女性行政の始まり

掲載日:2018年4月20日

かながわ女性プラン
かながわ女性プラン(1982年6月策定)

神奈川県の女性行政は、1975(昭和50)年の「国際婦人年」として、世界的な規模で女性問題解決への取り組みが進められたことを契機として、神奈川県議会において「国際婦人年にあたり婦人の社会的地位の向上を図る決議」が採択されたことから始まりました。
まず、神奈川県の女性行政の幕開けは1977(昭和52)年に、県民部県民総務室に婦人班を設置したことから始まります。婦人班は、女性行政の総合的企画および各部局の連絡調整を担当する組織と位置づけられ、女性の現状についての調査分析や女性問題についての啓発普及事業を行いました。同時に、女性問題全般についての専門的な提言を受けるために学識経験者らによる「婦人問題懇話会」を設置しています。
翌1978(昭和53)年には「新神奈川計画」に「婦人社会参加の促進」を位置づけ、それをよりどころとして、1979(昭和54)年に女性の社会参加の推進、女性の生涯学習、就業援助と能力開発などの活動の拠点となることを目的とした「婦人総合センターの基本構想」を策定します。この構想をつくるにあたっては、県政初の試みとして県民の意見を聞く「県民参加」の手法が取り入れられました。今でこそ各自治体で「市民参加」が当然になっていますが、当時としては思い切った方法を取っています。また、施設などのハード面でよりも「施設の目的・機能の特色」といったソフト面での「基本構想づくり」を進めたことが特色となっています。
1982(昭和57)年には、県民自ら主体的に策定に参加することができる視点(県民参加)でかながわ女性プランを策定しました。内容は三層構成になっており、基本構想と基本計画については、「策定委員会」の答申をそのまま採用し、県行政の責任分野である実施計画は「策定委員会」の建議を受けて県で作成しました。
そして、同年、この女性プランを全庁的に推進するための体制として県民部の中に「婦人企画室」を設置しました。また、「プラン」づくりに参加したことをきっかけとして、県下の女性団体が総結集した自主的組織として「かながわ女性会議」が誕生しました。さらに、江の島に女性の活動拠点として「婦人総合センター」がオープンし、この三本柱がそろった1982(昭和57年)を「かながわ婦人元年」と呼ぶことになり、真の意味での神奈川県の女性行政の出発となりました。

かながわ女性会議広報誌第1号婦人総合センター落成式の写真
かながわ女性会議広報誌第1号 婦人総合センター落成式
(1982年11月発刊) (1982年11月・広報課撮影写真コレクション)

(公文書館 遠藤 茂)

本文ここまで
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