神奈川県畜産技術センター 研究情報 2006.11

掲載日:2016年4月1日

神奈川県畜産技術センター 研究情報 2006年11月

「繁殖が困難な牛からの受精卵の生産」 

受精卵移植の悩み
 当センターでは、黒毛和種を中心に年間延べ40頭程度の採卵を行っていますが、過去3年間の成績を集計してみると、116頭中13頭11.0%の供卵牛は移植可能卵が1個も採取できていません。
 ホルモン剤の投与量の変更、栄養状態や健康状態の調整により成績の改善に努めましたが、なかにはどうにもならない牛もいます。
 昭和57年に当センターで受精卵移植の研究を開始してから20年以上が経過しましたが、採卵成績のばらつきや移植可能卵がどうしても採取できない個体がいることは、未だに受精卵移植を実施する上での大きな悩みです。また、繁殖障害や高齢、乳房炎や肢蹄障害等のトラブルにより過剰排卵処理を実施できない供卵牛もいます。今回は、このような牛に対して経膣採卵技術を利用して受精卵を生産する試みについて紹介します

卵巣内の卵子を利用する
 牛の卵巣内には出生時に数万個の未熟な卵胞(卵母細胞)があると言われています。発情時にはこの中から1個の卵胞が選抜され、排卵します。受精卵移植の場合には、過剰排卵処理により10個程度の卵胞が排卵しているようです。しかし、卵巣内の多くの卵胞は排卵する機会に恵まれず閉鎖退行してしまいます。
 と畜場で採取した廃用牛の卵巣を観察してみると30個程度の卵胞が肉眼で確認できます。そこから取り出した卵子を体外受精することよって、移植可能卵を生産することが可能です。しかし、この方法は牛の廃用時にのみ行うことができる「最後の手段」であり、生きている牛の卵巣から卵子を吸い取り体外受精することができれば、過剰排卵処理の反応性にとらわれず受精卵を生産することができます。

超音波診断機で卵子を取り出す
 健康診断や人間ドックでお馴染みの超音波診断機は、プローブ(探触子)から出た超音波の反射によって肝臓や腎臓などの内部を画面上に映し出す機械です。
 牛の卵巣から卵子を吸い取るためには、図1に示したように膣壁からプローブを卵巣に密着させます。画面上には10mm以上の大型卵胞が1から2個と3から10mmの小卵胞が10から20個程度確認されるので、画面を見ながらプローブに内蔵された吸引針を操作して卵胞液ごと卵子を吸い取ります。
 卵胞液を顕微鏡で観察すると10個程度の卵子が採取できます(図2)。
図1 生体卵巣からの卵子採取のイラスト
図1
採取直後卵子の写真
図2 採取直後の卵子
発育した卵子の写真
図3 発育した受精可能卵

体外受精で移植可能卵を作る
 採取した卵子は受精はもちろん排卵する前の未熟なものですから、体外受精しなければ子牛になることはありませんが、卵巣から吸い取った直後の卵子は休眠状態です。体外受精できる状態まで20から22時間培養して成熟させます。
 体外受精に用いる精液は市販の凍結精液です。 人工授精と同様の手順で融解したものを洗浄して用います。洗浄といっても、スポンジやブラシで洗うのではなく、精液に含まれる凍結保存用の成分を遠心分離機で取り除き、子宮内に注入された時と同じように受精能力を促す溶液に置き換えることを指します。濃度が調整された精子浮遊液に成熟した卵子を6時間入れて、シャーレ内で受精させます。
 通常は、0.1ミリリットルの溶液中に50万個の精子が入るように調整しています。 6時間後の卵子を発育用の培養液に移します。その後、受精卵は細胞分裂を繰り返し、7から8日程度の培養により子宮内で発育したのと同じように後期桑実胚から胚盤胞と呼ばれる移植可能卵に発育します(図3)。

繁殖が困難な牛からの受精卵の生産
 当センターでは、経膣採卵により平成16から17年度に所内及び県内農家の供卵牛から卵子を採取し体外受精により移植可能卵の生産を試みてきました。大部分の供卵牛は長期空胎、高齢、肢蹄障害等を持つ牛で、人工授精や受精卵移植による繁殖が困難とされたものです。供卵牛1頭当たり8.6個の卵子が採取され、体外受精により供卵牛28頭のうち13頭から、1から8個の移植可能卵が得られました。
 供卵牛の年齢別に見ると、2から8歳及び8歳以上の供卵牛で、1頭当たり1.2個及び1.4個の移植可能卵が得られました(表1)。最高齢は相模湖町の13.8歳(9産)の供卵牛で移植可能卵1個が生産されました。供卵牛の空胎期間別に見ると、空胎期間12ヶ月未満の供卵牛では0.4個と低い成績でしたが、12ヶ月以上の供卵牛で1頭当たり1.9個の移植可能卵が得られました(表2)。 2産分娩後に28.9ヶ月(流産1回を含む)経過した茅ヶ崎市の供卵牛からは移植可能卵が3個生産されました
 これまでの取り組みで生産された移植可能卵は、決して多くはありませんが、人工授精や受精卵移植による繁殖が困難な供卵牛において経膣採卵の利用により移植可能卵を生産できることが判りました。しかし、採取卵子数や移植可能卵数などの向上については、引き続き検討する必要があります。

牛の年齢別経膣採卵成績の表

牛の空体機関別経膣採卵成績の表

経膣採卵による受精卵生産の課題と展望
 経膣採卵で生産した移植可能卵を22頭の受卵牛に移植したところ7頭が受胎し、受胎率は31.8%でした。一般に、体外受精卵の受胎率は体内受精卵に比べて低いとされています。培養条件や凍結方法の改良により受精卵の品質を高め受胎率を一層高めてゆくことが必要です。現状では新鮮卵移植を中心に実施していますので、良好な受卵牛を確保することも重要です。
 体外受精卵の移植において、子牛の生時体重が著しく大きくなることがあると指摘されています。今のところ、どのような条件でどの程度の発生率があるのか明らかではありませんが、ホルスタイン種の体外受精卵を移植する場合には、未経産牛や小型の牛を受卵牛とすることを避け、分娩をむやみに遅らせないよう注意が必要でしょう。
 一方、経膣採卵を反復実施したり過剰排卵処理による体内受精卵の採取を組み合わせるなど供卵牛の状態により手法を選択することにより、特定の供卵牛からより多くの受精卵を生産することが可能と考えられます。また、妊娠中の牛や分娩後の発情回帰前の牛に対しての応用も期待されます。
(畜産工学部 秋山 清)

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