公文書館だより 第9号

掲載日:2011年3月15日

足利直義と鎌倉保寧寺

 当館所蔵の古文書に、鎌倉の保寧寺を室町幕府の祈願所とする足利直義御教書がある。直義は足利尊氏の一つ下の同母弟で、室町幕府の発足後は、将軍 尊氏とともに二頭政治を行い、裁判など日常政務を担当した。鎌倉幕府の御教書は、執権・連署が将軍の意を奉じて発給したが、尊氏は「…状如件」で結ばれ、自身の花押を据えた文書を発給した。この様式の文書は御判御教書と呼ばれ、室町時代を通じて幕府最高の文書となった。直義御教書は将軍の発給する御判御教書と同形式であり、直義が将軍に準ずる地位にあったことがわかる。
 鎌倉の保寧寺は現在廃寺で、その沿革も不詳であるが、応永元年(1394)以前に描かれた「明月院古絵図」には龍興院の西、安国寺の東にあたる位置に保寧寺の名が記されている。また永禄11年(1568)の住持宗俊證文によると、保寧寺は建長寺梅洲庵の末寺であったことが知られる。
 直義の政治は鎌倉幕府の執権政治を理想とし、東国の伝統的な武士や寺社などを保護したため、新興武士層の反感を買い、その代表である足利家執事の高師直と対立した。両者の確執は幕府を二分する擾乱に発展し、直義は兄尊氏との戦いに敗れ、文和元年(1352)2月に鎌倉で没した。47歳であった。その死因は、当時から兄尊氏による毒殺説が信じられている。

足利直義御教書
        暦応3年(1340)3月27日 足利直義御教書
                     当館所蔵・諸家文書


所在調査と一日講座ー御用邸の町葉山町編ー

1 はじめに

 神奈川県立公文書館では、コース別の「古文書解読講座」の外に、毎年「古文書解読入門一日講座」を実施してきており、昨年は12月8日の日曜日に葉山町(人口30,727人)で開催した。
 葉山町は「三浦半島の西北部に位置する。町の西側は相模湾に臨み、東側には緑濃い山が連なる、海と山の町である。(略)明治27年には葉山御用邸が完成。これにより葉山は気候温暖で景勝の保養地として、全国にその名を知られるようになった。(「御用邸の町葉山百年の歩み」葉山町役場発行)町の広報紙で取り上げていただくなど町教育委員会の後援を得て、定員を上回る75名の応募があり、当日は大いに盛り上がった。

《古文書解読入門一日講座》
歴史に関する古文書の解読への関心と歴史資料への重要性を啓発普及するため受講者を募集します。
日時 12月8日(日曜)10時から16時
場所 図書館
講座 江戸時代の古文書を読む他(受講料 資料代1,000円)
定員 70名
(広報葉山11月号)

 折しも、同町と隣の逗子市にまたがる「長柄桜山古墳群」が貴重な前期古墳として国史跡の指定を受けるといった歴史ブームに沸いた師走となった。

2 葉山町の所在調査

 葉山町においては、平成9年度から古文書所在調査に入ったが、調査対象箇所が次第に増えたため、今年度まで5年間継続して行ってきており、これまで5,500点余の新しい資料を確認する成果をあげてきている。例えば、平成11・12年度に実施した「守屋氏所蔵文書」の調査概要の一部を次のとおり紹介する。
 「守屋家は、森戸神社社織の家で森戸明神を伊豆国の三島神社から当地に勧請した頃から歴代にわたりその職を勤めてきた。また、明治初期に守屋恒基氏が旧堀内村の戸長を勤めた関係から「田畑其外反別取締野帳(明治8年)「社寺上知高反別取締書上」(明治6年)、堀内村の「明細書上帳」(弘化4年)など村政に関する文書も数点所蔵されている。
 当家の所蔵文書は、『神奈川県史別編2 資料所在目録』に記載されていないが昭和20年代末に葉山町から委嘱された当時國學院大学教授 岩橋小彌太博士指導のもとに町内所在の古文書を調査し、刊行した1,300頁を越える『葉山町史料』に収録されている。

守屋光秀神道裁許状

守屋光秀神道裁許状(神事参勤の時、風折烏帽子・紗狩衣着用の許可)

 今回の調査では『葉山町史料』に収録されている全ての史料は確認できなかった。調査対象となった史料は、木箱、ダンボール箱や衣装用のブリキ缶の箱等に収納された文書である。整理・目録作成に当たってはブリキ缶入りの文書や一括されている文書はそのグループの中で年代順にし、他は同類文書が区々の箱に分散していたために史料の形態内容により分類しまとめた。
 収録した史料の年代は、上限が天文18年(1549)で下限は昭和39年(1964)である。収録分類は、冊横帳、状音信類、法万兵庫箱、神社古記録等の57項目であり、全タイトル数は2,716件である。『葉山町史料』では扱われなかった史料がほとんどである。

(神奈川県古文書資料所在目録第23集から抜粋)

3 一日講座

 古文書の解読を通じて史料に親しんでいただきながら地域で行っている所在調査への理解と協力を得ることを目的としてこの数年、古文書所在調査を実施した葉山町での出前方式の「一日講座」の内容は次のとおりであった。

(講座の呼びかけ)
地域の歴史を知るためには古文書を読むことから始めなければなりません。県立公文書館では横浜で講座を開催していますが、横須賀三浦地区での要望を受けまして、今回は葉山町で講座を開催することにいたしました。一日の基礎学習で、やさしい古文書なら読めるようになります。皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(講義内容)
第一講義
江戸時代の古文書を読みはじめる

第二講義
葉山町周辺の「村明細帳」について

第三講義
豊臣秀吉の宣戦布告状を読む

第四講義
―実習と復習―

 当日は、古文書解読講座のイロハを学んだ上で「葉山町周辺の村明細帳」として130年前の地元堀内村周辺の村勢を記録した古い史料などを取り上げたこともあり受講者から強い興味と関心が示された。
 当館で年3回三コースで実施している古文書解読講座は、開催の度に県民の高い支持を得ている。その背景として、受講者の多くが60才代であることから「戦後の混乱で知的好奇心を満たすことが出来ずに青年期を過ごした反動」(日本経済新聞2002.12.7)との指摘があるが、この見方は消極的ではなかろうか。むしろ、社会が不安定で先が見えにくい最近の世相のもとで、古文書を自分の力で読み解くことによって昔の確実であった時代の手応えを再確認したいとの強い想いが伝わった。

4 おわりに

 昨年度、久保田昌希氏(駒澤大学教授)から当館の業務について次ような提言をいただいたところである。
「公文書館に対して、言葉は馴染まないかも知れないが『市民力』つまり県民の協力を得ることができないかということがある。(略)公文書館による各種古文書解読講座の人気も高い。(略)そうした学習の場で育った県民を古文書調査や確認作業などへの協力者として依頼できないものだろうか。」
 所在調査の実施地域で開催する古文書解読講座は、久保田先生がご指摘された方向に沿ったものである。ほんの僅かであるにしても、昔の史料を読み解くことができた参加者達が、明日からの地域史料の守り手になることは確かである。講座終了でアンケートに寄せられた参加者の声として次のようなものがあった。

「私にとっては未知の分野でしたが、とても目新しく当地の身近な情報を知ることができ、楽しく過ごしました。」(50代女性)

「今日の話は100年以上前のこのあたりの様子を想像するのに大変役に立ち親近感をもった。」(60代男性)

郷土資料課 植村昭紀

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資料検索システムの整備

 当館の資料検索は、コンピュータによる検索システムを中心に行っています。このシステム(「公文書館情報管理システム」)は、収蔵資料を容易かつ迅速に提供することを目的として、資料目録情報をデータベース化したもので、求める資料にたどり着くための道案内役です。
 データベースは「歴史的公文書」、「古文書・私文書」、「行政刊行物・図書」、そして上記の三つにあてはまらない「その他資料」と、「資科群情報」の5つに分かれています。情報を得たい利用者の皆さんからすれば、各データベースをまとめて一つにし一度の検索で済めば便利です。しかし、それではデー夕量が膨大になって検索に時間がかかりすぎますし、公文書、古文書、図書、写真などの資料目録データの各項目は必ずしも一致しません。以上がデータベースを分割した理由です。さらに、日頃なじみの薄い公文書などの検索を考えて、皆さんが思いついた任意の言葉を入力すれば検索できる自然語(フリーワード、自由語)検索システムを採用しています。オープン時には、最新方式であったこの検索システムも9年を径た現在では、どこにてもある当たり前の方式となりました。
 さて、常に検索精度の高いデータベースを提供するには、作成する資料目録データがより重要となってきます。図書(行政刊行物)にあっては分類整理方法が体系化されていますので、目録データの作成はさほど難しくはありませんが、公文書、古文書などの分類整理方法については、各公文書館ごとに検討され試行錯誤の段階です。

検索端末
 当館の公文書目録データは、作成時期、作成所属名、資料名などを基本項目とし、その内容をさらに補ったり詳細に説明するときは、資料件名(最大50文字)・資料概要(最大300文字)の項目で対応していきます。古文書についても作成時期、差出人・受取人、資料名、資料形態などを基本項目とし、資料概要(最大120文字)の項目を用意しました。
 皆さんがシステム端末機で検索した際、どのような言葉(検索語)を入力し、何件ヒットしたのか、月単位に一覧を出力する機能(「検索履歴」)もあります。その一覧をみれば、皆さんの探し求めた資料や調査内容がわかり、今後のデータ作成に反映させることができます。検索語も固有名詞が断然多く、やはりデータ作成にあたって留意すべき点といえます。また、検索の精度をあげ、資料の絞り込みができる機能が「アンド検索」です。自然語検索はいわば言葉(=文字列)を検索することなので、入力する文字列(言葉)が長くなればなるほどヒット率は落ちます。適度に小分けしてアンド検索することが検索の精度を高めるコツといえます。
 閲覧室には利用者用としてシステム端末機が一台用意されていますが、公文書館のホームページからもデータベースの一部を検索することができます。「行政刊行物・図書」と、「古文書・私文書」のうちの「県史収集写真製本資料」のデータベースです。「県史収集写真製本資料」とは『神奈川県史』を編纂する際に全国各地から写真撮影により収集したものです。さらに、15年度には「歴史的公文書」「古文書・私文書」のデータベースも加わります。

さあ、皆さんも倹索システムを道案内に当館の資料の「森」を覗いて逍遙してみませんか。

行政資料課 石倉光男

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収蔵資料紹介

岩崎家文書(当館寄託資料)

 岩崎家文書は、横浜市瀬谷区竹村町にお往まいの岩崎克夫氏の家に伝来した文書です。先代の肇氏が当家について纏められた著書によれば、岩崎家の出自は、清和源氏甲斐武田氏支流岩崎氏で戦国時代の天文9年(1540)に岩崎丹後なる人物が、この地に土着したのが始まりと言われています。岩崎丹後が、永禄4年に没するとその後は、外記、宅右衛門と続きますが、肇氏は丹後から数えて21代目に当たるといいます。当代 克夫氏は、22代目ということになります。
 さて、当家は江戸時代に瀬谷村の名主を務めていましたので、所蔵される古文書の多くは、瀬谷村名主関係文書です。なかでも瀬谷村は、相給(あいきゅう)といって、一村が二人以上の領主によって支配される村でありました。ちなみに瀬谷村は、寛永10年(1633)旗本後藤・同長田二氏の三給、明和4年(1767)に本多氏が知行を得て四給となり、徳川幕府崩壊まで、この四人の旗本を領主として年貢を納めることとなります。岩崎家を名主とする領主は、旗本長田氏でした。
 神奈川県史別編2では、当家文書を「享保期以降の村方資料が殆ど全分野にわたって伝存し、相給村方の実際を知る」と、解説しています。岩崎家文書の中に「地頭暮方月割金上納帳」と名付く帳面があって、旗本長田氏の正月から12月に至る生活必要経費・項目が記載されています。奥御雑用・炭代・薪代・酒代・伊勢初穂・日光初穂・馬肥料・中間三人給金等々と一旗本の年間の暮らしぶりを知る好史料と思われます。

郷土資料課 田島光男

天保七申年御暮方月割上納調帳 (正月の一ヶ月部分)
     「天保七申年御暮方月割上納調帳」 (正月の一ヶ月部分)

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「神奈川ニュース」ビデオテープ

 公文書館の所蔵資料というと、公文書や古文書を頭に浮かべる方が多いと思います。でも実際にはそれだけが公文書館の資料ではありません。例えば、ビデオテープやCDなども公文書館は所蔵しています。所蔵しているビデオテープの中には、「神奈川ニュース」のテープが含まれています。もし県内の大きな映画館(一部のみ)でロードショーを見る機会があれば、本編が始まる前に「神奈川ニュース」を見ることができます。神奈川県内で起きた毎月の出来事を紹介しているあれです。映画館で「神奈川ニュース」が映写されるようになったのは昭和25年のことです。この年のニュースタイトルの中には、「供米完遂へ内山知事の農村巡り」とか「待望の文化アパート完成」など、戦後復興期の状況を感じさせるものが数多く含まれています。

ビデオブース

 また、「シルクセンター開館」(昭和33年12月)や「生まれ変わる御殿場線」(昭和41年1月)など、時代の移り変わりを感じさせるものから、平成10年のかながわ・ゆめ国体など近年の県内の出来事まで、平成11年までのさまざまな映像を見ることができます。受付後ろの棚に、昭和25年から平成11年までの県政版ニュースのビデオが、ズラリと並んでいます。公文書館の資料は貸し出しをしていませんので、ご自宅のテレビでというわけにはいきません。が、閲覧申込書を提出していただければ、館内の視聴覚ブースで、自由に視聴することができます。また、横浜と川崎両市の市政版ニュースのビデオテープもあります。
 皆様のご利用をお待ちしています。

行政資料課 野田 宜弘

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読書の欄

北原進著『独習 江戸時代の古文書』2002年8月 雄山閣発行

 古文書の解説と普及・啓発に力を注いできた著者は、これまでにも「近世農村文書の読み方・調べ方」(1981年 雄山閣)という入門的な古文書解説書を刊行され、当時の日本近世史(江戸時代)専攻の学生や一般の歴史愛奸家のよき指導書の役割を担ってきた。
 近年、古文書を解読し歴史に親しむ人々が飛躍的に増大し、各地のカルチャーセンターの古文書解読講座は、大いに賑わいをみせている。本書はこれらの活動を背景にして初心者はもとより、なお一層のレベルアップを希望する中級・上級者にまで範囲を広げ、知的にも楽しめる内容となっている。本書の特色として、A5版の上段に古文書のコピーを、下段に解説文を掲載し、ひと目で一字一字が対比できるようになっていること、文字の内容や当時の言い回し方がわかるように読み下し文(ひらがな交じり)をつけていることのほか教材とした古文書の歴史的背景やその意義について詳しく説明していることである。

独習江戸時代の古文書

 近年の古文書学習や研究会では、政治・経済中心の公的な文書はもとより、人の誕生から死までを文書で表現したものや、女性や子供・老人等の生活を描写した、いわゆる生活に根ざした文書が取り上げられている。本書でもこれらを含んだ良質の文書が所収されている。
 A5版という本書の版型は、現在A4版型が一般的になっている現状からすると、いささか小さすぎるきらいがある。年輩者が本書を利用することを考えれば、版型の大小は今後考慮することが必要であろう。しかしながら、丁寧な古文書学習指導は、かゆい所に手が届く配慮がなされ、大いに学習意欲を剌激し、今後古文書解読に挑戦しようとする人々にとって良き指導書となるであろう。

239ページ、本体2800円。

郷土資料課 小松郁夫


随想

 今年も花の季節がやって来た。私は狭い庭ながら、草や木を種々雑多に植えている。草本はモノを言わないが、家人の気持ちに黙って応える。肥料不足だと花芽が減るし、葉の色も冴えない。剪定が適切であれば春の芽吹きに勢いがあり、花形も良い。酔芙蓉がとりわけ好きだ。夏の盛りが過ぎて秋に入り、大抵の花が終わりを告げる頃、満を持して咲き始める。背丈ほどの青桐のような木の枝先に、早朝、ハマナスに似た淡く白い花が天を仰ぐように開き、昼過ぎにかけて桃色に変わり、そして夕方、赤くなって花命が終わる一日花である。酔芙蓉の名のゆえんであるが、その変化が鮮やかでいい。私が酒好きであることと酔芙蓉の話とは関係ないが、なぜか人の生き方と重なって見える時がある。
 ところで、この花は極めて手がかかる。葉が桑のように大きくなる頃、決まって青虫がやって来る。文字どおりウジが湧くように発生し、一日でも目を離すと、忽ち葉が食い荒らされる。毎朝青虫を一匹一匹排除することが日課である。木が5、6本株になっているので、葉の数は膨大で青虫を見落とすことがある。この見落としの葉は、翌日、葉脈だけの憐れな姿となっている。

酔芙蓉

 毎年3月20日、箱根の湿生花園が越冬を終える。花を撮るのが楽しみで、毎年相当回通っているが、ここには、酔芙蓉はない。唐突だが、山本周五郎の「五瓣の椿」は報復のために次々と人を殺し、その死体に椿の花弁を添えておくという物語だが、私の花への愛着から嫌いな小説で、二度と読まないことにしている。

花の色は移りにけりないたずらに
我が身世にふるながめせしまに

モノを言わないが、人の気持ちに黙って応えてくれるのは、花だけではない、と私はずっと想い続けてきた。

館長 小野寺正明

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ある日のレファレンスから

質問

 税務署に行くと『路線価図』が閲覧できますが、公文書館にもありますか。

回答

 路線価は、主要な道路に面した1平方メートル当たりの土地の評価額で、相続税や贈与税の算定基準になります。国土交通省が発表する公示地価の八割の水準を目安に算出されますが、これを表した地図を『(財産評価基準書)路線価図』といいます。全国分の『路線価図』はA4判冊子で約190冊に及び、積み重ねると約5メートルもの高さになります。そこで国税庁は、平成12年からCD-ROMを導入し、パソコンで簡単に閲覧できるようにしました。
 『路線価図』は昭和32年分から発行されており、公文書館には昭和50年分からありますが、CD-ROM版については所蔵していません。なお、国会図書館(東京都千代田区)では昭和48年分から、租税史料館(埼玉県和光市)では昭和32年分から所蔵しています。
 いずれも、お探しの年度、地域分があるか確認してからお出かけください。

神奈川県

このページの所管所属は 公文書館 です。