神奈川県畜産技術センター 研究情報 2006.05

掲載日:2016年4月1日

神奈川県畜産技術センター 研究情報 2006年5月

「豚の非外科的受精卵移植のための子宮深部注入用カテーテルの開発」

1.はじめに
 畜産技術センターでは、系統豚「カナガワヨーク」と「ユメカナエル」の維持、配布を行っています。
 維持を開始してから、系統豚の優秀な遺伝子の保存は凍結精液で行ってきました。平成15年度からは、受精卵の凍結保存技術と外科的移植技術を確立したことから、凍結精液とともに、系統豚の母豚を更新する際には受精卵を採取し凍結保存しています。今後、系統豚を維持していく中で血縁が高くなった場合でも、受精卵凍結時の血縁状態に戻せるように実施しているものです。
 しかし、受精卵を移植する度に外科的な移植を行うのでは、受精卵を受ける側の母豚(レシピエント)の負担も大きくコストもかかります。今後、生産現場に対して受精卵配布等の技術展開を考えた場合にも、外科的移植では実現が難しいと考えられます。
 そこで当センターでは、レシピエントの負担の少ない非外科的移植技術の開発に取り組んできました。

2.人工授精(AI)カテーテルの受精卵移植への応用試験
 始めにカテーテルの先端が螺旋状の丹羽式AIカテーテルを用いて受精卵の非外科的移植に取り組みました。豚の受精卵移植は受精後4から6日目の受精卵を発情周期4から6日目のレシピエントに移植します。しかし、授精適期(発情中)にカテーテルを挿入するAIとは大きく異なり、受精卵を移植する黄体期の子宮頚管の状態は、固く緊縮しています。そのため、AIカテーテルを挿入するのは困難で痛みを伴うため、レシピエントは暴れ、長時間の鼻保定を必要とするうえに、カテーテル先端は子宮頚管の途中までしか達していませんでした。
 そこで、子宮深部まで受精卵を到達させるために移植液で受精卵を押し流す方法を試みましたが、移植液の逆流が生じて満足いく受胎率が得られませんでした。
 次に挿入を容易にするために、AIカテーテルの先端を短くして抵抗を減らし、また、移植液の逆流を防ぐために、豚舎内のスロープにレシピエントをたたせ、後躯を高くする方法を検討しました。子宮頚管を傷つけないようにゆっくりとカテーテルを挿入し、受精卵を15mlの移植液で注入することによって、受胎率50%、平均産子数4.5頭の成績が得られました。良好な成績に至らないのは移植液が多いことによって、子宮の排出運動や受精卵が着床しにくい子宮内環境が誘発された可能性が考えられました。
 一方、海外では平成13年頃から子宮深部注入用カテーテルを用いたAIや受精卵の非外科的移植の実績が論文に発表されました。平成14年頃からは国内でも輸入販売されるようになり、当センターでも移植液を少なくするために利用しました。この器具は外管と内管の2重構造であり、外管を子宮頚管に固定した後、内管で子宮体や子宮角まで進入させるものですが、丹羽式AIカテーテルの移植成績を劇的に改善することはできませんでした。その理由として、これら市販の子宮深部注入用カテーテルでは、レシピエントによって子宮深部まで挿入できないケースがあったことが挙げられます。

3.新しい子宮深部注入用カテーテルの開発
 そこで当センターでは、平成15年から受精卵の非外科的移植をより簡易かつ正確に行うために、いくつかの研究機関【(独)農業生物資源研究所、(独)家畜改良センター、埼玉県、愛知県、ミサワ医科工業株式会社】と共同して「どんな雌豚に対しても確実に子宮深部まで挿入可能なカテーテル」の開発に取り組みました。
  新しいカテーテルは海外の子宮深部注入用カテーテルと同様に子宮頚管の3分の2の位置までは、丹羽式カテーテル様の外管を通し、そこから奥へは柔軟な素材と構造を持つ内管を子宮深部まで到達させる2段階方式としました。
 外管の形状や外径は、と畜した母豚(経産豚及び未経産豚)の子宮頚管ヒダの間隔や隙間の大きさを基に検討し、丹羽式カテーテルにより螺旋の間隔を短く外径を細くしました。その結果、移植適期(受精後4から6日目)のレシピエントに対して鼻保定なしに外管を頸管の3分の2の位置まで容易に挿入することが可能になりました。
 内管は、緊縮した子宮頚管の最も奥の部分を通過させるためにある程度の硬さが必要です。一方、曲がりくねった子宮角を進むためにはある程度の柔軟性も必要となります。内管に内蔵するバネの度合いや太さを変えて様々な曲がり強度を持つ内管を何通りも試作しました。試作した内管を移植適期のレシピエントに非外科的に挿入した後に開腹し、実際に内管の先端位置を確認することにより、挿入に適した内管の曲がり強度を検討しました(図1)。

試作品による子宮内挿入部位の確認の画像試作品による非外科的移植の画像
図1 試作品による子宮内挿入部位の確認図2 試作品による非外科的移植
試作第5号の子宮深部注入用カテーテルの画像
図3 子宮深部注入用カテーテル(試作5号)

 その結果、試作品は第5号に至り(表1)、ようやく満足のいく性能が得られました(図2、図3)。
 採取した直後の新鮮卵を用いた、非外科的移植成績を表2に示しました。従来法の丹羽式AIカテーテルではカテーテル先端が子宮深部に届かないため、15ml以上の移植液で受精卵を押し流しながら注入する必要がありましたが、新しいカテーテルでは内管先端が子宮深部に20cm以上挿入できるため、少ない移植液での移植が可能であると考えられました。

表1 各種カテーテルの材質及び使用状況
カテーテル外管材質内管バネ硬さ内管挿入
可能距離
外管への
血液付着
内管への
血液付着
内管の子宮角
への進入確認
人工授精用ゴム35から40cmなし
スペイン塩ビ60から150cmなしありnd
試作1号PP60cmありありなし
試作2号ステンレス60から150cmありなしなし
試作3号ステンレス60から150cmありなしなし
試作4号ゴム+コイル150cmなしなしあり
試作5号(完成)ゴム+塩ビ150cmなしなしあり

 そこで、移植液量を1ml、2.5ml、10mlとしてそれぞれ移植を行った結果、1ml区と2.5ml区において受胎率75%以上と良好な成績を示しました。共同試験を行っている家畜改良センターと愛知県では2.5ml区で子豚が生まれており、産子数がそれぞれ9頭、11頭と非外科的移植成績として非常に優れた結果でした。当センターでも妊娠継続中ですので、追って分娩成績を調査、公表していきたいと思います(表2)。
 移植に要した時間は表3のとおりです。レシピエントには未経産豚を用いた結果、1頭だけ挿入に時間を要したケースがありましたが、すべてのレシピエントで子宮深部への移植が可能でした。

表2 子宮深部注入用カテーテルによる豚受精卵の非外科的移植成績
移植液量レシピエント頭数受胎頭数受胎率分娩頭数産子頭数備考
1ml4375.0%妊娠中
2.5ml6583.3%29,11流産1(胎仔7)、妊娠中2
10ml4125.0%妊娠中

表3 子宮深部注入用カテーテルによる非外科的移植に要した時間
例数平均±標準偏差
(分)
最長
(分)
最短
(分)
外管挿入時間125.9±6.3202
内管挿入時間127.1±7.1222
移植時間121.6±1.141
合計時間1214.6±13.0436

4.今後の展望
 今回、当センターでは、豚の子宮深部注入用の優れたカテーテルを開発しました。これを用いて、未だ世界で1例(海外)しか成功のない豚の凍結受精卵の非外科的移植に取り組んでいく予定です。
 また、本カテーテルは、通常の受精卵だけでなく、体外受精卵などの移植にも利用価値が高いものと思われます。
 さらに、本カテーテルはAIカテーテルとしても使用可能であり、凍結精液や高価な液状精液を使用する際、子宮深部まで注入することができることから注入精子数の低減や受胎率を高める可能性も秘めています。また、未経産豚、経産豚を問わず子宮深部までカテーテルを挿入できることから、繁殖障害等の投薬器材としても有効と思われます。
(畜産工学部 仲澤慶紀)

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