかりいるんです。でも、負ける囲碁のボランティアさん、って価値があるんだそうで。勝ちたいわけですね、挑戦する人は。だから、「田口さん来るとねぇ、すごくみんな喜ぶのよ」と言って、車椅子でボランティアに通っているおばあちゃんがいる。やっぱり価値観って、こういう風に、変わってくるんだなって思っています。
変わっていく価値観を、企業とか行政、私たちも含めて、認め合う社会が出来てくると、100年ぐらいはきっと大した事がないと私は心から思います。
ですので、皆で寄り添いながら、それぞれの価値を見出しつつ、NPOも「困難を解決」とか、「問題解決」じゃないんです。「新しい価値を見出す」という事が最大の「私たちの力になる」という風に考えて進んで行きたいなぁと思って今、市民活動、一生懸命頑張っています。
そして、最後のメッセージです。やっぱりここまで来るとですね、私がその、若い時に考えていた状況とは大分違うので、きっと私の想像を超える新しい事が、まだまだ起こるかな、という気がしています。なので、チャレンジしたいなと心から思います。そして、その時に困らない為に、色んな事に興味を持って、情報をキャッチするアンテナを磨きたいなと。もう、古い死語で、誰も分からないかもしれないですけど、「バリ3」とか昔言いませんでした?あの、三本アンテナ立っている、みたいな状況で、いつも笑顔で情報取得というのが、私のモットーなので、それに向かって行きたいです。


あともう一つ。個人に出来る事があんまり多くないのも分かっています。阪神淡路の時は、私はお仕事中で、何もしていません。東日本の時は、バリバリボランティアに行きました。じゃあ熊本はどうしたかって言ったら、ボランティアに行くだけの体力がないのが分かっていから、自分が見て感じた事を発信する側に回りました。今回、西日本はどうしたかというと、私が情報を取った物を、若い人に「是非行ってきて!」と言って、お願いしました。やっぱりね、タイミングって色々あるので、そういう事を、少しずつ、これからも続けられたら良いなと思います。皆さんも御一緒に、頑張って行けたら良いなと思います。ありがとうございます。

澤岡氏:ありがとうございます。出来る事って、状況に応じて変わってきて良いんですよね。それで、誰かのそれも、認めていけば、人生100歳って怖くないんじゃないかなと、勝手に大いに頷いてしまいました。どうもありがとうございます。
では、辰巳さん、宜しくお願いいたします。

辰巳氏:はい。そうですね、学びの専門家という事で、今回お声掛けを頂いているのですが、今ですね、何か新しい事をやろうと思った時に、学ぶ手段というのはすごく増えてきています。私、ちょっと自分のお話をすると、私立女子校の出身でして、その時にですね、「代数幾何」という科目を学ぶ事が出来なかったんですね。学ばずに卒業してしまった。でも今、ネット上にあるカリキュラムで、すごく丁寧に先生が教えてくれる。どうしてもその自分がやりたいと思っている事をやる為に、その「代数幾何」を学ぶ必要があるので、ネット上の先生に教わったりしています。
最近は学び方が、すごく変わってきているので、自分が例えば「何か新しい事をやりたい」、「ボランティア活動をしたい」、もしくは「自分がこれまでに培ってきた経験を、人に伝えていきたい」と思った時にも、もう、今だとスキルシェアサービスがあったりなんかしてですね、自分の持っている物を誰かの為に役立てる事が出来る。そういう様な場も出て来ています。
そうしたネット上の学びの世界と、大学の様なリアルな学びの世界とあると思うんですけれども、特に日本は、大学の仕組み自体がもうちょっと変革をしていかなきゃいけないという事を求められる様な場面に来ているんじゃないかな、と思っています。先日もある専門家の方たちの前で、人生100年時代の学びというテーマでお話をさせて頂く機会があったんですけれども、そこの中でも「もう専門家として色々やってきたんだ」と、「やって来たんだけれども、ここだけちょっと抜け漏れがあるから、そこだけ学びたいんだけれども、今の大学教育って、そういうニーズに応えてくれないんだよね」、という様なお話を聞きました。
これから、そういうリアルな場、学びの場面もどんどん変わっていくと思うんですけれども、今、もう変わり始めてきている学びをどうやって上手いこと活用しながら、使っていくか、というのが大事なのかな、という風に思っています。


最後にメッセージをという事だったのですが、今日ですね、私、テーマについてという事を、何度かお話をしたと思うんですが「テーマってどういう事だよ」と思われた方もいらっしゃるかも知れないです。実際に考えてもらった事があるんです。例えば「人生の先輩に恩返しをする仕事」、これ中学生が考えたんですれど、介護施設の職員さんのお仕事なんです。もう一つご紹介します。「疲れた人に癒しをあげる仕事」。これ何かって言うと、ケーキ屋さんです。神奈川県にあるケーキ屋さんなんです。
何を申し上げたいかというと、これまで仕事って、職種名で選択をしたり、次にやりたい事っていうのを考えるときにも、何となく職種の名前で考えてしまっていた、という部分もあったかも知れません。でも、この先の事を考えた時に、誰に対して、どんな自分の持っている力を提供する人であるのか。何か、キーワード、そのキーワードだけで良いんじゃないかなぁ、という風に私自身は思っています。私自身のテーマは、「個人の持ち物がきちんと使われる社会に」というのがテーマなんです。私は17文字ぐらいで考えて頂くのが良いんじゃないかなという事を、色んな実験をしながら考えているんですが、是非、いい機会なので、お考え頂けると嬉しいです。ありがとうございます。

澤岡氏:どうもありがとうございます。一時期、「役職で人を判断するな」、「役職を振りかざすな」という話もありましたが、役職でもなく、職種でもなく、その人のそのテーマっていう所が非常に重要な、そして、相手を見るべき一つの姿勢なんだな、という事も教えていただきました。どうもありがとうございます。
皆さん、ここ、20時15分まで、という風にお知らせさせて頂いているんですが、あと、五分だけお時間を頂きまして、ここで知事から、皆さんへのメッセージも含めてお話を頂けたらと思います。宜しくお願いいたします。

黒岩知事:はい。今日は非常に有意義な時間となったなあ、と改めて思いますよね。
横浜に若葉台団地というのがあって、まあマンモス団地でありますけど、そこに、この間行って来たんですね。なんでそこにわざわざ行ったかというと、データとして、非常に不思議なデータが出ているんです。一万何千人もいるマンモス団地で、高齢化率はものすごい急角度で伸びているんですが、要介護率は、全然伸びていないんです。全国平均を遥かに下回っているんです。それだけ老人が増えていけば、普通は要介護率も同じようなカーブで上がって行く様に思うんですが、それが全然増えないんです。これはなんでだろうと思って、見に行きました。
そこでね、「なるほどこういう事か!」と思いました。それは何かというと、住民の皆さんが「自分達のこの団地を、若葉台団地を住みよい団地にしよう」ということで、皆で様々な工夫をしているんです。自治会組織が実にしっかりしているんですね。皆で相談していって、やっていると、団地の中がいつも賑わいがあるんです。高齢化が進んでいる団地は、なんか寂しい感じがする団地と思いがちですけど、そうではなく、行ってみたら賑わいが、ワーッ、とある様な感じがする。これは全部、住民の皆さんが自治会組織で努力してやっているという。その結果として、要するに、要介護率が増えてないって事が出てきたんです。
私が「面白いなぁ」と思ったのは、「要介護率を増やさないにしよう」という目標を掲げたわけではなく、「同じこの団地で暮らしているんだったら、楽しい感じで毎日過ごそうよ」「その為に色んな事を企画しようよ」「色んな世代が触れ合える様な事もやろうよ」と、「子育てのお母さん達が居たら、皆で助けるような仕組みを作ろうよ。老人も、時間が空いている人がいるなら、皆で助けあえば、何か楽しくなるじゃない」と行動していたら、そういう結果になってきたということなんですね。
これは、要するになにを意味しているかと、一番大事な事は、「コミュニティ」だと思うんです。
コミュニティが充実している、こういう社会というのはですね、これから益々重要になってくると私は思っています。100歳時代になった時に、下手をするとですね、皆が孤立していく、コミュニティがどんどん崩壊していく。今、コミュニティの崩壊の歴史が随分あったんじゃないでしょうか。昔はもっと、近所同士が何か触れ合い、何して、というのがいっぱいあったと思うんですけど、都会になればなる程、そういったものがどんどん希薄になっているという状況です。これは良くないと思っています。
コミュニティの復活、そうしてそのコミュニティには、子供たちの笑い声も聞こえるし、老人の笑い声も聞こえるし、皆がニコニコ笑っているという、こういう社会を目指して行くということ。これが何よりも大事かなぁと思っています。
人生100歳時代の目標は何か。「笑い溢れるコミュニティ」、この再生を目指して、県としてやれることはどんどんやっていきたいと思いますし、お一人お一人が「コミュニティの再生の為に何が出来るのか」ということを、考えているだけじゃなくて、今日みたいに、一歩踏み出して頂きたい、それが私からのメッセージです。ありがとうございました。

澤岡氏:知事、どうもありがとうございました。恐らくその「コミュニティ」、知事が仰っているコミュニティというのは、地域だけではなくて、おそらく会社という場でもあり、色んな場での仲間、意識を共有するテーマを共有する仲間という所が、非常にキーワードなのかな、という風に感じました。
今日はちょっとそこまで踏み込めなかったのですが、皆さんの配布資料の中に、「SDGs」というチラシ(PDF:1,008KB)も入っています。
持続可能なコミュニティ、そういったものをいかに色んな視点の中で共有していくかということが今、神奈川県のトップランナーとして知事がやっていることになるのかな、と思います。皆さん今日はせっかくいらっしゃっていただきましたので、県全体としても、このような動きがあるという事も見て頂きながら、今日の場を終えていきたいと思います。

司会者:ありがとうございました。ご登壇頂いている皆様の言葉の一つ一つ、どれも聞き逃さず、そんな思いで、大変有意義な時間を、そして皆様それぞれの思いで、お聞きいただけた事と存じます。4人のパネリストの皆様、そしてコーディネーターをしていただきました、澤岡先生、今日はありがとうございました。

 

リンク

「人生100歳時代の設計図」を考えるフォーラム(平成29年度開催)

政策研究・大学連携センター調査報告書

政策研究フォーラム

政策研究・大学連携センターによる調査研究の報告や有識者による基調講演、パネル・ディスカッション

対話の広場

平成28年度黒岩知事との“対話の広場”(年間テーマ「人生100歳時代の設計図」)

黒岩日記

「人生100歳時代の設計図」を考えるキックオフシンポジウム(平成28年7月24日開催)

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