更新日:2021年3月30日

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滝坂信一氏へのインタビュー

世界の今と、日本のインクルーシブ教育のこれから

国の研究機関の研究員や大学の教員を歴任し、長年インクルーシブ教育についてご研究されてきた滝坂氏。現在、独立行政法人国際協力機構(JICA)の技術顧問としてご活躍されるとともに、神奈川県内の学校で先生方と共に授業改善等に取り組んでおられます。世界のインクルーシブ教育の状況、そして日本のインクルーシブ教育のこれからについて、何を考え、行動していくべきか、お聞きしました。

インタビューの詳細版は、PDFにまとめてあります。こちらもご覧ください。

【詳細版】滝坂信一氏へのインタビュー「世界の今と、日本のインクルーシブ教育のこれから」(PDF:958KB)(別ウィンドウで開きます)

「ガイディングスター」としてのインクルーシブ教育

―― 世界のインクルーシブ教育の今の状況をどう捉えていますか。

「インクルーシブ」ということが世界で考えられるようになったのは1990年代だと思います。国連は、設立以来、重要課題として人権の問題に取り組んできました。1993年と1994年には、国連の総会において、地域に住んでいる一人ひとりのニーズを政策決定の基礎にする社会の実現によって、人権の問題は解消するだろうと考え、すべての人たちにとっての社会「ソサイエティ・フォー・オール」(Society for ALL:SFA)をめざすことを採択しました。これを別の言い方にするようになったのが「インクルーシブな社会」です。それは現在取り組まれているSDGsの「誰一人取り残さない」というスローガンにつながっています。
インクルーシブな社会を創っていくときに、重要な役割を果たすのが教育です。国連は1990年に「エデュケーション・フォー・オール」(Education for All:EFA)(万人のための教育)という方針を立てています。

―― エデュケーション・フォー・オール(EFA)はどんな方針だったのですか。

世界には、初等教育や中等教育が義務教育になっていない国がまだたくさんあります。EFAは、すべての人たちが教育を受けられるしくみを各国で作ろうという取組です。現在、SDGsの中に位置づけて、2030年までにEFAを実現しようとしています。言い換えれば、EFAは「インクルーシブ・エデュケーション」です。
障がいのある子どもの教育についての経緯を振り返ると、先進諸国は1981年の国際障害者年までにすべての子どもたちが教育を受けられる義務教育システムを実現しました。日本でも1979年に養護学校を義務化しました。
これによって、先進諸国では、どの子どもたちも学校教育を受けられるしくみができましたが、結果的に障がいがあるかないかでこどもたちを分けることになり、国連・ユネスコは、次の段階として、障がいの有無に限らず、すべての子どもが地域で学べるように学校を作り変えようと考えたのです。それが、「ア・スクール・フォー・オール」(万人のための学校)という考え方です。1994年にユネスコとスペイン政府が共同開催した、サラマンカでの会議ではその実現に向けての具体策を提案しました。以降、先進諸国はこの内容を指針に取組を行っています。

―― 滝坂先生が、インクルーシブな学校づくりが進んでいると感じている国や地域はありますか。

私の知っている限りでは、どこかで完全にインクルーシブな学校というのを実現した国や地域はありません。インクルーシブな学校というのは「ア・スクール・フォー・オール」ですから、地域に住むすべての子どもたちが対象です。既存の教育システムを変更していく必要があり、それまでの学校の考え方や枠組み全体を変えていくものですから、取り組まなくてはならないことは多く、困難は少なくありません。
インクルージョンということについて、ノルウェーにあるオスロ大学の教授からうかがった話を忘れることができません。教授に、現状でインクルーシブな学校や社会を実現している国や地域はどこか、という質問をしたところ、「インクルージョンは、“ガイディングスター”である」という答えが返ってきました。ガイディングスターというのは、昔の船乗りが進む方向を間違えないために見ていた北極星と南十字星のことです。つまり、インクルージョンは、めざすべき方向であるということです。今すぐに実現するのは難しいかもしれませんが、我々の進むべき方向性として考え方を共有し、それぞれが今できることを探していくことが必要なのではないかと思います。

地域社会や自分の望ましい姿をどう作っていくか、考えるのは、自分

―― では、どのようにして世界はインクルーシブな社会に向かうと考えますか?

重要なことは、今のしくみによって不本意な思いをしている人がいないかということです。たとえば、「分けられる」ことによって、遠くの学校まで通学する、保護者が送迎をする、近所に学校の仲間がいないなどは、問題なのではないか?ということを解決するために、今何ができるかを考え取り組んでいくことが大切だと思います。
「本当にできるのか」「不可能だ」「大変だ」という声を聞きますが、そこに留まるのではなく、「どうやったら一歩先に進めるか」ということが重要であり、そのことはずっと私の研究テーマになっています。神奈川県が主催しているインクルーシブ教育推進フォーラムにも、それを意識しながら関わらせていただいてきました。

―― インクルージョンは理想論だという見方もありますが、どう向き合っていけばいいと考えますか。

確かにそれは「理想」の姿です。しかし、その理想に少しでも近づくための方法は、私たちの日常の中にいくつもあると思います。それを妨げているのは、多くの人に身についてしまっている「誰かがやってくれる」という依存的な考え方ではないでしょうか。もしそうであれば、自分がこの地域社会、自分の望ましい姿をどう作っていくかを考えることが必要です。考え、創るのは、他者ではなく自分たちです。そして、未来を担う子どもたちがそう思えるか、ということが大切だと思います。つまり、教育が重要だということです。滝坂先生
日本では、「子どもたちは、先生が言ったことを一生懸命貯めこんで、先生が思い描いている姿を実現する」という受け身で依存的な発想の教育が、まだ多く行われているのではないかと感じています。
国には現状に対するそのような課題意識があって、主体的、対話的で深い学びが必要である、ということを強調しているのではないかと思います。依存から自立に向けて、地域の子どもたちがどのようにともに考え行動するかを学ぶ、インクルーシブな学校を開発していくことが欠かせないと私は考えています。

多様性は簡単なものではない

―― では、インクルージョンをめざすうえで大切なことは何だと思いますか。

「地域社会で誰も排除されないこと」だと思います。それは、本人が望まないにもかかわらず、地域社会から物理的にも心理的にも排除されることがない社会です。その実現は簡単なことではありません。
そのような社会の実現には、多様性への理解が欠かせませんが、他者の多様性への理解の前に、まず「自分の中にある多様性」を受け止めることが大切だと思います。

―― 自分の中の多様性を受け止める、とはどんなことですか。

誰もが皆、自分の「ここが好き」ということもあれば、「ここは嫌いで受け入れられない」という、自分の中の多様性があるでしょう。自分を見つめ、自分の中にあるいろいろな側面に気がつき、受け入れがたいこともあるかもしれないけど、それも含めて自分だと思える、そういった自分の中の多様性を受け入れて、初めて他の人の多様性を受け入れられるのだと思います。
だから私は、いろいろなことをタブーにせず、分かったつもりにならず、多様性をどうみんなで話題にしていくかが大切だと思います。
学校は、子どもたちに多様性を考える場を提供し、そこから大人である私たちも学んでいくということが必要だと思います。子どもと一緒に考え、子どもの姿から学んでいくこと、そして、まだ答えに至らない課題を持ち続け、取り組み続けていくことが大切だと思います。

子どもに聞く、子どもと一緒に考える

―― インクルーシブな学校づくりにおいて、大人ができることは何だと思いますか。

大人ができることは、3つあると思います。
1つ目は、学校内の教職員集団がインクルーシブな集団であることです。
2つ目は、保護者も含めて地域の人たちと、この学校をどう作るか、一緒に取り組むということです。
3つ目は、教職員や保護者、地域の大人が、子どもたちと一緒に考えることです。子どもたちは自分たちの学校を作る主体でありそれを支えていく役目が大人にはあると思います。

―― 昨年度のインクルーシブ教育推進フォーラム(以下、フォーラム)では、地域の方から「私は学校にもっとかかわっていきたい。だが、実際に何をしたらいいのいか分からない」という声がありました。そのようなご意見のある方に、何か一言いただけないでしょうか。

「地域の子どもたちは、地域の大人たちが皆で育ちを見守るのだ」と考えることです。学校はその一部です。なお、神奈川県内でも取組が進んでいる、コミュニティ・スクールにかかわることも機会の1つだと思います。地域のみんなで学校はどうあったらいいかを考えて、みんなで学校を創り運営する視点と取組です。「学校をどうするか」ということを、学校だけでなくみんなで考えていくのがコミュニティ・スクールです。先ほども述べたとおり、インクルーシブな学校づくりは、教職員や保護者、地域の大人が、子どもたちと一緒になって考え取り組むことが大切であると思います。

「おもしろがって」地域の子どもたちがどうやって一緒に育ったらいいかを考える

―― 何かを始めるときに発想を変えることが大切である、とおっしゃいましたが、どうやったらこれまでの発想から抜け出せると思いますか。

日々の実践の中で考えていくということだと思います。いろいろな発想の転換の仕方があると思うので、1つの方法だけにせず、様々な機会、方法を作っていくことが重要です。
そして、「おもしろがってやる」ことです。おもしろいと思って考えたり、取り組んだりする限りは、進むべき方向性を誤ることはないと思います。
大切なのは、「これから私たちはどのような社会をめざすのか」、その中で「『学校』というしくみは子どもたちに何を提供する機会、場としてあるのか?」という原点にかえって考えていくことだと思います。

―― 昨年度のフォーラムでは、「インクルーシブ教育を推進していくときに、『勉強についていけるかどうか』という視点にどうしても行きやすい。そのことについてどうすればよいか悩んでいる」という、教員の方からの意見がありました。どう考えていけばよいとお考えですか。

「学校」は子どもたちに何を提供する場、機会なのかという本質的な議論が、今、必要なのだと思います。それはインクルーシブな学校について考えるときには、欠かせない議論です。
生涯学習と広く考えれば、義務教育の開始や終わりの年齢に幅を持たせたり、働きながら学ぶことができたり、これまでの日本の枠組みを見直し、柔らかくしていくということがあっていいのではないでしょうか。教育を受ける権利ということを考え、枠組みをもっと自由に、という議論や試みがあってよいのではないかと思います。
大変なことはいろいろありますが、柔軟な発想が生まれてくると、実際にできることはたくさんあると思います。そのための議論をしていってほしいですね。

―― 授業を変えていこうと模索している先生は多いと思います。授業を改善していくのに大切なことは何だとお考えですか。

3つあります。
1つ目は、「子どもに聞く」ということだと思います。教職員と子どもとが対話的であるかどうか、ということが大切だと思います。
2つ目は、授業を変えていくときに、一人ではなくて学年や校内の先生たちみんなで考える、ということです。
3つ目は、管理職がどんな意識を持って学校経営をするか、だと思います。組織の在り方としてサステナブル(持続可能)であることが大切です。
子どもに聞きながら、先生たちが授業をどうやって変えていくか実践しやすいように、管理職から発信、提案していけたらいいと思います。

改めて考える、学校という場

―― 現在、新型コロナウイルス感染拡大防止策により、学校のあり方が議論されています。その下では、インクルーシブ教育の推進にどのような影響があると思われますか。

インクルーシブ教育に限らず、学校は今、子どもたちに何を提供する場としてあるのか、について考え直すことを突き付けられていると思います。
たとえば、オンライン授業については、プラス面、マイナス面の両面から議論していくことが大切です。
学校が子どもたちに提供してきた場、機会として大きいのは、学校という集団の中にある子ども同士のかかわり合いであったり、協働的な学習から学びが深まったりすることです。そういったことを整理し、総合的な視点から取り組む必要があると思います。

私はこのコロナの事態を経験したことは、子どもたちの生き方の中に深く残ると思うのです。子どもたちがそこから何を学び、どのように一歩を踏み出していくのかを考え見守る、それが大人の責任であると思います。このコロナをきっかけに、「自分たちが決めて行動していかないと何にも始まらないのだ」ということをそれぞれの人たちが考えたら、日本の社会が変わります。

―― 最後に、現在のお気持ちをお聞かせください。

私自身としては、「自分はどう生きるか」ということを常に考え続けたいと思っています。滝坂先生2自分をごまかさないで生きたいと思いますし、私自身の中にも受け入れられない部分があるので、そことどう向き合うか考えていく中で、他の人とどう向き合うかということを考えていきたいと思います。とにかく「自分ができることをやる」ということしかないのです。そのときに、議論したり、一緒に取り組めたりする仲間がいたらうれしいと思っています。

―― ありがとうございました。

 

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