第65回神奈川スポーツ賞プロフィール

掲載日:2016年10月20日

神奈川スポーツ賞

江島 雅紀(えじま まさき)さん <陸上>

江島 雅紀
 平成28年度全国高等学校総合体育大会陸上競技男子棒高跳と第71回国民体育大会陸上競技少年男子A棒高跳の2大会を制した。いずれも自身の持つ日本高校記録を更新しての優勝であった。
 脚光を浴びたのは高校2年生の時、世界の16.17歳のトップ選手が集う第9回世界ユース陸上競技選手権大会(コロンビア)において、5m00cmで6位入賞を果たし、次代を担う選手となった。
 高校3年生となった今年度は、5月に行われたセイコーゴールデングランプリ陸上2016川崎において、日本のみならず各国の代表選手と堂々と渡り合い、5m42cmの日本高校新記録を樹立し5位入賞を果たした。また、7月に行われたU20世界陸上競技選手権大会(ポーランド)では5m35cmで6位入賞した。海外遠征が続く中、勢いそのままに、高校生活最後の全国高等学校総合体育大会陸上競技大会では、自身の持つ日本高校記録を更新(5m43cm)し、圧倒的な力で優勝した。さらに、10月に行われた国民体育大会では、その記録を3cm上回る、5m46cmの大記録で高校2冠を獲得した。
 日本高校陸上競技界を牽引してきた若きホープの目は、既に世界の舞台を見据えている。4年後の東京2020オリンピック競技大会での活躍が期待される。
県立荏田高等学校3年生
[横浜市]

日本体育大学体操競技部女子 <体操>

日本体育大学体操競技部女子
 第69回全日本体操団体選手権大会女子団体総合において、第68回に続く2年連続優勝を果たした。2大会とも予選から1位を保持し、優勝を果たした。
 リオデジャネイロオリンピックに出場した村上選手を含め、数々のタイトルを獲得してきた選手達が集まった常勝チームである。
 2016年全日本学生体操競技選手権大会では、団体種目別選手権の部で、跳馬・平均台・段違い平行棒・ゆかのすべての種目で1位となり、団体総合での完全優勝を果たした。
 日本体育大学体操競技部は、日本の体操競技が初参加した第10回オリンピック大会以来、数多くの代表選手を輩出している、歴史と伝統のある部である。現在は、健志台キャンパス「体操競技館」を練習拠点とし、男子とともに活動している。
 国内での活躍はもとより、今後も同大学の在学選手や出身選手が日本代表として、オリンピックや世界選手権大会など国外で活躍することが大いに期待される。
〔横浜市青葉区〕

一ノ渡 桜(いちのわたり さくら)さん <ライフル射撃>

一ノ渡桜選手
 平成27年度全日本ライフル射撃競技選手権大会10mARS40W※のファイナルにおいて、日本新記録を樹立し見事優勝を果たした。
 高校から競技を始め、ライフル射撃のかっこよさと楽しさからどんどんのめり込み、着実に実力をつけてきた。
 高校2年生では第33回全国高等学校ライフル射撃競技選抜大会で優勝を果たし、高校3年生では第52回全国高等学校ライフル射撃競技選手権大会において、本射で大会新記録、ファイナルで高校新記録及び日本新記録をマークし優勝を飾った。
 法政大学に進学後もさらに競技力を高め、平成28年度第32回全日本クラブ対抗選手権大会では2年連続優勝。第71回国民体育大会成年女子では見事逆転優勝を飾るなど、常に日本のトップで戦っている。
 現在、日本ライフル射撃協会のNT(ナショナルチーム)Bカテゴリー指定選手となっており、今後は、国内のみならず世界でも活躍が期待され、4年後の東京2020オリンピック競技大会に向けて目が離せない存在である。
※50分間の中で10m離れた場所にある標的に向けて40発撃ち、点数を競う競技種目。
法政大学2年生
〔横浜市〕

木村 嘉秀(きむら よしひで)さん <スキー>

木村嘉秀選手
 平成28年3月、ポーランドのザコパネで開催された、知的障害者スキー世界最高の大会である2016INASアルペンスキー世界選手権大会において、大回転、スーパー大回転の2種目で銀、回転で銅の全種目でメダルを獲得した。続く、2016ジャパンパラアルペンスキー大会では、雪不足のため回転のみを2レース行うという変則的な実施であったが、トラブルにも動じず2レースとも優勝を果たす。
 幼少の頃よりアルペンスキーに親しみ、中学3年生までは健常者の競技大会に出場していた。また、平成23年からは、日本知的障害者アルペンスキー選手権大会に出場。初出場で回転、大回転において2位を獲得し、華々しいデビューを飾った。その後、平成25年大会では回転で優勝し、以降4連覇を達成している。大回転では平成26年に優勝した。
 前回のスウェーデンのロブショで行われた2015INASアルペンスキー世界選手権大会においても、回転、スーパー大回転で銀メダルを獲得、大回転で4位入賞しており、安定した成績を残している。まだ18歳と若く、今後のさらなる飛躍が期待されるジャパンID(知的障害)アルペンスキーチームの若きエースである。
〔横浜市〕

神奈川スポーツ賞・オリンピック賞

白井 健三(しらい けんぞう)さん <体操>

白井健三選手
 リオデジャネイロオリンピック体操競技において、男子団体総合で金メダル、種目別跳馬で銅メダルを獲得し、種目別ゆかでは4位入賞を果たした。
 体操一家の中で育ち、3歳から体操と向き合ってきた。横浜市立寺尾中学校卒業後、神奈川県立岸根高等学校に進学。
 中学3年生で初めて出場した全日本種目別ゆかでは、大技を見事成功させ、注目を浴びる存在となった。
 平成25年には日本体操史上最年少で世界選手権大会に出場し、種目別ゆかで世界王者になる。さらに実力をつけ、平成27年の世界選手権大会では団体とゆかで金メダルを獲得した。
 今回のオリンピックは、団体総合は予選4位からのスタートだったが、最終種目のゆかでは圧巻の演技で、金メダルの獲得に大きく貢献した。続く種目別ゆかでは惜しくもメダルは逃すも、跳馬では大技を大舞台で成功させ、銅メダルに輝いた。
 「シライ」と命名される技が次々に発表されており、技の進化は止まることがない。4年後の東京2020オリンピック競技大会でも、中心選手として更なる活躍が期待される。
日本体育大学2年生
〔横浜市〕

小俣 夏乃(おまた かの)さん <水泳/シンクロナイズドスイミング>

小俣夏乃選手
 リオデジャネイロオリンピックシンクロナイズドスイミング・チームで銅メダルを獲得した。
 茅ヶ崎市立中島中学校在学時に、全国JOCジュニアオリンピックカップにおいてソロで2年生・3年生と2連覇を飾った。神奈川県立麻生高等学校進学後も1年生ながら、世界ジュニア選手権大会・チームで準優勝を果たした。3年生の世界ジュニア選手権大会では、フリーコンビネーションで優勝、デュエットとチームで準優勝を果たした。
 平成27年、初出場となる世界水泳選手権では、チームテクニカルルーティン、チームフリールーティン、フリーコンビネーションの3種目で銅メダルに貢献した。
今回のオリンピックフリールーティンのテーマは、繁栄の幕開けとの思いを込めた「天照大神」。和太鼓のリズムに乗り、高さのあるリフトを次々に成功させた。日々の猛特訓に耐え、その成果を見事大舞台で発揮し、日本は3大会ぶりの表彰台へあがった。
 チーム最年少で初めて参加した今回のオリンピック。4年後の東京オリンピックでは、さらに進化した姿での活躍が期待できるだろう。
国士舘大学2年生/アクラブ調布
〔茅ヶ崎市〕

高藤 直寿(たかとう なおひさ)さん <柔道>

高藤直寿選手
 リオデジャネイロオリンピック柔道競技において、男子60kg級で銅メダルを獲得した。
 家族の影響を受け小学1年生から柔道を始めた。私立東海大学付属相模中学校に入学し、全国中学校柔道大会男子60kg級で優勝。高校では全国高等学校総合体育大会男子60kg級で2連覇を果たした。高校3年生の全日本ジュニア体重別選手権大会では、大学生も出場する中、見事優勝するなど、早くから将来を嘱望される存在であった。  
 東海大学進学後もさらに力をつけ、2013年のワールドマスターズ大会、リオデジャネイロ世界選手権大会、グランドスラム東京の3つで優勝を飾った。2014年のチェリャビンスク世界選手権大会でも3位となり、着実に国際大会で結果を積み、世界で注目を浴びてきた。
 今回初出場のオリンピックでは、準々決勝で負けてしまったものの、気持ちを切り替え、見事に銅メダルを獲得した。
 「応援してくれた皆さまの気持ちで銅メダルが取れた。東京では必ず金メダルを取りたい。」4年後の東京2020オリンピック競技大会も目が離せない。
〔秦野市〕

羽賀 龍之介(はが りゅうのすけ)さん <柔道>

羽賀龍之介選手
 リオデジャネイロオリンピック柔道競技において、男子100kg級で銅メダルを獲得した。
 横浜市立六角橋中学校卒業後、柔道の名門である私立東海大学付属相模高等学校、東海大学へと進学した。
 高校1年生の時に、金鷲旗高校柔道大会で史上初の20人抜きを達成。金鷲旗高校柔道大会、全国高等学校体育大会、全国高等学校柔道選手権大会の高校3大タイトルの団体戦を2年連続独占する偉業に、大きく貢献した。
 大学進学後も1年生ながらに全日本ジュニアを優勝し、世界ジュニアでも次々に一本勝ちを決め、世界ジュニア王者へと上り詰めた。
 平成27年には、グランプリ・デュッセルドルフ大会、アスタナ世界柔道選手権大会、グランドスラム東京の3つの国際大会で優勝を飾った。
 朝飛道場(横浜市神奈川区)で稽古を積み、小学5年生の頃には、既にオリンピックを意識していた。
 今回初出場となるオリンピックでは、痛めていた怪我も回復し、3位決定戦では見事一本勝ちで銅メダルに輝いた。東京オリンピックでは、「金メダル」と気持ちは4年後に向いており、活躍が期待される。
〔秦野市〕

神奈川スポーツ賞・パラリンピック賞

多川 知希(たがわ ともき)さん <陸上>

多川知希選手
 リオ2016パラリンピック競技大会、陸上の4×100mリレーの日本代表選手として出場し、銅メダルを獲得した。
 子どものころからスポーツが好きで、中学、高校では陸上競技部に所属し、投てき種目を専門としていた。大学進学後は陸上競技を続ける予定はなかったものの、大学1年時に親の薦めで障害者アスリートの競技会に出場。そこでの活躍をきっかけに短距離に転向し、本格的にパラリンピックを目指すことを決意。
 大学院在学中に初めて出場した北京2008パラリンピック競技大会では100m、200mで予選落ち、4×100mリレーで失格という悔しい結果に終わったが、それをバネにして競技力の向上に励んだ。就職後は思うように練習の時間がとれず、足の故障も重なり、一時はあきらめかけたものの、今まで以上に質を重視した練習法に転換したことが功を奏し、平成24年のジャパンパラ陸上競技大会で200mの日本新記録を樹立する。ロンドン2012パラリンピック競技大会では100m決勝でメダルまであと一歩であったが、初めて5位入賞を果たし、4×100mリレーでは日本新記録を樹立し4位に入った。平成26年のアジアパラ競技大会では100m、200mともに銅メダル、4×100mリレーでは金メダルを獲得。そして、迎えたリオ2016パラリンピック競技大会では、パラリンピック3度目の挑戦で悲願のメダルを獲得した。
 幾多の困難を乗り越え、夢を追い続けてきた多川選手だからこそ、成し得た偉業である。
〔東京都〕

山口 貴久(やまぐち たかひさ)さん <ウィルチェアーラグビー>

山口貴久選手
 リオ2016パラリンピック競技大会、ウィルチェアーラグビーの日本代表選手として出場し、日本ウィルチェアーラグビー史上初の銅メダルを獲得した。
 小・中学校と9年間はサッカー一筋、高校ではバンド活動に明け暮れた。19歳の時に交通事故により車椅子生活となる。初めはスポーツをする気はなかったものの、負けず嫌いの性格から「何かやってやろう」と思い、車椅子陸上競技を始める。短距離、ハーフマラソンと活躍し、一時は強化指定選手にも選ばれたが、やがて限界を感じ、26歳で車椅子ツインバスケットボールに転向。その時のチームメイトにウィルチェアーラグビーを紹介されたことが競技を始めるきっかけとなった。2つの競技を並行して取り組んでいたところ、「ウィルチェアーラグビーで日本代表を目指さないか」というチームメイトの言葉で一念発起。座右の銘である「不撓不屈」の精神で努力を重ね、平成25年、31歳で第7回IWRFアジア・オセアニア選手権の日本代表に初選出され銀メダルを獲得し、2014年世界選手権の日本代表にも選出された。昨年10月に開催された第8回IWRFアジア・オセアニア選手権で金メダルを獲得し、リオ2016パラリンピック競技大会の出場権を獲得。同大会での銅メダルを獲得は、日本ウィルチェアーラグビー史上初の快挙であり、多くの感動を呼んだ。
〔川崎市〕
神奈川県

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