公文書館だより 36号

掲載日:2017年4月1日

第5回 県立図書館・公文書館共同展示

「鎌倉再発見」の展示資料から「御成敗式目(貞永式目)天正2年写本」他

 当館所蔵資料には「中世諸家文書」と分類された資料郡があります。その中でも最古の資料は、鎌倉時代の承久3年(1221)10月8日の日付がある「六波羅下知状」です。 その下地状に名を連ね花押を記している「武蔵守平」(むさしのかみたいら)とは、後に鎌倉幕府三代執権となる北条泰時です。 

 承久の乱後、領地をめぐる相論(訴訟争い)が頻発する中、御家人たちの道理に立脚した裁判の規範が求められていました。このような社会状況に対処するべく、北条泰時を中止として制定が進められ、貞永元年(1232)に布告されたのが「御成敗式目」です。

御成敗式目(貞永式目)天正2年写本

【御成敗式目(貞永式目)天正2年写本 当館所蔵「中世諸家文書」 (ID2200930502)】

 「貞永式目」とも呼ばれる、この武家による武家のための最初の法典は51の条文から構成されています。

 その内容は具体的で、訴訟手続きや裁判秩序を守るための規範を含むものでした。51という数字は、律令法の原点とされる十七条憲法にちなむ(17×天・地・人の3=51)とも言われています。

 式目の条文からは、現在の我々とは異なる、鎌倉時代ならではの法慣習が見えてきます。

 例えば「悔還(悔い返し)」といって、親が一旦は子に譲与した相続を取り消して領地などの財産を取り戻すことが認められていました。式目の第18、20、26条は悔還に関連した条文です。

 また「<後判>は<前判>を破る」といって、同じ対象についての文書が2度作成されたときは、時間的に後に作成された文書が有効とされていました(式目第26条)。

 県立図書館との共同展示の第5回目となる今回は「鎌倉再発見」と題し、武家の法典「御成敗式目」に見られる法慣習を、鎌倉時代の相続や家業の継承のあり方の中で、歌の家・御子左家(みこひだりけ)を例に挙げて「再発見」する内容を含みます。

 なお、当館所蔵の「御成敗式目」は、尊朝法親王(そんちょうほっしんのう)によって天正2年(1574)に筆写された写本とされます。その根拠は、奥書と、附属する極札(きわめふだ)(筆跡鑑定書)にあります。

「式目」の奥書

【当館所蔵「式目」の奥書】 

 奥書には「天正第二暦黄鐘中旬/東麓桑門(花押)書之」とあり、筆写時期は天正2年11月中旬、花押は、天台宗・青蓮院に属し後に天台座主となる、書道に堪能な尊朝法親王とされます。

極札の裏面

【極札の裏面】

 極札には「青蓮院殿尊朝親王」とあり、「了びん」の私印、「戊辰八」等の記述から、江戸幕府に公認されていた古筆見(こひつみ)(筆跡鑑定家)である古筆了民(こひつりょうみん)によって貞享5年戊辰(1688)8月に鑑定されたものと考えられます。

 

水戸黄門の編んだ地誌

県立図書館・公文書館合同展示から

 その土地の風土や歴史を記した資料を地誌といいます。日本における現存最古の地誌は、和銅6年(713)に編まれた風土記と言われています。その後も官撰・私撰の地誌が多く編まれました。我々は、その地誌を読み解くことにより、往時の地域の姿を思い浮かべることができます。ここでは、水戸黄門の編んだ地誌である「鎌倉日記」(写本、当館所蔵資料「相模国・武蔵国各郡文書」2199303396)を紹介します。

 水戸黄門こと第二代水戸藩主徳川光圀。光圀が「大日本史」の編纂のほか文化事業に力を注いだ人物であることはよく知られています。その光圀は、延宝2年(1674)5月2日から同月9日の8日間にわたり鎌倉・江ノ島・金沢を巡りました。その時の見聞を藩士吉弘元常に著述させたものが「鎌倉日記」です。

 同資料には、光圀一行が巡った188ヶ所の名所旧跡の情報が記されています。その中には現在伝わっていない地名などもあり、当時の鎌倉を知る上で貴重な資料といえます。

 また、編纂にあたっては、「類聚和名鈔」「東鑑」など32点の文献を引用していることが、巻末の「引用書目録」からわかります。

  引用書目録

【「引用書目録」(「鎌倉日誌 坤」) 当館所蔵資料「相模国・武蔵国各郡文書」 (ID2199303396)】

 

 「鎌倉日記」の上梓後、光圀は鎌倉のさらなる調査を藩士河井恒久に命じました。その調査の結果として編まれたものが「新編鎌倉志」です。同書は、江戸時代の鎌倉についての基本文献の一つとされます。併せてご覧ください。

 光圀の編んだ両書を通じて、江戸時代の鎌倉に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 

図書館・公文書館合同展示について

 このコーナーではここまでご紹介した資料を展示している県立図書館・公文書館合同展示についてご紹介します。県立図書館と県立公文書館では、平成24年度から合同で展示を行っており、今年5年目を迎えました。閲覧スペースで開催し、直接手に取れる展示コーナーがあるのが特徴です。

第一回「記録に見る関東大震災 東日本大震災」 平成25年県立図書館で開催

記録に見る関東大震災 東日本大震災

 東日本大震災発災から1年、過去の震災を資料で振り返る。

 

 

第二回「新幹線が拓いた半世紀」 平成26年県立図書館で開催

新幹線が拓いた半世紀

 開業50周年を迎えた新幹線。その開業と未来をさぐる。

 

第三回「横濱三塔物語」 平成27年県立公文書館で開催

横濱三塔物語

 資料で綴る横濱港に聳える三塔にまつわる歴史物語

 

第四回「箱根再発見」 平成28年県立公文書館で開催

箱根再発見

 箱根の魅力を資料で再発見

 

第五回「鎌倉再発見」 平成29年1月28日から3月31日 県立公文書館で開催中

鎌倉再発見

 武士の時代から現在の観光地までの鎌倉の魅力をご紹介します。

 

十四代将軍徳川家茂の浦賀来航

古文書講座で紹介した資料から

 江戸幕府十四代将軍徳川家茂は、幕末の文久3(1863)年から翌元治元(1864)年にかけて二度の上洛(第一次上洛・第二次上洛)を挙行しました。平成28年度古文書講座応用編では、第四回目(11月27日)に、第二次上洛で家茂が寄港した浦賀での出来事について、くずし字を読み解きながらご紹介しました。

 第二次上洛は文久3年11月5日に発令され、同年12月から翌元治元年5月にかけて実施されました。この上洛では、史上初めて往復とも海路がルートとして採用されていますが、その際に寄港地のひとつに選ばれたのが、江戸湾の咽喉部に位置する浦賀だったのです。

 12月27日に江戸を出発した家茂一行は、12月28日の午前9時頃、蒸気船で浦賀に入港しました。この日家茂は、浦賀奉行大久保忠董の案内のもと、当時最先端の軍事施設(館浦台場および軍艦修復場)を視察し、さらには愛宕山(西浦賀)や明神山(東浦賀)に登って湊内や房総半島を遠望するなど、東西浦賀をぐるっと一巡する多忙なスケジュールをこなしました。興味深いのは、忙しいスケジュールの合間を縫って、鯐(すばしり)(ボラの幼魚)の巻網漁を2回も見物していることです。当時、数えで18歳と若年の将軍家茂にとって、この漁見物はとくに楽しかったようで、自らも手に網を持って魚すくいに興じています。

 ところでこの浦賀来訪において家茂は、自らの姿を意図的かつ積極的に民衆の前に晒しています。八幡久里浜村(現横須賀市)の名主長島忠左衛門が記した「御用日記」(当館寄託)をもとに、そのときの様子を見てみましょう。

 「すべて御通行筋往来人・町人共、家々にて下座いたし貌を揚げ尊体拝見苦しからず候趣、御先供より仰せ渡され、皆々有難く拝姿つかまつり候なり」、つまり浦賀の人々は、将軍が通行するときに下座さえしていれば、顔をあげて将軍の姿を見ても差し支えない、と言い渡されているのです。

 長島忠左衛門は、家茂の姿を自らの目で見たときの感想についても、次のように記しています。

 「当暮御年齢十八歳にてあらせられ、御容体大丈夫にて御勇猛抜群、御威光御徳沢の程有難く、行く末御治世万々歳疑いなし、諸人安堵之思ひニ住し、万民太平を祝ひ(中略)実に有難き御世の春、浪風たたぬ海原に九重の雲、いよいよ高き都の空に目出度き春の御寿、幾世かわらぬ御世ぞかし」

 幕末になると、幕府の支配は崩壊の危機に直面します。そうしたなかで、時には人々が支配のゆらぎを肌身で感じることもあったでしょう。そこで幕府は、上洛という絶好の機会に、若く勇健な家茂の存在を「徳川家支配の磐石さ」の象徴として巧みにアピールしたのです。そして、いざ家茂の姿を目の当たりにした人は、幕府の狙ったとおり家茂の姿から威光や仁徳を感じ取り、「幾世かわらぬ」徳川家の「行く末万々歳」、天下は今後も太平だ、というメッセージを確かに受け止めたのです。

 翌29日の午前8時頃、家茂の一行は浦賀を出港し、次の寄港地下田へと向かいました。このようにごく短い滞在ではありましたが、将軍の来航は幕府のみならず浦賀にとっても大きな意義がありました。上洛終了後、東西浦賀商人33名が金250両を浦賀奉行所に献上したいと申し出ていますが、その理由として彼らは、家茂来航により浦賀が「御歩行の土地」となったことを挙げています。上洛によって浦賀は、「将軍来訪の地」という新たな由緒を獲得することができたのです。

(参考文献 椿田有希子『近世近代移行期の政治文化―「徳川将軍のページェント」の歴史的位置』校倉書房、2014年 請求番号G25-110)

御用日記

御用日記

【文久3年「御用日記」相模国三浦郡久里浜村長島家文書(ID2199522051)】

 

公文書館の利用案内

 当館では、県が作成した歴史的に重要な文書や、神奈川に関わりのある古文書、図書などを収集、保存しています。 

 これらの資料は、閲覧室でご覧いただくことができます。また、年間を通じ、さまざまな形で資料を展示し、皆様のご来館をお待ちしています。

 平成29年度の事業計画は、次のとおりです。

講座のご案内

◆古文書講座入門編 夏 

   平成29年6月25日から7月23日の各日曜日(全5回)  定員140人

◆古文書講座入門編 秋

   平成29年9月3日から10月1日の各日曜日(全5回)  定員140人

◆古文書講座応用編

   平成29年11月12日から12月10日の各日曜日(全5回) 定員140人

 古文書関係の講座は、「入門編」と「応用編」の2種類を開催します。初めて古文書を読む方から、ある程度の読解力のある方まで、それぞれの方を対象に開催します。

◆アーカイブズ講座

   平成29年8月27日 日曜日  定員100人

 県民共有の知的資源である歴史的公文書の保存及び収蔵資料の利用促進など、公文書制度の理解を深めていただくためアーカイブズ講座を開催します。 

◆生涯学習講座  「神奈川の地名」

   平成29年5月27日 土曜日  定員100人

 県民に関心の高いテーマを当館の収蔵資料等を利用して解説する講座を開催します。

 

展示のご案内

◆収蔵資料展示 「古文書・公文書は面白い!」

   平成29年4月16日 日曜日 から 11月5日 日曜日

 当館収蔵資料の中から古文書や歴史的公文書、行政刊行物等を紹介する予定です。

◆企画展示

 企画展示は、毎回テーマを定め、これにかかわりのある事柄を当館収蔵資料を活用して紹介します。

 テーマ、実施期間などは、ホームページ、ツイッターなどでお知らせします。

◆常設展示

 「公文書館の仕事紹介」

 平成29年4月16日 日曜日 から 平成30年3月31日 土曜日

 公文書館業務を紹介しています。

※歴史資料の収集・保存・提供

※中間保管庫の運営  県機関が作成した保存文書を保存期間満了まで保管します。

※普及活動  歴史資料の展示や講座を実施します。

※調査研究  古文書等の整理、行政文書の選別・保存、データベースの構築や電子記録の保存を行っています。

 是非お誘い合せ上、ご来場ください。

館利用のご案内

【利用時間】

 閲覧室 午前9時から午後5時

 会議室 午前9時から午後9時

【休館日】

 月曜日、国民の祝日(月曜日と重なる場合は翌日)、年末年始12月28日から1月4日

【利用方法】

 閲覧室に開架されている資料は自由に閲覧できます。また、書庫内の資料は受付に請求してください。

 展示見学は無料です。ご自由にご覧ください。

 自治会や学校など各種団体の見学も随時受け付けています。

 会議室は、施設利用予約システムでお申し込みください。

 

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