第22回「黒岩知事との“対話の広場”Live神奈川」開催結果

掲載日:2018年4月20日

概要

第22回の開催画像です

テーマ

スマイルかながわ

第3弾:ともに生きる社会かながわの実現に向けて

日時 平成29年11月28日(火曜) 18時30分から20時
会場 県立青少年センター多目的プラザ
参加者数 100名

実施結果(動画版)

※参加者配布資料はこちらからダウンロードできます。
1 次第[PDFファイル/181KB]
2 事例発表資料 鈴木敏彦氏[PDFファイル/463KB]

 

 
 
 
 

実施結果(テキスト版)

司会

本日はお忙しい中、ご来場いただきまして誠にありがとうございます。
ただいまから、第22回黒岩知事との対話の広場Live神奈川を開催いたします。
本日は知事の挨拶、ゲストのプレゼンテーションに続き、会場の皆様との意見交換と進めてまいります。
まず、本日のゲストをご紹介いたします。和泉短期大学教授・神奈川県障害者自立支援協議会会長の鈴木敏彦様です。公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長の戸井田愛子様です。
なお、本日はライブ中継とともにツイッターによる会場以外からのご意見も受け付けており、意見交換の中でご紹介させていただくこともございます。
インターネット中継をご覧の皆様にご案内申し上げます。この中継をご覧いただきながら、ツイッターでご意見を投稿できますので、ぜひお寄せください。
それでは大変お待たせいたしました。黒岩知事からご挨拶を申し上げます。

知事

どうもこんばんは。神奈川県知事の黒岩祐治です。今日は、この時間に、わざわざお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。県民との対話の広場、ずっと今年も続けておりましたけれども、今日が今年の最後になります。
対話の広場というのは、2種類ありまして、地域をずっと回っていくバージョンと、本来、県庁本庁舎でやるバージョンなのですけれども、今、ちょうど工事中なので、今日はこちらでやっています。こちらは、ちょうどライブ版と言っておりまして、これはインターネットで生中継されています。世界に同時中継されていますからね。そういった思いで議論を進めていきたいと思います。ですから、ここにいらっしゃらない方も、議論に参加するという形になっておりますので、お付き合いいただきたいと思います。

この対話の広場は、1年間通したテーマを毎年決めておりますが、今年のテーマはスマイルかながわということです。将来的に、どんな神奈川県を作っていくのか、といった中で、一番大事なのは、やはり、いのち輝くという、私がずっと言い続けた言葉です。
そのような中で、超高齢社会が、どんどん進んでいくわけです。人生100年時代というのを、最近、政府も言い始めましたけれども、私たち神奈川県は、昨年のお正月から人生100歳時代の設計図を描いていこうということで、昨年は人生100歳時代のテーマにしたがって、ずっと対話の広場を続けてまいりました。
そのような中で、どんな100歳時代になればいいのかといったときに、超高齢者の人がたくさんいる時代で、みんなが暗い顔をして過ごしている社会なんか、あまり期待したくないですよね。超高齢社会、皆さんが長生きして、その喜びに満ちあふれて輝いているというそんな社会にしたいなという思いがありまして、やはりスマイルということ、これをキーワードにしていこうということであります。という中で、いろいろな局面でスマイルというテーマを選びながら、その会場に合わせて、議論をしておりますけれども、今日は共生でスマイルということです。共生というのは、ともに生きるということです。ともにみんなが生きる中でスマイル、笑顔があふれる社会を作っていきましょうよ、そのためには何が必要ですか、皆さん、どうお考えですか、県はどうすればいいですか、皆さんご自身はどうすればいいですか、こんなことを議論していきたいと思っているところであります。

共生という言葉を言っているのは、元々、やはり去年起きたあの悲劇的な事件、これが原点にあります。7月26日、津久井やまゆり園で悲惨な事件が起きてしまいました。障がい者は、いなくなった方がいいのだという、とんでもない間違った発想による独断的な犯行で、19人の貴重な命が奪われてしまいました。我々は、それまでも、ともに生きる社会を作っていこうとずっと努力をしてきたつもりだったのですが、ああいう大きな事件によって全面的に否定されたような、そんな感じがしました。しかし、ともに生きる社会を目指す、差別はなくしていくのだという、これまで積み重ねた歴史を、こんな事件によって後退させるわけには絶対いかない。逆に乗り越えて、もっと力強い動きにしていこうということで、ともに生きる社会かながわ憲章というものを、議会の皆さんと議論しながら取りまとめました。そして、この精神を広く深く普及させていこうという決意を新たにしたところでありました。そのかながわ憲章を見ていただきたいと思います。

ともに生きる社会かながわ憲章

 

 

 

 

 

 

 


ともに生きる社会かながわ憲章

一 私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします

一 私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します

一 私たちは、障がい者の社会への参加を妨げるあらゆる壁、いかなる偏見や
差別も排除します

一 私たちは、この憲章の実現に向けて、県民総ぐるみで取り組みます

こういった文章を取りまとめました。この精神を広く深く普及させていこうということで、ありとあらゆる機会を通じて展開をしているところであります。
そんな中で、新聞広告も出しました。ちょっと見ていただきましょうか。ダウン症の書家として大変有名な金澤翔子さんに、「ともに生きる」という字を書いていただきました。

ともに生きる

 

 

これは、ものすごく大きな字ですけれども、非常に力強い、こういった字を書いていただきまして、この字を我々は大事に大事にしているところなのです。これを使ったこういう新聞広告を全国紙などで掲載いたしました。そうしたところ、なんと、つい先日ですけれども、これが、神奈川新聞の広告大賞を受賞することができました。ということで、また新たに話題となって、またさらに広がっていくという展開にしたいなと考えているところであります。

ということで、私も言いたいことは山ほどあるのですけれども、この事件では、私も大変な思いをしました。そのようなお話も全部したいと思っています。そのような中で、皆さんとともに、本当にともに生きる社会とはどうしたらいいのか、どうすべきなのかといったことを議論していきたいと思います。その前に、お二人のゲストをお招きしておりますので、それぞれのお立場から、このテーマについてのお考えを、まずはお話ししていただいて、それをベースにしながら皆さんとともに議論を進めていきたいと思います。それでは、最後までお付き合いをよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

司会

黒岩知事、ありがとうございました。
続きまして、ゲストの方々にプレゼンテーションをしていただきます。
初めに、和泉短期大学教授・神奈川県障害者自立支援協議会会長の鈴木敏彦様をご紹介いたします。鈴木様は、障がい者虐待防止、障がい者差別解消、障がい者の意思決定支援のテーマに関する研究を行うとともに、共生社会の実現に向けて積極的に発言をしていらっしゃいます。また、神奈川県障害者自立支援協議会では、会長として、障がい者が安心して豊かに過ごすことができるように、障がい者の視点に立ち、質の高い相談支援体制の整備などの促進に向けた機運の醸成に尽力していらっしゃいます。それでは鈴木様、よろしくお願いいたします。

鈴木 敏彦氏(和泉短期大学教授・神奈川県障害者自立支援協議会会長)

皆さんこんばんは。ただ今、ご紹介いただきました、相模原にあります和泉短期大学の鈴木と申します。短い時間ですが、私の思うところを最初に述べさせていただきたいと思います。皆さんのお手元の資料の中に、今映っておりますパワーポイントの資料と同じものがございますので、併せてご覧いただければと思います。

ともに生きる社会かながわの実現に向けて


私は、立場としては、県の障害者自立支援協議会では障がいのある方々の地域での暮らし、基盤を整えていく、そういったことについて皆さんとともに話し合う場の取りまとめ役を仰せつかっています。また、差別解消協議会、あるいは意思決定支援専門アドバイザーというのは、津久井やまゆり園の方々、100余名が、芹が谷でお過ごしになっていらっしゃいますが、その方々がこの先、どういった人生を歩んでいくのかということをともに考える、そういったところのお手伝いもさせていただいております。その中で思ったところをいくつか述べさせていただきます。

共生社会に向けた動きまず、共生社会に向けた動きということですが、これはご覧のとおりでありまして、私たちの社会では、様々な取組をしてきました。
一番大きなものは、障害者権利条約です。2006年に国連で採択され、2014年に日本でも批准いたしました。これが国際的なスタンダードとするならば、その下にあります障害者基本法というのは、日本の国内のスタンダードだと思います。 
条約を受け障害者基本法も平成23年に改正されて、共生社会の実現を私たちの社会も目指すことになったわけです。
さらに、それを具体化していくために障害者差別解消法や障害者雇用促進法等の個別の法律が制定されてきました。ただ、この障害者差別解消法が施行されたのは、昨年の4月でありますが、それから3か月後にこの悲惨な事件が起きたというのは、非常に皮肉なことだと思います。他にも障害者総合支援法が制定され、意思決定支援等に取り組んでいるところです。

共生社会の実現は、道なかばこういった形で共生社会に向けての枠組みはできたわけでありますが、大事なことは、先ほどの知事のお話の中にもありましたとおり、「スマイル」ですね。県民一人ひとりの方々、そして障がいのある方々が本当にスマイルでいられるかどうかというのは、枠組みができただけでは不十分です。
実際に、障がいのある方々が共生社会を実感できるということが大切です。ただ、そう簡単に共生社会への道というものは、開かれるものではありません。今年の9月に内閣府が出した「障害者に関する世論調査」の中で、「共生社会」というこの言葉の周知度は、知っているという方が46.6%であり、半分ぐらいの方しか知っていないということであり、全く知らないという方が3分の1いるというのが、私たちの社会の姿です。さらに、障がいを理由とする差別や偏見は、まだ私たちの社会の中に厳然としてあることを、8割以上の人たちが感じています。まだ私たちが向き合わなければいけないことは、たくさんあるように思います。
先ほどご紹介した障害者差別解消支援地域協議会という、県で議論する場がございますが、そこでは事例集を作ってくださっています。この事例集をどれぐらいの方が見てくださっているのかは、ちょっと心配です。事例集で取り上げられた事例は、障がいのある方々自身がこういう生きづらさを抱えているのだということを発信してくださっているわけです。障がいのある方々の抱える生きづらさは、私たちの未来の姿であり、私は、障がいのある方々は、私たちの未来を先取りする人だと位置付けています。今日この後、お話いただく戸井田さんが車いす生活の中で感じておられる生きづらさは、10年後、20年後の私の生きづらさを代弁してくれているのではないかと思っています。ですから、当事者の方からの声に、社会がいかに向き合えるのかということは、とても大事です。私が、これから協議会などでもっともっと高めていきたいのは、当事者の方々の声をもとに、好事例の発信もしっかりとしていくことです。

共生社会の実現に向けた、いくつかの提言
最後のスライドですが、共生社会の実現に向けて、いくつかの提言をお話しさせてください。
まず1つは、先ほど知事もご紹介いただいた、ともに生きる社会かながわ憲章をどう具体化していくのかということです。この憲章の主体は誰か、ということで考えていくと、これは言うまでもありません、「県民全体」、「オール神奈川」で取り組んでいくということだと思っています。憲章に書かれている「私たちは」とは、私のことであり、ここにいらっしゃる皆さんであるということは間違いないはずです。そこは見逃せないわけですが、一方で、それを施策として県が位置付けていることも大事だと思っています。
様々な福祉やあるいは県の総合的な計画もありますが、そういった中に、憲章の精神をどのように具体的な施策として実現するのかということは大事ですし、それをさらに検証していく「憲章の検証」が大事です。
2点目は“わがこと”と“障害者の地域での自立生活の実現”ということです。先ほど申し上げたとおり、すべての人は、潜在的な障がい者です。そして、偏見、差別があるということを8割以上の人が感じていますが、その根源は無知だと思っています。障がいのある方々が、ともに周りに当たり前にいるということ、それがとても大事だと思っています。近くにいなくて目に見えない存在だから、分からなくて怖くて…というふうに思う人もいるかもしれません。
1つ飛ばしまして最後ですが、津久井やまゆり園の再生基本構想が出ました。これは、いろいろなところでいろいろな人が評論していたりしますが、私はそこに関わる者として、一定の評価をしています。なぜならば、意思決定支援というものがしっかりと位置付けられ、そして、生活の場について施設そして、それ以外のものも含めてしっかりとその方向を打ち出しているからです。そこでの取組を、神奈川の共生社会を考えていく上のスタンダードにしていくべきというふうに思っております。
いずれにしましても、共生社会、ともに生きる社会を作っていくというのは県がやるべきことだけではないはずです。ここにいる方々、私も含めて全員がそこにどう向き合っていくのかということを一人ひとりが考えていく、そういうことが重要ではないかと思っております。以上です。ありがとうございました。

司会

鈴木様、どうもありがとうございました。
続きまして、公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長の戸井田愛子様をご紹介いたします。
戸井田様は、障がい当事者として各種審議会などで積極的に発言を行い、障がい者の地位の向上に努めていらっしゃいます。また、全国障害者スポーツ大会では、平成22年から8年にわたり、神奈川県選手団の団長を務め、本年度10月28日から30日にかけて愛媛県で開催された第17回全国障害者スポーツ大会「愛顔(えがお)つなぐえひめ大会」では本県代表選手を率いて、本県勢の活躍を支えてくださいました。それでは、戸井田様、よろしくお願いいたします。

戸井田 愛子氏(公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長)

皆様こんばんは。ただ今、紹介いただきました戸井田です。見たとおり、私は今、車いすですが、生まれた時から、障がいを持って、この世に誕生してきました。そして、今、私に言えることは、障がいを持って生まれてきたことに、すごく感謝しているということです。というと、皆さんびっくりしますけれども、やはり、障がいを持ってきたが故に、どういうことをしていったらいいのか、自分は障がい者とともに、どうして生きていけばいいのかということを理解する力を一生懸命つけてきました。そのようなことで、私は、障がいを持って生まれて来ましたが、今は、一人暮らしをしています。そして、皆様、私の左足は義足です。膝から15センチ残して義足、右足は、完全に麻痺して、完全に曲がってしまっています。ですから、家の中では這い這いして、お掃除、洗濯、一切全部、自分でしています。まだヘルパーさんには頼んでいません。家の中のそういうことを一つ一つ自分ですることは、リハビリになる。這い這いして雑巾がけすること一つでも体を動かす。これが、リハビリにつながるのです。ですから、それを自分で体験して、障がい者の仲間に、「あなたなら、こういうお掃除、こういうことができるじゃない。お茶碗を洗うのも、こういうふうにしたらいいじゃない。」ということを教えてあげられるかな、そういうことで、自分でいろいろなことを体験させていただいています。そして、私は今年のテーマ、スマイルかながわ、この言葉に、すごくうれしく思いました。というのは、私は、障がいを持って生まれてこの方、暗い気持ちになることが大嫌いです。障がいを持っていても、人に接するときに、笑顔で接することが1番いいことだと思っています。

ところが私、ある時、その笑顔ができないようなことになりました。というのは、家を借りて住んでいたところのすきま風で、顔半分、顔面麻痺になって、そして顔がガラッと変わってしまって、もう本当に、この世でこれが最後か、もう生きているのが嫌だと思った時に、いや、違う。これは自分に打ち勝たなければいけないのだ。足だけの障がいではない、いろいろな障がいを持っている人がいる。それでもみんな頑張っている。顔の半分が動かなくたっていいのではないか。これから、自分は自分なりの形で行こうと考えた時に、どうでしょう、自然とだんだんと顔が少しずつ少しずつ良くなって、今やっとこれだけになって笑顔も作れるようになりました。昔は、笑顔をしても、顔がこんなになってしまって大変でした。でも皆さん、いろいろな困難に遭っても、ものの考え方一つで、明るくも、元気に生きることもできます。私は自分でそういう体験をしながら、一生懸命頑張ってきましたし、そして笑顔は、周囲の皆さんと、ともにうれしいこと、いろいろな物事を、プラスに変えてくれます。ですから、皆さんもどうぞ障がい者の皆さんに会ったときに、笑顔で、「こんにちは」とか、もし、笑顔がない人がいたら、「お互いに笑顔で話そうよ」とか、声かけしていただければ、すごくうれしいと思います。それが、今、ここにあります、ともに生きるということ。ともに生きるということは、ただ苦しみや悲しみを何かサポートしながら生きるのではないのです。それはともに笑顔で生きる、それが一番大切なことではないかなと。私は、もう何十年、障がいを恋人として一緒に生きております。もう子どももいますけれども、この障がいが私の恋人です。この恋人がいるから、今の私が頑張っていられるのかなという、そういう気持ちを持っております。
ですから、皆さんももし障がい者の方で暗い気持ちになっている方がいたら、「そうじゃないんだよ。こういうふうに明るく生きる方がいいんだよ。」ということを教えてあげてほしいなと思いますし、私はそれを願っています。ですから、知事がスマイルという言葉を投げかけてくれた時、すごくうれしかったです。スマイル、笑顔、いいですね。どうですか、皆さん。笑顔で、今日、帰る時は笑顔で、「さようなら、元気でね。」という声かけをしていただきたいなと思っております。
私の話は、自分のことしかございませんけれども、でも、先ほども言ったように、障がいを持って生まれて私は幸せ。そして、この障がいが私の永遠の恋人です。どうでしょうか。皆さんもそういうふうな気持ちで何かにつまずいたとき、そうか、これは、笑顔で打ち勝っていこう、スマイルだ。そういう気持ちを持って進んでいただけたらいいかなと考えております。

私は難しい話はできませんけれども、皆さんにそういう気持ちを持っていただきたい。どんなときでも笑顔、笑顔が大事です。笑顔は必ずその人を幸せに導いてくれるということを、私は身をもって体験していますので、県のスマイルの言葉、知事さんが、いい言葉を考えてくださいましてありがとうございますという気持ちです。私の生まれた時は、まだまだ障がい者に理解のある時ではありません。それこそ、障がいをいろいろ言われて、いじめられながら学校に通ったこともありますが、その中で、お友だち、先生、皆さんが優しく接してくれて、そして、力づけてくれたことで、今の私があるのだと思っております。いろいろな障がいを持った重度の人がいます。重度の人ほど、皆さん優しいまなざし、笑顔、言葉、そういうものをかけてあげてくだされば、その人が生きる力を持ってくれると思います。ですから、どうぞ皆さん、これから福祉を目指して進む方もいるでしょうけど、どうぞそういう笑顔と優しい暖かい心とを持って接していただきたいなと、私は、そんな感じで今日のお話をさせていただいておりますが、どうでしょうか。皆さん、よろしいですか。是非、どうぞ皆さん、周りに、障がい者の方、それから高齢者の方、いろいろな弱い方がいましたら、笑顔で、「どうしましたか。何かお手伝いすること、ありますか。」という形で聞いてあげてください。そして、「そんなことしてくれなくていいよ。」と言う方が必ずいます。そういう方のときは、「そうですか。では、お気を付けて。」と言って、さっと引いてください。それが一番です。本当に困っている人は、「ありがとう。助けて、ここをこうしてください。」とお願いすると思います。

そんなことで、皆さんにちょっとお願いみたいな形になってしまいましたけれども、とにかく、私は、障がいを持って生まれたことをとても幸せに思っている。また、私は、障がいを持って生まれてきて良かったと思っている。その気持ちも皆さんに伝えてあげたいし、もし障がい者で落ち込んでいる人を見たら、「何が障がいを持って幸せかを考えてみたら。」という問いかけもしてもらえたらいいかな、そのようなことを思っております。時間が来たそうですので、とりとめのないお話でしたけれども、皆さん、今後ともよろしくお願いいたします。本当に今日は、ありがとうございました。

司会

戸井田様、笑顔あふれる素晴らしいプレゼンテーション、どうもありがとうございました。それでは皆様との意見交換に移ります。ここからは、マイクを黒岩知事にお渡しいたします。知事、よろしくお願いいたします。

知事

はい、ありがとうございました。お二人のお話を聞いていただいて、いろいろなことが胸に去来したのではないでしょうか。ここから先は、シナリオはないのです。我々は、誰も入ってくる人を排除していません。どなたがいらっしゃるか分からないのです。皆さんと対話しながら進めていきますから、意見のある方、どんどん手を挙げて発言してください。質問でもいいですし、私はこういう考え方を持っているのだとか、是非、こういうことをみんな気を付けてほしいとか、県はこういうことをやるべきではないのか、何でも結構です。そういった議論を活発にしていきたいと思いますけれども、話に入る前に、ちょっと私の方から追加で話を聞いてみたいと思います。戸井田さんは、毎年、全国障害者スポーツ大会の団長さんなのですね。その神奈川県の団が行く時に、私がいつも行ってご挨拶をするのですけれども、その時、団長さんでお目にかかっているわけでありますけれども、いつも笑顔ですね。そう言われてみれば、本当に。今のお話の中で、皆さん、ああいうことをズバリ言う人はすごいなあと思ったのではないですか。障がいを持って生まれたことは幸せなのだ。感謝している。恋人なのだ。「えー」と思われたと思うのだけれども、どうしてそれだけの思いになったか。元々、そうではない時もあったのですか。例えば、ご両親がどういう教育をされたのかなど、聞きたいことが山ほどあります。

戸井田 愛子氏(公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長)

私は、生まれながら障がいを持ってきましたが、父が1歳6ヶ月の時に亡くなって、母の手一つ、女手一つで育てられました。そして、その母が、「障がいに、暗い気持ちを持ってはいけない。あなたがそれを持って生まれてきたことは、あなたがどういう人生を送るかという課題であるから、それを大切に考えながら生きなさい。」そういうことを言われまして、それから一生懸命障がいをかわいがって。子どもの頃は、やはり昔のことですから、いろいろと言われた時代でしたけれども、言いたい人は言ってもいいわと。それで私もちょっとお茶目でしたから、棒を持って男の子とチャンバラごっこをしたり、それも、足を引きずりながらでもやったりとか、自分が、障がいを持っているということを全然何とも思っていなかったということが、自分でもちょっと不思議な気もします。

知事

お母様の影響は大きいですか。

戸井田 愛子氏(公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長)

母の影響は大きいと思います。父が亡くなって、障がいを持って生まれた私を育てていかなければならない、女手一つで再婚もしないで私のために頑張ってくれた、そういう母親ですから、私も母のために、卑屈になってはいけない、明るく生きなければいけないという気持ちを持てたのだと思います。

知事

本当にすごい話ですね。

戸井田 愛子氏(公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長)

母が女手一つで、再婚もしないで一生懸命育ててくれたということと、それから、東京とか、いろいろなところに良いお医者さんがいると知ると、すぐに連れて行ってくれて、少しでも体を良くしてあげたいという気持ちでやってくれたことも結構影響がありますし、ですから、はっきり言って、私が、もうどうしようもなくて、足を切断した時の母の嘆き、ショックは大きかったです。「ここまで一生懸命してきたのに、あんたは簡単に足を取っちゃって。」と、こう言われましたけれども、取らざるを得ない診断の結果でしたので、そういう話を聞いた時に、「そうだ。母に心配かけてはいけない。とにかく笑顔で明るく生きよう。」と、そこでまた、一歩、大人になりました。

知事

本当に素晴らしいお母様でしたね。鈴木さん、今の話を聞いて、どんな風に感じられましたか。

鈴木 敏彦氏(和泉短期大学教授・神奈川県障害者自立支援協議会会長)

すごいとしか申せないのですけれども、お母様から受け継いだ前向きさという部分は、障がいがあるなしにかかわらずなのではないかと感じます。現代の社会では、自分の人生や自分の命に関して向き合えない人はたくさんいると思うのです。そういう中で、そこに障がいの有無にかかわらず真正面から自らの人生に向き合うということを伝えられたお母様はすごいです。戸井田さんが人生を切り開いていくというのは、社会を切り開いていくのだな、そんなことを思った次第です。

知事

スマイルという言葉は、ああいうふうに戸井田さんに言っていただいたら、そういう意味があったのだなということを改めて私も実感をしたところなのですけれども。スマイルと言い始めた時にこういう言い方をしました。1人で孤立している人がいますよね。今、高齢社会になってくると、もう外に行かなくなってきて孤立しているという人。千葉県柏市で老人の研究をした人がいるのです。東京大学の辻哲夫さんという方です。元厚生労働省の事務次官だった人ですが、この人はいろいろ研究した中で、老人というのは、急にガクンと悪くなってくることがあるというのです。どこで悪くなってくるのかと言ったときに、フレイルという言葉に注目したのです。足腰が弱くなってくると外に行かなくなってしまいます。外に行かなくなってしまうと、社会から孤立してしまう。そうすると、ガクンと悪くなってくると言うのです。だから、外に出て行くことが大事。でも、ただ出て行くだけではなく、散歩していればいいというものではなくて、誰かと関わっていることが大事だと。もっといいのは、誰かの役に立っているという感覚が大事だと。そういう感覚を持っている人は、元気でいると言うのです。ガクンと悪くならないと言うのです。だから、それが大事だという話を聞いた時に、外に出て行って誰かの役に立ったときに、どういう状況であるかなと考えたときに、スマイルが出てくるのではないかと思った。スマイルと考えると、部屋の中で1人でケラケラ笑っている人は、あまりいないですよね。スマイルというのは、その相互関係というか、誰かと向き合って笑っているという、コミュニケーションですよね。不思議なことに、誰か1人が笑っていると、それを見ている人は、思わず笑ってしまうのですよね。うちの県庁職員にも1人いるのです。その人は、私と会った時に、ゲラゲラ笑うのですよ。その笑っている顔を見て、僕もゲラゲラ笑うのですよ。2人でお互いに、ワーッと笑うのだけど、ところで、何で笑っているのだ、みたいな、そのようなことが実はある。笑いというのは伝染していく。だから、2人が笑っていると、みんなが笑ってくる。そういう感じのものなのだということ。ともに生きるという感じと、非常にいい、親和性がある言葉なのだなと思った次第でありました。あと、鈴木さんのおっしゃった、津久井やまゆり園の再生構想については、また後で、いろいろな形でお話ししていきたいと思いますけれども、ここまでのお話を聞いて、私は、ちょっとこれを言いたいなということがあったら、どうぞ。是非、お話してください。はい、どうぞ。

参加者1

秦野市からまいりましたクロイワです。私の子どもは自閉症で、強度行動障害と睡眠障害があり、自宅での療育が困難なため、弘済学園に入園しています。年齢は18歳で、今年の4月より加齢児の扱いです。
黒岩さんの政策により神奈川県を追われ、涙をのんで青森県や北海道の施設へ移行した加齢児の方がいます。私を始め、多くの父母が黒岩さんから他県へ追い出された方の写真を見せられ、山梨県、青森県、北海道などの施設への移行を求められています。また、この問題は、昨年11月に弘済学園にNHKのカメラが入り、「行き場を失う障害者」というテーマで首都圏ネットワークでも大きく取り上げられましたが、報道後も黒岩さんの障がい者は他県へ押しつけるという政策が是正されることはありませんでした。
問題の根底には、浅野史郎元宮城県知事の行なった、成人施設を閉鎖してグループホームへの移行を目指す施設解体宣言がありますが、その後、平成24年の児童福祉法の改正により、成人の児童施設利用が禁止されたことを受け、他県ではグループホームへの移行と並行して、現実に即した軌道修正と、成人でありながら児童施設へ滞留する加齢児対策が併せて行われてきました。施設解体宣言の震源地である宮城県船形コロニーでさえ、施設の老朽化を理由に、200人規模の建て替えを決定しました。グループホームへの移行と並行しながら、現実に直面する問題を他県に押しつけることなく大きな決断を行った村井宮城県知事にエールを送りたいと思います。
神奈川県の知事が村井さんであったならどんなに良かっただろう、私たちの子どもは神奈川県を追い出されることはないだろうと確信しています。
黒岩さんには有識者や障害福祉課職員の話を鵜呑みにするのではなく、実際に弘済学園に足をお運びいただき、今何が起こっているのか、今何が必要なのか、今やるべきことは何か、ご自身の目と耳で情報を収集していただきたいと思います。宮城県のようにトップが正確な情報を分析し、トップが問題点を把握し、トップが真剣に取り組み、トップが決断すれば、神奈川県の無責任かつ悲惨な現状は解決されるものと確信しております。
ということなのですが、黒岩知事は、ご自身の政策によって、加齢児というのをご存知ですか。

知事

成人になったら、児童施設から出なければいけないということですね。

参加者1

平成24年に、まず、出口をふさいでいるのですね。黒岩さんの政策は、まず、成人施設は新しく作らない。グループホームの建設は認める。グループホームへ移行させるのは結構です。その政策がすべてうまくいけば、スムーズに全部流れていきます。ところが、そこでグループホームへの移行がつまずいてしまうと、出口をふさがれた格好になります。ふさがれないまでも、出口が減ってしまう。そうしますと、当然、途中で詰まってしまいます。渋滞が起こります。そして、児童施設に、次のステップへ進めない18歳以上の方が、加齢児という形で滞留することとなります。平成24年、国はこの状態を解消するために、5年間の経過措置を取りまして、児童施設での成人の利用を禁止しました。平成24年ですから、来年の3月で、その期間が切れます。それまでに、成人は児童施設から出すようにという、他県では、いろいろなことをやったと思います。

知事

ちょっと話をしましょう。私自身がその神奈川県内の人を、わざわざ外の県に押し出している、追いやっているという意識は、自分の中には全くなかったです。もしそういう点があるのならば、なんとかしなければいけないと思いますけれども、鈴木先生、ちょっと解説していただけますか。

鈴木 敏彦氏(和泉短期大学教授・神奈川県障害者自立支援協議会会長)

障がいのある方々が、いわゆる施設ではなくて地域で暮らしていくというのが、先ほど、条約も出てきましたが、世界的な流れであることは間違いないと思っています。そこに移行していくプロセスが、私は一番問われてくることだと思っていて、行き場所がなくなるというのは、もしそういう方が、たくさんいらっしゃるのであれば、いや、たった1人であっても、そこは大きな課題だと思います。地域の中で様々なサービスを整備していくことと、入所施設を減らしていくということは、同時進行でやっていかなければいけないと思いますし、それに時間をどれくらいかけるのかというところは、国によっても違ってくるところだろうと思います。スウェーデンなども、例えば、1999年の終わりには、知的障がいの方に関しては、入所施設はなくなったわけですけれども、そこまで数十年の非常に長い時間をかけてやってきました。施設から地域へのソフトランディングという部分のところでは、現状では課題があるのかもしれません。

知事

施設かグループホームかみたいな話というのは、実は、津久井やまゆり園の事件が起きてから、私が一番直面した最大の課題だったのですね。県庁の専門の課長も来ていますから、ちょっと今のことについて答えてくれますか。

障害サービス担当課長

障害サービス担当課長の弘末でございます。神奈川県といたしましては、今回の津久井やまゆり園事件を受けまして、重度の方であっても、望まれる方におかれましては、地域で暮らせるような施策を進めていこうと。従前は障がいの重い方の場合には、我々の方が地域で暮らすのは難しいのではないかという観点から、施設移行を前提に施策を進めてきた部分もございましたが、今回、この事件を受けて、重度の方であっても、それぞれ皆様お一人おひとりが、しっかり意思があるのだと、そこを確認しなければいけないのだというお話がございました。現在、入所待機されている方も、また、加齢児の方も、その部分については、基本的には変わりがないと思っております。全体として地域移行の流れは、神奈川県においてもありますが、その中にあっても、真に施設入所が必要な方にあっては、施設に入所していただけるように、個別に調整を図ってまいりたいと思います。重度の方であっても、そういった大きな流れの中で、対応させていただければと思っておりますので、ご理解いただければと思っております。

知事

先ほど、鈴木さんの方からご説明いただきました津久井やまゆり園をどう建て替えるかという話ですね。このことについて、ちょっとお話をしましょうか。つまり、施設かグループホームという話、これは、まさに直面したのですけれども、あの事件が起きたのは、去年の7月26日のことでした。私は、この事件が起きてすぐ、現場に飛んで行きました。もう報道陣が、いっぱいいる中で、そして、家族会の皆さんとも話をし、そしてまた、事件の捜査が終わった時にまた行きました。そして、中を全部見て回りました。悲惨な現場でした。血だらけの現場をずっと見て回りました。こんなに血が流れている、そんな廊下がそのまま残っていました。これは大変なところだなという中で、ずっと回って行ってもっと驚いたのは、そこに入所している方々で助かった人は体育館でみんなケアが続いていました。そこに行ったらなんと、笑顔が、笑い声があふれていました。このギャップは何だろうと思ったら、それは、施設の職員の皆さんが必死の思いで、今までどおりのケアを続けていたという現状がありました。そして、どうすれば、またその被害があった現場を元に戻して、そして、そのケアを再開できるかという話で、どうしたいですかと家族会の皆さんに、意見を取りまとめてくださいという話をしました。そうしたら、家族会の皆さんが、この津久井やまゆりのこの現場で、160人規模の施設だったのですけれども、この現場で同じ規模の建物を作り直してくださいと。というのは、血液の痕を掃除しただけでは、とてもとても我々はやれない。職員の皆さんもとてもとても、24時間体制ですから、できない。だから、全面建て替えをしてほしいと言われました。これはお金もかかることだし、大変なことだなと思ったけれども、しかし、これはしょうがない。家族会の思いをやはり活かさざるを得ないだろうと思って、私が全面建て替えという話を打ち出しました。家族会の皆さんは、泣いて喜んでくれました。その時、どこからも反対の声は出てこなかった。ただ、数ヶ月してから、いきなり、あっちこっちから、何を考えているんだと、お叱りの言葉をいただくことになりました。つまり、今の障がい者施策の流れというのは、大きな施設で見るのではなくて、なるべく施設は小さくして、そして地域に流していく。小規模で、地域分散型、地域社会に移行していく、そういう流れを作っていく。だから、グループホームみたいなところ、グループホームというのは、少人数で家庭的な雰囲気のところで見てもらえて、そこに住んでいる人も、一生そこに居続けるわけではなくて、途中、良くなったらまた自分の家に戻っていくというような途中経過の場所、終のすみ家ではありません。そういった感じでやっていくという流れなのだという話です。それを「時代錯誤だ、なんでまた施設を作り替えるというのだ。」という話になった。私は、現状復帰することが大事だと思ったから、そういう打ち出し方をしたのですけれど、それに対して反発の声が出てくるのだったら、これはもう1回議論し直しましょう。ともに生きる社会を作ろうと言っているのだから、皆さんが納得する形で話を進めなければまずいでしょうということで、障害者施策審議会というのが県にあるのですけれども、そこに新しく部会を作ってもらいまして、そこで専門家の皆さんに「いろいろな意見を聞いてください。そして、意見を取りまとめてください。」と言ってお願いをしました。そうしたら、大規模施設でやるべきだという意見と小規模で地域移行・分散化していくべきだという意見が最後まで対立したまま、ずっとその議論が流れていきました。これをまとめられるのかと思いました。
だから、今の話で、施設か、要するにその地域の生活なのかみたいなことです。極端な話では、もう施設など全部いらないという人もいるのです。全部地域に戻していけばいいだろうという。それで大丈夫なのですかという。でもそれは、いろいろな意見なので、どう取りまとめるか、部会の中でも専門家の先生が大変苦労されました。そのような中で、家族会の皆さんの意見もずっと聞いていった。気持ちに寄り添っていった。
という中で、最終的にまとまったのが、津久井やまゆり園の再生基本構想案というものでした。それは基本的にどういうものかというと、今の介護の時代の流れ、小規模で地域に分散化していく、地域に移行していくという地域移行、そちらの方向性を取る。そしてその代わり、130人の入所者がいるのですけれども、その方々には、お一人おひとり徹底的に意思を確認していく。私は、津久井やまゆり園に行って、その障がい者の皆さんと直接会いましたから。その時に感じたことを正直に言いますけど、この皆さんの意思を確認するということはできるのかと思いました。この障がい者の皆さんの意思を直接聞いて、「どうですか」と言ってもなかなか難しいぞと思ったときに、この人の意思を分かっているのは家族だろうと思ったから、家族会の皆さんがここで大規模施設の建て替えとおっしゃっているのだから、それがこの方々の意思だろうと思ったのだけれども、それは違うという、途中で議論があったわけです。だから、最終的には障がい者のお一人おひとりのご意見を、お気持ちを、一人ひとり丁寧に確認していくことにしました。
実は、厚生労働省のガイドラインができたのですけれども、それを初めて適用する事例になったのです。津久井やまゆり園にいらっしゃる方は、グループホームと言われても、グループホームに行ったことがないから、聞かれても、分からないではないですか。だったら、グループホームに1回実験的に行っていただいて、経験していただいてということを踏まえながら、意思を確認していく。こういう話をして、そして、130人の居場所は、県が責任を持って、全部確保します。そしてこれまでのケアのレベルは、絶対下げません。もっと上げます、というふうなことで、さきほど鈴木先生が説明された最後のところにあった、再生基本構想というのは、それなのです。それで議会でも審議していただいて、最終的に、構想としてまとまったのであります。私としては非常に辛い思いでした。なぜならば、大規模施設の建て替えではないですから。知事として自分が打ち出した政策を撤回せざるを得なくなったわけです。これは本当に恥ずかしいことだと思います。しかし、自分が恥ずかしいとかどうとかということではなくて、やはり新しい福祉の形を作っていかなければいけないという中では、何とかしてこれを実現したい。でも家族会の期待を裏切ったのだから、私は家族会の皆さんのところに行って謝りました。申し訳ないと。
ところが、家族会の皆さんが理解を示してくれました。「よくそこまでまとめてくれましたね。」ということで、「これでいきましょう。神奈川から新しい福祉の形を作っていきましょう。」と言って、家族会の皆さんに了承していただいたということで、ホッと胸をなで下ろしたというところが、今、進んでいるところなのです。
ですから、施設かグループホームか地域かといった問題というのはそう簡単に今、施設を全部壊して全部こっち、そのようなことは、なかなかできないですよね。そうしたら追い出すことになってしまいます。でも、大きな方向性としては、やはりそっちへ向かって行くのだという中で、いろいろなプロセスはあるかも知れないけれども、やはり大きな時代の流れに合わせてやっていこうという方針が今やっと、決まったわけですからこれを進めていこう、皆さんの理解を得ながら進めていこうというのが、今の立場ということなのです。
ということで、ここから、新しい神奈川から、新しい障がい者施設のあり方を、障がい者とどう向き合うかというあり方を、ともに生きるということをともに作っていきたいなというふうに思っているところであります。

参加者2

川崎市麻生区在住のミズノです。ひとつ伺いたいことがあります。私たちは、前の3人と教員と一緒に、「江ノ島バリアフリー計画東京オリンピックに向けて」という卒業研究を行っています。内容としましては、片瀬江ノ島駅からセーリング会場となるヨットハーバーまでのアクセス、車いすの方がどのような環境にしたら、アクセスしやすいのかという研究を行ってきました。
その中で、気付いたことがありまして、健常人ではなかなか気付けないこと、気付けないバリアがたくさんあると感じました。それは、車いすの方々は、少しの振動でも不快に感じてしまう。それを私は、研究して初めて気付きました。
その中で、1つ伺いたいことがありまして、どのようなバリアフリー政策を行っていけば、ともに生きる社会かながわの実現に向けて実現していくのかということを教えていただけたらと思っています。

知事

江の島の話で、ですか。どのようなバリアフリー。これは、戸井田さん、どうですか、やはり段差がないとかそういうことですか。

戸井田 愛子氏(公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長)

もちろん段差はなくしていただきたいです。そして、車いすで、本当にスムーズに、自分で車いすを移動させることのできる人のためにも、そういうような平らなきちんとした道を作っていただかないと、本当に、バリアがあったら、先が見えていても行けませんから、そのような形に作っていただきたい。良い意見を言っていただいて、ありがとうございます。

知事

今、実際にご覧になって、発見したことがあったと言いましたね。どのようなことでした。

参加者2

タイルの振動もそうなのですけど、植木があって視覚が遮断されていると、横断歩道を渡りづらいという状況もありました。あと、トイレの幅です。江の島にあったトイレの幅が約70センチ、車いすの幅が60センチなのです。車いすの方々が通るのに必要なトイレの幅は80から90センチぐらいです。タイルの振動と視覚遮断とトイレの幅によって、少し江の島がアクセスしにくい環境なのかなということを研究で知ることができました。

知事

ありがとうございました。県庁の担当課長も聞いていますから、しっかりと検証しながら活かしていきたいと思います。ありがとうございました。またさらに他に気付いたことがあったら、どんどん言ってください。やはり皆さんの目で見て、具体の話、一般論ではなくて、あそこのあの木が邪魔だとか、あそこのここはこうだと言っていただければ、それを是非、活かしていきたいと思います。ありがとうございました。

参加者3

脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会「わかば」のコバヤシと申します。横浜市の栄区に住んでいまして、遷延性意識障がいの息子を在宅で見ています。先ほど来の話の蒸し返しになりますけれども、施設かグループホームかというところで言いますと、やはりグループホームについては、その前に、障がい者というのは、やはりいろいろな人がいるというところですよね。先ほどの戸井田さんのお話のように1人で住むことができる方もいらっしゃれば、医療的なケアが必要だという障がい者もいます。そういう中で、グループホームについて、少人数だというところもありますけれども、医療的なケアができるグループホームが圧倒的に少ない。ですから、今すぐにでも必要だとか、息子の場合もそうですけれども、親亡き後の介護をどうしていくんだというところを見たときに、やはりグループホームというのも1つの選択肢になってくるというところからすると、今以上にピッチを上げてグループホームを作っていくということをぜひお願いしたいというふうに思います。これは県だからというのではなくて、やはり神奈川県内の市も連携して、最大限にピッチを上げて進めていただきたいというのが1点です。これは、お願いです。
それともう1つは、事例です。私の息子が行っている施設では、地域の近隣の幼稚園児、小学生、中学生との交流を盛んにやっています。それから、地域の皆さんとの交流もやっています。そういう中で、施設が生活介護施設で、これが開所する時にはずいぶん反対運動があったみたいですけれども、今は少しずつ理解を得られているような感じがします。息子も、そのような交流を通じて少しずつ意識のレベルが上がってきているのではないかなというふうに思っていまして、他の施設がどのようなことをやられているか分かりませんけれども、是非、そういうところも参考にしていただければというふうに思います。

知事

はい、ありがとうございます。今、医療的ケアができるグループホームが少ないという話もありました。そんな中で、津久井やまゆり園の再生基本構想に基づきますと、そこは医療も、その、元々は津久井やまゆり園には、大規模160人の施設の中に、医療的ケアの部分があったのですけれども、施設の中だけの医療だったのです。今回、大規模のものを小規模にするのです。小規模にして、大体1部屋に11人の小さなユニットを作っていくみたいな感じで囲いを全部なくしてしまう。今、津久井やまゆり園は工事をやっていますから、横浜の芹が谷というところに移っていただいているのですけれども、芹が谷の方にも、小規模のものを作って分散していきます。その代わり、医療的ケアの部分は、今までは施設の中で使えるものでしたが、地域に開放するのです。だから、この施設の近くのグループホームの皆さんも医療拠点で診るという、そういう形の広がりを見せていくという形で、グループホーム1個1個は、医療的ケアの部分は少ないですけれども、地域全体として皆さんの満足感を得られるようにしていこうというふうな方向性を出しているのです。今、地域の話をされましたけれども、これは一番、大事なことです。実は、津久井やまゆり園と今の横浜の芹が谷と、他にもどこか作れないかと、いろいろと検討したのですけれども、やはりこの話は難しいのです。そういう施設を作ろうと言ったならば、反対するという。地元住民の反対にあったりするのです。どうして、家族会の皆さんが、津久井やまゆり園で、ここでまた大規模施設を作ってほしいとおっしゃったのかというと、津久井やまゆり園は、地域の皆さんとすごく交流をしていたのです。お祭りなどで地域の皆さんがやって来るなど、普段から顔の見える関係を作っていたりとかというのがあった。だから他に行ったらちょっとそれは再現できないかもしれないから、ここへというのがあった。今の横浜の芹が谷というところにも実は地域とのそういう交流があるのです。だから、移られたけれども、皆さんとても穏やかな顔でケアを続けてらっしゃいます。それで、他にもと言ったら、またその住民がNOというところが出てくると、これはなかなか大変だなというところなのです。だから、そういう地域の中で支え合うということがなければ、施設もグループホームも関係なしに、ともに生きる社会は絶対できないですからね。そういうのをやはり良いモデルを作りながら、少しずつ広げていきたいなと考えているところです。他にどうぞ。

参加者4

ヨコハマプロジェクトのハセヤマと申します。ヨコハマプロジェクトは、ダウン症の啓発として生まれた団体なのですが、黒岩知事とは少なからずご縁がありまして、やまゆり園の事件の1年後にできたポスターの左側に立っている私どもの主要メンバーの親子と、右側に立っている私の次男が両脇を固めています。偶然か必然か分かりませんが、ありがたいことに、黒岩知事とのご縁があったということです。
次男が老人ホームで働いておりまして、一般就労という形で勤めております。通常、福祉就労という方が多いのですが、施設のご協力もありまして、一般就労をさせていただきました。障がい者が、そういう一般的な所で働くというのは、なかなか難しいのかと思います。また、ヨコハマプロジェクトについてですけれども、毎年、山下公園で、年に1回、バディウォーク、チャリティウォークというイベントをさせていただいております。これは、1,200人規模、2,000人規模のイベントでございます。
来年は、2020年のパラリンピックに向けて、3年計画で、ダウン症だけではなく、あらゆる障がいを持った方々と地域の方々が一緒に暮らせる社会を実現しようということで、イベントを組んでおります。黒岩知事におかれましても、2020年のパラリンピックに向けて何かをお考えがありましたらお聞かせ願いたいと思います。

知事

神奈川県は、いち早く、パラスポーツ推進宣言を行いました。オリンピックというのは、すごく注目を集めるけれども、パラリンピックの会場というのは、けっこうガラガラだという話を聞いていまして、佐藤真海さんという、オリンピック招致の時にプレゼンテーションをした女性がいました。彼女とたまたま会う機会があった時に、彼女から夢を語られました。私は、パラリンピックの会場を一杯にしたいのだと言われた。それは素晴らしいな、じゃあどうすればいいのかなと言ったときに、そのパラリンピックでやっているスポーツ、パラスポーツというものは、別にあれは障がい者のスポーツというわけではなくて、みんなができるのですよ。だから、みんながやって、それに対する親しみを持つというか、その理解を広げて、みんなでやっていくような流れを作っていこうじゃないかということで、そういうのをパラスポーツと呼ぼう、パラスポーツを推進していこうと言って今、県内各地で、パラスポーツ推進宣言に基づくいろいろなイベントをやっています。例えば、ボッチャとかです。結構、流行ってきましたよね。それとか、車いすバスケットボール、これ、私もやりました。テレビ神奈川の番組の中で、私も一緒に車いすに乗って、バスケットボールをやって、見事、シュートを決めたのですけれども、決めた瞬間に、テレビが撮っていなかったという、情けない話もありました。あと、ブラインドサッカーとかもやりました。やったら、競技として面白いわけです。考えてみれば、車いすバスケットボールは、誰でもできるのです。普段、車いすに乗っていない人でもできるわけで、そういう形で、パラスポーツにみんなが親しんでいって、パラリンピックに向けて盛り上げていこうと、ずっとやっているところです。でも、やはり前回のリオ大会、あそこでパラリンピックの歴史がガラっと変わったのではないですかね。パラリンピックの生中継が全世界に流れて、みんな一生懸命に観るようになった。パラリンピックの会場で実際に観ていた人に話を聞きましたけれども、水泳競技なんかでも、パラリンピックの水泳競技は、ものすごく感動的だったって。というのは、普通、カメラでドーンと映っているところは、バーンと飛び込んでからシューと泳いでいってというところで、足に障がいを持っている方でも、あんなに泳げるのだなと思っていても、実は、会場で入場してくるところからずっと見ていると、水の中に1人で入れないという。水の中に入れてもらって、泳ぎ切って、また、終わったら、自分で上がれない。全部を見ているとものすごく感動する。パラリンピックの方が、むしろ感動すると言われました。
案の定、リオの大会では、パラリンピックの大会が進むにつれて、お客さんが、どんどん増えてきた。その次の東京のパラリンピックですから、これは、その流れをうまくつないでいって、みんなでパラリンピックを盛り上げていくような流れを是非作りたいと思っています。ありがとうございました。

参加者5

横浜市の港北区から来ました精神障がい者のセトウと申します。神奈川県で、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第1章第2条国及び地方公共団体の義務が一向に守られておりません。そして、地方自治法、地方公務員法、日本国憲法を一切、知事及び職員さんは守られておりません。一体、どうされるおつもりでしょうか。

知事

私、おっしゃることが、あまりよく分からないのですけれども、基本的に、精神障がい者の差別も全部やめていこうという方向で、私もいろいろな団体に頼みに行っています。経済団体にも障がい者雇用ということで行きました。今までは、障がい者雇用には、国の目標数値があったのです。今度は、精神障がい者の方も入れた目標数値になっていくわけですね。ですから、これは、どんどん進めなければいけないということで、そして、精神障がい者の皆さんをたくさん雇用して成功している企業なんかの事例をどんどん紹介したりですとか、それから、そういう事例を基にして、皆さん、こういう形でやったら、ものすごい戦力になりますよというようなことをアピールするようなフォーラムを何回もやっていたりとか、実際に、そういう方を雇ってくださいと、私が経済団体にお願いして、神奈川県は国が定める目標よりも数値が低いですから、もっと高めてくださいとお願いをして回っているということなんですね。すぐには、形にはならないでしょうけれども、まだ、神奈川の現状は、全国の国の目標数値に達していませんから、それを実現するために、全力を挙げてやっていきたいと思っています。

参加者5

外部にそれを一般企業なりに雇用を求めるのもいいのですが、人事委員会、ありますよね。そちらが、健常者、身体障がい者、知的障がい者の募集枠しか作られていないのは、どういうことでしょうか。無意識差別だと思います。

知事

うちの担当課長はいますか。ちょっと答えてくれますか。

障害福祉課長

障害福祉課長の水町と申します。職員の採用は、こちらではなくて、総務局人事課というところが担当しており、そちらから聞いておりますが、精神障がい者の方の雇用が、来年度から雇用率に算入されるということがございますけれども、県職員として採用するにあたって、受け入れにあたってのサポート、それから職場環境の整備、そういったことが必要、重要であると考えております。その採用について、先行する他の自治体の取組を参考に、積極的に検討していくと伺っているところでございます。

知事

県も精神障がい者の皆さんを採用するということです。はい、他に。どうぞ。

参加者6

横須賀から来ましたハタナカです。10年前に精神病にかかって、現在、精神障がい2級の判定をもらっています。ところで皆さん、健常者の方、無意識のうちに、ご自身が差別もしくは区別をしている行動をされている、特に商慣習において、無理やりそうしている現状を知っていらっしゃいますでしょうか。
実は、一昨日、我が家にたくさんの大根が農家から届きまして、昨日、一昨日、大根三昧で、煮物や大根の味噌汁などを食べたのですけれども、農家の方に聞いたら、それは市場価値がないので、市場やスーパーで値段が付かない。理由を聞いたら、形が悪いから都会のスーパーでは売れないという話でした。当然、作った農家の方は、もったいないので、我が家では、母は介護生活ですし、父も年金暮らしで、私も働けませんから、お気遣いいただいて、たくさんの大根をいただきました。
それで、よく考えますと、経済が中心で、皆さんもスーパーに行って、真っ直ぐな大根なりキュウリを買ったり、同じ大きさの人参を買ったりしています。それはもう、それしか売っていませんから、必然的にそれを買いますが、でも生産者の現場では、それを選別し、商品にならない、都会では売れない、そういうものは処分するか、内輪で食べたり、焼却あるいは肥料・堆肥にする、そういうことになってしまいます。形が違う、商品価値がない、だから売れない、必要ない。物に対するそういう考え方を持って、今後、我々が生きていった場合に、私たちのような精神障がいで働けない、働きたくても能力があっても、他の人と比べるとちょっとなあ、どうかなあ。みんな粒ぞろいで、みんな同じような大学を出られて、みんな同じようなグレーのスーツを着て、就職活動を一生懸命、今やっていますけれども、企業はそういう人を欲しがりますが、これが多様性のある社会であるのか。そのままいってしまうと淘汰されてしまって、私たちのような個性的な人間あるいは障がい者であるとか、そういった方がますます生きにくい社会。でも実際に、私たちの視点からすると、実は障がいを持っている私たちの方がまともで、障がいではない健常者の方の方が、たくさん障がいを持っていることに気が付いていないのではないかと思うことが、多々あるのです。
都会に暮らすと、高層マンションがあります。30階以上に住んでいる方、たくさんいらっしゃると思いますけれども、もし停電になって、エレベーターが止まった瞬間に、50歳、60歳でセレブな生活をしていて、突然停電です。エレベーターを1週間使えません。となると、毎日、30階を上がったり下がったりするわけです。普段、体を鍛えていればいいですけれども、そういったことが、もしかしたら、足を痛めて、腰を痛めて、障がいになり得るかもしれません。ですから、視点を変えて、実は健常者である自分も、もしかしたら障がい者になり得る。私たち障がい者は、障がいがあるけれども、実は、健常者にない心や視点を持っているのだということを相互に理解すべきではないかというふうに感じています。

知事

まさにそのとおりだと思います。今日、戸井田さんがおっしゃったことも、そういうことでしたよね。鈴木さんもおっしゃったように、将来といっても、すぐかもしれないです。今日、帰りに事故に遭って、いきなり車いす生活が始まってしまうかもしれないし、それは、はっきり分かれているものではなくて、自分のことだと、それを実現していこうというのが、ともに生きる社会を作っていこうということだと私は思います。はい、ありがとうございました。

参加者7

港北区から来ました、日本ステッピング協会のフジノと申します。黒岩知事には、度々、お話を聞いていただいております。私どもは、ステッピングという13センチの台を上り下りする簡単な運動なのですが、生活習慣病とか膝、腰の負担を軽減する運動に取り組んでおりまして、ちょうど法人にして10年になります。私どもは、各地域で、高齢の方のケアプラザとか老人ホームとか、あるいは地域の皆さんのところに出向いて、この運動を草の根運動として、10年続けてまいりました。
そして、最近のお話なのですが、前回申し上げました、幼稚園でこの運動をしたいと地域の方々と交流して、特に高齢の方に幼稚園児と一緒に明るい街づくりのお力になりたいということで、来年度、小田原の、ある幼稚園でスタートいたします。
それからもう1つは、高齢の方々が多い地域におきまして、この運動を・・・。

知事

今日は、短めにいきましょうよ。もう何十回も来られていますから。

参加者7

それで、あともう1つ、視覚障がい者の目の悪い方に私どもの教室に来ていただいて応援しております。これも、私どもなりに、お手伝いできればということで。

知事

素晴らしい活動をずっと続けてされています。あの台の上に上がったり下がったりするだけですが、あれを続けることによって、健康になっていくという、未病を改善して健康になっていくというね。

参加者7

おっしゃるとおりでございます。

知事

常連さんでありまして、今日もありがとうございます。

参加者7

こうやって燃えておりますので、皆さん、やってください。

知事

はい、ありがとうございました。

参加者8

神奈川県聴覚障害者連盟のウチダと申します。3年前、手話言語条例が成立しました。非常にうれしく思っております。しかし、今年3年目、今までいろいろと県にもご協力いただきましたけれども、まだまだコミュニケーションの壁は厚いです。そのままになっています。一生懸命、手話講習会を普及していますけれども、なかなか進みません。とにかくまずは、小学校、中学校、高等学校、すべての学校で、その教育の中に含めてほしいと思っております。それが1つの願いです。
もう1つ、現在、ろう者も高齢化になって、高齢者が増えております。しかし、老人ホームに入りたくても、聴こえない人専用の老人ホームはありません。健常者と一緒の老人ホームに入っても、コミュニケーションが難しい。ひとりぼっちのまま暗い生活になっている人が多いと聞いていますので、できれば、聴こえない人が集まる老人ホームを1つぐらい神奈川の中で作っていただきたいと思います。全国を見ますと、北海道、埼玉、京都、大阪、香川など、ろうあ老人だけの施設ができています。みんな明るく生活をしています。神奈川は、なぜかまだできていません。そういう状態ですので、是非、考えて進めていただきたいと思います。健常者と一緒に、また、手話ができる老人ホームを作っていただきたいと思っています。それを是非お願いしたいと思います。知事としてはどうお考えでしょうか。

知事

前にどこか別の会場でも、そういうご意見が出たことがありました。誰か、担当課長、答えられますか。

福祉部長

福祉部長の川名と申します。ご意見、ありがとうございます。手話言語条例や手話推進計画を策定いたしまして、あらゆる場所で普及啓発活動をさせていただいているところでございます。まだまだ取組は途中でございます。足りないと思っております。これからもご意見をいただきながら進めたいと思いますが、今の老人ホームの件につきましては、いろいろと教えていただきながら、他県の状況などを確認していきたいと考えております。

知事

民間が中心ですからね。民間でそういうところを作っていただくということも、いろいろと工夫をしたいと思います。ありがとうございました。

参加者9

相模原市にある相模原総合高校から来た者です。先ほどの鈴木さんの話で、差別や偏見の根源が無知であるということを聞いて、思い出したのですけれども、私が初めて障がいを持った人と接したり出会ったりしたのが小学校でした。そこで、学校の全校集会とかそういう時に、大きな声を出していたりとかしていて、ちょっと注目を浴びてしまうとか、そういうことがあって、小学生ぐらいだと、自分と違う子がいると、変だなって思ったりするじゃないですか。それがやはり、偏見とか差別なのだなと思いました。だから、小学校とか中学校とかで、少しでもいいから、こういうことで声を出してしまうとか、こういう理由があるからヘッドフォンとかを付けているのだよという教育をしてあげると、この無知がなくなって、差別や偏見が少なくなるのではないかなと思いました。どうでしょう。

知事

素晴らしいですね。まさに、そのとおりです。今、神奈川県でインクルーシブ教育というのを進めようとしているのです。県立高校の中でいくつか選んで。インクルーシブ教育というのは、どういうことかと言ったら、特別支援学校というのがあって、そこに重い障がいの方が皆さん入っている。だから、それ以外の人たちと、普段、日常的に接しない。だから、小さい頃から見たことがない、知らないという状況に育ってきてしまう。そうすると、突然、ワーッと叫んでいる人がいると、「なんだ、あの人は。」と思ってしまう。もっと、小さい時から一緒にいれば、それは当たり前だと思っていたら別に驚きも何もしないわけです。いろいろな人がいるのだと。あの子は、そういう障がいを持っているから、ああなのだと分かっていれば、びっくりもしないでしょう。教育の現場にそれを持ち込んでいこうということで、将来的には、県立高校の中で、もっと増やしていきたい。特別支援学校とともに特別支援学級というのもあって、それは同じ学校なのだけれど、障がい者の子たちを特別の学級に入れて、ある種隔離してしまっているという。だから、離れてしまうから理解できない。だから、そういうのを混ぜていくような流れ、いきなりドーンとやったら、またいろいろな混乱も起きるから、徐々にやっていこうという方向でやっています。
とても正しい方向だと思います。それこそが、ともに生きる社会を実現するために、とても大事な良い視点だと思いますね。ありがとう。

参加者10

相模原市にあります相模原総合高校からまいりましたアカツです。私は、将来、社会福祉士になることを夢にしています。今回の話を聞いていて、障がい者に対する偏見と差別という点から、過去のことを思い出したのですけれども、とある番組のCMの中で、障がい者に生まれてきてしまった、障がいを持って生まれてきてしまったというような紹介があったのです。障がいを持ったことによって、不幸になってしまったというような表現がされていたのです。それで私が最初に思ったのが、障がいを持つということは、やはりそれだけ重いのかなと考えました。
しかし、今回、戸井田さんの話を聞きまして、その障がいを持っているからといって、不幸ではないということを知って、やはり障がいを持っているから、健常者ではないから、幸せではない、不幸であると決め付けるのは、間違っているなと改めて考えることができました。ということで、やはりそういう偏見や差別というのは、私自身も問いかけているのですが、それでもやはり消えないという状況が続いているのかなと感じています。なので、それを解消していくために、戸井田さんのように、障がいを持っている方からの話を聞いて、それでも幸せなのだということを伝えていく講演というものを増やした方がいいかなと思っております。

知事

戸井田さん、こういう高校生がこういうリアクションをしてくれるとうれしいですよね。今日、語っていただいた意味がすごくありましたよね。すごく大事なことだと思いますよ。とかく、障がい者の人は、かわいそうだと言って、かわいそうだから、何とかしてあげる、そういう発想というのは嫌なのでしょう。

戸井田 愛子氏(公益財団法人神奈川県身体障害者連合会会長)

そういう発想は、ちょっと嫌ですね。だから、お互いにお互いの弱いところを助け合っていく、健常者にも弱いところはある。それを、こちらが言葉で助けてあげたら、逆に助ける。お互いに助け合うという、そういうことですよね。ありがとう。本当にうれしいです。

知事

良いこと言ってくれましたね。さあ、時間もなくなってきましたけれども、はい、どうぞ。

参加者11

横浜市から来ました障がい児の母です。私の娘は小1で、身体障害3級、愛の手帳はA2をいただきましたが、地元の小学校に通っております。先ほどの話にちょっと近いかなと思ったのですけれども、支援校に行こうか、養護学校に行こうか、地元の小学校に行こうか、とてもとても悩んだのです。地元の小学校の校長先生や支援級の先生方が本当にいい先生方で、地元の小学校に通うことができております。毎日、バギーという車いすで、登校班で一緒に登校させていただいています。地元の小学校の先生方が、本当にいい先生ばかりで、支援級で、個別級なのですけれども、交流級というのもあって、その交流級に障がいを持った支援級の子どもたちを連れていって、「この子たちはこういう障がいがあるけど、みんな仲良くしてね。」というふうに、まさに、ともに生きていくという活動を積極的にしてくださる本当にいい先生方です。娘は障がいを持って生まれましたけれども、生まれた時の担当の小児科の先生も、そのリハビリテーションの担当の先生も、本当にいい先生に恵まれまして、逆に優しくされるのが当たり前みたいな、ちょっと甘えて生きている部分があります。
そんな中で、すごくすごく小さな質問で申し訳ないのですけれども、先日、庁舎に行った時に、建物の目の前に公用車は停まって、公用車から降りた方は、庁舎に入れるのです。でも、障がい者の方は、建物の目の前には停まれない。建物からちょっと離れた障がい者スペースに停まって、それから建物に入るという規則ですということを知って、「これってちょっと、どうなのか。」と思って、そこのところ、小さな話で申し訳ないのですけれども、知事のご意見をお願いします。

知事

庁舎とおっしゃったのは、県庁本庁舎ですか。

参加者11

合同庁舎です。

知事

どこの合同庁舎ですか。

参加者11

税務署とかがある・・・、県庁ではないのか分からないのですけれども・・・。

知事

どこだか分かったら、教えてください。そういうことがあったら、すぐに直しますから。

参加者11

そこにちょっと疑問を持ちましたので・・・。

知事

県庁本庁舎ではないですよね。県庁本庁舎でしたら、すぐに直しますから。あとで思いついたらで結構ですから、言ってください。
今の話を聞いて、やはり周りの人がすごく大事だということです。そういう理解のある人がいて、積極的に、そういうことをやっていこうという人がいると、もうそういったハンディというのは、なくなってしまうということですよね。本当にありがとうございました。

いろいろと皆さんとお話をしてまいりましたけれども、ツイッターでも、いろいろ来ております。「障がいのある子もない子も一緒に遊ぶ活動をテレビで観ました。子どもたちは何の偏見もなく、自然に一緒に遊んでいる姿が印象的でした。」これがいいですよね。子どものうちだったら、そんなの分からないですからね。これが当たり前だと思ってしまいますから。「一言で障がいといっても人によって抱える困難は様々で、正解は1つではない、正解を探す努力を続けることが大事だと思いました。」まさにそのとおりですね。1つの解答がドーンとあって、「みんなやりましょう。」というのではなくて、みんなでこうかなと正解を探し続けていくということがすごく大事ですね。「ともに生きる社会を理解しても、実践できるかどうか。理解と行動の距離をどうしたら埋めるかが重要だと思います。」
まさにそのとおりです。これ、頭では分かっても、実際、実践できるかどうか。今日、皆さんこうやって議論いたしました。戸井田さんの素晴らしい話も聞いて、鈴木先生の現状のお話も聞いて、そして、頭で理解するだけではなくて、実際にともに生きるということを、是非、実践をしていただきたいと思います。ちょうど時間となりました。今日は遅くまでお付き合いいただきましてありがとうございました。

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