ホーム > 電子県庁・県政運営・県勢 > 県域・県勢情報 > 地域の総合案内 > 湘南地域県政総合センター > 黒岩知事と県民との“対話の広場”地域版(湘南会場) > 令和7年度「黒岩知事と県民との“対話の広場”(湘南会場)」開催結果
更新日:2025年12月17日
ここから本文です。
令和7年10月27日 ひらしん平塚文化芸術ホール 多目的ホールで開催された黒岩知事と県民との“対話の広場”(湘南会場)開催結果

黒岩知事との“対話の広場”地域版(湘南会場)
| 日時 | 令和7年10月27日(月曜日)17時30分から19時00分 |
|---|---|
| 会場 | ひらしん平塚文化芸術ホール 多目的ホール |
| テーマ |
共に創る地域の未来~住民参加から生まれる活力と絆~ |
| 内容 |
1 知事のあいさつ 2 事例発表 【事例発表者】 三島 理恵(みしま りえ)氏 水嶋 祥貴(みずしま あき)氏 3 意見交換 4 知事によるまとめ |
| 参加者数 | 123名 |
こんばんは。神奈川県知事の黒岩祐治です。今日は、県民との対話の広場にようこそお越しくださいました。
私が知事になってもう14年半になりますが、最初からずっと続けているイベントであります。県民の皆さんと直接お話をするという、私にとって非常に楽しみな場であります。その地域ごとにその時々にテーマを決めて、自由に話をしていきます。今までずっとやってきて今日がなんと99回目です。ということは、次は100回目ですね。来週11月6日、神奈川県庁で行われます。ゲストは青山学院大学の原監督が、特別ゲストでやって来られます。今日面白かったら、また聞きたいなと思ったらどうぞ来てください。今まで参加された方は全部で1万5000人を超えました。
さて、今日のテーマは「共に創る地域の未来~住民参加から生まれる活力と絆~」であります。この平塚をどんなふうにみんなで盛り上げていくのかをみんなで語り合っていきたいなと思っています。
まずは、2人のゲストにプレゼンテーションをしていただきます。そしてそれをもとにしながら、あとは皆さんと対話しながら進めていきます。それ以降のストーリーはありません。私は元キャスターですので、この会においては司会も担当いたします。司会と知事の二刀流でまいりますので、どうぞよろしくお願いします。
司会
それでは本日のテーマに関連深いお2人に事例発表をしていただきます。
初めに、三島理恵様をご紹介します。三島様は日本ファンドレイジング協会創設メンバーとして、寄付文化の醸成に携わったご経験をお持ちで、その活動の中で子ども食堂と出会い、全国こども食堂支援センター・むすびえの立ち上げに参画されました。今年6月に理事長に就任され、子ども食堂を地域の身近な場所として広げる取り組みを各地で進めていらっしゃいます。
本日は三島様ご自身の活動、子ども食堂が地域の居場所や繋がりとなっている実例などについてお話しいただきます。それでは三島様お願いいたします。

三島 理恵氏
はい。皆さん今日はこのような場にお招きいただきまして本当にありがとうございます。10分間というお時間をいただきまして、まさに今回のテーマであります地域の繋がりを1つ軸といたしまして、子ども食堂の活動をご紹介させていただければと思います。
まず、簡単に自己紹介ですけれども、先ほどご紹介をいただきました通り、私自身NPOでの活動が15年以上になってまいりました。支え合う地域をつくっていこう、寄付の文化を広めていこう、とNPOで2009年から活動をし始めまして、その活動をする中で子ども食堂との出会いがありました。子ども食堂では、こうやって地域の参加であったり、いろいろな人たちの共感、何とかしたいという想い、支え合いを作っていきたいというような想いで成り立っているんだということを目の当たりにしました。子ども食堂がもっと地域の当たり前になっていくことによって、支え合いの文化が根深くなっていくのではないかということで、むすびえの立ち上げに参画をいたしました。そこから7年ぐらい活動をしております。
神奈川県の皆さんとは、福祉子どもみらい局の戦略アドバイザーという役割を2023年度に担わせていただきました。また、相模原市で子どもを産みまして、長らく神奈川県でもお世話になっております。
今は、広島県尾道市に住んでおりまして、主に西日本が中心のいろいろな子ども食堂にお伺いをさせていただいております。
では、ここから子ども食堂とは、ということでお話をさせていただければと思います。子ども食堂知っているよ、という方がこの中にどれぐらいいらっしゃいますでしょうか。ありがとうございます。この中で、行ったことあるよ、という方はどれぐらいいらっしゃいますか。そのまま手を挙げておいてください。ありがとうございます。研修会ですとかセミナーをさせていただくと、ここでかなり手が降りてしまうんですよね。
今、私たちの調査では、子ども食堂という名前を知っている方は9割となっています。子どもたちに自分が行って良い場所だと知ってもらいたいという思いも込めて、子ども食堂という暖簾が、2012年に八百屋さんでかかったというのが最初のスタートになっています。そこから約13年の中で子ども食堂が1万ヶ所を超えてきています。
全国の皆さんと一緒に毎年調査をさせていただいていますが、その調査の結果からも、コロナ禍でも子ども食堂は1000ヶ所以上増えて、昨年には公立の中学校の数を超えたということで発表しております。子ども食堂に行ったことある方は体感値としても見ていただいているかと思いますが、市民活動として本当に地域の支え合いとして活動が担われております。そして、子どもと食を中心として地域の人たちが繋がる拠点となっています。
さらに、子ども食堂は子どもたちへの食事提供ということを活動の目的として挙げられている方たちがほとんどですが、その他にも、子どもの居場所づくりやひとり親のサポート、いろいろな世代の人たちが集う交流の拠点などを目的に活動されていらっしゃるところがたくさんあります。特に子ども食堂と聞くと、子ども専用の食堂だというふうに思われる方たちもいらっしゃいますが、子ども食堂に参加する条件がないところが約8割ということで、いろいろな人たちが参加できるような、地域の人たちの繋がる拠点となっています。子ども専用や生活困窮者に限定しているところはそれぞれ4%と5%です。そのため、子ども食堂のほとんどが、地域のいろいろな人たちが共創したり、協力したりといった繋がりをつくる拠点となっているということが私たちの調査からも明らかになっています。
また、未就学児から高齢者までの世代が参加しているということが調査結果からもわかっていますし、スライド右側の写真は、高齢者の方たちが子どもたちに桜餅の作り方を教えてくれています。この高齢者の方たちは、日中は高齢者施設の方に行かれていて、その車の帰り道に子ども食堂で降ろしてもらっています。子ども食堂では、ボランティアの担い手として高齢者の方達が活躍されているという写真になっています。
子ども食堂が2012年に立ち上がりましたということでお話をさせていただきましたが、そこから何年か経っています。そうすると、当時小学校の低学年だった子が中学生や高校生になり、自分たちが子ども食堂をやりたいということで、普通に利用していた子供たちが担い手になってきているということも全国各地でお話を聞くようになりました。
これ(投影スライド)は子どもたちが主催している鳥取市の子ども食堂ですが、地域の高齢者の方々が毎回楽しみに来ている、という写真です。30分ぐらいかけて歩いて来られる高齢者の方々もいらっしゃいます。この会があることで自分が健康でいようと思っていけるんだということで、お話をくださいました。また、子ども食堂では他の団体の皆さんと繋がる機会もつくってくださっています。
この写真(投影スライド)は年末の福井県の子ども食堂の様子です。そば打ち隊の方たちが来られて、年越しそばを振る舞ってくださり、子ども食堂でみんなで食べたところです。子ども食堂を通じて、季節の行事を催したり、郷土料理を振る舞ったりしております。
子ども食堂が、地域住民の方たちのいろいろな出番になっているということが、各地から私たちのところにも届いています。私は、子ども食堂というものはいろいろなところと繋がることが得意だと思っていまして、子ども食堂の皆さんにどういったところと繋がりながら活動されているのか聞いたことがあります。どことも連携せずに自分たちだけでやっているというところは、全体のわずか2.5%でした。子ども食堂のほとんどが行政、学校、商店街の皆さんなど、いろいろなところと繋がりながら活動しております。また、他の国の方たちからも子ども食堂に少し関心を持ってもらっていまして、私たちのところに問い合わせなどもいただくことがあります。そうしたときに、(投影スライド内の)「子ども食堂」のところを消して、「お宅の国ではここに入る活動や団体は何ですか。」と聞くと、皆さん腕を組まれます。図書館や美術館などの公共施設を挙げてくださる方たちもいらっしゃいますが、日本のように全国1万ヶ所の規模感で、地域の連携の中で活動している国はほとんどないということが、今私たちのインタビューからもあきらかになってきています。子ども食堂は住民主体で活動されており、いろいろな社会の中での課題がありますが、そういった中で、人々が繋がる地域社会をつくることによって、私たちの支え合いや、万が一のときの声かけをし合うことなど、地域社会が育まれていきます。そして、地域に対して目を向けたり地域に対して愛着を持っていけるような地域住民を育んでいくという役割も、子ども食堂が結果として担ってくださっているのではないかと思っています。
もう1つ、私が子ども食堂の皆さんと触れ合っている中ですごいと思っているのが、自分がやりたいと思ってやってくださっている方たちの集まりだということです。逆に「やれ!と言われても、やりません」っていうことを1度言われたことがあります。これがやはりボランティア活動の強さだなと思っていまして、一人一人が社会を構成する重要な一員であることを自覚して、社会の基盤をつくっていこうという人たちが中心となってやってくださっています。結果として、新たな力を生み出したり、アイデアや工夫が生まれる。これは、決められてやっているわけではない活動の強みだと思っています。
最後のスライドになります。(投影スライド内の)右側が、子ども食堂の運営者の方で、大根の着ぐるみを着ております。やはり着なさい言われても、私も恥ずかしくて着られないです。でも、子ども食堂を盛り上げていこう、子ども食堂に来たら楽しいんだ、ということをみんなに知ってもらおうと思って、いろいろな格好をしながら食堂に来た人たちを楽しませてくれます。このベースになっているのが自発性ということだと思っていますし、ボランティア活動だからこその個性や豊かさ、これが多様性を包摂できるような役割になっているのだと思います。やりたい人たちがやっており、そういった人たちの集まりであり、だからこそ何かやろうという次の機動力になっていく。これが災害のときにでも力が発揮されていたりします。あとは、こうしなければいけないということが限定的になっているわけではないですので、個別対応の温かさがあったり、仲間たちのアイデアで創造性が豊かだったり、ということが子ども食堂の特徴だと思います。こういったところが育まれることによって、地域のいろいろなニーズに応えられたり、地域の人たちの優しさと温かさに触れ合うような地域づくりができるのではないかなと思っております。これが今全国に1万ヶ所あるということを社会の正解にしていきたいなというのが私たちども「むすびえ」の活動でございます。
司会
ありがとうございました。
続いて、水嶋祥貴様をご紹介いたします。水嶋様は平塚の商店街の方々を中心につくられた平塚まちなか活性化隊の中心メンバーとして、地域のコミュニティづくりや持続可能なまちづくりを目指し、幅広い活動を展開されていらっしゃいます。また、神奈川県平塚市の老舗印章店「東曜印房」4代目店主であり、1級印章彫刻技能士の資格をお持ちです。
本日は、水嶋様ご自身の活動、また活動に対しての想いなどについてお話いただきます。では水嶋様お願いいたします。

水嶋 祥貴氏
皆様こんばんは。ただいまご紹介いただきました水嶋と申します。平塚生まれ平塚育ちで、今月49歳を迎えました。今、三島様の発表を聴かせていただきながらこんな活動を全国でやられているのか、平塚にもある子ども食堂はこういう形なんだということを思い出しながら、自分の発表が来ることをすっかり忘れておりました。創業明治42年のハンコ屋の4代目として、平塚で商いを続けさせていただいております。
では、最初のスライドです。私は、子育て世代のど真ん中におります。長男が大学3年生、次男が高校3年生、三男が小学6年生、4男が小学2年生ということで、男4人の子を持つ共働きの子育て世代です。
本日のテーマが「共に創る地域の未来~住民参加から生まれる活力と絆」ということで、私が住民参加をしているということを事例でお話しさせていただければと思います。
住民参加というと、自治会や、PTA、JC(青年会議所)、平塚商工会議所というところに参加されて地域活動をされている方がとても多いです。ただ、私はあまりその活動はやっておらず、できれば自分が言いたいことだけを小さくてもやっていきたいなと思って、今まで活動しております。その根幹となるものは、この街は自分たちの街であるということ。それを認識して、この街で起こることは自分事だととらえて、活動規模は小さくてもこの街に必要なことを楽しみながら行っていきたいなという思いで活動をしております。
その中で本日事例発表させていただくのが、平塚まちなか活性化隊についてです。ちょっと長いので、今日は「まち活」と呼ばせていただきます。私は、まち活以外にも、ものづくりに携わる職人でもありますので、職場体験や職業講話などを20年間行っております。また、地域のコミュニティ放送で息子たちとの親子番組を15年ほど行っております。さらに、震災後には復興支援と防災啓発イベントを15年間行っております。まち活での合言葉は、「まちを楽しく、まちを元気に」ということで、私たちは誰よりも楽しく、誰よりも元気に活動しております。平塚駅周辺の活性化を目的として2018年に結成したまだまだ新しい任意団体です。メンバーは近隣の商店主がメインですが、それだけではなく大工さんなどいろいろな方も参加しながら、商店街活性化だけではなく、様々な取り組みを行っております。
その活動の1つ、こちらはまち活の拠点となっております「まちなかベースきちきち」という場所です。平塚駅から徒歩3分ほどの場所にオープンしております。まち活の拠点として、または平塚市に住む様々な方の交流の拠点として2020年にオープンいたしました。チャレンジショップであるとか、1日喫茶店や出張の整体、またマルシェイベントや、企業のPR、企業の研修会議などの場所としても使っていただきます。または、不登校の方の相談場所であるとか、サークルの保護者会、女子会などでも使っていただいております。さらには、福祉施設の活動、学校や大学の活動や発表の場としても、ご利用いただいているところです。2019年の末に賃貸を契約したのですが、2020年、コロナ禍という誰も想像していなかった子の中でのスタートとなってしまいました。ただ、この中でも私たちの活動は必要とされているものということでスタートをいたしました。
きちきちの活用例としてこちらのスライド(投影スライド)ですが、これは2020年の3月の様子です。コロナ禍で小学校が臨時休校になったことを、皆様覚えていらっしゃるかと思います。特に今日は高校生の方も多いと思うので、自分自身がそうだったという方も多いかと思います。その時に、やはり一番困ったのは、共働き世代で働くお母さんが本当に大変だったということです。子どもたちを預かる企画を、伊勢原市の産業能率大学と連携して行いました。やはり公民館や学校などは、公の機関なのでとても使えない。そして、行政の関係の施設もほとんど利用できない、市役所など公の力も借りられない中で、運営に対しては様々なネガティブな意見もいただきました。しかし、このまちに必要とされている企画であると。特に私が子育て世代共働きでありこの企画を必要としていたため、この活動を推進させていただきました。
こちら(投影スライド)は、七夕まつりの活動です。同じコロナ禍の話になるのですが、平塚の誇るイベントである「湘南ひらつか七夕まつり」も中止となりました。ただ、中止となっても七夕は毎年7月7日にやってくる。中止にしていいのかということで動いたのが私たちまち活でした。写真にありますとおり、市内の全小中学校、保育園、幼稚園から願い事の短冊を集める、という企画を行いまして、その総数は2万5000枚になりました。願いごとが届くようにということで、右側の写真のとおり「夢」「叶」という文字を議員の河野太郎さんに揮毫いただきまして、平塚の中心街にあるまちかど広場に掲示させていただきました。繰り返しになりますが、コロナ禍であろうと災害時であろうと七夕はやってきます。平塚は七夕の街として全国でも知られておりますので、この七夕を絶やしてはいけない。また、七夕まつりというのは戦後の復興祭りが前身となっておりますので、こういうときだからこそ、七夕をやるべきだということで、任意で活動してこういう発表ができました。
こちらの写真は、きちきちでのもう1つの活用例であり、七夕にも絡む活動となっております。100万人を超える、湘南ひらつか七夕まつりですが、コロナ禍の中止、縮小開催を経て、2023年には通常開催ということで、七夕まつりが再スタートしました。七夕まつりの実行委員会の手が届かないところに私たちは目を向けて、湘南助産師会の方々と連携をし、赤ちゃん連れにやさしい「ベビー休憩所」という企画を行いました。おむつ替えや授乳、粉ミルクの製造であるとか、子育ての相談であるとか、赤ちゃんの体重を測ったり、ゆっくりと休憩ができる場所として、子育て世代に来場しやすい七夕まつりを私たちの目線からつくっていきました。
今まで紹介した活動は、どちらかというと商業向けや駅近辺向けの活動が多かったのですが、平塚まちなか活性化隊はそれだけではないということをお話しさせていただきます。若者たちのターニングポイントとなる成人式というイベントがございます。残念ながら、コロナ禍で成人式も平塚ではオンライン開催となりました。2021年の成人式でした。一生に1度の成人式というものはやはり私たち大人にとってもとても大切なもので、あのとき出会った人と今でも会うとか、あのとき出会った人と結婚したとか、という声はかなり聞きましたので、やはり成人式は、コロナ禍であっても実際に会って話していただきたいという思いがありました。ただ、私たちがそれを思ってもしょうがないので、コロナ禍でのオンライン開催を経た成人当事者たちはどうだったのをアンケートでいただきました。やはり会いたかった、成人式をやりたかったという方が結構いらっしゃいました。そのため、4月に実行委員会を組織して、ほぼ毎週会議を重ねて、1年越しとなる「二十歳の同窓会」となるものを2021年12月に開催いたしました。この街の大人たちが、あなたたちにこんなふうにプレゼントしたよ、ということを子どもたちが大人になったときに覚えていたら嬉しいなと思っております。
最後のスライドになります。平塚市が考えるこの街の20年後の構想が今年の4月にでき上がりました。平塚駅の周辺地区将来構想、「みんなのリビングにする」というなかなか素敵な構想が完成しました。様々なコンセプトや、方針、イメージなどが描かれているものですが、まち活はこの構想の策定前にも協力をしましたし、策定後、実現に向けても今後も伴走して参ります。私自身に関して言いますと、とてもシンプルな話で、リビングなのでもちろん家族や親しい友人が集まる場所であるべきだということです。僕らが住むまちに関わって、友人や家族をどんどん増やしたいなと思っています。
コロナ禍を経て、急激にこの街は変わってしまいました。この街で起こる様々なことを自分のこととして捉えて、プラスのことはみんなで喜びを分かち合う。たとえマイナスな情報や感情であっても、自分ごととして関わればきっと関心が違ってくる、変えるということも出てくると思います。自分事ならどうしようということをみんなで話していける、そんなリビングになればと思っております。これからも、リビングに集う家族や友人が増えるような活動を重ねていきたいと思っております。ご清聴ありがとうございました。

司会
水嶋様ありがとうございました。それではこれより意見交換となります。ここからは黒岩知事に進行をお任せします。知事、お願いいたします。
知事
はい、ありがとうございました。自分で取り組むというところがゲストお2人の共通点であって、実際にやっていらっしゃる方がいるんですよね。我々も行政の立場で、街を元気にするためにとか、活性化するためにいろいろやらなければいけないと考えています。自発的にやってらっしゃる方がいるのはすごいことだなということを受けて、自分だったら何ができるかなということを考えていただけると非常にいい場になると思っています。
ここから先は皆さんと対話しながら進めていきます。質問、あるいは自分はこんなことを考えているとか、アピールでもいいのでどんどんしゃべっていただきたいと思います。まず、私の方から三島さんに質問です。
子ども食堂がこれだけあっという間に広がってきましたね。昔は当然なかったわけです。昔はなかったけれども、こういうことを始めて、それがニーズにぴったり合った。これはなぜでしょうかね。なぜ子ども食堂といったものが、時代のニーズに合っていたのでしょう。
三島 理恵氏
やはり地域が寂しくなったとか、商店街がどんどんちょっと元気がなくなるようなことは、私が住んでいる尾道でもあったりします。そうなった中で、子どもと食というところは普遍的にどの時代でもどの世代でも大事にしていきたい、みたいな気持ちが私たち人間の中にあるのではないかなと思っています。でなければ、全国各地に1万ヶ所も増えないわけです。本当に北海道から沖縄まで、中山間地域から離島まで広がっています。人間が生きていく上で、子どもを大事にしていきたいとか、みんなで食べるとご飯っておいしいよね、ということを私たち人間として知っているからこそだと思います。ちょっと地域が寂しくなったな、あそこの家のおばあちゃん1人でご飯食べているなとか、あそこの子どものお父さん、お母さんは忙しいな、ということを地域の人たちが気づく中で、じゃあみんなで月に1回ご飯を食べようというような活動が同時に広がってきているのではないかと思っています。
知事
それと、私がずいぶん前に子ども食堂と聞いたときに、大丈夫かなと少し心配になりました。自由にお食事を作って提供しているわけで、県が認めたとかは何もないわけです。まさに自発的にやっている。ただ、もし食中毒でも起きたら、「何やってんだ!」ということになるのではと心配しましたが、それはどうでしょう。
三島 理恵氏
それについては、運営されている方が本当に心配されているところです。ですので、衛生管理や食材の保管の仕方は、子ども食堂の皆さんがみずから研修会や勉強会で学び合ったり工夫を共有し合ったりしています。子ども食堂同士の横の繋がりもできてきているので、子ども食堂の増加に比例して食中毒の数が増えているということは私たちのところにも情報として入ってきておりません。やはり運営者の皆さんが安心安全に活動していこうという心配りを共通で持っているからこそ、そんなに大きなトラブルには発展していないのかなと思っています。
知事
そこがすごいところだと思います。よくありがちな話として、例えば食中毒が起きたとなると、「市は何やってんだ!」、「県は何やってんだ!」、「ちゃんとチェックしろ!」となり、そうすると管理の話になってくるわけです。「ちゃんとした資格を持った人はいるのか」とか、「ちゃんと市町村に認定してもらってこい」と。そして、ここの店はちゃんとしているところだという証明をお店に貼るなど、どんどん規制がかかってくるというのが普通の流れです。ただ、子ども食堂は自発的にやってそのまま皆さんの中に溶け込んで入っているというところがすごいこと。これは日本人のすごさだと私は思います。先ほども言ったように、こういうことは行政がやりなさいよと言われるものだけれども、自分たちでやろうというのは何なんですかね。
水嶋 祥貴氏
三島様のスライドにありましたとおり、「やれ!と言われても、やりません」ということです。仕事でやっているわけではないので、やれと言われたらやらないんです。やれないことを僕らがやる。それは恩着せがましくやってあげるよではなくて、僕らも行政や官にはすごく助けてもらってるので、僕らがやれることはやるべきだと思います。先ほど、僕のスライドでコロナ禍と言ったことが結構ありましたが、官だったら絶対できないことがたくさんあったと思います。ただ、平塚の住民には必要とされているものなので、行政ができないのであれば僕らがやります、やらせてください、ということ。僕らはやれる立場だったというだけで、行政の方々もきっと行政という縛りがなければきっとやってくださったと思います。
知事
このような活動をされて、参加された方が喜ぶ。やった人も喜ぶものでしょうか。
水嶋 祥貴氏
もちろんそうですね。特に、子ども預かりのときは本当に涙を流して喜ばれた女性の方がいました。コロナ禍で子どもを100~200人も預かれるわけではないです。きちきちという狭いスペースの中でコロナのことを心配しながら預かるので、やはり10人程度が限度です。ただ、そのお母さんが本当に助かったということを涙を流して訴えられた時は、こういう人が平塚市民に1人でもできたんだったら、やってよかったなと思いました。やりがいということですね。
知事
ちなみに「きちきち」というのはどういう意味ですか。
水嶋 祥貴氏
みんなの基地になればいいなということと、大吉の吉も入れて良いワードにしました。
知事
ありがとうございます。
さあここからは皆さんとの対話で進んでいきます。皆さんからの発言がなかったら止まってしまいますからね(笑)。それではまいります、はいどうぞ。
参加者(1)
平塚市に住みます東海大学の2年生です。先ほど黒岩知事が、行政が関わりすぎると子ども食堂や任意団体の方を管理することになってしまうのでどうしようか、という悩みを語られたと思います。そこで、行政の子ども食堂や平塚まちなか活性化隊のような任意団体に対する管理にならない方法について知事がどのように考えているかを聞いてみたいです。
知事
非常に重要なポイントです。みなさん自発的にやっており、うまくいっていればいいけれど、問題が起きたらどうするかというところですよね。だからこそ、コミュニケーションをうまくとりながらしっかりやることが基本だと思います。行政として我々が心がけていることは、邪魔をしない、足を引っ張らないということですね。そして、ちょっと遠巻きにお支えする感じ。子ども食堂を実際にやられる際、食材はどうするのか、その食材をどうやって集めるかといったときに、県が食材を提供するとなれば税金で支払って持っていくことになります。子ども食堂の食材はどこから来ているのですか。
三島 理恵氏
子ども食堂の食材は、地域の農家さんや地元のスーパーさんが融通してくださいます。地域の支え合いの中で賄われているところが1つ大きかったりします。そこで、行政としての大きな役割があると思っています。私たちのようなNPOや任意の団体というのは、なかなか地域の人たちや社会からすごく信頼されているみたいな活動ではなかったりもします。何をしているのだろうと思われたり、大丈夫かなと心配されたりします。逆に、行政は地域の人たちから信頼が厚かったりしますので、行政が子ども食堂を応援しているよというメッセージを出してくださるだけで、地元の事業者の方や住民の方が関わりやすくなります。そういった関わり、直接的な補助金のような関わり以外のところで、私たちの活動担保をたくさんの自治体がしてくださっています。神奈川県さんも同じだと思っています。
知事
食材というのはまさに皆さんの善意で回っているんですね。SDGsもこういう流れに繋がります。フードバンクというのは、おうちで余っているものがあったら分けてくださいという活動です。県庁の玄関にも置いてあります。それから、冷凍食品を届けるような仕組みを考えることもしています。このように、外側でお支えしているという、その関係で成り立っていると思います。とても大事なポイントです。はい、他にどうぞ。
参加者(2)
藤沢市に住んでいる神奈川県立平塚中等教育学校6年です。先ほど知事がおっしゃっていたように、行政の関わり方はすごく難しいポイントだと思います。子ども食堂で何を行政の支援として求めているのかという意見の吸い上げが難しくなる側面も出てくるのではと考えています。そういった面で、県の職員や自治体の職員をもっと積極的にNPOや子ども食堂の取り組みに参加しやすいような体制を整えてあげる、そして、県の職員さんが意見を吸い上げて、それを行政の政策に反映する。そのような仕組みづくりがあったら自分はすばらしいなと思うのですが、ここについて何か現状の取り組みや、今後やろうとしている取り組みなど、知事の考えがあったらお聞かせ願いたいです。
知事
NPOや子ども食堂に県の職員が意見聞きに行く仕組み。担当職員どうでしょうか。
子ども企画担当課長
子ども子育て支援の関係で、県庁で子ども食堂の担当をしている次世代育成課の田城です。私のいる所属では、直接、子ども子育て支援という形で子ども食堂に関わっているので、直接子ども食堂さんに出向いて、現場の声、困っていること、うまくいっていることをお伺いします。そして、それをどんなふうに県の立場として解決できるのかということも検討します。先ほど三島さんにおっしゃっていただいたように、それぞれの地域で交流会を開いてみんなが助け合っていけるようなお手伝いをやっています。ただ、今ご意見あったのは、一職員がお仕事としてではなく、お手伝いをしにいってはどうかというご意見だったと思います。もちろん県職員として、そういったボランティア活動に積極的に関わりましょうというのは、次世代育成課の仕事とはまた別に、県の職員の心構えとして、職場で推奨されています。どのぐらいの職員がお手伝いしているのかはわからないですが、活動をしていることは皆さんにも知っていただきたいなと思います。
知事
はい、ありがとうございます。今、いろいろな働き方の改革が進んでいて、自分はこの仕事をやっているけれども、もう1個仕事やってもいいよという流れが全国的に出てきています。県庁職員であっても、県庁職員の仕事は仕事として、そうじゃない仕事もやるとか。例えば、NPOやってみようということをこれからどんどん認めていこうという流れがあるんですよね。県庁職員だって一住民ですからね。県庁の仕事は仕事だけど、住民として自分がやりたいこともあるならそれを両立していこうと。そういうことに対して、上司はちゃんと理解を示してみんなで認めていこうという流れがあります。今おっしゃったようなことはこれから現実になっていくと思います。はいどうぞ。
参加者(3)
三島さんに質問です。アレルギーや宗教上の関係で食べられない食品があった場合の配慮を教えていただきたいです。
三島 理恵氏
ありがとうございます。とってもいい質問をいただきました。アレルギー対応している子ども食堂がすべてではないですがあります。私が知っているところで言うと、自分のお子さんにアレルギーがあってなかなか外食や友達とご飯を食べるのが難しいというような悩みを持つお母さんのために、安心してみんなでご飯を食べられるような子ども食堂を開きたいということで、アレルギー対応の子ども食堂をされているところもあります。
ただ、難しいのがアレルギーは本当にいろんな種類があり、すべて配慮するというのはなかなか難しいです。例えば、ハウスさんがアレルギー対応のカレーのルーを作って提供してくださり、そういったときは子ども食堂の方から、安心して来てねといろいろな人たちに言ってもらったりします。また、子ども食堂の方たちが事前に申し込みを聞いていらっしゃるところもたくさんありますので、宗教上の理由によって食べられないものがある方にもできるだけ配慮しようというお気持ちを持たれているところがあります。ただ、すべてには対応できなかったりもしますので、そういったところは個々の子ども食堂の皆さんが心配りをされながら、そういった方たちにできるだけ来てもらいやすいような形で運営の工夫をされているというのが実情です。
また、宗教上のことや、国の食文化のことを学ぶところを子ども食堂でやってくださっていたりします。子ども食堂の日頃の運営をされておられる方が、宗教上の理由で食べられないものがある方たちに主役になってもらうような会を開かれて、今まで地域の中で馴染めなかったお子さんが自分の本名を名乗るようになったなどという変化が子ども食堂で起きております。
知事
確かに、子ども食堂で、「僕はこんなアレルギーがあるんだよ。」と語り始めたら、そういうことを知り、広まり、この子はこういうものがだめなんだということをみんなが理解しながらやっていくのが基本的な流れなのでしょうね。このあたりは、善意で成り立っている部分なので、ある種もろさもあります。ただ、もし万が一、子ども食堂で食中毒により子どもが死んでしまったとなれば、「何やってんだ!ちゃんと管理しろ。」という話になる。そうすると、このような善意のものが崩れていってしまいます。こういう危うさがあるが、その時に皆さんがどう反応するか、メディアがどう反応するかも非常に大きな課題となっています。いつかそういうことが起きるかもしれない、その時また問われる問題だと僕は思っています。非常に皆さんの指摘は重要なポイントを突かれていると思いますね。はいどうぞ。
参加者(4)
高浜高校に通っている茅ヶ崎市在住の者です。黒岩知事にお会いするのは2回目になります。行政が積極的に支援をしていきたいと思えるような取り組みがあれば教えてください。
知事
様々な問題を抱えていらっしゃるときに、それをまずは教えて欲しいということはありますよね。その中で1つの課題について行政として何ができるのか。あるいは、行政ではなくNPOで支える何かがあるのか。皆さんにしてくださいということではあまりないと思います。基本的には自発的に自分で何ができるかをまず考えて欲しいです。何でもかんでも、「国や県は何やっているんだ!」という感じの流れもあります。我々に言われたものは、それはそれとしては受けとめなきゃいけないけれども、お一人お一人が何をするのかがとても大事です。これをコミュニケーションをとりながら伝えていきたいとは思いますが、あまり変に言うと、逃げているように思われてしまうので。そうではないんだけどね。はい、他にどうぞ。
参加者(5)
平塚学園に通っている大磯町在住の者です。地域活動の県の支援について質問です。自分の町にも地域活動が多数あるのですが、その中で自分が注目しているのが、地域学校協働活動推進事業という県が進めているものです。地域と学校が連携して子供の成長を支える活動を推進するとホームページに書いてありました。具体的には、地域行事への参加、ボランティア体験の活動、学校周辺の環境整備、学習支援の推進をしているということです。特定の自治体の取り組みについて県が把握しているものがあれば教えていただきたいです。
知事
教育は非常に大事なことですよね。だから、県は教育委員会とか、市町村教育委員会とかがあり、しっかりやっていこうということで目を配っていますが、具体的にいろんな課題も出てきます。そういったものをしっかり解決しながらやっていこうという流れだと思います。
今、学校の問題でも、いろいろな課題がありますよね。例えば不登校。昔はそんなに大きな問題にはなってなかったと思うけれども、不登校の問題は今すごいですよね。そうした中でこの間、鎌倉のフリースクールを見に行きました。そこも自発的にやっているところです。そこで不登校の子どもたちと話をし、何でここに来ているのかという話をすると、「学校には行けない。」と言うんだよね。学校に行けないがここには来たくなると言っていて、フリースクールでいろいろ好きなことをやっているという状況の中で自分の思いをうまく満たしていく。そういうところがどんどん増えてきているんですよね。例えば、学校の中でフリースペースを作っているところもあります。この中で、学校に不登校の子たちのためのスペースをつくっている学校はありますか。いらっしゃらないようですね。
教育がすごく難しいなと思うのは、先ほど自発的とありましたが、このレベルまでみんなでいこうよと目標をつくってやるというある種強制的なものがある。そういうものにうまく対応できる子はいいけれども、対応できない子はとてもついていけなくなってしまう。数学は嫌だけど、絵は大好きな子がいるわけですね。絵ばかり描いていることも、それはそれで良いこと。それぞれの人に合わせた形の教育のあり方が本当にできれば良い。数学がこのレベルまでみんなができなければならないというのは大人になればない。でも、高校を卒業するためにはこのレベルまで来なきゃ駄目だというのがあるから、みんな必死になって勉強する。でも、よく考えてみたら、絵ばかり描いている子がどんどん絵の才能を伸ばしていけば、将来的にはすごい画家になる。それはそれでいいじゃないですか。つまり、教育の問題として常にそういう問題がある。時代とともに変わっていきます。みなさんいろいろな背景を持っているわけです。生活困窮という問題があったりとか、虐待という問題があったりとか。一人一人のそれに合わせた形での教育は本当は必要だけれども、集団で教育するときには、ある程度の規範も必要。その辺の折り合いをどうつけていくか。これをしっかりとウォッチングしながら対応していくことを基本的に目指しています。はいどうぞ。大人の人も発言してくださいね。
参加者(6)
知事に質問です。仕事があってももう1つの仕事ができるとなれば住民参加が活発にしやすくなっていいなと思いましたが、それを支える行政の仕組みがあればお聞かせ願いたいです。
知事
はい、ありがとうございます。そう思うよね。よくあるのは、県庁職員が自分の地域のために何かやりたいと思っているが、県の仕事が忙しいからできずに定年退職になる。そして、地域と全然関わっていない状態で地域に戻ったら、周りに誰も友達がいない。地域のために何とかしようという気持ちも失せてしまい、どうしていこうとなってしまう。職場の中でもう1つの仕事をどんどん認めていこうという雰囲気があれば地域活動ができてくるんですよね。こういったことが今どんどん進んでいます。NTT東日本の社員が、自分の仕事のうちの2割は県庁で働いてもいいということで、去年からダブルワークで2人が来ています。今まで考えられなかったことです。その人たちは、8割はNTT東日本の自分の仕事、2割は県庁の仕事をしなさいと認められている。これすごく面白いでしょ。これが地域の活性化に繋がればすごくいいじゃないですかね。そうやって働き方ほとんど変えていきながら、新しいステージを今模索しているところです。
参加者(7)
横浜市に住んでいる藤沢翔陵高等学校に通っている者です。先ほど三島さんのスライドであったように、そば打ちの職人さんが来てくれたり、高齢者の方が小学生とかに桜餅の作り方を教えてくれたりするというスライドを見て、伝統や文化の継承という地域活性化の根本のすごく大切な部分の活動をされているなと思いました。これに対して知事は、文化の継承は行政としても大切なものであると思うかお聞かせ願いたいです。
知事
文化の継承というのは非常に大事ですよね。水嶋さんこそが文化の継承者じゃないですか。ハンコ屋さんですからね。厚生労働大臣賞をもらった水嶋さんのハンコを先ほど見せていただき、実に見事でした。4代目とおっしゃいましたよね。伝統文化について一言お願いします。行政に期待することはありますか。
水嶋 祥貴氏
押印廃止を見直してもらえるととても助かります(笑)。それはちょっと冗談ですが、やはりハンコというのは伝統文化ではありツールでもあります。県庁の方々はものすごい数のハンコを押していたと思います。それがもうすべての物事の進みを止めていたというのは時代としてありました。ただ、ハンコは漢字だったり、メソポタミア文明からの印章という文化だったりの部分もあるので、大切なものを便利だからというだけですべて変えてしまっていいのかというところは、やはりクエスチョンがつきます。国としては、実印は残すが認印は残さないという判断となり、認印はもうほとんどなくなっています。婚姻届もハンコを押さなくてよくなりました。何もしなくてサインだけで婚姻届が出せてしまうというのは本当にいいんですか、というところも含めて、それを守っていたのはやはり、職人がつくる印章という文化ででき上がったものです。ただ便利さとか早さだけではなくて、その物事の大切さというものと、文化を合わせて考えていただければとてもありがたいなと思います。
知事
ハンコといってもシャチハタのようなものではなく、伝統技術としてのハンコがあるんですよね。
僕は、片岡鶴太郎さんに墨彩画を教えてもらいました。墨彩画には落款というものを押すんですよ。自分の名前が書かれたハンコで、自分で掘ります。石を掘って自分でハンコを押し、これは私が書いた絵ですよと。あと、知事室には自分で書いた大きな書がたくさん飾ってあります。「命」と大きく書いた書に落款が押してあります。これはまさにある種のアートですね。私の書はアートのうちに入りませんが(笑)。厚生労働大臣賞を取られたハンコがまさに伝統の技ですよね。
ちょうど来年、工芸EXPO(「KOUGEI EXPO in KANAGAWA」)が神奈川で開かれます。例えば、箱根寄木細工とか鎌倉彫とかがあります。そういうものを一堂に会した、全国から集まってくる伝統工芸のEXPOです。まさに伝統工芸を支援していこうという流れの中でやっています。しっかりと目を向けながらお支えしていきたいと思っています。
参加者(8)
今日はこの会に参加させていただきありがとうございます。知事様にお会いできて光栄です。今年の対話の広場は「いのち輝くマグネット神奈川」で、その中に「かながわグランドデザイン」(旧)というものがありました。その柱の3の9「障がい者の地域生活を支えるしくみづくり 障がい者が安心してくらせる地域社会の実現」という項目があります。 これについて今年の夏に私が体験したことをこの場でお伝えさせていただいてもよろしいでしょうか。
近所にうつ病を病む70代のお母様と精神疾患があって引きこもっている40代のお子様2人暮らしのご家族がいらっしゃいました。数年前、お母様はうつ病の症状が悪化したのか、家から出られない状態になられたそうです。そして昨年の夏、熱中症で命を落とされました。ご家族はこのとき、公的な支援機関との繋がりを持っていなかったようです。その後、残された精神疾患を持つ引きこもりのお子様、この方、40代ですけれども、どこの支援も受けることなく、一人でコンビニで購入したお弁当などを食べながら暮らしていたようです。そして、今年の8月のお盆のころ、そのお子様は119番にご自身で通報をされました。そのときも鍵が開かなくて、駆け付けてくださった消防署の方、警察の方々のご尽力のおかげで、お子様は病院に無事入院することができたのですが、この119番は、お子様のSOSだったのだと私は感じました。この出来事を知ったときに、もしかしたら、お母様がうつ病の症状が悪化して外に出られなくなったときやお母様が熱中症になられたとき、このご家族が信頼できる第三者どなたかと繋がっていて誰かが異変に気付いていれば、支援に繋がることができて、もしかしたらお母様は命を落とさず今も元気で暮らせていたのでないかなと思って、とても私は苦しい思いになりました。かながわグランドデザイン(旧)柱3の9の「障がい者の地域生活を支えしくみづくり 障がい者が安心してくらせる地域社会の実現」という文言があります。家族と暮らす当事者も一人で暮らす当事者も、何かに困ったり迷ったりしたとき、24時間安心してSOSを発信できる人の存在、あるいはそういう場所を行政あるいは民と官の協力で構築していただくことはできないものでしょうか。それとも今、何かそういうことについて動きがあるのでしょうか。それを教えていただけたらと思います。よろしくお願いいたします。
知事
はい、ありがとうございます。神奈川県では、9年前、津久井やまゆり園事件というものが起きました。知的障がい者の施設で、意思疎通ができない人間は生きている意味がないんだと言って元施設の職員が19人の命を奪ったという悲惨な事件がありました。こういった事件にずっと向き合ってきて、そしてその障がいの問題をずっと直視してきました。なんとか変えていこうという大きな変化が起きてきてはいますが、施設内における虐待ということはなかなか消えないです。障がいのある方、知的障がいのある方を大きな施設に集めて、そこである種社会と隔離してその人たちを支えているという、これが障がい福祉の当たり前の姿でした。ところが、そういうようなかたちでやると、例えば、すごく感覚に敏感で強度行動障がいの方が暴れてしまったりする。そうすると、暴れると危険だからと言って部屋に閉じ込めておくとか、車いすに縛り付けておくとか、こんなことが当たり前のように行われていたんですね。私もその当事者、障がい当事者の皆さんとずっと対話を重ねました。その人たちがどんな思いを持っているのかと。最初のころは障がい当事者の皆さんと語ることなんかできないのではないかと思いましたが、いろいろなことを聞かせてもらいました。そのとき、ある精神障がいの方がこういうことを言いました。「私もかつて暴れました。暴れたときに職員に押さえつけられて閉じ込められました。でも、なんであのとき私が暴れたのか聞いてほしかったんです。」と。暴れるには何か理由があったんだと。それを言葉ではうまく説明できないから暴れていた。でも、暴れるというその行為だけが危険だということで閉じ込められたという話を聞いて、障がい福祉が根本的にある種間違っているのではないのかと思いました。当事者目線に立ってない。この施設を安全に守るためという施設の管理運営者の目線でやっている。そうじゃなくて、一人ひとり当事者の目線に立ってやる障がい福祉に変えていこうということですよね。そうしたら、その人の目線に立ったときに、障がい者ばかり閉じ込められてそこで管理や隔離されているよりも、地域に出て行って普通に生活をしたいとみんなそう思っていますから。それを支えていこうというのが地域生活移行ということです。そのあたりが上手くいくような流れを上手く作ろうとしているというわけです。施設を全部なくしちゃえばいいのかというわけではなく、地域に移行するための中間的なかたちでの施設、だんだん慣れていくようなかたちでどんどん皆さんを地域へ、というのが今の大きな流れです。
でも、今、お話をされたのはそうではないような事例だと思いますけれども。まさにSOSを発信しているのだから誰かキャッチしてくれればいいじゃないかという話。まったくそう思いますよね。今日のテーマとすごく繋がっていると思います。僕が最初に三島さんに、なんで今子ども食堂が時代のニーズに合っているのですかと聞きました。僕なりに思うのは、要するに、おそらくかつてはこういうのがなくても済んだんですね。わざわざつくらなきゃいけない時代になっているということですよね。かつてなぜ子ども食堂がなくてもよかったのかというと、地域のコミュニティがもっとしっかりしていたんじゃないのかなと思います。そうすると、近所付き合いとかもすごく濃密で、ここら辺の人たちみんな知っていて、みんな交流している。お話をされていたお母さんと息子さんがこういった地域の中に一緒にいて、普段からみんなが知っているという状況にあったならば、色々なかたちの支えがあったんじゃないのかな。
ところが、そういうコミュニティがどんどん希薄化している。みんな孤立化してくる。隣の人誰だかわかんないみたいなことになったときに、どうやって救っていくのかというのが非常に大変な作業ですね。でも、子ども食堂というかたちでそういうことを始められた。もしそういうことがわかったのならば、そういうことを発信したならば、受け止める市町村の窓口も県の窓口もNPOもたくさんあるんですよね。ただ、やはり手を挙げていただかないとわからないということがあるんですよね。だから、お話をされていたのは、今日のテーマの本質に繋がっている。三島さんがやっていらっしゃることだって、昔はみんな自然にやっていたんです。そういう関係がだんだんなくなってきているということを、何とかみんなの力でやり直していこうという取り組みをされていると私は思いました。調べてみたらいろんなところに受け皿があります。それがなかなか届かないというところがあるんですけれどね。我々はしっかり皆さんにこういう口がありますよということをどんどんお知らせしていきながら、市町村やNPOと一緒になってやっていきたいと思っています。
参加者(8)
ありがとうございました。我が子が統合失調症で私も不安障がいなので、お母様の気持ちもわかるしとても複雑です。ただ、繋がってくださるNPO法人や社会的な支援機関、民間の支援が色々とあると思いますけれども、そういった情報がなかなか家族会に出ていても、精神福祉ボランティアグループでも伝わってこない。そのあたりがどうしたらいいのかなというのが当事者側としては情報集めに苦労しているところです。どうしたらいいんでしょうか。
知事
我々もそういった情報をちゃんと繋げていくということですよね。
川崎でストーカー殺人事件というのがありました。なんでこんなことが起きたのかということを警察が検証していますが、あの事件が起きて我々はすぐに緊急シンポジウムを行いました。今度は警察の検証が終わった後にまた再びシンポジウムをやります。そこで浮かび上がってくるテーマというのは、ストーカーを受けていた女性が警察に被害届を出し、警察は動いていたけれども、途中でその被害届をその人がおろしてしまった。警察はもう済んだのかと思い、そのあとに殺人事件が起きたんですね。緊急シンポジウムやったときに、ストーカーで苦しんでいる方は、警察だけが窓口ではなく、市町村でも県でも、それからNPOでもいっぱい受け皿がある。でも、一つのところに行っても、それぞれが繋がっていないから切れちゃう、これが大きな問題だよね、という話をしていました。
ご質問の話も同じで、どこか一つに声かけていただいたら繋がるようにしていかなければいけない、大きな課題と思っています。それは県の担当じゃなくて市町村の仕事ですよとかそういった話ではなくて、どこに行ってもみんなで繋がっている。それが、私が目指している県民目線の行政ということです。今日いただいたお話を県の幹部もみんな聞いていますから、しっかりとかたちにしていきたいと思います。ありがとうございました。
参加者(9)
平塚市の者です。今回のテーマが地域活動ということで、実は自治会活動について2つ質問したいと思います。
1つは、最近自治会に入る人が少ないことです。昔はほとんどの世帯が入っていましたが、最近は新しい人が入らないということで少なくなっています。自治会活動の参加者を増やす何かいい案があればお聞きしたいです。
2つ目は、その自治会の役員についてです。毎年度末の自治会の役員を決めることに非常に苦労しております。他の私の近くには県庁や市役所のOBの方とかがたくさんいらっしゃり、自治会にお見えになりますが、そういう方々の参加が弱いです。先ほど、仕事は一生懸命やったが定年後に地域のことに非常に弱い、というお話がありましたが、県を辞められた方はOB会がしっかりされていると思いますので、自治会活動だけじゃないと思いますが、地域活動はしっかりやって欲しいということを言っていただきたいなと思います。
知事
これも大きな問題ですね。自治会活動が希薄化しているということをいろいろなところで聞きます。コミュニティの力がどんどん力が落ちているということですね。
県は未病という政策をやっております。真っ白な健康、真っ赤な病気があるのではなく、健康から病気は連続的につながっているという考え方が未病です。病気になってから治すのではなく、グラデーション部分のどこにいても白の健康にもっていきましょう、これが未病を改善するというアプローチです。そのために大事なことは、食・運動・社会参加と言っています。特に大事なことは、この社会参加で、言葉を変えると、コミュニティです。コミュニティが希薄化していると社会全体いろいろなところに問題が起きるんです。
コミュニティがしっかりしていると、未病改善のためにも役に立つという、そういう事例があります。若葉台団地というところが横浜にあり、1万4000人が住んでいらっしゃいます。そこの高齢化のスピードがものすごく早いんです。15年間ですごく伸びていて、65歳以上は55%です。国の平均は29%ですよ。ところが、不思議なことに介護を必要とする人の率が15年間増えておらず、むしろ国の平均よりも低いんです。このことを世界中で話していますが、みんな「えー!」と言いますよ。私は、これを”若葉台の奇跡”と言ってアピールをしています。なぜかこのようなことになっているかといったら、自治会活動がすごいしっかりしているんです。さらに、多世代交流の場、みんながふらっと集まれる場を用意してあり、お茶とかどうぞ飲んでください、と言って、おじいちゃんやおばあちゃんがしゃべっている。そこに、子育て世代のお父さんやお母さんが子どもを連れてやってくる。そうすると、そこでまた交流が生まれるわけです。そしたら、おばちゃんが「子どもを見ておいてあげるから、買い物してきなさい。」と。それと同時に、文化イベントやスポーツイベントも次々と企画します。みんな健康だということです。コミュニティの力がいかに大事かということを物語っていますね。
今日の話はみんなそうですよね、コミュニティの力がキーワードになっています。コミュニティがしっかりすれば、子ども食堂はいらないんです。地域の中で、「あの人困っているわ。だったら晩御飯うちに食べに来なさいよ。」と。僕が小さいころはこういうことがありました。近所同士で晩御飯を食べに行ったりとか、朝起きたらうちの弟がいなかったりしたことがありましたよ。隣のうちで寝てました。こんなこと今はないですよね。コミュニティが希薄化しているんです。
コミュニティが希薄化すると、例えば災害にも弱くなってきます。僕はもともと神戸出身ですから、阪神大震災のとき、キャスターの私はすぐに飛んできました。そしたら、アパートがぐしゃっと崩れている。隣に誰が住んでいるかみんな知らないんです。知っていたならば、おばあちゃんがいないとかわかるじゃないですか。でも、知らないと誰が埋まっているかどうかわからないですよね。だから、災害にも非常に弱いんです。障がいの話が先ほどありましたが、障がいを持つ人たちがそばに住んでいても、みんな見たことないという。
小さな時から特別支援学校に入れて、それで見えなくなっている。そういう人たちがそばにいることがわからないんです。だから、小さい頃からごちゃまぜにしていく、そして、ともに生きる社会を目指していこうということが大きな流れだと私は思っています。自治会の問題というのはまさにその延長線にある話ですね。そういった形でこのコミュニティをもっともっと再生させていきたいという思いであります。はい。時間も迫ってまいりましたが、はいどうぞ。
参加者(10)
大磯から来ました。県の幹部や非常に若い方が来られているのでこの話をさせてください。人間が活動していく上でのごみ、あとは核のゴミ。特に、核のゴミは、我々が残して死んでいくような感じなんですよね。若い人に、処理を任せる。本当にすごい壮大な話です。
知事
非常に重要な問題なのですが、今日のテーマとはちょっと違ってしまいます。非常に大きなポイントだと思いますけどね。もう今地球は危機に瀕しているということはありますから。SDGsといって、我々も地球を守っていかなければならない。
1年半後に「GREEN×EXPO」が横浜で開かれます。地球をみんなで守っていこうという流れの中で、核のごみの問題当然あると思います。非常に重要なテーマですが、メインのテーマと違うので今日はごめんなさいね。最後どうぞ。
参加者(11)
平塚に住んでいる者です。家にも障がいを抱えている子がいまして、先ほどの話は非常に心に響きました。先ほど、障害に対するいろいろな窓口がいっぱいあるが、コミュニティの関係もありなかなかたどり着けない現状を何とかしなきゃいけないと言っていただいたことはすごく心強いです。それはぜひお願いしたいと思っています。
そして、2つ質問があります。黒岩さんが知事を何年もやられている中で一番結果を出したと思うのは何でしょうか、ということが1つ。
また、僕は平塚生まれ平塚育ちでございますので、神奈川県も平塚も大好きですが、神奈川県の中で、平塚はどういう位置付けになっているのか、というのがもう1つです。
知事
知事になって何をしたのかというのは、是非みなさんにご評価いただきたいとは思いますけどね。自分でまだ言えるものではないです。まだ全部途中ですよね。
障がい福祉の問題も、「ともに生きる社会かながわ憲章」、それから「当事者目線の障害福祉推進条例」というのをつくりましたが、これを形にしていくということが大きなテーマだと思います。
また、「いのち輝く神奈川」ということをずっと掲げています。どんなことがあってもみんなのいのちが輝くような形をつくっていこうと。医療が充実するだけじゃ駄目だ、農業も食も工業も環境もエネルギーをみんな繋がっていっていのち輝く。そういったことを目指していこうとずっとやっている。まだまだプロセスに過ぎませんけどね。
そして、マグネット神奈川、引きつける力を持った神奈川にしたいなということで、地域特性を生かしながら新たな観光の核づくりもやってきました。ゴールにはまだたどり着いてないと思いますね。
どうやって平塚を盛り上げていこうかという中で、今日はすばらしいお話を聞かせていただきました。平塚の皆さんの動きがあるということに刺激された高校生もたくさんいるのではないでしょうか。自発的にみんながその気になるということはすごいことです。今の平塚で皆さんは満足していますか、もっともっと何とかやっていきたいぞ、という中で、皆さんがマインドを持つことによって変わってくる可能性はいくらでもあると思います。そして、そういう動きが出てきたときに、県として何が支援できるのか、市町村と組んで何ができるかの流れを皆さんとともにつくっていきたいと考えております。
あっという間に時間が過ぎてしまいました。今日は、高校生の皆さんにどんどん話していただいきました。私がこの対話の広場の大好きなところは、高校生と年配の方が一緒になって議論する場だということです。これが面白いところだと思います。素晴らしい皆さんの発言に大いに刺激された方もいらっしゃると思います。この平塚の街で、自分としてこんなことやっていきたいとみんなが思ってくださったならば、そこから新しい未来が開けてくる、そのような1つのきっかけになれば非常に嬉しいです。最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。ゲストのお二人もありがとうございました。
参加者アンケートに記入していただいた皆様からのご意見を載せております。
参加者ご意見(抜粋)(PDF:161KB)
企画調整部 企画調整課
電話 0463-22-9186
このページの所管所属は 湘南地域県政総合センターです。