審議結果

掲載日:2016年10月26日

様式3-2

次の審議会等を下記のとおり開催した。

審議会等名称かながわ人権政策推進懇話会
開催日時平成28年8月24日(水曜日)10時00分から12時00分
開催場所横浜情報文化センター大会議室
出席者

(座長)
炭谷 茂         社会福祉法人 恩賜財団済生会理事長
(座長代行)
坂田 清一        神奈川県人権擁護委員連合会会長
阿部 裕子        一般社団法人 神奈川人権センター事務局次長

石渡 和実        東洋英和女学院大学人間科学部教授

今原 邦彦        公募委員

岩田 美香        法政大学現代福祉学部教授

杉藤 旬亮        横浜国際人権センター会長

芹沢 秀行        日本労働組合総連合会神奈川県連合会副会長

高橋 瑞穗        神奈川県弁護士会人権擁護委員会委員

鶴田 一子        かながわ人権フォーラム幹事

宮崎 紀美子         特定非営利活動法人 かながわ女性会議理事

次回開催予定日平成29年3月
問い合わせ先

人権男女共同参画課 担当:二井
電話番号 045-210-3637
ファックス番号 045-210-8832
フォームメール(以下をクリックすると、問い合わせフォームがご利用いただけます。)

県民局 人権男女共同参画課のページ

下欄に掲載するもの
  • 議事録全文
要約した理由
審議経過

テーマ「人権がすべての人に保障される地域社会の実現をめざしてー人権啓発のあり方についてー」(4)

    (1) 人権に関する啓発事業の見直しについて(現状報告) 

    (2) かながわ人権施策推進指針に基づく事業実績及び計画について

○炭谷座長

 今回の懇話会は、前回の懇話会に引き続き「人権がすべての人に保障される地域社会の実現をめざしてー人権啓発のあり方についてー」をテーマに、委員の皆様方から、様々なご意見をいただきたいと思っております。

 まずは、議題1「人権に関する啓発事業の見直しについて」、事務局から現状報告をしてください。

(事務局から報告)

 続いて、議題2「かながわ人権施策推進指針に基づく事業実績及び計画について」、事務局から説明をお願いします。

(事務局から説明)

 それでは今のご説明のあった議題1及び議題2の内容についてご意見、ご質問があればお願いいたします。大変要領よくまとめて、わかりやすい資料だと思います。どうぞご自由に言っていただければと思います。

 では私からなのですけれども、皆さんが考えていらっしゃるので、1点だけお考えをお聞かせいただければありがたいと思うのですけれども、資料1の2ページ目の見直しのポイントのところに、公権力の問題とそれから国民相互間の人権問題という2つがある。これは確かに最近大きくなって、昔の人権問題というのは前者が圧倒的に多かったのですけれども、最近はむしろ国民相互間の方が大きいということになってきて、これは事実なのですけれど、それでちょっとわかりにくかったのですが、「とのバランスが取れ」と書いてあるのですけれども、バランスをとるというのは、何かこういう見直しのポイントを書かれた趣旨は、この懇話会で出た意見を基にしてまとめられたのか、ちょっとそのあたりの趣旨を教えていただければ。ただバランスをとる必要があるのかなと。両方とも重要な感じがするので。何か片方が突出してはいけないとかっていうものでもないのじゃないかなというふうには思ったのですけれども。ちょっと趣旨をお教えていただければありがたいと思います。

○事務局

 事務局からご説明いたします。今までの人権啓発イベント等で私どもがやってきたのは、どちらかというと、皆さん差別をしないとか、偏見を持たないでということで、人対人といいますか、国民対国民の間の啓発というのをすごく中心的にやってきたのですね。なかなかその根本にある、基本的な人権の部分、公権力と国民という部分についてはほとんど触れてこなかったのですが、そういったものをいきなりは無理なのですけれども、少なくとも基本的人権とは何であるかとか、もともとの世界人権宣言の精神ってどうなのかなということも、少しやっていきたいという、そういう趣旨でございます。

○炭谷座長

 今まで欠けていた分をやっていこうということですね、はい、わかりました。

○阿部委員

 今のところと関連するのですが、この2ページの上の方に、平成28年度の方向性として、啓発イベントにおける基本的人権や世界人権宣言に関するパネルの展示というふうにあって、この展示をすることは非常にいいことだと思いますが、これに加えて検討していただきたいことは女子差別撤廃条約の中で、日本に対する女性の地位が非常に低いということが長い間問題になっております。委員会から日本政府に対するどのような勧告があるのかということも併せてパネルのなかに展示していただけたら、国際社会は日本をどう見ているのかということが非常に分かりやすいのではないか。この間で言えば、国の施策、まあ不作為ということで例えば相続の問題で言えば、非嫡出子に対して2分の1ということが、長い間続けられてきましたけれども、やっと最高裁が、嫡出子と同じ1ということで、2分の1ではなく1であると。嫡出子と非嫡出子との差別をなくすというような判決が出されましたし、昨年の12月にも最高裁判決が出されていますけれども、そういった意味では国会での議論というよりも、判決で差別を是正していくというようなことが、ある意味で女子差別撤廃委員会の勧告の中身に、合うような形で最高裁判決が出されているかと思うのです。そういった意味では、ぜひ女子差別撤廃委員会の勧告がどういうふうな形でなされているのか、箇条書きでいいと思うのですけれども、パネルに展示していただくということをご検討いただきたいなと思っています。

○事務局

 ご意見いただいたものは頂戴させていただきます。

○炭谷座長

 咀嚼していただいて、対応していただければと思います。

○石渡委員

 今のご意見をお聞きしますと、私は障害分野で主に活動しているのですけれども、障害の方も権利条約を採択して国としての報告を出しましたし、それに対して今度、障害者権利委員会の方に、静岡県立大学の石川准先生が今度委員として当選されてっていうような、やっぱりその国際レベルで見た人権みたいなのを、それぞれの分野で発表していただいて、やっぱり国内の先を見越した国際レベルの中での人権問題みたいなことも提案していただけるようなパネルだといいのかなと、今お話を聞いて改めて思ったのですが。

○炭谷座長

 どうもありがとうございます。坂田委員どうぞ。

○坂田委員

 人権啓発イベントの話が先程ありましたけれども、今年もメッセージ展とかハートフルフェスタがありますけれども、メッセージ展は今年はクイーンズサークルですから、ちょっと人が増えるかもわからないですけれども、長いことですね、ハートフルフェスタの見直しというのは言われておりまして、ずっと私は実行委員で入っているのですけれども、なにせここでいう国民への浸透というか、住民への浸透というようなことについて、大変苦労しているわけですけれども、どうもですね、何年か携わっていて市町村の人権課題というかですね、人権啓発に関する何というのですかね、関心といいますかね、姿勢がね、ちょっと私は弱いような気がするのですよね。地域啓発のいろいろな予算とかなんかも、いろいろなところから多少は出ているのだけれども、やはりこう何か腰が引けたような感じがするので、これからやっぱり各県内の地方自治体、市町村との調整もしていただいて、各市町村は人権啓発に対してどういうようなことを考えているかね、そういうこともしっかりと調整していただくということで。

 今年、実はまた12月にはあるのですが、その直前にですね、同じエリアの中で地域イベントがあるということを聞いていまして、幾ら何でもね、そんなに度々同じような地域でやったのでは、人がなかなか来ないということがありまして、県としても情報をよく収集していただいて、なるべくイベントというのはあまり集中しないでね、ある程度分散していくということを考えていただくということをしたほうがいいかなと思っております。場所によっては人が大勢入る場所と、なかなか集まらない場所とあるのですけれども、これはそこで出演する人の人気度とかね、いろいろなことがあるので一概には言えないのですけれども、やはり何か、私も含めてですけれども、法務省からの何ですかね、啓発経費というかそういうことだけではなくて、県としてどういうことをしたらいいのかね、いろいろなところでご意見をいただきながら、ご検討いただいた方がいいんじゃないかなと思っております。

○炭谷座長

 他に何かございませんか。

○岩田委員

 2つありまして、1つ目は、資料1の1ページ目に関して、著名人のメッセージは、いろいろな意味で影響力が強いので、それを二次利用するというのはいいなと思うのですが、カードというのはポストカードみたいなものだけ作るということなのでしょうか。それだと、どこかに置かれて終わってしまうので、例えばクリアファイルなど日常的に使用するグッズにして、繰り返し見ていくなかで、重要さを認識してもらえるような二次利用をしてはどうかと思いました。予算との兼ね合いですけれども。

 もう1点は教えてほしいのですが、資料2について、ちょうど私が関わっていることもあり、11ページのところからスクールカウンセラーとかが出てきていて、いじめのところでスクールソーシャルワーカーが出てくるのですが、13ページの不登校のところではスクールソーシャルワーカーが出てこないので、先程言った子どもの貧困対策云々でも「スクールソーシャルワーカーにかなり力を入れていきましょう」という動きがあるのですが、それはもう動き出しているからあえて計画のところに書かなかったのか、なぜ記されていないのかを教えてください。いじめ対策ではカウンセラーとソーシャルワーカーが出てくるのだけれども、不登校、引きこもりのところではカウンセラー、ソーシャルワーカーが出てこないので。

○事務局

 内容につきましてはですね、おそらく全部が全部、盛り込めていない部分もあると思います。私どもも内容を確認させていただきまして、実際にどういったかたちでやっているかということについては、改めて確認させていただきたいと思います。

○炭谷座長

 実際にスクールソーシャルワーカーはね、いじめだけでなくていろいろな貧困問題とかね、不登校のモデルとか幅広くやっていらっしゃるからね。

○事務局

 岩田委員が言われる11ページのいじめ対策の方は、教育委員会の所管している分野の事業が書かれていまして、3番の子ども教育支援課、学校支援課のスクールソーシャルワーカー。これは学校、教育委員会での事業なのですね。一方13ページの不登校、ひきこもりは、青少年センターあるいは青少年課とあるのですけれども、これは知事部局の方の、行政でやっている事業。連携は当然必要なのですけれども、スクールソーシャルワーカーが直接活動されるのは学校での現場が多い、ということがひとつあると思います。

○岩田委員

 神奈川ではカテゴリーとして、不登校の時は教育委員会ではなくて青少年センターになるので、入ってこないというように理解するのですか。ちょっと不思議な気がしますが。

○炭谷座長

 でも不登校の問題は当然ね、学校も関心を持ってやっていらっしゃるのが事実でしょうけれどね。

○事務局

 連携はしていますけれども、スクールソーシャルワーカーの出番ということになると、まずは教育委員会。

○炭谷座長

 整理の仕方というところもあるだろうと思います。

○事務局

 11ページの3番にあります、スクールソーシャルワーカーの部分のところにもですね、不登校の部分も含めて事業概要のところに記載がございますが、そういった形での取り組みも進めているということで、連携を図っていると思います。

○炭谷座長

 まだまだお聞きになりたい点もあろうかと思いますけれども、時間の関係上、後ほどまた時間があれば出していただければと思います。

 それでは、議題3「障害者の人権課題の現状『障害者の人権ー障害者差別解消法の施行ー』」です。石渡委員、お願いします。

○石渡委員

 そうしましたら、これから映写していただくパワーポイントのスライド用の資料と、先程から話題になっている相模原の事件との関連で、新聞記事のコピーなど3枚、スライドにも出てきますけれどもご紹介をしています。

 障害分野につきましてはこの4月から障害者差別解消法が施行されたということで、とにかく行政の姿勢がですね、大きく変わっているというのを感じるところですけれども、この差別解消法が出てきた背景というところでは、言うまでもないのですが、障害者の権利条約がもう10年前になります、2006年に採択されました。採択されたときの国連の様子を、この後にも出てきますけれども、脳性麻痺の当事者として差別解消法の制定など、内閣府でも活躍された尾上浩二さんからもらったスライドなのですけれども、本当に国連の議場がですね、800人くらいの当事者の方が集まって割れんばかりの拍手喝采だった、新しい世界、時代の到来を感じた、みたいなことを参加していた方、皆さんおっしゃるわけです。条約、いろいろな意義があるけれども、どなたもですね、障害者観が変わった事だと言います。要するに障害がある人が弱い、守られるべき存在ではなくて、差別解消法のキーワードでもある合理的配慮というようなことが適切になされれば、ひとりの市民として主体的に社会にも貢献していけるんだっていうような障害者観が、この条約によって確立された。そしてそれはですね、障害者だけではなくて、同じように社会的弱者というような位置付けをされていたお年寄りだとか生活困窮者だとか子どもだとか、そういう人達の存在の位置付けも変えたということで、人間観の転換、そういう意味で社会が大きく変わっていくことを担う、というようなことが言われるわけです。

 先ほどの新聞記事にもいくつか紹介しているのですけれども、私がいつも触発される障害当事者のお立場で、藤井克徳さんが、全く目が見えない全盲というお立場なのですけれども、里さんという方と協力してですね、絵本を出して、この絵本が評判で、結構小学校の図書館などにも入れていただいているということです。

 この条約のことをよくですね、北極星であるとか羅針盤っていうような言い方がされて、これからの目指すべき社会の方向性が条約の中に示されている。これは決して障害だけを意図しているのではなくて障害者観が変われば人間観が変わってというような、まさに新しい考え方だと。インクルージョンというような、炭谷先生がいつも言ってくださっているところですけれども、そうことを示している。本当にこの条約というのはですね、いろいろな意味で生きる力が沸いてくるみたいなことをよく言うのですけれども、この間の相模原の事件で、ということを少し紹介しています。

 さっき言った尾上さんの言葉がですね、事件から2日後の朝日新聞に紹介されていてですね、やっぱり自分達は容疑者が言っているような、社会にとって迷惑な存在、穀潰し的なことをずっと言われ続けてきた。そして差別解消法が4月から施行されて、調査官なども尾上さんはやっていらっしゃったわけですけれども、やっぱりですね、新しい時代を目指そうとしていたところの対極、逆に戻るような流れだみたいなことを考えざるを得ないというようなことと、それから、これは東大の目が見えない聞こえないということで日本へレンケラーなどと言われる福島先生が、やはり同じ日にですね、毎日新聞に、資料としても福島先生からもらったのをご紹介していますが、福島先生にしても、藤井さんにしてもですね、障害があるというところからですね、生きるとは何か、命の大切さみたいなものを本当に障害を持ったからこそ発信してくれるって常に思っているのですけれども、相模原の事件は2重の殺人、肉体的な殺人と尊厳を否定された、役に立たない、迷惑な、生きる意味がないみたいに言われる、まさに人権ということを改めて問うているっていうことでないかということを、この2重の殺人という言葉で福島先生もおっしゃっていますし、藤井さんもですね、やはり2つの衝撃という言い方をしているのですけれども、まさに肉体的な命と、尊厳の否定ということをおっしゃっているわけです。

 藤井さんは昨年がちょうど戦後70年だったこともあってドイツへ行ってですね、やっぱりドイツのナチスが600万人と言われるユダヤ人の殺戮をしたというあたりがいつも話題になるわけですけれども、その実験台としてですね、20万人くらいの障害がある人達が毒ガスで命を奪われた。やっぱり戦争っていう厳しい状況になっていろいろなですね、人権の非道が行われるときはまず障害がある人だとか、お年寄りとか弱い立場にある人達から厳しい状況に追いやられるみたいなことを、昨年あたりからたまたまT4作戦ということで発信をしていったわけですけれども、そんなところも含めてですね、この障害者権利条約が出てきたプロセスっていうのをざっと振り返ると、やっぱり世界人権宣言で戦争が最大の人権侵害である、そこからやっぱりいろいろなですね、弱い立場に置かれがちな命を考える。そのなかで障害者の権利条約が2006年に採択された。そしてこの障害者の権利条約が採択された推進力になったと言われるのが、この1990年の障害をもつアメリカ人法で、そのアメリカ人法の日本版として障害者差別解消法が位置付けられているというような理解になっていくのかなということで、改めてADA(Americans with Disabilities Act)、この法律がアメリカでできたときにですね、マスコミは画期的な障害者差別撤廃法がアメリカで制定された、という紹介をしました。でもこの法律に詳しい方達は、いや、障害者差別というのは、いまある差別がなくなってもですね、次々と新しい差別が登場してくるし、このADAというのが、そういう今ある差別を撤廃というところだけではなくて、将来を見据えてかつ障害があってもですね、障害がないアメリカ人とまったく対等であるということをこのADAは位置付けている。

 1964年、ちょうど前の東京オリンピックの年に制定された公民権法の障害者版だというような言い方もされるわけですけれども、この公民権法でもって黒人が白人と対等の権利を獲得した。同じように障害がないアメリカ人と対等の権利をADAは位置付けたのだ。そういう意味では、法律の本質が分かりにくいのですけれども、障害をもつアメリカ人法というように訳すべきだということになったわけですが、このなかで注目されたのが、reasonable accommodation、日本語では合理的配慮と訳されていますけれども、合理的というとある基準でもってすぱっ、すぱっと切っちゃうとか、配慮という日本語も上からやってあげる的な感じがあってこの日本語はやっぱり適切ではないよね、みたいな声もあるのですけれども、やっぱりこの言葉で今広がってきているのでとりあえず合理的配慮でいいのかな、と思うのですが、この言葉が注目されたのはADAなのですけれども、私たちの間でではですね1973年に職業リハビリテーション法がリハビリテーション法になったという時に、この合理的配慮という言葉がリハビリテーション法のなかに登場していて、私は障害分野に特化した言葉なのかなと思っていたのですが、ADAができたときに宗教差別のなかで最初に使われたのが合理的配慮のスタートだった、誕生だったということなのですね。ですから、こういうことからしても、障害がある人への合理的配慮ということが徹底していけば、いろいろな差別に関してこの合理的配慮ということが行き渡っていく、いろいろな意味で差別をなくすということに、また、障害者差別解消法が日本で大きな推進力になるのではないか。で、この合理的配慮を考えるときにですね、この特別扱いという言葉がとても悩ましいものになってくるのですけれども、私、具体的に神奈川なので言ってしまいますが、いまの大学の前に金沢区にある関東学院大学で教諭をやっていました。その当時にですね、90年を過ぎた、ADAが成立した後ぐらいなのですけれども、全盲の方が関東学院を受験したいと。関東学院はご存知のようにキリスト教主義でもって「人となれ、奉仕せよ」ということを校訓として掲げている学校なのですね。ですから、そういう受験のご相談があったときに、もちろん拒否なんかしません、でも障害者差別していないから特別扱いもしません、本学校を受験するのでしたらどうぞ他の受験生と同じ条件で、いわゆる墨字の試験を受けて、入学を勝ち取ってくださいというようなことを、悪意ではないのですけれども、当時の学部長は堂々とおっしゃっていました。20年前というのはまだまだそういうレベルでしかなかったのだな、というように思うのですけれども、やっぱり権利条約ができて、この特別扱いとか合理的配慮の考え方というのをどういうふうに日本に浸透させていくか、というところが問われている。この差別解消法は、本当だったら障害者差別禁止法ということで議論されていたのですけれども、いろいろな意味でですね、突破できない壁があって課題が残されたまま解消法にトーンダウンしたみたいに言われてですね、私達もちょっと冷たい目で見ていたのですが、意外なことに当事者の方たちはですね、解消法が成立したということを歓迎していろいろな祝典をやったりしました。このADAができた20年以上前にですね、やっぱり日本にもJDAを、という声を当時から当事者の人たちは上げていた。それがですね、解消法の成立でもってこの20年来の夢がかなった。そしてやっぱりですね、課題があるにしても法律が動き出すと言うのは、本当に大きな意味があるなということを感じています。

 法律そのもののポイントにもなるので、条約のポイントというところで、やっぱりその障害者観が変わったということが一番だっていうように、私も、いろいろな方もおっしゃるのですけれども、その代表的なものがですね、条約が全部で50条あって、第1条の目的のところに社会モデルについて書かれているのですが、前文のe項というところに、より簡潔に書かれているかなというところで良く紹介するのですけれども、要するに、この条約が社会モデルの視点に立った障害者観だというのは、その前がこういう言い方をしてもちょっと一面的かなとは思うのですが、医学モデルというように対応しては言い方をして、医学モデルというのは要するにですね、障害がない人と同じように活動していくためには障害がある人は頑張る、やっぱり障害を克服してですね、普通の障害がない人に近づくみたいなことを求めたのが医学モデル。従来のリハビリテーションというのは、この個人の努力を専門職が応援するみたいな、個人のところに視点があった。そういう障害者観だったけれども、車いすのままでも、今駅にエスカレーターやエレベーターがあって段差がない社会であれば、ひとりで障害がない人と同じように活躍できる。そういうですね、社会や環境が変わることで障害があるままでも、ご本人が変わらなくても、障害がない人と同じように活躍ができる。そして、こういうような駅のエレベーターやエスカレーターができるとですね、ベビーカーを使っている子育て中の親子も、大きな荷物を運ぶ私たちも、かつてはよいしょと背負っていたけれども、今はキャリーバックというものが当たり前に使われるようになった。本当に障害者目線で社会を変えていけば、いろいろな人達がユニバーサルなバリアフリーの環境のなかで暮らしやすい社会になっていく。今度この差別解消法は物理的なバリアーではなくて、そのソフトなバリアーをどう変えていくかというところを、社会に問うているということになるかな。

 この社会モデルについてですね、とても明確におっしゃっていたのが知的障害の分野で活躍されていたお医者さん、岡田喜篤先生はですね、この社会モデルがまだWHOで採択される前からですね、社会モデルというのはその個人に責任を問うという考え方ではなくて、社会が変わることを求めている。それがですね、究極的な目標は人権尊重。こういうふうに言い切っているのがさすが岡田先生だ、と私は改めて尊敬しているのですけれども、やっぱりどういう状況にある方であっても、相模原の事件の容疑者が言うようにですね、役に立たないなんていう存在はなくって、むしろその人の存在をどう輝かすかということを社会に問うているのが社会モデルの発想だ、人権尊重だという言い方をされている。

 こういう考え方にたってその条約の第2条のところではキーワードが5つ、その4番目に合理的配慮が定義されていますし、3段目に差別という言葉も定義されている。大事なのはですね、「他の者との平等を基礎として」という言葉があって、他の者というのは障害がない人との平等ということになってきて、この言葉が条約の中には全部で35回出てきます。35回出てくるということは、要するに働く場面であろうと、学ぶ場、楽しむ場であろうと、生活のあらゆる場面かつ生まれた時からですね、学校、働く、リタイアした後、人生のあらゆる段階も含めて、障害がない人と対等な生き方というのを、障害がある人に保障するために社会がどう変わるべきかということを合理的配慮という言葉で求めている。差別についても定義をされているのですけれども、日本ではまず障害者福祉の憲法とも言われる障害者基本法の改正のなかにですね、社会モデル発想が第1条の目標とか、第2条の障害者の定義みたいなところで位置付けられましたし、第4条では、条約では3つの差別なのですけれども、日本の法律では不当な差別というのと、合理的配慮をしないこと、この2つをもって位置付けられて、これが差別解消法につながっていくということになるわけです。

 で、差別解消法について内閣府が出しているポンチ絵、全体像を見せているものなのですけれども、全部で26条まであるのですけれども、一番大事なのが3章。そのなかでもですね、第7条と第8条というのが一番ポイントになってきて、不当な差別というのは、内閣府の資料からイラスト等は借りてきているのですけれども、要するに、障害があることを理由にですね、レストランに車いすの人が入ろうとしていたときに、入口に階段があって入っていけないということであればNO!というのもやむを得ないかなと思うのですが、そうではないのにNO!と言ってしまう。病院の入口でですね、精神障害の人が風邪を引いたから内科で見てもらいたいのだけど、ということを相談するとですね、いや精神障害の人でしたら精神科の主治医のところに行って診てもらってくださいみたいな、全く納得のいかない拒否をされる、みたいなことが不当な差別ということになってきますし、これは合理的配慮を提供したことでもってですね、障害がある人から笑顔がでているというイラストになってくるわけですけれども、点字のミニカードがないから入店お断りではなくて、店員さんが読み上げてあげるとかですね、聞こえない人が窓口に来たときに手話通訳ができる人がいないから今日はお引き取りくださいではなくって、筆談で対応してもらえば大事なところはきちんと解決に至るというような、合理的配慮とはなんぞや、というのが差別解消法の一番の大きな課題になってくると思うのですけれども、そういうのは別にそんなに特別なことではなくって、今現在私たちがですね、困っている人に出会った時に行うような、ちょっとした気配りみたいなことが改めて障害がある人に求められてくるよっていうようなことになるかな。

 法律ですから、そのあたりのところをですね、丁寧に整理をして漏れがないようにというのが法律なのだなと思うのですけれども、不当な差別と合理的な配慮を提供しないことというのを、行政と民間の事業者で分けて、特に合理的配慮の不提供というのは、お金もかかるし人員なども求めることになる。それが事業者のですね、本来の事業を追い詰めるようなことになってはということなので、合理的な配慮の提供については事業者には努力してくださいというような位置付けが違っているみたいなところがひとつポイントだということになってくるのですけれども、そのあたりのところも踏まえてなのですが、差別解消法は全部で26条あるのですけれども、第2章でキーワードが定義されているのですけれども、このキーワードのなかにですね、まさに差別解消法で定義すべき「差別」と言う言葉、「合理的配慮」の定義がないということを確認していただきたい、みたいな話をまずするのですね。条約のなかでは第2条で定義をしていました。でもですね、やはりうまく定義できなかったところが経過のものなのですけれど、私はこの差別解消法についていろいろな検討を当事者の人たちとしてきたなかでですね、中途半端に定義をしなかったのは良かったのではないかというように、今むしろ思っています。

 また3年後の見直しということになってきますので、本当にこの3年間あたりで、じっくり本当に国民全体でこのことを考えていくということが、むしろ大事になってくるのではないか、それからこれについては差別解消法ではいろんな難しさがあるので対象としていなくて、働くことの差別は障害者雇用促進法の枠組みのなかでやるというような、一応そういう整理がされているみたいなところも踏まえてなのですけれども、でもですね、やっぱり合理的配慮ということをこういうものだ、という方向性は出さなきゃいけないよねっていうことで、法律そのものには無いのですけれども、やっぱりですね、この差別解消法を担当した内閣府は昨年基本方針を出しているのですけれども、さっき言ったように拙速に定義するのではなくって、障害者との建設的対話って言葉がよく使われるのですけども、やっぱり障害がある人の立場に立ってその声をしっかり受け止めて、関係者、一般市民も含めていろいろな議論していくことが大事だ。そのなかで相互理解が促進されて、この後ちょっと横浜での議論の経過をご紹介したいと思うのですけれども、合理的配慮というのは同じような障害状況であったとしても、その人が今までどういう過去、歴史を持ってきたか、みたいなことでですね、人によって受け止め方とか必要とされる配慮が違ってくる。すごく個別性が高いということを私も実感したのですけれども、内閣府もですね、合理的配慮というのは多様且つ個別性の高いもので、こういうものだとすぱっと割り切れるものではない、本当に一人ひとりを大事にして、だからこそ、そこにですね、尊厳とか人権とかがかかわってくるのだっていうように改めて思うのですけれども、そういう一人ひとり違うということをまず確認をして、合理的配慮ということを考えなくてはならない。そして、法律の一番ポイントになってくるのが7条、これが行政機関に対して。それから8条のほうが事業者に対して、ということで1は第1項というのが不当な差別をしてはならないということを、行政にも民間にも同じように求めているのですけれども、この1項のですね、合理的な配慮の提供というところに、いろいろと課題があるというように私はお話をさせていただいています。

 1つはですね、社会的障壁の除去、いろいろなバリアーを失くしていくっていうことがですね、実施に伴う負担が過剰でなければ合理的配慮を提供しなければならない、ということになっていて、行政も民間の事業者もですね、この負担が過重であれば行政であってもしなくてよいという法律になっていることだ、ということですね。民間に対しては努めなければならない、という努力義務だということなのですけれども、過重な負担ということと、私はそれ以上に障害者の場合に問題になってくるのは、やってくださいよという意思表明があった場合という文言があるのですね。障害がある人達が、お願いしますという意思表明が出来る状況かどうかみたいなところが、改めてですね、コミュニケーションとかと絡めて重要になってくるなと思っていて、7条、8条、行政と事業者とで違いがあるのですけれども、特にこの合理的配慮の負担の過重、意思表明みたいなところに注目していただいて、合理的配慮とはなんぞやみたいなものも今すごくまさに多彩に考えられるようになってきているのですけれども、わりとすぐにエレベーターをつけなくてはいけないみたいな、この費用というところが話題になるのですけれども、行政なんかの場合だとむしろ人手がない、増やせないというところが問題ではないか。わかりやすいところで手話通訳みたいな人が窓口に全てですね、手話が出来る人がいるという配置が出来ることが望ましいのですけども、やっぱりそう簡単に手話通訳者を配置するみたいなことは出来ませんし、手話通訳者というのは今年の合格率というのがですね、2.7%くらいというような話を今年聞いたのですけれども、やっぱりかなりそういう意味で技術が高い、専門性も高いということになるので、そういうプロフェッショナルをですね、どこでも配置できるわけではないので、本当にさっきの筆記でもいいから、というような合理的配慮の柔軟な提供が求められてくるし、この意思表明があった場合ということになるのですけれども、やっぱりですね、意思表明ができるような状況に障害がある人がいるか、というとそのあたりのところが、合理的配慮についての内閣府の資料なのですけれども、駅のエレベーターみたいな物理的なバリアーに関してはわかりやすいし、交通バリアフリー法といわれる法律が2000年に出来たあたりでけっこう交通機関とか公共的な建物の物理的なバリアーはなくなってきた。今はやっぱりこの意思疎通の配慮という言い方がされていますけれども、情報の伝達、コミュニケーションみたいなところがとても大きな話題になってきているし、これがさっきの意思表明なんかともかかわってですね、とても大事になってくるなということで、合理的配慮はいろいろあるのですけれども特にですね、意思疎通というところに注目して私は今、東大の福島先生と盲聾者の方の支援ということをここ3年くらい検討していてですね、コミュニケーションとはなんぞやということについて考えるきっかけがあったのですけれども、日本では障害者総合支援法と呼ばれる自立支援法が改正されたものが2012年の6月に出来たときにですね、それまでのコミュニケーション支援という言葉を、厚労省の方が意思疎通支援という言葉に変えたということを、いろいろなところでこの福島先生の研究会でもその方とご一緒していたのですけれども、おっしゃっていました。

 今までコミュニケーション支援というといわゆる視覚障害とか聴覚障害の方なんかの情報保障みたいに言われがちなのだけれども、本当の意味で対人関係、つなぐ、コミュニケーションというところに問題があるのは、むしろ知的障害とか精神障害とかコミュニケーション障害とか社会性の障害なんていうのがその障害の特徴であると言われているですね、今またいろいろな意味で注目されている発達障害と日本では言っていますけれども、その方達への支援みたいなところこそ、大事になってくる。そのあたりをきちんと視野に入れてほしいということでコミュニケーション支援ではなくって、あえて分かりにくいのだけれども意思疎通支援という言葉を使った。そうすると意思疎通支援という言葉をですね、改めて現実のものにしていくときに、この意思決定支援、要するに自分のことは自分で決めて自分が納得できる生き方をするみたいなことが条約との関連で、今までは自己決定の尊重みたいに言われていたのですけれども、これが新しい日本の基本法改正になかでは意思決定支援という言葉が使われてですね、今までの自己決定がいわゆるこの医学モデル的な発想で、自分で決められる力がある人にとっての自己決定、その結果については自己責任みたいな話になっていくのに対して、やっぱりですね、障害がある人が自分らしく、自分の意思に基づいて生きるというときには意思決定に関しても周囲の支援が必要である、情報提供の工夫をしなければいけないということで、私はこの意思決定支援というのは自己決定の社会モデル発想だ、みたいに言うのですけれども、むしろ周りの人の意思決定をするにあたっての情報提供とか、環境整備だとかいうような支援のあり方を、社会のあり方を問われて意思決定支援だという言い方をしているのですけれども、そのあたりのところがですね、改めて問われてくる。なのですけれども、そのなかでですね、福島先生の言葉に改めて注目をすると、福島先生はご自分が確か9歳で目が見えなくなって、18歳で耳も聞こえなくなったということで、今盲聾という状況なのですけれども、そういうようになって本当に周りの人との関係性をすべて断絶された。それをですね、よく魂の殺人という言葉を使われるのですね。そういう状況になって生きる力さえ奪われてしまったというような言い方をして、コミュニケーション、人と繋がるということはですね、この社会的な存在としての人間、先程2重の殺人というようなことをおっしゃいましたけれども、医学的な衣食足りて生きられるというところではなくて、むしろ人間の特徴である社会的な存在であるというところでは、人と人が繋がる、コミュニケーションが保障されているということが、まさに人として尊厳を持って生きるっていうところでは、コミュニケーションがなければいけないという意味で、コミュニケーションを魂の酸素みたいな言い方をなさいますし、そういうですね、社会的存在としての尊厳を持って生きるということを一緒に考えるような役割っていうことが、コミュニケーションの支援をする人には求められる。コミュニケーション支援というのは、よく言われることですけれども、ランゲージを言語っていうように機械的に訳せば事足りるというものでは英語の通訳なんかでもない。むしろその人の生きてきた背景だとか、その人の文化だとか価値観というところを踏まえてこそ、通訳ということが意味があるのだということなのですけれども、やっぱり障害がある人の情報保障とか意思疎通支援というのも、そういうその人の生き方みたいなところまでを踏まえて、生きる意味を一緒に考える感受性みたいなものを支援者に求めているというところを私はとても大事なポイントだな、と思って、そんなふうに意思疎通支援や情報保障みたいなことを考えていただいて、さっきの7条、8条のところにある意思表明があった場合に、確かにですね、基本的にはお願いしますということがないのに勝手にやってくれちゃうのは余計なお節介でかえって迷惑千万だ、みたいなお話も聞くのですけれども、これまで障害がある人はさっきのような迷惑な存在とか、穀潰しみたいな言い方までされていた時代を生きていくときに、人に頼っちゃいけない、迷惑をかけてはいけないみたいなことをずっと求められ続けた。それが若い人であっても年配の障害者であっても、やっぱりそんなに大きな違いはなくて、そういうような生き方を強いられてきた人達が、いざ4月から施行されましたからといって、お願いしますをそう簡単に言えるものではないので、やっぱりですね、むしろ障害がない人から、お手伝いすることがありますか、何かお困りでしょうか、みたいな声かけをするみたいな、障害がある人の姿勢みたいなものがとても大事になってくるよと思いますし、ここでですね、やっぱりこの障害者扱いみたいなことを改めて考えなくてはいけない。やっぱり自分がお願いしますとか、お手伝いしてくださいということを言えない、特に精神障害の人なんかはですね、自分が障害者であるということを隠したいというような思いをまだまだ持っている。それはですね、障害者だって分かったところで不当な差別を受ける、謂れのない不当な扱いを受けるということを嫌というほど味わってきた。そういう人達にとっては、障害があるということをですね、明らかにするのは自分を厳しい状況に追い込んでしまうみたいな体験しか、今までなかった。

 でもここでですね、合理的配慮という言葉は本当の意味での障害がある人の向き合い方、むしろこのプラス方向でのネガティブでない向き合い方みたいな言い方をするのですけれども、本当にその人が生き生きと誇りを持って生きられるような尊厳を守るための配慮、向き合い方ということはどうやったらいいか、ということを問うているのが差別解消法の合理的配慮だという話になってきて、そういう建設的な対話をするための場として、差別解消のための協議会みたいなものを設けることも求められてきますよ、等々あるのですが、ちょっと飛びまして合理的配慮とはなんぞやということを私がとっても納得できたのが、横浜市がですね、解消法がスタートする前に約1年かけて9回も検討部会をやったのですけれども、この検討部会の委員の構成というのが、全部で19人委員がいるのですけれども、障害者自身が11人、それもですね、知的障害とか精神障害とか、発達障害とか、それこそ今までですね、意思表明をするとか、自分が障害者であるということを隠してきたような方達が、むしろ私達しゃべられる人は3時間でも4時間でも止まらない大学の教員とか弁護士さんなんかはですね、たった6人。障害がない立場では。この6人がですね、本当に後半の5回目以降くらいになると一言も発言するような余地がない、といったら失礼なのですけれども本当に障害がある人達、知的障害とか精神障害の人達に対してもですね、本当に事務局が事前、事後にそれぞれの方のグループホームとか職場へ訪問してですね、じゃあこの次はこういうことを議論するから、こういうことについてあなたはどういうふうに考えておく、みたいなことを3時間くらいかけてですね、終わった後もこの前こういう議論があったのはこういうことだから、じゃあ次にはということで、まさに合理的配慮だと思うのですけれども、徹底してですね、ご本人が納得できるような支援をしてくださった。それが知的障害や精神障害の方が本当に生の自分のですね、差別体験の痛みを語ってくださったのですね。そのあたりのところを、まとめ役をやっていたので、はじめにというところで書かせていただいたのですけれども、やっぱり差別の体験、私も障害者としての差別は体験したことがなくて、女性としての差別というのは結構痛みを感じたことがあるのですけれでも、そういうのってやっぱり本人でないと分かりきれないのですよね。ですから、そういうご本人達がご本人でないと語れない痛み、その時にどういうかかわりをしてくれたことが自分にとってありがたかったか、という暮らし体験を含めて語ってくださった。それって本当に同じ障害でも人によって違うし、視覚、聴覚、身体、それぞれの障害の方いらっしゃいましたけれども、違っていました。それでですね、9回の検討が終わったときに障害がある人がですね、他の障害者の立場というのがこの委員会に出て本当によくわかった。そしてそれぞれの障害がある人たちが、障害は違うけれども本当にご自分の生き方というのをですね、必死になってその方ならではの生き方というのを、どうやって生きようとしているかということが本当によくわかったというような感じで、お一人お一人の存在、そのかけがえの無さみたいなものを、とても実感できた検討部会だったということを、障害者の方達もそれから私達障害がない人間も、事務局として聞いてくださっていた行政の方達も、ということをすごく実感できたのですね。そういうなかで、結論的に抽象的なのですけれども、この合理的な配慮の提供というのは、出会った人をいかに大切に思い、その人の生き方を尊重するために同じ支援として何ができるかを真摯に考えるという、まさに支え合い、共生社会を実現するための努力だというようにちょっと抽象的ですが書いて、でもそういうことだよねと皆さん納得してくださったし、本当にその場に居合わせた人達が、この人がいてくれたからこそ、誰一人を欠いてもこの議論はできなかったというような、まさに人権尊重みたいなところが納得できた。だから特別な検討部会だから、さっきのような新協議会だからではなくて、当たり前の社会のなかでこういう場が持てるような、そういう場作りをどう仕掛けていくか、ということが差別解消法に求められるというところなのだろうなということをつくづく思った訳です。

 すみません、時間になってくるので、最後の一枚なのですけれども、障害者権利条約のキーワードっていろいろ言われますし、なのですけれども、多様性の尊重みたいなこともよく言われます。今までの日本社会というのは、マイノリティーがマジョリティーに合わせていって、というそれこそさっきの医学モデル的な大多数に合わせる、それが社会として求められて大きな推進力になっていくのだ、みたいなものが高度経済成長時代なんかはまさにそうだったわけですけれども、今は違いがあって違いがあるからこそ、いい所は活かし、苦手なところはお互いが支えあってということで、これは朝日新聞の一面に紹介されている折々のことばでですね、鷲田先生が多様性の尊重というものは、一人ひとりが違うということを大事にするというところから始まって、人は個別性においてこそ輝く。フランスのエマニュエル・レヴィナスという人は、誰かを別の誰かで置き換え可能と見るのは人間に対する根源的不敬だみたいにおっしゃって、それこそ高度経済成長の時代にですね、歯車のひとつみたいな言い方をしていつでも他の人に置き換えられるのだ、みたいなところで日本は経済力を発展してきたみたいなことがあると思うのですけれども、やっぱりそういうなかで障害者が否定されてきたし、そういう人間観であってはこれからの時代はっていうことが問われてきている。

 そしてリオでのオリンピックがありましたが、リオデジャネイロのオリンピックのキーワードということで最近注目されているのが、この多様性の尊重という言葉ですよね。これがリオデジャネイロの場合は、むしろ性的なマイノリティーの人の、同性同士の結婚なんていうことがいろいろな場面でオリンピックと共に話題になりましたけれども、やっぱりいろいろな人の違いに着目するみたいなところに広げていくっていうことが大事になってくるのではないかなと思ってですね、オリンピックのこのレガシーという言葉が話題になったのが1996年のアトランタの後あたりからだと思うのですね。IOCにしてもJOCにしても、オリンピック委員会のHPを開くとレガシーという言葉が飛び交っていますけれども1996年というのはアメリカならばADAが成立した後ということで、やっぱりそういう違いに着目するということが、むしろアメリカ社会の強みで、黒人に対する公民権法なんかもできていったと思うのですけれども、これから改めてですね、違いへの注目みたいなものを2020年東京オリンピック・パラリンピックが開かれるにあたって、改めてそういう違いを尊重するみたいなところから差別・偏見というような心のバリアーというところに一層取り組んでいくことになるのかな。リオの話題が多様性の尊重だったら、これからは東京では、おもてなしの、というような言い方をされているのですけれども、私はおもてなしはもう、こういうイベントの大前提だと思うので、日本が強調するのだったら、やっぱり平和だろうと思うのですね。今朝NHKでブラジルの青年が、是非東京では平和を強調してほしいみたいにおっしゃっていましたけれども、やっぱりそうだと思うのですね。平和を強調するということは世界人権宣言みたいなところに繋がっていって、一人ひとりの違いを尊重するというリオでの発展みたいなことにもなっていくのじゃないかなと思っていまして、さっきから言っているように障害者目線でそういうバリアーをなくしていくということは、本当にあらゆる人をも、それこそヘイトスピーチなんていう外国籍の人への偏見みたいなものも改めて重要になってくるというところで差別解消法が出来たのを、やっぱり障害がある人達、障害者だけの視点だけでは見ていない。あらゆる差別というところで見ていて、条約化できたということが大きな力になっているのですけれども、ここで相模原の事件が起こったということを神奈川だけでなく、本当に全国で注目をしていますけれども、やっぱりこのことから今まで積み残されてきた課題とかですね、やっぱり世界的な基準で見たときの人権というのを、やっぱりオリンピックとかいうような国際的な祭典をこれから4年後に控えているということを、むしろ推進力にして、改めて人権が問い直される今なのではないかということを思っています。

 駆け足でそんなように障害者差別解消法というものを、私だけでなくて障害分野ではそんな発想でもって厳しい事件があったことも踏まえて、考えているというところをお伝えできればということで、どうもありがとうございました。

○炭谷座長

 石渡委員、どうもありがとうございます。大変内容のある、深みのあるお話をですね、限られた時間の中で要領よく説明いただきまして、大変参考になったのじゃないかなというように思います。本当にありがとうございます。

 それでは今の石渡委員の話も踏まえまして、これについてのご意見、もしくは石渡委員にですね、この部分をもっと聞きたいということも沢山あろうかと思いますので、自由に出していただければと思います。どうぞ、お願いいたします。

○鶴田委員

 先生ありがとうございました。とても詳しく、いろいろな状況をわかりやすく説明いただきまして、ありがとうございました。

 質問ですが、先生は県の教育臨調にも、参加していらっしゃるってお聞きしたのですが、その中で今、高校の問題でインクルーシブ教育が問題になってきていると思うのですが、もう来年から実施されるのですね。その中で県には、養護学校が7校から8校足りないと言われているけれども、造らない。そのことと、インクルーシブ教育で高校の通常級に障害のある生徒さんを入れるということの関係はあるのか、全く別なのか教えてください。又、本来のインクルーシブ教育をしようとしているのかということと、その通常級に入った子達の、先程からおっしゃられている合理的配慮という点では、本当に保障されるのかも教えてください。お金がないと言われている中でそれがどうなってくるかというところがとても気になるところです。石渡先生にお伺いするより、県の教育委員会に伺ったほうがいいかと思うのですが。教育委員会の方も出ていらっしゃいましたけれども、障害児教育と教育委員会はとっても関連性があるので、今日はぜひいて欲しかったのですが。

○石渡委員

 先に私の方から、インクルーシブ教育っていうものは、日本では特殊教育が特別支援教育ということになった2007年から新しい流れの中で、インクルーシブ教育が始まっているというようなことが一般的な理解でいいと思うのですけども、でも現実はですね、神奈川県なんかが典型ですけれども、養護学校のニーズがすごく高くて、養護学校のニーズが高いのはやっぱり障害に対する適切な支援、まさに合理的配慮的なことが養護学校では物理的にもできるし専門的な先生もいらっしゃって、確実に適用してもらえる。でも、その合理的配慮を通常学級のなかで提供することがインクルーシブ教育だということを、当事者の方達は前からずっと言い続けていますので、そうなった時にやっぱり一番は、通常学級の先生方がまずその障害があるお子さんにどう向き合ってくれるかっていうところになってくるし、あと、障害がない子供たちがどう障害がある子どもさん達を支えたり、決して障害があるお子さんが支えられるだけではなくて、支える大きな役割も果たしているみたいなことが、やっぱりインクルーシブを言うときの大きなポイントになってくると思いますし、むしろ保育所とか幼稚園はかなりインクルーシブな保育とか教育が実現してきているのに、小学校に入るところで流れが変わってしまうのが日本だ、みたいに言われる。やっぱりそれはいじめとかがあって、通常学級へ行くとその子の存在が否定されてしまう、それに比べて養護学校に行けば職業教育なんかも含めて、自立ができる教育をしてくれるみたいなところがあるので、やっぱり、今、特別な養護学校とか、特別支援学級でやっているようなことを通常学級でやれるような教育力というのを先生方につけていただいて、むしろ子ども達のほうはそういう場があれば自然に変わって行くみたいなことは、共に学び実践をしていた方が皆さんおっしゃるわけですよね。ですから、そういうやっぱり共に学べるような場を、でもそれって障害児が排除されるだけでなくって貧困の子ども達とかも含めた、子どもの人権をどう考えるかを問い直すなかで、障害がある子も活かせる通常教育になっていくのだろうな、みたいなところが言われているので、やっぱり今、インクルーシブ教育で一番必要なのは通常学級のあり方をどう変えていくかだ、みたいに責任転嫁するわけではないですけれども。差別をなくすというときに一番のポイントは、やっぱりこの意識をどう変えていくかっていう福祉教育みたいなところになっていく。そういう意味でも本当に教育委員会の果たす役割っていうものは、今まで以上に大きなものになってきているのではないか、みたいには話にはよくなるのですけれども。決して責任転嫁をするわけではないのですが。

○鶴田委員

 インクルーシブ教育になったら、本当にそれは望ましい。望むことですよね。この世の中にいろいろな人がいる。一人ひとり違うのが当たり前で、それがみんな同じところで学べるということは一番いいことだと思うのですが、先程からおっしゃられている、合理的配慮が保障されない限りせっかく進学してもどうなのかなっていうことが心配なことです。障害児がすごく増えていて、本来7つ8つ必要な養護学校が建たない。神奈川県で必要とされているのに。そことインクルーシブ教育が出てきたということは別な路線かもしれませんが、それが気になったことです。

 それからもう一つ。横浜市の例が出てきたのですが、横浜市立の北綱島養護学校がなくなるということですが、私、北綱島小学校に11年ほど勤めていました。隣が廊下で繋がっていて、学校ができる過程からずっと見てきました。また、私が障害児学級の担当をしていましたので、交流についても文科省の指定を受けながら、北綱島養護学校と、イベント的な交流ではなくて日常的な交流を、ということでずっとやってきました。本当にクラスに養護学校の子ども達が自然に入ってくる、当たり前に行き来できるっていうことをやってきました。それが突然なくなる。それは児童数が増えてきたからです。別なところに大きなものを作るからなくす。あの近所にいる子どもたちは、長時間、バスに乗って通学、それこそ合理的な配慮がない中でなくされてしまうっていう状況です。横浜市は、養護学校は県が建てるもので、本来、市ではないと言っているらしいのですが、あんな立派な施設です。しかもそこに入学してくる子ども達は重度重複の子ども達で、本当に初めて世の中に、その学校ができたことで入学できなかった、就学できなかった子が就学できるようになったのです。それをなくしてしまうということを、設置は県なのだということなのでどう捉えているか県の教育委員会に聞きたかったです。次回にでもおこたえください。

○炭谷座長

 何かお答えすることはありますか。特になければ。

 ○事務局

 教育委員会の方の部分になりますので。

○炭谷座長

 わかりました。ではまたお伝え頂きまして。

○石渡委員

 北綱島に関しては、あれですよね、ミニ4校と言われて重度重複の方達の学校。私も大学の近くに新治養護学校があったのが今若葉台に移って、やっぱり新治なんかにしても需要が多くって受け入れる子ども達が増えて、それこそ保健室を潰して教室にしなくてはいけないような実態があったので廃校になってしまった。若葉台団地のなかの学校に移すみたいな流れで横浜がどんどんやってきているので、やっぱり優先すべき課題は何かっていうところにすると、子ども同士の交流よりも、やっぱり命を守るという物理的な方が大事になって独立した養護学校になってしまったっというような流れが、残念ながら横浜にはあるのかな、みたいにお聞きしているのですけれども、本当に残念ですよね。

○炭谷座長

 それでは時間の関係で芹沢さんお願いします。

○芹沢委員

 芹沢です。今日のお話を聞いて、発言をしたいと思います。今日の講演の前に、県の施策のお話があったのですけれども、それと絡めてお話をしたいと思います。神奈川県の障害者にかかわる施策のなかの一つのシンボリックな課題は、県立高校でやっぱりどうやって生徒を受け入れていくかっていうことに、私は端的に現れるのだろうと考えています。先生のほうから関東学院の話も出ました。神奈川県の入試選抜制度を改めて振り返ってみると、受入れとしての入学者選抜制度でいうと、拡大文字を採用したりとか、点字を採用したりとか、試験時間を延長したりとか、別室受験を認めていったりとか、または介添え者の同室を認めたりとかっていうように、障害者団体、当事者の発言を受けながら様々、当時は言葉としてはなかったけれども合理的配慮の視点で、神奈川の入学者選抜制度は改善をされてきた歴史だったのだろうなっていうように、まず一つ押さえています。

 このことを受けて2点目です。その中で、知的な障害がある子ども達をどうやって県立高校で受け入れて行くかっていうことが今回大きいテーマです。当然条件整備はもちろん必要であるし条件整備を求めてもいきますが、卵が先か鶏が先かじゃないですけれども、これも先程の石渡先生のお話であったように、コンセンサスを作りながら、進めていくことが大事なのではないでしょうか。今回神奈川県はパイロット校3校導入し、当面10年程度で20校まで拡大していくとしています。その条件整備ということの中の財政的な負担も、段階的でなければ処置できないし、合理的配慮、条件整備ができないっていうこともあると思います。もう一つそれ以上に大事なことは、そういう新しい障害の、ある意味点数は取れないかもしれない子達を受け入れていくための県民的なコンセンサスとか、地域的なコンセンサスとか、先程石渡先生からお話があったように、教職員の研修としての合理的配慮がきちんと身につく時間が必要であると考えます。そういうふうに考えていくと段階的にパイロット校というやり方で県立高校で受け入れていくっていう道筋は、私は障害者差別解消法の中の合理的配慮を具体的に展開をしていく方法だと思っております。県には、その方向で進めていただきたいと思います。私はあるシンポジウム出たときに、県立高校の教職員の方が条件整備ができなければそういう子どもが高校に入ってくるのは不幸だ、と発言されました。

 私はその発言を聞いた時にまさに当事者というのは誰なのかと思いました。それに対して現役の高校生が私達は小学校も中学校も一緒に学んできた。いじめもあったし、いろいろな関わりもあった。けれども、その中で一緒にいるということを経験してきた。県立高校の中でも共に学びたいというふうに発言されたお子さんがいらして、まさにここに未来への希望があるなというように思いました。以上です。

○炭谷座長

 ありがとうございます。それでは何かご意見、ご質問ありましたら、どうぞ自由に。

○阿部委員

 先生ありがとうございました。非常に勉強になりました。それでですね、皆さんも同じようなお考えだと思いますが、先生のレジュメの20ページのところにオリンピック・パラリンピックのレガシーをというお話がありました。オリンピックの是々非々は別として、4年後にやっぱり神奈川県もいくつかのオリンピック競技の会場になる。それから、国際的に様々な人々を神奈川県も、横浜も含めて、かなり大勢の人々を長期間受け入れることになるだろうというように思います。レガシーと言われてですね、そうかこういうことかっていうように思ったわけですけれども、毎年毎年1年ごとにこういう取り組みをしようというよりは、少なくとも障害者の差別については4年後までにここまで到達したいというような、やっぱり基本計画なり、それからステップを踏む必要があるのではないか。神奈川県だからこそ、それが可能なのではないか。もう1つは、外国人に対する差別をやはりどうなくしていくかという、この2つを重点的に、オリンピックが到来するこの4年間の計画をきちんと立てていくということは、人権の視点からとても必要なことではないか。ですから、あらゆる分野について、障害者それから外国人の人権問題について、すべて網掛けをしていくというぐらいのリーダーシップを、是非神奈川県にとっていただきたいな、という意見です。

○炭谷座長

 わかりました。それではほかに。

○岩田委員

 現場での困り事を私が聞いたので、先生に教えてもらいたいと思い質問です。ちょっと前なので今は少し変わっているかもしれませんが、ひとつは、人事について、障害者を雇用したときに、「これをやってください」と言ったら、「いやできません」と言われたと。やっぱりそれは本人にとってはできないだろうから、という合理的配慮で、「はい、そうですか」と何でも本人の回答を受けざるを得ない。もうひとつは、学校の事務的の方からで、そこは結構小さい学校だったのでかなり個別にケアをしていて、車椅子のための机を用意する、内部疾患なんかでトイレが近い人であれば後ろで授業に出てもいいと各先生に言うというようにして、もちろんノートテイクなどもしていたのだけれど、試験の時に、発達障害の方だったのかな・・・、「(試験の雰囲気のために)自分の力を発揮できなくて単位を落としたので、自分の評価はレポートに変えてください」と言ってきたそうです。合理的配慮として、学校としても職場としても寄り添って行きたいけれども、それらは全部条件を飲んでいくことが合理的配慮なのか。どのように、それを考えたらいいのだろうかと質問されて、私も明確には答えられませんでした。当事者の方にとっても、せっかく障害者の人権を守るということが、要求を出していく中で、ややもすると逆風も吹きかねない。これらをどのように整理して考えていけばいいのかを教えていただきたく思います。

○石渡委員

 基本は障害がない人に対する配慮をするのと同じように、障害がある場合、やっぱり障害がないっていうようなことであっても、お一人おひとりが違うわけですから、いろいろな支援とかを場面によって必要とするっていうことはある。やっぱり人と人との向き合い方っていうのを障害があるなしにかかわらず、問い直してきている時代なのだろうなと思うのですね。でも障害があるところへの配慮というのは、先程もお話がありましたけれども、例えば情報保障でしたらかなり機器が進展していてそういうものを使えば、みたいな専門性みたいなことが発展してきているので、そういう情報は提供できる専門機関がいっぱいあると思うので、働く場なんかにしてもそういうものをどんどん入れようというのは、働く事に関しては民間も合理的配慮は義務として提供しなくてはいけないということが雇用促進法の枠組みになっているので、かなりの企業の姿勢が変わってきているということはあります。先生が最初におっしゃったように、それはその人の能力を活かすということであってその能力を超えたような要求をするということは、やっぱりその障害があるなしにかかわらず、人を活かすという視点で考えたときに、きちんとその人の人間性なり人を理解するみたいなところで、これは求めるけれどもこのことに関しては別の人にみたいなことになってくるのかな。

○岩田委員

 私が相談されたのは、その人にね、私これはできないのですって、私の場合はレポートに変えてくださいっていうように。個別性だとしたら、担当者だったり担当の事務の人はわからないから、そう言われたらそうするしかないか、みたいな部分でそれをどんどん飲んでいくということが配慮になるのか、これはどう考えたらいいのか。

○石渡委員

 そのあたりに関してとても危惧されているところなのですけれども、どんどん飲んでいくのではなくて、建設的対話というように言っていますけれども、どこまでだったらできるし、こういうことをやってもらえば、私達もここまでだったら活躍できるみたいなことを、当事者の人がお互いの人としての理解を深めていくみたいなところを合理的配慮っていうような発想の中で新しい流れを作っていくことになっていくのかな、みたいには。

○岩田委員

 学生の立場ですと、単位がかかっていたら必死になるので言ってくると。大学事務の方としてはどうしたらいいのか、そこを隠しちゃったらうちの大学なり、うちの短大としては配慮していないかな、と思われるし、どうしたらいいのだろうと個人的に相談を受けたことがあって、私としても返答ができなかった。

○石渡委員

 それがリーズナブルかどうかの判断をどこでやるか、ということになるのだと思うのですけれども。

○炭谷座長

 ほかにどうぞ。

○宮崎委員

 さる、7月26日に相模原市緑区で起った「津久井やまゆり園」の障害者殺傷事件は障害者を標的としたもので、容疑者の言動は多くの人々に衝撃を与え、決して許されるものではないと思っています。わたしも地元相模原市の市民としてとてもショックを受けていました。

 最初のマスコミ報道によれば、植松容疑者は、ほがらかでよく挨拶もしており、入所者を連れて楽しそうに散歩していた等の情報があったのですが、その後、事件の概要が発表されてからは、津久井やまゆり園の入所者の心のケアー・防犯対策ということが多数報道されています。

 これはとても大切なことで最優先に実地されることだと思います。

 ただ、植松容疑者が極悪な言動に至ってしまった原因、社会環境・職場環境など様々なストレス要因を徹底的に解明していかないと、同じような事件が起こるのではないかと思っています。

 また、セキュリテーの強化のため、塀を高くするという案も検討されているようですが、その対策によって、地域住民との間に築かれてきたコミュニケーションが遮断されてしまうのではないかと懸念しております。

 入所者にとって地域住民との交流もメンタルの部分でとても大事のことと思っています。安全面の強化とともに、今まで築いてきた地域社会との心の交流が継続できるようにすることも重要な課題だと思います。

○杉藤委員

 関連でよろしいでしょうか。以前はあの施設は県営で、直営でやっていらしたのですよね。改革になってから、任されるようになったのですよね、外郭団体に。

○事務局

 指定管理者制度ができまして。

○杉藤委員

 以前は随分ね、今おっしゃったように外部、地域といろいろ交流があったみたいですね。そういうことが随分変化されてきているし、それとね、思うのですけれども先程からの障害者が普通学級で授業するということ、これも本当にすごく素晴らしいことだと思うのですけれども、その背後にですね、保護者の方がね、随分いろいろな考え方の人が沢山おられるのですよね、今。一緒に勉強させたら、我々の息子や娘がね、学力が落ちるとかね、そういうものの考え方をする一般の方が本当に多いのです。だから、一般に普通の授業として取り組もうと思う学校側の姿勢も、その辺のところが随分阻害されているようなことも沢山あるわけですね。で、障害というよりも特別支援級っていうものが随分増えました、ここのところ。どこの学校行っても必ず学級が併設されている時代になってきましたけれども、その辺のところは大きな問題だと思うのですけれども、一言で言ったらやっぱり、人を大切にするという具体的な、本当に簡単な言葉なのですけれども、その人を大切にするということさえ分かればね、すべてのことを大切にするためにはどうしたらいいのかというね、その具体的なことをやっぱり皆が、そこは簡単なことだし、当たり前のことなのですけれども、そのあたりを具体化していくっていうことがものすごく難しいと思うのですね。その辺のところをどうやって市民運動みたいなかたちで広めていくかということだと思うのです。だから、障害者の方、いろいろな意味で外傷を負っている方は目に見えますけれども、精神的な面だとか内面的な問題の方はなかなか分かりませんしね。その辺のところもいろいろ大きな難しい問題です。それだけに皆で考えていかなくてはいけない問題だと思います。

○炭谷座長

 時間がそろそろ過ぎております。今原さん、何かご発言があれば。

○今原委員

 私は今日で任期が切れます。委員の方々の真摯な取り組みに、いつも感心していました。それと、貴重なお話を沢山聞けて、大変感謝しております。今後に活用していきたいと思っています。今日は「平成27年度全国中学生人権作文コンテスト横須賀地区大会入賞作文集」を持ってまいりました。お手元の、資料1の1ページの2段目、中学生の人権作文コンテストとありますが、これがその「入賞作文集」です。中学生が、一生懸命考えて、調べて書いています。そして2,741編の作品が応募されました。それぞれのテーマがあって、これだけのものを書くのにはよく勉強しないと書けません。中学生の間にですね、1回だけ人権作文を書いてもらえば、いずれは、啓発活動等をやらなくて済むような時代になるのじゃないかと私は期待しています。これは全員やっていただきたいと思って、学校を回っています。1,000に満たなかったのです、6年前までは。それが2,700まできました。協力していただける学校が結構増えてきました。横須賀の場合は3年生だけ対象にしています。3年生の7割は書いてくれていると思っています。坂田会長の横浜市は50,000点の作品があがってきています。横須賀も頑張って横須賀市だけだと2,500点です。後でお時間ございましたら読んでいただければわかりますが、いろいろ考えて書いてくれています。お手元に、皆さんにお配りしましたので、後程また読んでいただければ幸いだと思っています。お世話になりました。ありがとうございました。

○炭谷座長

 高橋さん何かありますか。ご発言は。

○高橋(瑞)委員

 本当に素晴らしい作文集だと思います。横浜市とか神奈川県も是非こういう文集を作ってほしいと思います。

○坂田委員

 全国のもありますよ。

○高橋(瑞)委員

 子どもたちに読んでもらいたいので、何らかの形で子どもに配布するなど子どもが目を通す機会を持ってもらいたいと思います。

○今原委員

 そうですね。学校には行っているのですが。クラスには1冊か2冊は置いてあると思います。

○炭谷座長

 どうもありがとうございます。ちょうど予定した時間を過ぎておるようでございます。今日のテーマ、石渡委員のご説明は大変分かりやすく、刺激的な内容が沢山含まれていて、まだまだ議論したいところでございますが、時間が過ぎております。石渡先生、本当にどうもありがとうございます。私自身、今回の相模原の事件ですね。本当にいいタイミングで、このように県から報告して頂いたのではないかなと思っております。

 それでは最後に事務局から連絡事項があるようでございますので、お願いいたします。

○事務局

 本日は貴重なご意見を沢山頂戴いたしまして、誠にありがとうございました。第12期の皆様の任期は今年度の11月末までとなっておりますので、今後ですね、11月までの間に特別な案件がなければ、皆様にお集まりいただく機会は今回を持ちまして最後となります。ということですので課長より一言ご挨拶を申し上げます。

 本日は皆さんどうもありがとうございました。貴重なご意見を多くいただきまして、石渡委員には長時間にわたりご講演いただきましてありがとうございました。今日いただいたご意見ですね、教育の関係等は教育委員会に、途中で退席しましたけれども、しっかりと伝えさせていただきたいと思いますし、その他の意見を含めまして、今後の啓発に役立てていきたいと思います。会議としては今回で最後になりますけども、11月まで任期がございますので、いろいろご相談させていただくようなこともあるかと思いますけども、その時はよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。

○炭谷座長

 それでは本日の会議はこれで終了したいと思います。また、今回で任期が終わられる委員の方々、本当にありがとうございました。今後とも神奈川県の人権問題についてご関心を持ってご助言いただければありがたいと思います。ここで終わりたいと思います。どうもお疲れ様でした。

 

会議資料

資料1  人権に関する啓発事業の見直しについて-平成28年度の方向性- [PDFファイル/267KB]

資料2 かながわ人権施策推進指針(改訂版)に基づく平成27年度の主な事業等実績及び平成28年度の主な事業等計画 [PDFファイル/292KB]

資料3 「障害者の人権ー障害者差別解消法の施行ー」レジュメ [PDFファイル/3.59MB]

 

 

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神奈川県

このページの所管所属は 県民局 くらし県民部 人権男女共同参画課 です。