研究情報 2011年4月

掲載日:2016年4月1日

省力的な採卵方法の検討-FSH1回投与による新しい取り組み-

1 はじめに
 畜産技術所では、昭和57年度から乳牛の人工妊娠に関する試験として、採卵、移植、受精卵の凍結保存等の研究に取り組んでおり、昭和61年度から国庫補助事業を導入して黒毛和種の受精卵を酪農家の乳用牛に移植する事業を開始しました。これまでに、延べ1100頭以上の黒毛和種牛から受精卵回収を行い、延べ3200頭以上に受精卵の移植を行っています。また、平成4年度からはその技術を普及定着化させるため、県内の家畜保健衛生所においても採卵を行っています。
 これまでに多くの試験に取り組んできましたが、特に重点的に取り組んできた課題の一つとして過剰排卵処理方法(以下、「採卵方法」とします。)の検討が挙げられます。この方法は優秀な牛から1回に複数個の受精卵を作り出す技術で、移植に必要な良質な受精卵をより多く安定的に生産するために大切な技術であり、国内の10府県と共同で試験を行っています。
 牛の採卵方法は、これまでの研究から豚由来卵胞刺激ホルモン(以下「FSH」といいます。)を用いる手法が採卵成績が一番安定していると報告されています。しかし、このFSHを用いる方法では、薬剤の効果が短いことから、通常3から4日間にわたり、朝夕2回、計6から8回の注射(図1参照)をしなければならず、獣医師に対する負担が大きいことや、注射等による供卵牛へのストレスなどの問題点があります。受精卵移植技術を生産現場で推進するにあたっては、より省力的で簡易な採卵方法の開発が必要です。

図1 畜産技術所で通常行っている採卵方法
 
図1 現在、畜産技術所で通常行っている採卵方法(減量投与方法)
    PRID:黄体ホルモン製剤
    FSH: 豚由来卵胞刺激ホルモン(アントリンR10、単位はAU)
    PG:プロスタグランジンF2α類縁体(黄体を退行させるホルモン剤)
    GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン(排卵を起こすホルモン剤)

2 これまでの取り組み

 当所でも過去に高分子物資であるPVP(ポリビニルピロリドン)10mlに30AUのFSHを溶かした1回投与法の検討を行っており、黒毛和種牛においては1回投与でも採卵が可能であることを報告しています。しかし、この手法ではPVPを自分で調整しなければならず、現場で実用的に利用するのは困難です。
 一方、平成21年の東日本家畜受精卵移植技術研究会大会で青森県から、50mlという通常よりもかなり多い量の生理食塩水に30AUのFSHを溶かし皮下投与することで一回投与が可能なことが報告されました。そこで、平成22年度にこの青森県の報告によるFSH1回投与法を共同試験として取り組みました。ここでは、当所で試験を行った18頭のFSH1回投与試験の結果を紹介します。

3 新しい採卵方法について

 供卵牛は、3.5歳から6.7歳の黒毛和種経産牛を用いました。
 発情日をのぞいた任意の時期に黄体ホルモン製剤(PRID)を膣内に挿入し、4日目の朝にFSH投与を行いました。方法を図2に示します。

図2 新しい過剰排卵処理方法
図2 新しい過剰排卵処理方法(FSH30AUの1回投与法)
    PRID:黄体ホルモン製剤
    FSH: 豚由来卵胞刺激ホルモン(アントリンR10、単位はAU)
    PG:プロスタグランジンF2α類縁体(黄体を退行させるホルモン剤)
    GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン(排卵を起こすホルモン剤)
 
 試験区を、10mlの生理食塩水に30AU のFSHを溶かした10ml区、50mlの生理食塩水に30AU のFSHを溶かした50ml区の2つとし(図2)、これらを(図3)皮下投与しました。対照区は当所で通常行われているFSHの3日間漸減法(図1)とし、試験区と比較しました。
    
 図3 50ml区の皮下投与の様子
 図3 50ml区の皮下投与の様子

 FSH投与開始後3日目朝にPRIDを除去し、その32時間後(FSH投与開始後4日目の夕方)に排卵を促進するため、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH:酢酸ブセレリン、10μg)を筋肉内に投与し、その24時間後(FSH投与開始後5日目の夕方)に人工授精を1回行いました。
 試験は個体差による影響を少なくするため、同じ牛で10ml区、50ml区、対照区の処理を行い各採卵の間隔は2ヶ月間以上空けて行いました。

4 結果について
○卵胞の推移
 FSH投与後に、超音波画像診断装置(エコー)を用いて、卵胞数を数えたところ、図4に示すように、受精卵が取れそうな大卵胞の数は、どの区も同じように増加し、人工授精を行う時期(図中▼)には、15個以上の大卵胞ができました。 図5に人工授精時のエコーの画像を示しました。人工授精時には、黒く抜けた卵胞が多数確認され、採卵時にはそれらがきちんと排卵し、図6に示すように黄体が多数形成されているのが確認できました。

図4 FSH投与開始後の大卵胞の推移
図4 FSH投与開始後の大卵胞の推移

図5 人工授精時のエコー画像 図6 採卵時のエコー画像 
図5 人工授精時のエコー画像                    図6 採卵時のエコー画像
    黒く抜けているのが、卵胞を示す                    白丸で囲んだ部分が黄体を示す

○採卵成績
 図7に採卵成績を示しました。(棒グラフの白抜きが対照区、黒塗りが10ml区、斜線が50ml区を示しています。)いずれの区においても採卵成績に有意な差は認められず、FSHの1回投与で従来から用いられている減量法である対照区と同等の成績が得られることが明らかとなりました。そのほか、正常卵数や採取卵に対するAランク卵数にも各区に差は認められませんでした。

図7 採卵成績
図7 採卵成績 
     正常卵数において差は認められなかった。

5 まとめ
 以上のことから、黒毛和種経産牛においてFSH30AUを生理食塩水10mlまたは50mlに溶解して皮下に1回投与することで、従来の減量投与と同等の採卵成績を得ることが可能だとわかりました。今後はこの採卵技術を利用することにより、優良牛から省力的でストレスの少ない採卵が可能になると考えられます。

6 実施にあたっての注意点
 今回の試験では、黄体を退行させるPG投与の時期をずらして早めに行っています。これにより、FSHと同時にPGを投与して投与回数を1回に減らすことができました。ただし、PG投与は少なくても発情後5日以上経ってから行わないと効果がないことから、この採卵方法は発情直後は避けて行う必要があります。この点に気をつけてください。

7 さいごに

 今回の試験では、黒毛和種経産牛を使用しましたが、ホルスタイン種でこの手法が使えるかどうかは、未だ明らかではありません。ホルスタイン種2頭でこのプログラムを試したところ正常卵が回収されませんでした。その原因は不明ですが、品種によるホルモン剤の感受性の違いもあるかもしれません。今後はこの点も留意しながらFSH1回投与法を改善したいと考えています。

(畜産工学担当 坂上 信忠)

神奈川県

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